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2017年11月1日水曜日

学説紹介 戦略は臨機応変の体系である―モルトケの軍事思想を中心に―

ナポレオン戦争終結後に活躍した軍人であり、かつ学問的にも重要な業績を残した人物に、ヘルムート・フォン・モルトケがいます。

モルトケはプロイセン陸軍でカール・フォン・クラウゼヴィッツの研究を引き継ぎ、独自の戦略思想を発展させたことで知られていますが、具体的に彼がどのような戦略思想を持っていたのかはあまり知られていません。

今回は、モルトケの戦略思想の特徴について紹介し、19世紀の軍事学における位置づけに触れたいと思います。

モルトケの戦略思想の特徴
ナポレオン戦争が終結してから、軍事学者の間で広く議論された研究テーマに戦いの原則(principles of war)があります。
これは成功する戦略には、敵の翼側を迂回するとか、後方連絡線を遮断するなどの基本原則が存在すると想定する思想であり、これを司令官が可能な限り再現すれば、同じかそれに近い戦果が得られると考えられていたのです。

この説を主張した学者の数は多く、例えばプロイセン人ではフォン・ヴィリゼン、オーストリア人ではカール大公、イギリス人ではエドワード・ブルース・ハムレー、フランス人(スイス出身)ではアントワーヌ・アンリ・ジョミニ、アメリカ人ではデニス・ハート・マハンがいます。
いずれも学識ある研究者でしたが、モルトケからすれば彼らは戦略を研究する過程で過度な理論化に走っているように見えました。

この見解は次のモルトケの記述からもはっきりと読み取ることができます。
「戦略は臨機応変の体系である。戦略は単なる客観的科学などではない。知識を実際の生活えと適用することが戦略である。絶えざる状況の変化に応じて、現代の主題は補修が重ねられていく。戦略は過酷な状況という重圧の下、行動する術である」(片岡、15頁)
モルトケは戦略を学問で伝えられる知識というよりも、実戦で発揮される能力として考えていたことが分かります。

もちろん、モルトケは戦略の科学的研究が不可能だと主張したかったわけではありません。モルトケは戦争術が多くの学問の奉仕を受ける技術だと認めています(同上)。

モルトケにとって重要なことは「戦争にも普遍的に妥当する規準などはない」ということであり、これは少数の原則さえ守れば戦略の問題が整然と解決できるなどと思いあがってはならないという戒めでした。

戦略と戦術の関係は一方的なものではない
モルトケの戦略思想の特徴としてもう一つ指摘できるのは、戦術との関係に関するものです。この点についてモルトケはクラウゼヴィッツを引用しながら次のように書き残しています。
「一方、フォン・クラウゼヴィッツ将軍は、戦略とは戦争目的達成のために戦闘を利用することであるといっている。事実、戦略は戦術に戦闘力を付与し、軍を指揮して会戦場裡で激突を行って勝てるだけの可能性を与える者である。だが一方で、戦略はそれぞれの戦闘の結果に適合し、その結果の上に構築される者である。戦術的な勝利の前では戦略の要請は沈黙する。戦略は戦術的な勝利が新たに生み出した状況にしたがうものである」(同上、16頁)
一般に戦略と聞くと、それは戦術の上位に位置付けられる概念であり、戦略が戦術に一方的に指図しているような印象を受けますが、ここでモルトケはそうした印象を払拭しようとしています。

つまり、モルトケの見解からすれば、戦略家の要諦は戦域における彼我の兵力の配置と移動を判断し、必要な時期、場所に必要なだけの我が兵力を集中させることによって、個別の戦闘で戦術家が勝利を得ることを可能にするだけの条件を整えることにあります。

しかし、戦闘の結果には不確実性があるため、敵に対して優勢な戦闘力を集中できたにもかかわらず敗北することもあれば、劣勢なはずなのに勝利を得る場合も出てきます。
そうした状況の変化の一つひとつにきめ細かく対応することが戦略の実務であり、それこそモルトケが考える技術としての戦略なのです。

したがって、「戦略は戦術が適時、適所において付与されることを求める手段を確保するものである」という記述はまさにモルトケの戦略思想の基本であり、それは「科学的原則」を忠実に守ればよいというものではないということです(同上)

むすびにかえて
モルトケは科学を基礎とした創造的技術として戦略を理解すべきと主張したのであって、科学それ自体を戦略から排斥しようとしたわけではありません。
しかし、あくまでもモルトケの関心は実際の戦争指導にあり、理論が重んじられる学術研究ではなかったということは理解しておく必要があるでしょう。

だからこそ、モルトケは戦争には理論化が難しい不確実な領域が大きいという側面を率直に認めることができましたし、学説と実践のバランスをとることもできたのだと思います。研究者のローゼンバーグは次のように述べています。
「モルトケは、戦争の目的は望ましい政治的な結果を達成することであり、そのためには、柔軟で応用的な戦略が必要であるというクラウゼヴィッツの主張にもまったく同意していた。彼は、戦争においてはすべてが不確実であると考えており、固定的なシステムは、彼にとっては排斥すべきものであった。それゆえ、彼は、どのような固定的な原則も確立することは不可能である」(邦訳、ローゼンバーグ、266頁)
モルトケは軍隊の実務で戦争が持つ不確実性は重視する必要があり、そこでは明確な因果関係で説明がつかない事象がしばしば起こることを理解していました。

そうした環境で明確に定式化された戦略理論を機械的に適用すると、意図しない間違いが生じる危険があります。
モルトケはあまりに理論化が行き過ぎた学説の影響力を押さえつつ、実践とのバランスをうまくとることが必要であるということを、自らの戦略思想で示していると思います。

KT

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参考文献
モルトケ「戦略」片岡徹也編『戦略論体系3 モルトケ』芙蓉書房出版、2002年、15-7頁
ガンサー・ローゼンバーグ「モルトケ、シュリーフェンと戦略的包囲の原則」ピーター・パレット『現代戦略思想の系譜 マキャヴェリから核時代まで』防衛大学校・「戦争・戦略の変遷」研究会訳、ダイヤモンド社、1989年、263-289頁