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2017年2月9日木曜日

軍事学を学びたい人のための文献案内(3)辞典・事典

この記事はシリーズ「軍事学を学びたい人のための文献案内」の第三回です。今回は、前回の記事に引き続き、軍事学を学ぶ際に役立つ辞典・事典について紹介しています。
辞典・事典は自分が知らない用語が出てきた時に頼りになる自習独学の頼れる相棒であり、本格的な研究を行うともなれば、繰り返し読み返すことにもなります。自分の用途にあった文献を見つけることは大事なことです。

とはいえ、日本語の文献ともなると選択肢が著しく制限されてしまうという問題があります。今回は、そうした難題を解決する助けになればと思い、いくつかの文献を紹介したいと思いました。

まず最もコンパクトな内容の辞典から紹介すると、朝雲新聞社から出されているものがあります。手始めにこれから紹介していきたいと思います。

防衛学会編『国防用語辞典』朝雲新聞社、1980年
利点:政策、戦略、戦術、武器、法令等の基本用語の解説がコンパクトにまとまっている
欠点:収録用語がそれほど多くないため、専門的な調査研究で使用するには限界がある
備考:出版された時期から少し古い本であるので、冷戦後に登場した用語についてはカバーできていない

基本的な軍事用語を少しだけ知りたいという方であれば、これ一冊でも事足りるかもしれません。ただ、かなり専門的に研究する方にとっては、少し物足りない内容であり、より多くの用語を収録している辞典が必要だろうと思われます。
率直に個人的経験をいえば、収録用語が少なすぎるので、私自身はそれほど読み返してはいません。とはいえ、小さながらも図つきで武器や装備に関する項目がある程度盛り込んだ点は初心者でも分かりやすくなる工夫として評価できると思います。時期としては第二次世界大戦から冷戦までに登場した装備が取り上げられています。

真邉正行『防衛用語辞典』国書刊行会、2000年
利点:収録用語が13,000と充実しており、部隊の運用や法令に関する分野であれば、専門的な調査研究で十分活用できるだけでなく、同一用語で自衛隊、旧日本軍、米軍、NATOなどで意味が異なる場合には、どのように定義が異なるかが説明されている
欠点:武器、装備などに関する技術用語に関してはほとんど収録されておらず、防衛行政に関係する用語への偏りが見られる

この辞典ではNATO、旧軍・各自衛隊の定義などをそのまま紹介するものですので、同じ用語でも旧軍・陸海空では訳し方が違うことが分かるようになっています。
例えば、英語でfeintという戦術用語があるのですが、現在の陸自では陽動と訳しています。しかし、旧陸軍では陽動以外にも陽攻と訳する場合があることが示されており、しかも旧陸軍の定義を読むと陽動は「諸種の行動により我が企図に関する敵の判断を誤らしめんとする」、陽攻は「攻撃を装い敵をして真面目の攻撃を受くるが如く感じせしむる」と区別されていたことが分かります。日本の軍事用語には、こうした例が他にも数多くあるため、それを学ぶという意味ではよいと思います。
しかし、初心者の段階でこの辞書を使うとなると、さまざまな定義があることにかえって混乱されるかもしれません。

また、より専門的な内容の軍事学の文献を研究する場合にも、この文献では対応が難しい部分があります。そのため、翻訳で私が一番頼ることが多い文献として次の辞典が挙げられます。

 『工業英語』編集部編『軍事用語辞典:インタープレス版』アイピーシー、1987年
利点:武器や装備などの技術用語に関する項目が充実しており、全体として16,000項目が収録されている英和辞典である
欠点:使用者にある程度の専門知識が備わっていることが前提となっており、多くの項目の説明は最小限の分量か、もしくは単に日本語訳が示されているにとどまっている
備考:1987年の刊行であるため、全般的に内容が少し古くなっている点に注意、SDIの用語解説や主要兵器の性能諸元などの参考資料も末尾に収録されており、階級一覧や米軍の組織図も参考になる

もちろん、この辞典も完全無欠というわけにはいきません。用語の中には説明の仕方が非常に不完全であったり、一部の定義に関しては抜本的に書き直す必要があるものもあります。
例えば、「軍事学」という項目を見てみると、「専門学校または大学において行われる予備役将校訓練団の教授課程」と定義されているのですが、これは米国における軍事学の教育課程を説明するものであって、軍事学それ自体の定義とはいえないでしょう。

次に事典について紹介しましょう。日本で最近になっていくつか事典が刊行されていますので、それを紹介したいと思います。

片岡徹也編著『軍事の事典』東京堂出版、2009年
利点:戦略・戦術に関する基本的な概念が取り上げられ、その概念が成立した歴史的背景などが整理されており、重要な軍事用語の意味を深く理解する上で役立つ
欠点:収録された項目の数が多くないこと、また著者自身による研究成果や問題提起も盛り込まれているため、全体の記述が事典として必ずしも一貫していない部分が見られる

