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2017年2月18日土曜日

論文紹介 通常戦力の報復攻撃でソ連を抑止すべき

戦略家は抑止という概念をしばしば拒否的抑止(deterrence by denial)と懲罰的抑止(deterrence by punishment)に分類して考えます。拒否的抑止は相手の侵攻を防ぐことによって、懲罰的抑止は侵攻する相手に報復することによって抑止を図るものです。どのような抑止の形態を目指すかによって、その国家の戦略の骨子が変わってきます。

今回は、1980年代のヨーロッパ情勢を踏まえた上で、北大西洋条約機構の抑止力を強化するために、通常兵器による報復を軸にした懲罰的抑止を重視すべきと主張した米国の政治学者サミュエル・ハンチントン(Samuel Huntington)の論文を紹介したいと思います。

論文情報
Huntington, Samuel P. "Conventional Deterrence and Conventional Retaliation in Europe," International Security, Vol. 8, No. 3(Winter, 1983-1984), pp. 32-56.

核抑止の危険性、通常抑止の可能性
著者のサミュエル・ハンチントン(1927-2008)
米国の政治学者、専門は安全保障学、比較政治学、国際政治学
冷戦期にヨーロッパで西側諸国の防衛に当たってきたのは北大西洋条約機構(NATO)という米国を中心とする同盟です。この同盟の最大の課題はソ連を中心とするワルシャワ条約機構(WP)の平時には武力攻撃を抑止し、有事にはこれに対処することです。

しかし、NATOはWPに通常戦力の規模で劣っており、しかも加盟国が軍拡に消極的だったので、困った米国は対ソ抑止力の確保のために核兵器(戦術核兵器)を重視しなければなりませんでした。このような核抑止は確かにソ連の核戦力が劣勢である間は有効であったかもしれませんが、次第にソ連が核戦力の規模や性能で追い上げてくると、米ソ全面核戦争が現実の戦略問題として懸念されるようになります。

もしWPが通常戦力で侵攻してきた場合、NATOの通常戦力で十分に抵抗できなければ、直ちに核戦力で報復するように強いられてしまいます。これは米国としてヨーロッパの防衛のために米国本土を巻き込む核戦争を自分の手で選ばなければならなくなる可能性があるということを示唆するものでした。ソ連が限定的な侵略を仕掛けてくれば、全世界を巻き込む核戦争で対処するという戦略上の考え方は、西側諸国の国民にとって政治的に受け入れがたいものでした。著者はこのことを問題視しており、次のように述べています。
「現在のNATOの戦略は西側諸国民の間でほとんど支持されてもいない。例えば1981年の代表的な西欧諸国において、圧倒的多数(ドイツの66%、イギリスの71%、フランスの76%、イタリアの81%)が「いかなる状況でも」NATOが核兵器を使用しないこと、またはソ連が西欧に第一撃で使用した場合を除いて使用しないことを望んでいる」(Huntington 1984/84: 33)
政治的に許容されていない戦略は、どれだけ理論の上で合理的に見えたとしても、実行可能性で問題があります。WPの立場から見れば、そのような戦略が実行に移される公算は小さくなるので、結果としてNATOは十分な抑止力を得られない恐れが生じてきます。これを避けるためには、核兵器だけでなく、通常兵器によってソ連軍に立ち向かうことができなければならないと考えられます。

NATOの通常抑止は拒否能力に依存する
第四次中東戦争(1973)で破壊されたイスラエル軍のM60戦車
1980年代でも、この戦争でアラブ側の航空機による第一撃で大きな戦果を上げたことから、欧州の戦略論争においても通常兵器を用いた第一撃の問題が関心を呼んでいた
NATOとして通常抑止を重視するとしても、さまざまな問題があります。
著者はNATOの加盟国の間での負担分担の問題はNATOが創設された頃からある問題だと指摘していますが(Ibid.: 35)、かりに予算を確保できたとしても、それを使って報復ではなく拒否を図ろうとしていては、WPに利するばかりではないかと考えていました。
著者はこの問題について検討するため、軍事力が抑止力を発揮する方法を次のように区別しています。
「軍事力は三通りの方法で抑止に貢献する。第一に、それは単にその場所に存在することによって抑止することを可能にし、たとえ効果的な防衛に不十分なものであったとしても、侵略者の不確実性と潜在的な費用を増す。(中略)第二に、軍事力は効果的な防衛の可能性を高めることで抑止することが可能であり、侵略者にその活動中に撃破される危険を高め、また成功のためにさらなる費用を支払うように強要する。(中略)第三に、軍事力は潜在的な侵略者によって著しく重視されている資産に対して報復する恐れを及ぼすことによって抑止する」(Ibid.: 36)
著者の見解によれば、NATOの従来の戦略は二番目の拒否的抑止に該当します。その説明として「もしNATOだけがその軍事的な防衛態勢を拡張できるなら、ソ連の侵略は抑止されるであろう。(中略)限定的な範囲でこの想定はもちろん正当化される。NATOの部隊がより強くなれば、それだけ西欧で目標を達成するためにソ連に求められる投資もより大きくなる」と著者自身が述べているように、戦略として筋が通っている部分があります(Ibid.)。
ただし、著者はさらに詳細に調べていくと、拒否的抑止は不完全な抑止の形態であり、「拒否と報復の両方を組み合わせた戦略よりも抑止力では劣っている」という言葉で批判しています(Ibid.: 37)。
このように著者が主張している時代背景としては、当時の軍事技術の発達があり、特に1973年の中東戦争で発揮された精密誘導兵器(precision guided munitions)の威力を考慮すれば、通常兵器に使用を限定したとしても、第一撃で前線の部隊が短期間の内に撃破されてしまう可能性が出てきていました。したがって、NATOとしては完全な受け身で戦うことが軍事的に困難な情勢があると主張したのです(Ibid.: 38)。これが拒否的抑止から懲罰的抑止にNATOの戦略を変化させるべきという主張の根拠となっています。

