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2018年3月15日木曜日

学説紹介 大艦隊がなくても海洋は支配できる―地中海を閉鎖したローマの戦略―

大陸を支配するなら陸軍を、海洋を支配するなら海軍をそれぞれ強化するという考え方は、国家政策として当然に思えます。しかし、軍事的にはそれが常に正解とは限りません。
大規模な海上兵力がなくても地理的条件によっては陸上兵力だけで海洋の支配を確立できる場合があるためです。

今回は、そのことを示すために、ローマの戦略に関するイギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーの分析を紹介したいと思います。

大艦隊なしでも海洋の支配は可能
戦略の研究では、海上交通路を防護するには大規模な戦闘艦隊が求められるという説があり、その根拠は19世紀後半に米国海軍軍人であるマハン(Alfred T. Mahan)のシーパワーの理論に求められます。

しかし、マッキンダーはマハンと異なる視点でシーパワーを考察しました。
艦隊が究極的には陸上にある海軍基地に依拠していることから、海域の地理的条件によっては陸上兵力で支配することもできると論じたのです。
「一般にわれわれがシー・パワーについて語るとき、よくその機動性とか、またその行動半径の長いことなどが長所としてとりあげられる。しかしながら、とどのつまりシーパワーを生かして使えるようにするものは、よく整備された、また生産力にすぐれた、安全な基地である」(邦訳、マッキンダー、46-7頁)
ここで述べている基地とは、港湾だけのことを指しているのではありません。艦隊の造成に必要な造船能力や整備能力、さらに食料や物資の備蓄を併せ持った都市的な地域のことです。

ある海域で基地を失うことは、そこで艦隊が継続的に作戦行動をとることはできなくなることを意味します。
そのため、マッキンダーは敵の基地をくまなく陸軍で占領することができれば、それだけで敵艦隊は活動不能になると論じています。
「たとえ海軍力の保護がなくても、海上の通商が安全に行われる場合がある。それは、あらゆる沿岸地帯がたった一つの陸上勢力(ランド・パワー)によって占められたときである」(同上、48頁)
もちろん、これはあらゆる海域に適用可能な戦略とは言えないでしょう。その海域の広さが限定的であり、しかもその海域の外部から艦隊が進出できないことが必要だからです。

こうした観点から見れば、他の海域から侵入しにくい地中海は、陸軍に依拠した海洋戦略を実施する上で好都合な戦域と言えます。

ローマにより閉鎖海になった地中海
紀元前226年の西地中海における勢力圏の概要。赤色がローマ人、緑色がカルタゴ人、黄色がギリシア人の勢力圏を表す。シチリア島の南部にあるシラクサ付近で三者の勢力圏が拮抗している。ポエニ戦争の結果、紀元前2世紀にカルタゴは滅亡し、ギリシアの勢力圏もローマに飲み込まれていく。
(Wikimedia Commons: Mediterraneo occidentale nel 226 a.C. dopo la prima guerra illirica (230-229 a.C.))
もともとローマはイタリア半島でも内陸部に立地し、テベレ川を通じて海上交通路と結ばれていたに過ぎません(同上、49頁)。
その地理的制約もあって、ローマが地中海に向けて海洋進出の動きを見せるのは、カルタゴが地中海で支配権を獲得した後であり、戦略的には大きく出遅れていたと言えます。

それでもローマ軍は3度にわたるポエニ戦争によってカルタゴを征服し、地中海に進出する上で重要な一歩を踏み出しました。
それでも、当時のローマの勢力圏は西地中海に限定されており、東地中海に向けてさらに勢力圏を拡張する余地が残されていました(同上、50頁)。
紀元前31年のアクティウムの海戦に勝利したローマはようやく地中海を一つの閉鎖海として完成させます。
この時からローマはシーレーン防衛のために巨大な艦隊を維持する必要がなくなったとして、マッキンダーはその歴史的意義を強調しています(同上、50-1頁)。
「事実、少数の警察のパトロール用を除けば、ローマは地中海の動脈ともいえるシーレーンを完全に確保する目的のために、まったく海軍力を必要としなくなった。これは、エジプトの国王達がナイル川の水流を支配したのと、ほとんど同じくらいの気楽さだったろう。これでまた、ランド・パワーがシー・パワーからその基地群を剥奪することによって、海上の覇権をめぐる一連の闘争に終止符をうつ、という歴史の一齣が完了したわけだ」(同上、52頁)
こうしてローマは強大な艦隊を維持することなく、ほとんど完全な制海権を手に入れました。

沿岸地域に沿って延長される防衛線

117年、ローマ帝国の領土が最も拡張されると、ヨーロッパから北アフリカ、中東に至る長大な防衛線が出現した。沿岸地域を防衛するため、東方、南方、北方の3正面に対して兵力を広域的に分散配置する必要が生じる。(Wikimedia Commons, Andrei nacu, The maximum extent of the Roman Empire
ただし、地中海の制海権と引き換えに、ローマ人は陸上で長大な防衛線を抱えることになります。つまり、この戦略に代償がまったくなかったわけではないのです。

沿岸地域を防衛するためには、港湾が整備された臨海都市を中心に守備を固めることが基本的な問題となります。
しかし、保持すべき都市の数があまりにも多くなると、各地に基礎配備しておくべき兵力規模が増大し、それに伴って恒常的に支出される部隊の維持費も膨らみます。

それだけでなく、ローマの戦略に関するマッキンダーの分析の中では、地中海の閉鎖性を脅かした勢力としてノルウェーから西ヨーロッパに進出してきたバイキングと、アラビア半島を基地としてシリアやエジプトに圧力を加えてきたイスラム勢力を挙げています(同上、55頁)。

個別に見れば小規模な兵力であったとしても、こうした脅威が地中海を取り囲む防衛線に進出して前哨陣地の守備や都市に襲撃を行う場合、事態の打開には長期間を要すると考えられます。

むすびにかえて

ランドパワーは大陸を、シーパワーは海洋を支配するものと考えられがちですが、ランドパワーであったとしても地理的な条件さえ整えば海洋を支配することは可能であり、そのことは歴史的にも確認されていることです。

マッキンダーの分析はランドパワーが海洋進出を行う際にどのような行動パターンをとるのかを予測する上で役立つものです。
つまり、ランドパワーが海洋進出する場合には、海域を取り囲む沿岸地帯を大きく一周するような運動を見せるということです。

沿岸地帯における基地を一つずつ攻略していけば、その海域を最終的には閉鎖し、自国の勢力圏に組み入れることが期待されるのです。
ただし、この方法で制海権を確立するためには沿岸地域の広域的な防衛体制を長期的に維持する必要があるため、この戦略をとる相手国に対処する場合には、その弱点を突くことが重要だと言えるでしょう。

KT

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参考文献
Mackinder, Halford J. 1962(1919). Democratic Ideals and Reality. New York: Norton.(邦訳、H.J.マッキンダー『マッキンダーの地政学 デモクラシーの理想と現実』曽村保信訳、原書房、2008年)