最近人気の記事

2017年12月23日土曜日

文献紹介 軍事史における通信技術―戦場における電話の歴史を中心に―

戦場において情報が正しく伝達されなければならないことは当然のことですが、問題はそれだけにとどまりません。
敵にこちらの情報が漏洩することを防止したり、敵の攻撃や戦闘の混乱でも確実に伝達することも求められるためです。

そのため、古来より軍人は通信手段の研究と開発を積み重ね、さまざまな技術や手法を確立してきました。
今回は、その成果を知ることができる文献を取り上げてみたいと思います。

文献情報
David L. Woods, A History of Tactical Communication Techniques, New York: Arno Press, 1974.

長い歴史を持つ軍事通信

この著作の特徴は、古代から現代までの軍事通信を幅広く取り上げていることです。

例えば、古代の軍事通信の事例としてアレクサンドロスの時代からトランペットやファイフのような楽器、そして軍旗がファランクスの部隊行動を統制する手段として使われていたこと、ポエニ戦争でハンニバルがアフリカとスペインに遠隔地から送信される松明の信号を受けるための通信塔を建設していたことなども紹介されています(Woods 1974: 7-8)。

しかし、著者は基本的に時代ごとに使われた軍事通信の歴史を調べるアプローチはとっていません。
その代わりに通信手段を腕木通信、信号旗、伝令、手旗信号、パイロテクニクス、電信、音響信号、光信号、軍事気球、有線通信、無線通信、航空通信のように形態ごとに分類し、それぞれの歴史的変遷を辿っています。

結果として、本書はさまざまな軍事通信の技術的変化を包括的に知る上で優れた研究資料となっています。
以下では、本書の具体的な内容を紹介するため、現代の通信においても重要な電話に関する記述に注目してみましょう。

電話の発明と軍事利用の始まり

1892年に電話の試験を実施する工学者ベル、以降の通信技術の発達に大きな影響を与えた。
Gilbert H. Grosvenor Collection, Prints and Photographs Division, Library of Congress.
現代の私たちが電話として親しんでいる通信手段を技術的に確立したのは米国の工学者ベル(Alexander Graham Bell、1847年 - 1922年)の功績とされており、彼は1875年に音響電信を開発したことで科学技術史に名前を残しています。
ところが、著者の調べたところでは、軍事通信として電話を最初に使ったのは米軍ではなく、1882年にエジプトで反乱の鎮圧に当たった英軍だったという研究報告があるようです(Ibid.: 187)。

ただし、これはあまり確実な記録ではないと著者は指摘しており、現在のパキスタンに当たる地域で1879年12月に英軍が使用した記録や、1877年12月にやはり英軍がパキスタンでの戦闘で電話を使用した記録が残されているためです(Ibid.: 188-9)。
これらを総合すると、電話は開発されてから数年も絶たずに軍事通信として利用され始めたと推測できます。

ただし、電話は通信網を構成するために作業、時間を要する制約があるだけでなく、いったん通信基地を設営すると部隊の移動を妨げるという問題もあり、軍人の間でその価値に疑問を投げかける見解も一部にあったようです(Ibid.: 190-1)。
しかし、電話の軍事利用という動きは広がり続け、米軍でも1889年から本格的に検討を始め、1896年に英軍からの技術移転を受けながら運用を開始しました(Ibid.: 191-2)。

第一次世界大戦で直面した諸問題

研究開発を通じて改良された電話は、1914年に第一次世界大戦が勃発してから、さまざまな技術的試練を受けることになりました。
当初、英軍で電話が特によく使用されていたのは旅団―大隊間の通信でしたが、1915年以降に第一線の部隊が砲兵が緊密に連絡をとる必要が生じ、電話線をより前線近くまで引く必要がでてきました(Ibid.: 194-5)。

しかし、線を第一線部隊の陣地にまで延伸することで、さまざまな通信障害が引き起こされることになります。
著者は1916年に英軍が刊行した『戦場における野戦電話の利用(The Use of Field Telephone in the field)』というパンフレットで掲載された18項目の注意事項を紹介することで、当時の電話に関する問題を示しています(Ibid.: 195)。ここではその一部を取り上げます。
「(1)急ぐとかえって時間をとられる。注意深く電話線を構成すれば結果として時間は節約される。(2)電話線を乱暴に扱うな。断線の原因となる。(3)戦闘の最中に前線と後方を電話で結ぶ際には、それが固定的な通信であり、数分間で修理ができたり、移動できるものとは考えるな。(4)前進する場合、電話は置いていけ。後で回収する時間はある……」(Ibid.: 195)
まだ戦術的な通信手段として電話の運用をめぐって、現場でさまざまな問題があったことが、こうした記述からも伺われます。

重要性を増した通信科の役割

1942年、第二次世界大戦のガダルカナルの戦闘で電話をかける米軍兵士
Hammel, Eric, Guadalcanal, Zenith Press, 2007, p. 142.
当時、敵であるドイツ軍の砲兵が道路に対して行う砲撃で断線が頻発したことも、英軍で大きな通信障害の原因となっていました。
これを避けるため、電信柱や道路脇に線を引くことを避け、交通壕の中に線を走らせることも広く行われたのですが、今度は部隊が交通壕の中を移動する時や、交通壕の拡張工事を行う時に断線が起こることになります(Ibid.: 195-6)。

戦場における通信の問題がますます大きくなる中で、英軍における通信部隊の規模は拡張されています。
ボーア戦争の頃に24名の士官と350名の下士官・兵卒だったところが、1914年には士官58名、下士官・兵卒1978名にまで急増し、この傾向は戦争が終わるまで続きました(Ibid.: 196)。

戦間期に入ると無線通信が登場しますが、それは有線通信と置き換えることができるものではなく、第二次世界大戦、朝鮮戦争でも電話は広く戦術通信のために使用されました。
電話交換機、ファクシミリなど、その過程で現代の我々が知る多くの装備が導入されたことにも触れられています。

むすびにかえて

この著作は技術史に関する多くの文献と同じく、軍事通信の技術的詳細について多くのことを語っています。
しかし、著者はそうした技術の紹介だけに専念せず、それを軍隊がどう活用しようとしたのか、という運用的側面にも考慮し、バランスのとれた記述を心がけています。

結果として、通信技術の専門家ではない読者であっても、興味深い情報が多く盛り込まれており、少し古い文献であるものの、関連する写真が多く掲載されており、それだけでも興味深い内容になっていると思います。
新たな情報技術が次々と登場する現代ですが、最新の技術を学ぶだけでなく、こうした歴史研究を通じて長期的観点を持っておくこともまた重要なことではないかと思います。

KT