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2017年3月1日水曜日

はじめて学ぶ人のための勢力均衡―モーゲンソーの理論を中心に

勢力均衡(balance of power)は政治学でも特に国際政治の領域で重要な概念と見なされています。なぜなら、勢力均衡の維持は国際社会の平和と安定のための条件として見なされているためです。
ただし、その理解の仕方については諸説あるため、はじめて学ぶ人にとって理解することは簡単なことではありません。

今回は、国際関係論における勢力均衡の概念と、それに依拠したモーゲンソーの理論体系があることを簡単に紹介してみたいと思います。

もともと明確ではなかった勢力均衡の概念
勢力均衡とは、国際政治において主要な地位を持つ国家の力が互いに牽制し合うことで均衡を保っている状態、またはそうした状態を目指した政策と定義できます。
ただし、政治学者の文献を読み比べてみても、勢力均衡はかなり広い意味で用いられている概念ですので、使用する際にはどのような意味で使っているのか十分に注意することが求められます。

この点について英国の政治学者リチャード・リトル(R. Little)は次のように解説しています。
「勢力均衡は国際関係に関する定番の概念として一般に考えられている一方で、それは一般的な用語と同じように社会科学で普通に使われている概念として使われている。しかし、国際関係論の領域外において、勢力均衡は特に論争的なものとはみなされていない。この用語は至るところで使われているが、それは我々の勢力(power)に関する論争的な理解を巧みに変形させた隠喩として用いられているためである」(Little 2011: 129)
歴史的に見ても、マキアヴェリ、グィッチャルディーニ、ヒューム、ヴァッテル、ゲンツなど勢力均衡について論じた著述家は数多く挙げられます。彼らはそれぞれ異なる観点から勢力均衡について考察したので、必然的にその用語の意味するところが少しずつ重なり合いながらも変化してきました。

20世紀に入って国際政治という研究領域が確立されてくると、勢力均衡の定義はより明確化されることになり、次第に勢力均衡に関する理論体系も整ってくることになります。

リアリズムの勢力均衡の理解
モーゲンソー(Hans J. Morgenthau)の『国際政治(Politics among Nations)』は第二次世界大戦が終結した3年後の1948年に初めて刊行され、事後の国際関係論の研究の出発点となりました。
その後の学説の発展史において、モーゲンソーはリアリズムの第一人者と見なされるようになった経緯がありますので、ここでは古典的リアリズムの研究者としてモーゲンソーを紹介したいと思います。

モーゲンソーはその著作で勢力均衡に関する自らの理解を次のように述べています。
「力を求めようとする諸国家―それぞれの国は現状を維持あるいは打破しようとしているのだが―の熱望は、バランス・オブ・パワーと呼ばれる形態と、その形態の保持を目ざす政策とを必然的に生み出すものである」(邦訳、モーゲンソー、180頁)
つまり、モーゲンソーは勢力均衡を現状打破を図る国家と現状維持を図る国家との相互作用の結果として生じる状態として捉えているのです。このような対立は国際社会にとって特に異常な事態ではなく、国家は他国と利害が対立するのが普通であると想定されています。
「力を求めようとする各国の欲望は、二つの異なる方法で、お互いを紛争に陥らせる。つまり、歴史のいかなる時点においても、そのほとんど全てとは言わないにせよ、いくつかの国家は争っているのである」(同上、184頁)
現状打破を求める国家と現状維持を求める国家が絶え間なく争うという命題は、モーゲンソーの議論の大前提であり、また歴史によって裏付けられてもいます。だからこそ、勢力均衡は特定の時代や地域に限定されることなく、幅広い国際情勢の分析に適用可能な概念として使うことができるのです。

直接的対抗のパターンとその事例
ナポレオン戦争のロシア遠征におけるフランスとロシアを勢力均衡の観点から見ると、フランスが現状打破、ロシアが現状維持の立場で戦っていたことになる。
次にモーゲンソーは勢力均衡にも二つのパターンがあると論じています。つまり直接的対抗のパターンと競争のパターンです。
直接的対抗のパターンとは、敵対する二カ国または二個の同盟によって繰り広げられる勢力均衡の一形態であり、現状維持と現状打破をそれぞれの勢力が求めて争います。
「A国がB国に対して帝国主義的政策をとりはじめるとすると、その政策に対抗して、B国は、現状維持政策あるいは自ら帝国主義的政策をとることがある。1812年におけるフランスおよびその同盟国とロシアとの対抗、1931年から1941年までの日本と中国との対立、1941年からの連合国対枢軸国の争いは、このパターンに該当する。このパターンは、直接的対抗の一種であり、その力を他国に樹立しようとする一方の国と、屈服することを拒否する他方の国との直接的対抗である」(同上、184-5頁)
1812年の事例はナポレオン戦争のロシア遠征のことを指しています。当時はフランスが現状打破を図って軍事行動を起こし、これにロシアは現状維持の立場を崩さず抵抗を続けました。ロシアは当初は劣勢であり、モスクワを一時的に失ってしまいましたが、フランスが勢力を低下させた隙を突いて反攻に転じ、失地を回復しています。