NATOの反攻、目標はベルリン
ソ連の攻勢に対してNATOとして実行可能な反攻の構想を示す地図
東西ドイツ国境地帯の突起部以北でソ連軍が攻撃前進している間に、NATOは突起部以南で攻勢にでる
バルト海からの着上陸侵攻と組み合わせることで、突出したソ連軍の部隊の作戦線を断つように機動する
(Huntington, 1983/84: 50)
懲罰的抑止は報復能力を確保することで可能になります。著者の立場は通常兵器を用いる報復能力を確保すべきと主張していましたが、これはNATOの従来の戦略にはない要素でした。そこで著者はNATOが理論的に選択可能な戦略を列挙した上で、その中で通常戦力によって準備された報復能力が従来の戦略にはない重要な利点を持っていることを説明しています。
「NATOにはソ連の攻撃を抑止する上で以下の4種類の手法が選べる。すなわち、通常戦力による防衛、核戦力による防衛、通常戦力による報復、そして核戦力による報復である。(NATOの戦略文書)MC14/3の下で、NATOは通常戦力による防衛、核戦力による防衛、核戦力による報復という三種類の反応を選択することに依拠していた。しかし、NATOが核兵器を使用することの信頼性が低下していることは、これら反応の繋がりを弱くしてきた。その結果として、核戦力による抑止と報復的抑止が弱められている。ここでの問題は核兵器に頼らずに報復的抑止を立て直すことである。つまり、NATOの戦略に通常戦力による報復の何らかの形態を加える必要がある。その報復については、ソ連の攻撃があった場合、直ちに通常戦力による報復攻撃を東ヨーロッパに対する報復の攻勢を実施するという形態をとることが最もよい」(Ibid.: 40)
これは当時の定説に挑戦する大胆な主張といえるものでした。先ほど述べた通り、WPがヨーロッパで攻勢に出たならば、NATOは一方的に防勢の立場に回り、兵力を節約しながら敵の攻撃を食い止め、米本土からの増援を待つか、核兵器を使用するという考え方の方が支配的だったためです。
しかし、著者は通常戦力の使用に限定しながらNATOもWPに反攻すべきと主張したのです。しかし、具体的にどのような攻勢作戦が構想されるのでしょうか。

著者が冒頭の地図で示した通り、ベルリンに向かう重要な前進軸として二軸が考えられています。一軸はバルト海からベルリンに向けての着上陸侵攻であり、もう一軸は南ドイツ(一部はチェコスロヴァキア領内を前進)から北進する地上侵攻です。さらにポーランドに対する空挺作戦を組み合わせることによって、第一線に展開するソ連軍の兵站線を遮断し、また増援として接近する兵力を阻止し、集中運用を許しません。
(著者はこのような報復(通常戦力による反攻)が有事に実現可能であることを示すために、自らの作戦構想についてさまざまな説明を加えていますが、少し専門的な内容になるので、後日別の記事で述べることにします)

むすびにかえて
安全保障の研究、特に抑止の研究では軍事力の分析が非常に重要です。
この論文以前にも、WPの脅威に核戦力でないと対抗できないNATOの戦略を再検討する研究はありましたが、著者は通常戦力を防衛線に配置するだけでなく、報復としてベルリンに向けた攻勢作戦を準備することにより、懲罰的抑止が可能になると主張しました。これは米国がソ連に対する戦略として新たな選択肢を考えることを促す意義があったといえるでしょう。

現代の日本は通常戦力を基礎にした拒否的抑止を重視する国ですが、ハンチントンの立場からすると、これは改善の余地があるように見えたかもしれません。
拒否的抑止は重要ですが、それに懲罰的抑止を組み合わせることができれば、相手は攻勢に出た際に反攻を受ける危険を考慮しなければならず、それだけ後方に大きな兵力を予備として配分しなければならなくなります。これは最前線で使用可能な兵力を限定する要因となります。
平素からさまざまな戦略を研究しておくことができれば、それだけ有事における状況の変化にも対応しやすくなります。昨今の日本の防衛論争でも、従来の議論を批判するような視点がますます大事になってくると思います。

KT

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