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2017年5月21日日曜日

論文紹介 アフガニスタンとイラクで考える21世紀の戦争

2001年のアフガニスタン侵攻、そして2003年のイラク戦争の頃を覚えている方であれば、2000年代の米国では軍制改革の文脈でトランスフォーメーション(transformation)という概念がもてはやされていたことを知っているかもしれません。

2000年代に米国で刊行された研究を調べてみると、アフガニスタン、イラクで明らかになった「21世紀型の戦争」、つまり情報技術を駆使した精密誘導兵器の発達を踏まえ、米軍の態勢を抜本的に見直すべきとする議論がありました。

しかし、こうした議論を2010年代の今から振り返り、果たして妥当な議論だったのかを検証することが必要でしょう。

今回は、米国の政治学者スティーヴン・ビドルが2010年に発表した論文を紹介し、2000年代のトランスフォーメーションの議論に対する批判的考察を紹介したいと思います。

文献情報
Biddle, Stephen. 2010. "Iraq, Afghanistan, and American Military Transformation," John Baylis, James J. Wirtz, Colin S. Gray, eds. Strategy in the Contemporary World, Third Edition. Oxford: Oxford University Press, pp. 266-287.(注意、今回の論文は2010年に刊行された版のStrategy in the Contemporary Worldにのみ掲載されているものです)
目次
・はじめに
・アフガニスタンと軍制改革論
・2003年のイラクと軍制改革論論
・異なる視点
・結論
トランスフォーメーション論争の論点
2001年以前から米国では情報革命によって戦争の性質が変化する可能性は議論されていましたが、その多くは軍事技術の発達によって、大規模な通常戦力の必要が低下することを予見していました。

著者によれば、2000年代のアフガニスタンとイラクにおける戦役によって、こうした主張がますます支配的になっていく傾向が生じ、技術的優位、特に精密誘導兵器を活用すれば、短期間のうちに敵に決定的打撃を与えることが可能になると真剣に議論されるようになります。

これは一つの見解として参考になる部分もあったのですが、トランスフォーメーションの議論を支持する人々は、技術的優位の重要性ばかりを強調するあまり、マンパワーの確保という問題を軽視しすぎる側面があったとして、著者は次のように指摘しています。
「〔トランスフォーメーションに関する〕これらの提案はこれまでにも批判を受けてこなかったわけではない。批判派は、このトランスフォーメーションの議論が、対反乱作戦(COIN)あるいは治安作戦(SASO)のような独特な意味で労働集約的、かつ低水準のテクノロジーを用いる任務の必要を見過ごしていると長らく議論してきた」(Biddle 2010: 267)
そこで著者はアフガニスタン、イラクにおける精密誘導兵器、あるいはネットワーク化された兵器システムが果たした役割が実際にどのようなものだったのかを検討しています。

21世紀の戦争の現実―アフガニスタン
著者はまずトランスフォーメーション派が論拠として注目するアフガニスタンでの精密誘導兵器の意義について検討しています。

戦争が始まった2001年から02年にかけて、アフガニスタンで活動するタリバン、アルカイダの部隊は十分な偽装、掩蔽ができておらず、そのため米軍の特殊部隊は長距離からでもその所在を発見することが可能でした。そのため精密誘導兵器は順調に戦果を上げていました。

しかし、著者はこの事例を考える上で重要な点として、精密誘導兵器が戦果を上げていたのが一時的な事象だったことだと念を押しています。

つまり、タリバンやアルカイダは次第に精密誘導兵器に対する防護として、偽装、掩蔽の重要性を理解するようになり、また組織的な戦闘を遂行する能力を向上させていった経緯があるのです(Ibid.: 269-70)。

そのため、2002年に入ってからは、米軍部隊は突如として出現するタリバン、アルカイダの部隊と近接戦闘に捲き込まれる場面が増えていき、エアパワーの限界を示す次のような状況も起きていました。
「例えば、11月5日、Bai Becheにおいて塹壕にこもったアルカイダの守備隊は米軍の集中的な爆撃を2日間にわたって受けた後も撤退することを拒んだ。彼らを排除するため、北部同盟の騎兵隊に敵防御陣地への突撃が命じられた。最初の攻撃は撃退された」(Ibid.: 270-1)
その後、著者は現地にいた米軍の特殊作戦部隊が二度目の突撃を行った味方の騎兵隊を誤爆しかけた経緯や、北部同盟の騎兵隊が敵防御陣地の後方に迂回したと判断したアルカイダの部隊も陣地を放棄して後退したことも紹介しています(Ibid.: 271-2)。