1931年からの事例は満州事変から日中戦争に至る経緯のことを指しており、当時は日本が現状打破に出て、中国が現状維持を試みていました。1941年以降も日中の戦いは続いていましたが、それ以降は日本が英米と開戦するので、地域戦争から世界戦争へと別の事態にエスカレートしていきました。
最後の1941年は第二次世界大戦の事例であり、米英ソなどを主体とする連合国が日独伊などの枢軸国の現状打破を防ごうとしました。

このように、勢力均衡の直接的対抗のパターンでは、現状維持と現状打破の国家がそれぞれ直接武力を発動して戦う例がよく見られます。勢力均衡は国際社会の平和と安定を維持する条件として一般に考えられていますが、戦争になったからといって直ちに消滅するわけでもなく、戦時中も国家間の勢力関係が再度均衡するような方向に作用するメカニズムとして考えることができるのです。

競争のパターンとその事例
イラン・ロシア戦争に敗北して以降、イランの地域大国としての地位は失われた。それ以降、イランはイギリスとロシアの両国から軍事的、経済的な統制を受けたが、両国の勢力均衡の形態に影響を及ぼした。
モーゲンソーが勢力均衡のもう一つのパターンとして論じている競争は、先ほどの直接的対抗よりも複雑な相互作用があることを考慮しています。それはAとBの二項対立ではなく、Cという第三国も交えた勢力均衡の形態となります。
「B国がC国に対して帝国主義的政策かあるいは現状維持政策を追求している間、A国もまた、C国に対して帝国主義的政策を追求することができようし、このA国の政策に対してC国は、抵抗あるいは復讐のいずれをなしうる。この場合、Cへの支配がAの政策の目標である。他方、Bは、Cに対して現状を保持することを望むか、あるいは自らのためにCを支配することを望むかのいずれかであるので、Aの政策と対立する。ここにおけるAとBの権力闘争のパターンは、直接的対抗のパターンではなく、競争のそれである」(同上、185頁)
引用では抽象的でわかりにくい説明になってしまうので、ここでは具体的な事例で説明します。

モーゲンソーはこの競争のパターンはイランの支配をめぐるイギリスとロシアの関係において認められると指摘しています。
19世紀までイランの地位は地域大国と呼ぶべきものがあったのですが、ヨーロッパ列強に対抗できる水準までには達していませんでした。
まず二度にわたるイラン・ロシア戦争(1804-13, 1826-28)でイランは決定的な敗北を喫しており、1856年から57年のアフガニスタン西部にあるヘラートに対する軍事作戦ではイギリスの介入を受け敗北しました(永田、339-40頁、343-4頁)。

敗戦で一部地域の領有権や関税自主権などを失ったイランですが、国家体制までが解体されたわけではありませんでした。そのため、イギリスとロシアの勢力圏の中間に位置して緩衝地帯を形成し、両国から政府借款や民間投資を受けることになりました。
つまり、両国がイランを支配しようと経済的影響力を競い合う状況が生じていたのです(同上、345-8頁)。
こうした状況も勢力均衡の典型的なパターンの一つであり、このような事例もここで述べている競争に当てはまります。

むすびにかえて
勢力均衡はもともと明確な概念ではなかったのですが、20世紀に入って政治学における国際政治の分析の位置付けが向上してくると、理論的に体系化されました。
モーゲンソーの勢力均衡理論は特に重要な業績であり、彼は勢力均衡について直接的対抗と競争という二つのパターンに分類して考えることができると指摘することで、さまざまな状況に勢力均衡の概念を適用できるようにしました。
もちろん、モーゲンソーだけが勢力均衡理論のすべてではないのですが、今でも彼の研究は重要な参照点となっています。

こうした考え方を身に付ければ、国際情勢についてより系統だった見方をすることができるようになりますし、過去の歴史を振り返る際にも、当時の国家の外交や戦略を分析しやすくなるでしょう。

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参考文献
Little, Richard. 2011. "Balance of Power," Bertrand Badie, Dirk Berg-Schlosser and Leonardo Morlino, eds. International Encyclopedia of Political Science. London: Sage.
Morgenthau, Hans J. 2005(1948). Politics among Nations: the Struggle for Power and Peace, 7th edition. New York: McGraw-Hill Humanities.(邦訳、モーゲンソー『国際政治 権力と平和』現代平和研究会、福村出版、2008年)
永田雄三編『新版世界各国史9 西アジア史2 イラン・トルコ』山川出版社、2002年

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