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2018年3月28日水曜日

学説紹介 シンプルで奥深いジョミニの戦略思想

アントワーヌ・アンリ・ジョミニはスイス出身の軍人であり、ナポレオン戦争の頃にはフランス陸軍で、戦後はロシア陸軍で働き、19世紀のヨーロッパを代表する軍事学者として有名になりました。
最近、日本でも新しい翻訳が出るなど、部分的に関心が高まっている傾向も見られますが、依然として研究の量は少ないままであり、より多くの人がジョミニに関心を持つことが期待されます。

今回は、そんなジョミニの戦略思想について簡単に解説してみようと思います。ジョミニの学説の重要性について理解して頂ければ幸いです。

ジョミニにとって戦略とは何か

ジョミニの見解によれば、戦略とは「作戦地域の全体を含む図上で戦争を遂行する技術」と定義されます(Jomini 1862: 69)。
この定義はよく知られているものですが、あまりにそっけない定義なので、一読で理解しにくいところがあります。
補足すると、地図の上で戦争の計画を立てたり、必要な命令を起案する技術が戦略なのだと解釈できます。ただ、ジョミニが考えた戦略概念をより正しく理解するには、定義を調べるだけでは不十分です。

ジョミニが戦略をどのように把握していたのかを知るためには、彼が戦略、戦術、兵站を一つの近代戦争のシステムとして認識していたことに注意しなければなりません。
ジョミニにとって戦略は、近代的な戦争術を構成する要素の一つに過ぎず、戦術や兵站と並列に置かれる機能のように見なされていました。

これは「戦略はどこで行動するかを決定し、兵站は部隊をこの地点に動かし、大戦術はその部隊の要領と展開を決定する」という彼の言葉からも分かります(Ibid.: 69)。
戦争を指導する際にまず問題となるのは戦略の決定なのですが、それに基づいて部隊を移動させる兵站が機能しなければ、あるいは戦術に不備があれば、戦略それ自体も意味をなしません。

つまり、戦略、兵站、戦術がそれぞれの機能を果たすことを通じて戦争が遂行されるとされていたために、ジョミニは戦略の定義を形式的でシンプルなものに止めていたと理解することができます。

戦略家が研究すべき課題の一覧

ジョミニが考える戦略概念は兵站、戦術との関係を前提としていたと考えると、戦略の問題も自ずと明確になってきます。つまり、戦略の研究は兵站や戦術の研究を進める上での前提を与えるものでなければならない、ということです。

ここでジョミニが示している戦略の基本的な研究課題を示します。
 「戦略においては以下の論点が含まれている。
 (1)戦域の選択とそこに含意されるさまざまな関連に関する考察。
 (2)戦域の組み合わせにおける決勝点と、最も有利な作戦方針の決定。
 (3)恒久的な基地と作戦地帯の選択と設定。
 (4)攻勢と防勢における目標地点の選択。
 (5)戦略正面、防衛線、作戦正面。
 (6)目標地点と戦略正面を接続する作戦線の選択。
 (7)所定の作戦で最良の戦略線とあらゆる事態に対応するために必要なさまざまな機動。
 (8)必然的に使用する作戦基地と戦略予備。
 (9)機動と考えられる軍の行進。
 (10)補給処の位置と軍の行進との関係。
 (11)軍の避難場所として、また攻囲や守備に見られるように軍の前進の障害となる戦略的手段としての要塞。
 (12)駐屯地や橋頭堡に適当な地点。
 (13)牽制の実行とそれに要する大規模な分遣隊(Ibid.: 68-9)」
攻勢と防勢のいずれをとるのかといった課題は、まさに戦略の研究そのものだと言えますが、この一覧の全部をよく調べてみると、基地の設定や部隊の移動といった兵站に関連する項目が大部分を占めていることに気がつきます。

興味深いのは、敵に向かって展開、機動する軍の作戦線(line of operation)を確保することに大きな注意が払われていることであり、作戦目標となる地点と作戦基地となる地域との間の交通手段をどのように組み合わせるかについて慎重な分析が必要だとジョミニが考えていたことが伺われます。

作戦線が戦略の研究で焦点となる

作戦線の概念図、基地(base)から目標(objective)までの経路全体が作戦線に該当する。なお、作戦線上には決定的地点(decisive point)が占めており、ここを敵に攻撃されると作戦線の途絶の恐れが出てくる。
最後に、ジョミニが4つの戦略原則を確立したことを紹介します。その全文をここに示しますが、やはりそこでも作戦線の重要性が強調されています。
「戦争における全ての作戦の基礎には一つの根本原理が存在する。優れた作戦を立案するに当たって、それは必ず準拠しなければならないものであり、以下のような原則がある。
 (1)我の後方を掩護しながらも、その戦域の決定的地点または敵後方に対して、我の軍主力を戦略機動によって可能な限り継続的に指向すること。
 (2)我の主力が敵の一部と交戦するように機動すること。
 (3)戦場において敵を打破するために最も重要な決定的地点または前線の部分に対して主力を投じること。
 (4)単に決定的地点に対して我の主力を投じるだけではなく、適当な時期に十分な戦力で交戦する準備を整えること」(Ibid.: 70)
これだけを見せられると、ジョミニの戦略思想が政策との関係を軽視していたり、あまりに画一的な運用を重視していたとの印象を受けますが、そのことはジョミニは戦略という概念をあえて厳格に定義していたことを思い出せば理解できることです。

ジョミニは兵站や戦術を研究するための基礎を確立するために戦略の研究を位置付けており、彼我の軍の作戦線に対しては最大限の注意を払っていました。
それゆえ、ジョミニの原則においても作戦線という概念が基礎に据えられており、それを中心に望ましい戦略のあり方が構想されているのです。

むすびにかえて

ここまでジョミニの戦略思想について紹介してきましたが、現代の戦略に関する研究でジョミニの業績が参照されることは少ないと言わざるを得ません。
むしろ重視されているのはクラウゼヴィッツの業績です。理由ははっきりしませんが、クラウゼヴィッツは戦略を政治的目的を達成するために軍事的手段を適用することだと考え、ジョミニよりも広い意味で戦略を理解していました。
そのため、クラウゼヴィッツの考える戦略概念の方がジョミニのそれよりも理解しやすく、また概念を理論的に拡張するといった操作も行いやすかったのだと思います。

しかし、だからといってジョミニの戦略思想がクラウゼヴィッツのそれに劣るということにはなりません。
ジョミニの業績にはクラウゼヴィッツの業績にはない利点があり、特に作戦線の概念を通じて兵站と戦略を直接的に結びつけるジョミニの視点は、戦略の成否を分析する際の判断基準となり得るものです。

一般に後方連絡線が絶たれ、兵站支援が途絶することは、兵站を軽視した結果であると見なされることもあります。しかし、ジョミニに言わせればそれは兵站の失敗ではありません。より根本的な問題として戦略が失敗した結果なのです。
戦略は、戦域の特性を踏まえ、全ての作戦線が絶えず掩護されるように軍を配備、機動しなければならず、後方地域で兵站支援が続行できる条件を完全に整えなければなりません。

政治的目的を達成するように軍を運用することも戦略ですが、その軍が兵站基地から切り離されることがないように処置することも戦略だということをジョミニは教えてくれます。

KT

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参考文献
Baron Antoine Henri de Jomini. 1862. The Art of War. trans. G. H. Mendell and W. P. Craighill. West Point: U.S. Military Academy.(邦訳、ジョミニ『戦争概論』 佐藤徳太郎訳、中央公論新社、2001年)