実際に読んでみると、戦略・戦術に関する軍事思想史の教科書という印象も受ける構成になっていますので、戦略・戦術について学び始める方でも理解できると思います。
ただ、もし戦略思想史を系統的に研究する場合には次の文献に当たることも検討するとよいでしょう。

片岡徹也編、前原透監『戦略思想家事典』芙蓉書房出版、2003年
利点:戦略思想史に名前を残した50名の人物が取り上げられており、それぞれの経歴と戦略思想における業績を要約した上で、研究で役立つ文献が紹介されている
欠点:近代ヨーロッパの戦略思想史を中心に50名を選んでいるため、核戦略が成立した現代以降の研究に寄与した人物が一人も取り上げられていない

日本国内の研究では戦略思想を取り上げるとしても、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、ジョミニ以前の人物が取り上げられることが非常に少ない傾向があります。しかし、この文献ではフリードリヒ二世、サックス、ギベールといった人物も取り上げられており、またそれぞれの章の末尾には参考文献も示されています。ただし、購入前に自分の関心がある人物が取り上げられているかどうかをよく確認しておいたほうがよいでしょう。

また、ここからは英語文献となりますが、私が今所持している軍事学の事典類で最も新しい文献は次の通りです。

Piehler, G. Kurt., ed. 2013. Encyclopedia of Military Science. Vol. 4. Los Angels: SAGE Reference.

利点:政策、戦略、戦術、武器、組織、戦史など幅広い分野に関する項目が収録されており、よくまとまった解説が読めるだけでなく、より専門的な学習を進めるための文献を見つける上でも役立つ
欠点:全体として現在の政策や組織に関する解説が大きな比率を占めており、軍事史に属する項目の収録が最小限度にとどめられている

最近刊行された文献ですので、陸海空の戦術といった古典的なトピックから、最近のトピックである「イラク戦争」や「サイバー戦」もカバーしている点が魅力的です。しかし、現代の軍事情勢に力点が置かれているため、軍事史に関する項目は最小限になっています。日本では軍事学となると軍事史に関心が強い方が多いので、そのような場合には次の事典の方を入手することを推奨いたします。

Dupuy, R. E., and T. N. Dupuy. 1991. The Harper Encyclopedia of Military History: From 3500 B.C. to the Present. 4th edition. New York: HarperCollins Publishers.
利点:古代から現代にかけての軍事史、特に戦争の歴史について編年体で記述されているほか、各章ごとにその時代で主流だった軍隊の制度や戦略・戦術の特徴などが要約されている
欠点:東洋史に関する記述があまりにも簡略であり、特に近代以前の中国史・日本史を参照する場合には注意を要する

著者のトレヴァー・デュピュイは数理モデルを使った軍事理論の研究で有名なのですが、もともとの専門は軍事史であり、あらゆる時代、あらゆる地域の戦争に関する事例を一望できるような著作が目指されています。しかし、どうしても日本、中国、朝鮮、インドといった地域に関する記述が少なくなる傾向にあります。
そこで、この事典を種本とした日本語の文献として次のものも紹介しておきます。

松村劭『世界全戦争史』エイチアンドアイ、2010年
利点:上記のThe Harper Encyclopedia of Military Historyの内容を基本としながらも、さらに日本、中国などに関して加筆されており、より包括的に世界全体の軍事情勢の変遷を展望できる
欠点:索引が作成されていないため、情報の検索では章ごとに設けられた目次を見ながら探す必要があり、参考文献はあらゆる地域と時代をカバーするには十分ではなく、内容に関しても定説とは言えない記述が一部分に見られる

最近の日本語の軍事史事典で、これほどボリュームがある文献はあまり例がありません。一冊だけでさまざまな時代のことを調べることができるという意味では大変便利なのですが、個別の記述に関しては議論の余地がある内容なのが気になります。研究者の間で定説が確立できていないような多くの論点に対して独自見解を盛り込んでいるため、慎重な検討を必要とする文献であると思います。

むすびにかえて
軍事学を学ぶ上で最も大きな壁は、専門用語の壁ではないかと思います。戦略、戦術、武器、装備、歴史などを満遍なく学ぼうとすると、かなりの数の用語の定義を理解しておかないといけません。
個人的経験を振り返ってみても、辞典・事典は学習の大きな助けとなりましたし、今でも読み返すことが少なくありません。ただし、それぞれに利点と欠点があるため、調達する際には何のために使うのか、その内容の相違を把握することが必要でしょう。

KT

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