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2018年2月16日金曜日

文献紹介 なぜルイ十四世は戦争を繰り返したのか―シュンペーターの考察―

戦争の歴史を調べていると、その国家の指導者がどのような国益を求めていたのか曖昧な侵略戦争の事例が決して少なくないことが分かります。

国際政治学でも特にリアリズムの議論には、国家を一つの主体として捉えて戦争の勃発を説明するものもありますが、実際の戦争に至る意思決定のプロセスはより複雑であり、実際には国内政治上のさまざまな利害の対立が関係してきます。

今回は、オーストリアの政治経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの研究を取り上げ、彼が17世紀のフランス国王ルイ十四世の戦争を説明する際に、国内政治上の力学で説明していることを紹介してみたいと思います。

ルイ十四世が直面していた国内の脅威

ルイ十四世(Louis XIV, 位1643-1715)は、1653年にフランスの実権を握ると、周辺諸国に次々と戦争を仕掛けたことで歴史的に知られています。
特にスペイン領のネーデルラントやオランダに対する軍事行動は執拗に繰り返されたのですが、イギリスの介入を受けたこともあって、結果としてフランスが得た政治的、軍事的な成果は乏しいものでした。

外交的、軍事的観点から見れば、ルイ十四世の戦争指導には多くの疑問点が残るところであり、多額の債務をフランスに残す原因にもなりました。
シュンペーターはこうした不合理な政策決定を説明するためには、ルイ十四世がフランス国内に抱えていた政治勢力、特に貴族階級の政治的脅威を理解しなければならないと論じています。
「貴族はその独立と政治的権力とを、或いは少なくとも、それらを行使する機会を、国王にいわば明渡していた。かつては自分自身の臣下をもつ確固たる主権者であったところの強情な地方貴族も、いまでは外面上極度に従順な宮廷貴族となってしまっていた。しかし、貴族階級の社会的地位は依然として確固たるものがあったのだ。かれらは自分自身の領地をもっていた。そして自分の土地の近隣では、依然として威信をもち続けていたし、農民たちにたいしても制裁与奪の権を多かれ少なかれもっていた。位の高い貴族は位の低い貴族を依然として自分の配下に従えていた。このように、貴族階級は全体としては、無視しがたい一つの権力要素をなしていたのである」(邦訳、104頁)
ここの説明でシュンペーターが触れていないことですが、ルイ十四世が国王に即位して間もない1648年にフランスでは絶対王政に抵抗する貴族勢力が反乱を起こしたことがあります(フロンドの乱)。

この反乱は1653年まで5年にわたって続き、最後は鎮圧することができました。
しかし、ルイ十四世にとってみれば、貴族階級の脅威は現実の問題であり続けており、彼らが再び歯向かうことがないように手を打つ必要があったのです。

貴族の脅威を緩和する対外戦争

シュンペーターはルイ十四世の政策を調べた上で、その政策が一貫して貴族勢力の懐柔に向けられていると考えました。
そして官僚制度の整備、年金の交付、ヴェルサイユ宮殿の造営、サロンでの文化の奨励は、いずれも地方から貴族を引き離し、宮廷に抑留するための政治的手段として用いられていたとして、次のように説明されています。
「国家の実権者は、国王個人ではなくて貴族階級であったのだ。この階級はきらびやかな中心点を必要としていたのであり、宮廷こそはそれであった。さもなければ宮廷は議会に転化しかねなかったのである。ところが、長いあいだ自分の領地から離れて宮廷で生活することは、どの貴族にとっても経済的負担たらざるをえなかった。したがって、宮廷は、貴族を引き止めておくためには、かれにたいして償いをしなければならず、それは、使節・司令官・役職等に任命したり、年金を与えたり、いずれにしろ、労無くして効多きものでなければならなかった。国王がこのようなことをすればこそ、貴族は忠誠を続けたのである」(同上、105頁)
しかし、地位や年金をばらまく方法には自ずと限界がありました。これはルイ十四世に仕える貴族の大部分は軍人の家系であり、戦争で功績を上げることを望んでいたことが関係しています。
シュンペーターは当時の貴族の気質について次のように述べています。
「ところで、ヴェルサイユで娯楽に興じていたこれらの貴族の家柄というのは、みんな昔日の武勇や、好戦的な思想・標語・本能などを思いおこすことができた連中である。かれらの百人のうちの九十九人までは、武力行為でなえれば「行為」でないと考えていた。だから、内乱を避けようとすれば、外国との戦争が必要であったのだ。外国と戦争をすれば、貴族たちをそれに没頭させることができ、それによってかれらを満足させることができた。国王の立場からしても、外国との戦争は無害のものであり、有利なものでさえあった」(同上、106頁)
現代の感覚からすると理解しがたいものかもしれませんが、当時の貴族階級にとって軍人としての功績を上げることは、一族の社会的地位を高める方法として広く認められており、彼らはチャンスを絶えず伺っていました。

ルイ十四世は、自らの安全を確保するため、何としても貴族を手懐ける必要があり、彼らの望むものを与えなければなりませんでした。そのことが、ルイ十四世を戦争に向かわせる要因になった、というのがシュンペーターの説明です。
結果として、ルイ十四世は戦果の乏しい戦争を何度も繰り返すことになったということになります。

むすびにかえて

このような説明を展開しているからといって、シュンペーターは貴族階級が無暗に戦争を求める勢力だと決めつけているわけではありません。
彼は当時のフランスにおける貴族階級の家族が、どのような歴史を持っているかが重要だと指摘しており、ルイ十四世の時代にあっては軍人として出世を地位向上の戦略とする家族が貴族階級の大きな部分を占めていたことから、こうした事態が起きたと考えられています。

シュンペーターの議論で得られる重要な知見は、戦争という国家の命運をかけた政策決定であったとしても、それが必ずしも国益のために行われるとは限らず、国内の脅威に対処するための方策として利用される可能性があるということです。
「このように、独裁国の好戦的性格やその戦争政策は、その国の社会構造上の要請や、支配階級の伝来の資質等によって説明できるのであって、征服の結果直接得られるような利益が問題なのではない。征服の結果直接得られるような利益を問題とするとしても、ブルジョアジーの利得が動機としての役割を果たしたものとはかぎらぬ、ということを銘記しておかなければならない」(同上、107頁)
つまり、シュンペーターの理論によれば、外交的、軍事的に無意味に見えたとしても、国内における好戦的な支配階級が存在することや、権力者が自らの威信を保持しようとした結果として、戦争を起こす場合があり、それは既存の勢力の利害で合理的に説明できる事象ではありません(同上、112頁)。

シュンペーターの研究は国内政治と対外戦争の関係を考える上で有益な示唆を与えるものだと言えるでしょう。また、これはクラウゼヴィッツが考える戦争と政治の関係を具体的に示した研究として読むことができるかもしれません。

KT

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参考文献

シュンペーター『帝国主義と社会階級』都留重人訳、岩波書店、1956年