この事例はトランスフォーメーション派が考える戦争観とアフガニスタンの戦争の実態に大きな乖離があることを裏付けるものであり、どれほど技術が進歩しても、防御陣地に立てこもる敵を航空機で一掃することはできず、結局は地上部隊の行動に戦局がかかっていることを示しています(Ibid.: 274)。

21世紀の戦争―イラク
次に著者はトランスフォーメーションを支持する論者が、イラクで多国籍軍の損害が小さかった理由として、情報技術に裏付けられた精密誘導兵器の威力によって、近接戦闘を回避できたためだと論じていることに注目しています。

イラクの事例に関しても著者は精密誘導兵器が戦果を上げていたこと自体は認めていますが、実際の当時の戦争の経緯を見直していくと、それだけで説明できるほど事態は単純ではなかったと考えています。

実際、多国籍軍はイラク侵攻の前に航空作戦でイラク軍に多大な損害を与えていたにもかかわらず、特に市街地において激しい戦闘を強いられました(Ibid.: 277)。

この戦闘で出た犠牲が比較的小さかった理由として著者はバグダッドでの戦闘では敵の防御陣地に対する浸透(penetration)戦術が成果を上げたためだったと指摘しており、つまりバグダッドの戦闘における多国籍軍側の戦術が適切だったと評価しています(Ibid.: 275)。
「例えば、バグダッドで米陸軍第3歩兵師団の第2旅団は市街地の中心部に向けて2003年4月5日と7日に2度にわたる連続的浸透(「サンダー・ラン」)を遂行した。いずれの場合でも、ほとんどすべての経路において、RPGと小火器の連続射撃を受けた。事実、4月5日、旅団の縦隊のすべての車両が少なくとも1回はイラク軍のRPGを被弾し、多数の車両が複数回被弾している」(Ibid.) 
さらに、トランスフォーメーション擁護者が多国籍軍の電撃的侵攻によってイラク軍が国土を焦土化する前に前進できたという主張についても疑問を投げかけています。
「トランスフォーメーション擁護者は、2003年にRumaila油田施設の壊滅、Um Qasrの港湾施設の破壊工作、ティグリス川とユーフラテス川に架けられた橋梁の崩落、そしてKarbala渓谷の洪水を防いだのは速度であったと述べてきた。しかし、多国籍軍の速度はイラク側の選択ほど重要ではなかったことを示唆する強い証拠がある」(Ibid.: 277)
具体的には、当時の油田の労働者が破壊工作に対して組織的に抵抗していたこと、またイラク軍の内部において必ずしも首脳部の決定が末端にまで徹底されていませんでした(Ibid.: 277-8)。

以上の著者の議論を踏まえると、イラク軍に対して多国籍軍が短期間にわずかな損害で勝利を収めることができたのは、技術的優位という単純な議論で片づけられるものではなく、むしろ伝統的な兵力運用能力によるところもかなり大きかったと分かります。

むすびにかえて
著者は21世紀の戦争を考える上で、技術的優位を過度に重視することは、必ずしも根拠がある議論ではなく、また将来の米軍の在り方を論じる上でも好ましくないと考えています。

トランスフォーメーションの擁護者がアフガニスタンやイラクでの軍事的教訓を誤解している部分があり、米軍としては情報技術を活用した精密誘導兵器の威力を過信せず、従来から確立されている戦術・運用能力の重要性を見直す必要があると著者は論じました(Ibid.: 284)。

歴史的に米国の戦略文化には安全保障上の問題を運用ではなく技術で解決する傾向があるという研究もありますが(参考:論文紹介 アメリカ人の戦略文化とは)、この論文の問題意識はそこに大きく重なるものだと思います。

技術の進歩を認識し、それを取り入れることは安全保障において非常に重要なことなのですが、その軍事的妥当性については詳細に検証する必要があり、それを軽視すると実態からかけ離れた印象論に陥ってしまう危険があることに注意すべきでしょう。

KT

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