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2017年10月18日水曜日

学説紹介 米国の覇権はいつまで続くのか

米国を中心とする覇権は今後も存続できるかどうかについては、研究者の間でも議論が分かれていますが、当面では肯定的に見る論者の方が多いと思います。
ただし、彼らを批判する論者も根強く、学界での議論は定まっているとは言えません

今回は、米国の大戦略をめぐる論争をモントゴメリー(Evan Braden Montgomery)がどのように整理しているのかを取り上げ、それを紹介したいと思います。

ディープ・エンゲージメント派の主張
モントゴメリーは米国の戦略論争において二つの学派が形成されていると考えており、それをディープ・エンゲージメント(deep engagement)とオフショア・バランシング(offshore balancing)に区別して考察しています(Montgomery 2014: 118)。

前者の立場に立つ論者は「米国はまだ覇権の費用をまかなうことが可能」と考えますが、後者の立場に立つ論者はより悲観的に情勢を判断し、「条約の履行の多くはもはや財政的に維持し得ない」と考えます(Ibid.)。

まず、ディープ・エンゲージメントを擁護する論者が展開する主張の特徴として指摘できるのは、米国の繁栄を可能にする自由主義的な経済秩序を構築し、これを維持することを構想していることです。

このような国際経済体制を実現することができれば、そこから得られる利益で安全保障上の約束をきちんと履行することは可能であり、引き続き重要な地域の平和と安定を確保する努力を継続することにも繋がると考えられます(Ibid.: 118-9)。

さらにディープ・エンゲージメントの主張を調べていくと、イラク、アフガニスタンでの戦争があったにもかかわらず、米国はGDPの5%にも満たない国防予算で対応することが可能だったという議論も出されており、ブルックス(Brooks)やウォルフォース(Wohlforth)のような研究者は「単一の超大国の世界が直ちに終わるということは極めて起こりにくい」と述べたことがあることも紹介されています(Ibid.: 119)。

つまり、米国は依然として圧倒的な優位を占めているのだから、中国がたとえこれからも経済成長を遂げたとしても、それは米国の地位を脅かすまでには至らないというのがディープ・エンゲージメント派の見解として整理されます(Ibid.: 119-20)。

オフショア・バランシング派の主張
ディープ・エンゲージメント派の見解に対してオフショア・バランシング派の見解はより慎重です。

こちらの立場に立つ論者はそもそも米国は本土から遠く離れた海外基地に部隊を維持することの財政的負担は決して小さなものではなく、米国の勢力を削いでいると考えているためです(Ibid.: 120)。

また彼らは米国の軍事力に頼る同盟国を援助するよりも、独力で対処できるようにして、少しでも米国が不必要な戦争に巻き込まれることがないようにすべきだと考えます(Ibid.)。

モントゴメリーの調査によれば、オフショア・バランシング派の側に立つ論者は増加する傾向にあり、イラクとアフガニスタンでの戦争、金融危機、中国の台頭がその背景的要因としてあることも指摘されています(Ibid.)。

オフショア・バランシングに賛成する論者の一人であるレイン(Christopher Layne)は、もはや米国を中心とする一極構造の時代ではないという見解から、特に中国が台頭していることが「米国の勢力低下を裏付ける最も確固とした証拠」だと述べたことで知られています(Ibid.: 121)。

こうした立場から見れば、海外に駐留させている米軍部隊を縮小させることは、米国の国力を温存、回復させるという意味で非常に重要なことであり、諸外国の防衛に米軍を出動させることにより慎重を期すべきだと考えられます。

その代わりとして、政府は国内の課題に取り組むことが可能となり、財政の立て直しと経済の発展のためにより多くの予算を配分することができるという議論が出されてくるのです。

むすびにかえて
核抑止など米軍の兵力に依存する程度が大きい日本の防衛体制にとって、米国が大戦略としてオフショア・バランシングの路線をとることは望ましいこととは言えません。
それは東アジアに新たな真空地帯を形成する恐れがあり、兵力を縮小するタイミングによっては中国の勢力圏がさらに躍進する事態になりかねないためです。

しかし、ここで示した議論を踏まえると、ディープ・エンゲージメントを維持するためには、米国を中心とする自由主義的な国際経済体制に日本として協力する必要があることも同時に考えなければなりません。
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉をめぐる論争でしばしば日本国内で議論されたことですが、これは決して関税だけの問題ではなく、法規制を標準化する過程で国内の多くの産業に影響を及ぼす可能性があります。そのため、経済政策、産業政策の観点からもよく検討される必要があるでしょう。

この論争ではっきりしているのは、今後も米国が覇権を維持できたとしても、それは現状のまま存続することは難しいということです。日本の大戦略を改めて長期的視野に立って検討しておく時期に来ていると思います。

KT

文献案内
米国の大戦略に関する論争についてより詳細に知りたい場合は、次の論文が参考になります。
Barry R. Posen and Andrew L. Ross, "Competing Visions for U.S. Grand Strategy," International Security, Vol. 21, No. 3(Winter 1996/7), pp. 5-53.
Michele A. Flournoy and Shawn Brimley, eds. Finding Our Way: Debating American Grand Strategy, Washington, D.C.: Center for a New American Security, 2008.(下記リンクあり)

またディープ・エンゲージメント派の議論をより知りたい場合は以下の論文を参照してみて下さい。
Stephen G. Brooks, G. John Ikenberry, and William C. Wohlforth, "Don't Come Home, America: The Case against Retrenchment," International Security, Vol. 37, No. 3(Winter 2012/3), pp. 7-51.
Robert J. Art, "Selective Engagement in the Era of Austerity," in Richard Fontaine and Kristine M. Lord, eds., America's Path: Grand Strategy for the Next Administration, Washington, D.C.: Center for a New American Security, 2012.(下記リンクあり)

オフショア・バランシングに関しては以下の文献が参考になります。
Eugene Gholz, Daryl G. Press, and Harvey M. Sapolsky, "Come Home America: The Strategy of Restraint in the Face of Temptation," International Security, Vol. 21, No. 4(Spring 1997), pp. 5-48.
Christopher Layne, "From Preponderance to Offshore Balancing: America's Future Grand Strategy," International Security, Vol 22, No. 1(Summer 1997), pp. 233-248.

参考文献
Evan Braden Montogmery, "Contested Primacy in the Western Pacific: China's Rise and the Future of U.S. Power Projection," International Security, Vol. 38, No. 4(Spring 2014), pp. 115-149.