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2018年5月1日火曜日

学説紹介 対外政策としての帝国主義―武力攻撃だけが現状打破の手段ではない―

帝国主義(imperialism)の定義は論者によってさまざまですが、ここでは国際政治において現状打破を目論む国家の対外政策のことを表しています。
道義的な意味合いを取り除き、対外行動の一形態として帝国主義を捉える見方は政治学者のモーゲンソーによって提案されたものです。

今回は、モーゲンソーが帝国主義をどのように考察していたのかを取り上げ、特に軍事的手段によらずに現状を打破する方法について考えたいと思います。

権力闘争の典型的なパターン

モーゲンソーは政治の本質を権力闘争と考え、国際政治、国内政治のいずれの場合も原理は変わらないと考え、次のように述べています。
「国内政治と国際政治は、権力闘争という同一の現象が二つの異なった領域にあらわれたものにすぎない。そのあらわれ方は、それぞれの領域で優勢な道徳的、政治的、社会的な諸条件がことなっているためにちがったものになる」(邦訳、モーゲンソー、43頁)
その上でモーゲンソーは権力闘争としての政治には、基本となる3種類の行動パターンが見られると論じます。すなわち、勢力を維持しようとする行動パターン、勢力を増大しようとする行動パターン、そして勢力を誇示しようとする行動パターンです(同上、43頁)。

国際社会における各国の政策はこの3種類のいずれかに含まれるというのがモーゲンソーの議論であり、帝国主義と一般に呼ばれる対外政策は勢力を増大しようとする行動パターンのことなのです。
「これら三つの典型的な政治のパターンには、三つの典型的な国際政策が対応している。ある国家は現状維持政策を追求する。その場合、この国の対外政策は力を保持しようとする傾向をもつが、それは決して力の配分を自分の有利になるように変えるものではない。これに対し、現存の力関係を逆転させることにより、現にもっている以上の力を獲得すること―いいかえれば、対外政策によって力の状況のなかで自国に有利な変更を求めること―をその対外政策の目的とする国家は、帝国主義政策を追求する。また現に有する力を対外政策によって誇示しようとする国家は、カの維持あるいは増大のために威信政策を追求する」(同上、43-44頁)
したがって、モーゲンソーは帝国主義を道義的、法的に否定することなく、権力闘争を生き残る上で国家がとり得る政策の一つだと捉えます。このような視点で考察を進めると、帝国主義にも複数の方法があり、それぞれに利害と得失があることが分かってきます。

武力攻撃だけではない帝国主義の方法

モーゲンソーは帝国主義を分析する際には、その具体的な手段の相違が重要だと指摘しており、具体的には軍事的、経済的、文化的手段のどれが選択されているかについて注目すべきだと論じています。
「帝国主義の目的はつねに現状の打破にある。すなわち、帝国主義国とその犠牲者として想定されている国家との間の力関係の逆転がそれである。これは不変の目的であり、軍事的・経済的・文化的手段のいずれかひとつによって、あるいはそれらの結合によって実現される。ここでわれわれが関心を抱くのは、これらの方法に関してなのである」(同上、62頁)
軍事的征服は恐らく帝国主義の方法として最も典型的、古典的なものでしょう。それは軍事力で他国の領土を占領し、軍隊を破壊することで支配関係を確立する方法と特徴付けることができます。
「最もあからさまで古くから存在し、しかも最も粗野な形の帝国主義は、軍事的征服である。いつの時代にせよ偉大な征服者は、同時に偉大な帝国主義者であった。帝国主義的な国家からみた場合、この方法の利点は次の事実のなかにみいだされよう。すなわち、軍事的征服の結果生まれた新しい力関係の変化は、一般には勝ち目がないにもかかわらず敗戦国の方から再度戦いを挑むことによってしか起こりえない、という事実である」(同上、62頁)
軍事的帝国主義は、成功した場合に確立できる支配関係が強固で、滅多に覆すことができません。ただし、不確実性を伴うために実施の際には慎重さが求められることもモーゲンソーは指摘します(同上、63頁)。
軍事的手段と比べた場合の経済的手段の利点は戦争ほどの不確実性がないことであり、相手に対して確立できる支配関係の強さがやや劣ることだけを心配すれば済みます。
「われわれが経済帝国主義と呼んでいる政策に共通の特徴は、一方で帝国主義国と他の国家との間の力関係を変更することによって現状を打破しようとしつつ、他方では領土の征服によってではなく経済的統制によってそうしようとする傾向があることである。ある国家が他の国家に対し支配権を確立しようとする場合に、もしその国家の領土を征服することができないとしても、あるいはそうするつもりがないにしても、この領土を統治しているものに対する規制を確立し、それによって、結局は同一の目的を達成しようとすることができよう」(同上、63頁)
近代のイギリス、フランスが確立した植民地帝国は、まさに経済的帝国主義の事例であり、対外貿易を通じた経済的依存を通じて政治的影響力を行使できる体制が目指されています。モーゲンソーは軍事的手段ほど決定的ではないとしても、経済的手段は帝国主義の重要な一側面だと論じています。

モーゲンソーは最後の文化的手段については単独で成果を上げることが難しいと述べていますが、「最も巧妙なものである」とも指摘し、帝国主義の方法として研究される必要があるとの考えを示しています(同上、64頁)。
「文化帝国主義は、領土の征服や経済生活の統制を目的とはしない。その目的は、二国間の力関係を変えるための手段として、人間の心を征服し制御することにある。もしわれわれがA国の文化、とくにその具体的なすべての帝国主義的目標を伴う政治的イデオロギーが、B国の政策を決定する全市民の心を征服すると想像するならば、A国はより完全な勝利を獲得したことになろうし、またどんな軍事的征服者や経済的支配者にもまして、安定した地盤の上にその覇権を築いたということになろう」(同上、64頁)
モーゲンソーの見解によれば、他国に自国の文化を浸透させることは、経済的浸透や軍事的征服の準備段階として有効です(同上、65頁)。
国際交流、文化交流といった形で宗教、言語、思想、芸術、学問などを普及させ、現地において自国に対する外国住民の支持を広げれば、軍事的、経済的支配によりスムーズに移行できると考えられています。

むすびにかえて

モーゲンソーの帝国主義に関する考察は、より詳細な研究に進むための準備と言えます。
それは新興国が勢力を拡大しようとする際に採り得る手段を一通り網羅しておくことで、分析者に幅広い事象に対して注意するように促しているのです。

平時に行われる国家間の経済連携や文化交流も、モーゲンソーの見方を踏まえれば権力闘争の一環であり、その本当の狙いが現状打破にあり得ることを考慮する必要があるでしょう。
仮に一見すると無害にしか見えない文化事業であっても、軍事戦略や貿易政策を通じた勢力拡大の予備段階かもしれないという認識は、直感的に受け入れがたいところかもしれませんが、国際政治学の観点から見た一つの可能性として知っておくべきことだと思います。

KT

参考文献
ハンス・モーゲンソー『国際政治:権力と平和』現代平和研究会訳、福村出版、1998年