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2017年4月14日金曜日

論文紹介 どのような理論で軍事バランスを分析すべきか

U.S. Marine Corps photo by Cpl. Aaron S. Patterson
軍事バランスを評価する方法は安全保障研究における最大のテーマの一つでした。冷戦期には米軍とソ連軍のどちらがヨーロッパで軍事的に優勢なのかを明らかにするため、さまざまな定量的分析が試みられています。

今回は、ヨーロッパにおける東西の軍事バランスを評価した研究でどのような方法論が用いられていたのかを検討し、これまでの論争を再解釈すべきだと主張した研究を紹介したいと思います。

論文情報
Biddle, Stephen D. "The European Conventional Balance: A Reinterpretation of the Debate," Survival, Vol. 30, No, 2(March/April, 1988), pp. 99-121.

冷戦期ヨーロッパの軍事バランスをめぐる議論
冷戦期の北大西洋条約機構の加盟国を示した地図。対ソ戦が勃発した場合、ヨーロッパに配備している部隊だけではソ連軍に対抗することが難しいため、米国本土の部隊を動員してヨーロッパに派遣する必要が生じるが、それまでの間に第一線のNATOの部隊が持ち堪えることが軍事バランスで可能なのかが主な論点となった。
U.S. Navy. 1962. U.S. Navy All Hands magazine.
冷戦期のヨーロッパは東西陣営の主戦場と見られていたため、米ソ戦争が勃発すればこの地域の軍事バランスの動向が戦争の勝敗を大きく左右すると考えられていました。
特にヨーロッパ戦域における米軍を中心とした北大西洋条約機構(NATO)の部隊とソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構(WP)の部隊との軍事バランスが重視されていたのですが、両軍の配備状況を見ればソ連軍が優勢というのが定説とされており、米軍としては戦時に米国本土から増援を派遣する必要があると議論されていたのです。

ただし、ソ連軍が優勢という判断は限られた定量的分析によって裏付けられていたに過ぎず、学術研究として議論の余地が残されていたと著者は述べています(Biddle 1988: 100)。
従来までの定量的分析の内容を詳細に調べると、大きく2種類のタイプに分かれており、一方は軍事バランスの基礎となる兵士、装備、物資に焦点を合わせる分析、他方は軍事バランスの結果として発生する損害に焦点を合わせる分析があったとされています(Ibid.: 101)。著者の見解によれば、あらゆる軍事分析はこの二つのどちらか一つに区分することができます。

さらに著者は前者の分析方法を「ビーン・カウント(bean counts)」と称される単純な分析方法と指数を用いたやや複雑な方法に細分して検討しています。
前者の方法は、単純に戦時に動員可能な部隊の規模、戦車や火砲などの武器体系の数を比較する方法ですので、武器や装備が持つそれぞれの特性が十分に考慮されません。この方法では米ソの軍事バランスを評価しようとしても難しくなります(Ibid.)。
例えば、戦闘開始から最初の15日間、米国はソ連に対して戦車の保有数で1:2から1:3の勢力比と判定されますが、こうした西側の戦車という装備の劣勢が軍事バランスにどのような影響があるのかを十分に論じることはできません(Ibid.)。

この問題を解決するため、機甲師団換算(Armored Division Equivalent)という方法論が編み出されており、これは複数の武器体系を米陸軍の機甲師団の編制に落とし込む尺度として使用されています(Ibid.)。こちらの方法を採用する研究ではソ連の勢力比は1.5から2と見積もられます(Ibid.)。
ADEに基づく勢力比は多種多様な装備体系の数的優劣を一つの尺度に置き換える意味がありましたが、その勢力比が具体的に何を意味しているのかは明確ではなく、例えば損害がどの程度になるのか、何日間にわたって戦闘を継続できるのかは分からないという問題が残ります。

軍事バランスから導き出される損害の程度
地形、気象、装備、部隊の態勢などにもよるが、地上での戦闘が始まると師団には全体の1%から5%に相当する人的損害、つまり戦死者、負傷者、捕虜、行方不明者が発生する。ある程度の損害であれば戦闘を継続することは可能だが、それが一定以上累積すると部隊が崩壊して敗走が始まる恐れが出てくる。
先ほどの方法はいずれも軍事バランスを形成する要因に注目するものでしたが、軍事バランスをその軍事行動の結果と関連付けて分析する方法もあり、著者は特に政策論争で広く参照されている方法としてランチェスター・モデル(Lanchester Model)と適応動態モデル(Adaptive Dynamic Analysis)の二つがあることを紹介しています。

ランチェスター方程式はもともと1914年にイギリスの技術者ランチェスターによって構築された数理モデルであり、勢力比から彼我の損害に及ぼす影響を見積もることができます。
この数理モデルを使った方法によって米ソの軍事バランスを分析した研究としてカウフマン(William Kaufman)の業績があります。その成果によると米ソ両陣営の軍事バランスは現状で1.414:1であり、NATOにとって壊滅的敗北の危険性があり、もし1.8:1にまで軍事バランスがソ連に有利になってしまうと、40日以内にNATOの40個師団が全滅する危険が生じてくる、と判断されていました(Ibid.: 108)。
ランチェスター・モデルは時間の経過によって当初の軍事力の格差が損害によって加速度的に拡大すると想定するため、軍事バランスについては西側にとって悲観的解釈が導き出されることになります。

もう一つの適応動態モデルはブルッキングス研究所のエプステイン(Joshua Epstein)が構築したモデルであり、ランチェスター・モデルよりも西側にとって楽観的な見方を示します。これはある程度の損害を受けると損害を抑制するために、防御から退却に移るものと想定していることによります。
このモデルを用いた研究成果によると、NATOは確かに勢力比が不利ではあるため、次第にソ連軍に対して劣勢となるが、その損害が発生する速度はランチェスター方程式で想定されるよりも遅く、40日後に米国本土から増援が到着するまでNATOの部隊が持ち堪えれば、増援の戦闘加入によって軍事バランスを改善することは可能だという見方が示されていました(Ibid.: 108-9)。
ここで重要なポイントは、同じ情勢を分析しているにもかかわらず、ランチェスターモデル、適応動態モデル、どちらを使っているかによって、全く異なる解釈が引き出される可能性があるということです。
こうした方法論上の問題点を認めることで、著者は専門家、研究者の間で軍事バランスをどのように評価すべきかについての議論を深めることができるはずだと考えました。

むすびにかえて
軍事バランスの分析をどのような方法で行うべきかという考察には、まだまだ理論的に不完全な部分が残っており、著者はこの問題に取り組むことを避けていたは本当に有意義な政策論争もできないと述べています。
「もし本当の安全保障を実現するために進もうとするなら、この議論の方向性を見直すことが重要である。安定性に関する重要な問題、そして通常戦争における攻撃と防御の実施には注意を払わなければならず、また厳密に議論しなければならない。自覚しないまま軍事的妥当性をめぐる非生産的議論に力を注いではならない」(Ibid.: 114)
軍事バランスは安全保障のあらゆる問題につきまとう重要なテーマであり、ここで判断を誤るとその後の政策や戦略はすべて裏目に出てしまう恐れがあります。
正しい行動を起こすためには、正しい情勢判断が必要であり、その判断を裏付けるためには確固とした理論モデルを準備することが求められているのではないでしょうか。

KT

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