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2018年4月13日金曜日

学説紹介 なぜ防勢戦略に海上封鎖が有効なのか―イギリス海軍による海上封鎖の活用例―

長らく海軍の戦略研究では作戦行動として攻勢が防勢よりも優れている、または有利であるなどと論じられてきました。
このような議論が出されてきたのは、海上作戦が陸上作戦のように地形、地物を戦闘で利用できる程度が小さく、防御の優位が相対的に小さくなると考えられてきたためです。

しかし、だからといって無暗に攻勢の戦略を採用し、無条件に敵艦隊の撃滅を目指すというわけにもいきません。より現実的な案は、海上作戦の特性を踏まえた合理的な防勢戦略を見つけることであり、海軍の戦略を研究していたマハンも海上封鎖の重要性を論じたことがあります。今回は、この説を紹介したいと思います。

19世紀におけるイギリス海軍の戦略問題

アルフレッド・セイヤー・マハン(1840年9月27日 - 1914年12月1日)米海軍士官であり、退役後は著述家として海軍戦略に関する著作、論文を書き残した。
近代海軍の戦略思想において大きな影響を及ぼしたマハンですが、彼は戦略原則として戦力集中を重視したことで知られています。
つまり、敵に対しては基本的に攻勢をとるべきであり、適時適所に戦力を集中し、有利な条件で決戦を挑み、これを撃滅することによって制海権(the command of the sea)を確立すべきという思想を持っていました。

しかし、マハンは無条件にそのような構想が可能だと論じていたわけではなく、こうした原則の適用の仕方は状況によって変わるとも考えていました。
実際、マハンが海軍戦略の研究で参照しているイギリス海軍の歴史を見ても、敵国に対して常に攻勢をとれたわけではなく、むしろ防勢の姿勢で作戦を遂行した事例が多くあり、それにもかかわらず成功を収めています。

マハンはそのような事例の一つとして、ナポレオン戦争が起きた19世紀初頭のイギリス海軍の対フランス戦略に注目しています。
当時、イギリスは海上勢力でフランスに対して優勢でしたが、世界各地に伸びるシーレーン防衛のため、イギリス海軍として戦力集中が思うようにできない状況があり、対フランス戦でも防勢作戦を強いられていたのです。
「つまり英国側にとっては、参戦理由がなんであれ、かの戦争は防御作戦であったこと、またフランス側は、戦力劣勢の海軍を擁していながら、攻勢の利を得ていたということです。フランス海岸沖の英国艦隊は防御の第一線にありました」(マハン『海軍戦略』166-7頁)
イギリス海軍はフランス海軍に対して優勢でしたが、長大なシーレーンを防衛するために戦力の分散を強いられる事情があり、戦略的に防勢の立場に立たされやすかったためです。

マハンは海上における支配権は敵の艦隊を積極的に捕捉し、これを撃滅することによって獲得できると考えていたので、これは深刻な問題でした。

敵国の港湾を海上戦力で封鎖する

19世紀フランスの主要な海軍基地の分布。北海にはアンヴェル基地が、イギリス海峡にはブレスト基地が、ピスケー湾にはロシュフォール基地が、地中海にはトゥーロン基地がそれぞれ配置されている。筆者作図。
マハンが注目しているのは、イギリス海軍はこの問題に対処するため、海上封鎖を大規模に行っているということです。

つまり、敵の海軍基地の沖合に小さな艦隊を送り込み、交代しながら継続的に敵の港内の動向を洋上で監視し、出撃の兆候があればすぐに主力の艦隊が駆け付けるという態勢をとったのです。
「かつて英国が好んで用い、成果を上げた海軍戦略の要点は、敵の海軍工廠の所在海域に強力な分艦隊を配置することでした。アンヴェルやブレスト、ロシュフォール、トゥーロンといった港は、スペインと交戦した際に介在したスペインの諸港とともに、英国海軍の戦略的作戦行動線をなしており、英国はこの線をおさえることで二重の成果を得ました」(168頁)
ここでマハンが述べているアンヴェル(現在のアントワープ)、ブレスト、ロシュフォール、トゥーロンはいずれもフランスの主要海軍基地です。
陸軍と異なり海軍は戦力の維持、造成のために特殊な生産設備、技能労働者を必要とするため、新たな地点に次々と造成することができません。
したがって、各地のフランス艦隊としては封鎖線を突破しなければならなくなりません。

ところが、そのような行動をとれば封鎖網を突破された部隊はフランス艦隊の追跡を始め、その情報をより大規模な主力艦隊に伝達します。
フランス海軍はイギリス海軍に対して全体としての戦力では劣るため、イギリス艦隊が分散している内に各個に撃破する必要があるのですが、こうした状態ではむしろフランス艦隊の方が各個に撃破される危険があり、攻勢をとること自体に大きな不利益が生じて来ることになります。
「まず、分散配置されていた敵の分艦隊の集結を妨げたこれはすなわち戦勝の一大要素たる部隊の集中を防いだということであり、防御的成果に分類されます。本国ばかりか大英帝国そのものが守られました。攻撃面の成果としては、右のアンヴェルなど主要拠点が敵の海岸全体の封鎖に貢献しえた点が挙げられます」(168頁)
全世界的に見れば、フランス海軍はイギリス海軍よりも狭い範囲で戦力の集中を考えればよいため、攻勢の時期、方向を主動的に選べる有利な立場にあったはずです。
しかし、イギリス海軍は海上封鎖という戦略を活用することによって、防勢の立場に立ちながらも戦力分散のリスクを最小限に抑制できたとマハンは論じています。

むすびにかえて

フランス革命戦争・ナポレオン戦争を通じてフランス陸軍は地上戦で大きな戦果を上げていましたが、1805年のトラファルガー海戦で大きな損害を被ったことからも分かるように、フランス海軍は最後までイギリス海軍に対して優勢を確立することができませんでした。
それどころか、敗北によって失われた人員や装備を回復するために、フランスは多額の海軍予算を計上することを強いられたのです。

マハンの解説は海上封鎖が防勢の立場に置かれた海軍にとって重要な戦略であることを示しています。
敵の基地を封鎖し、洋上監視を続けていれば、いざという時の戦力集中が可能となり、しかも敵の戦力集中を妨げることもできます。

KT

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参考文献
アルフレッド・T・マハン『海軍戦略』井伊順彦訳、 戸高一成訳、中央公論新社、2005年