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2017年1月19日木曜日

戦術家でもあったリデル・ハート

リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970)といえば、間接接近(indirect approach)の概念で知られる著名な戦略家であり、特に機動戦の研究に大きな影響を与えたことで知られています。しかし、彼の研究領域は決して戦略だけに限定されておらず、戦術にまで及んでいました。このことは、初期の研究の内容に特に反映されています。

今回は、歩兵戦術におけるリデル・ハートの研究成果を再検討し、それが持つ意義を現代の観点から考察してみたいと思います。

歩兵戦術の近代化に貢献したリデル・ハート
リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970)
イギリスの軍事学者、主著に『戦略論』、『抑止か、防衛か』等
もともとリデル・ハートが本格的に軍事学の研究に取り組むきっかけとなったのは、第一次世界大戦を経験したことがあり、その出発点となったのは歩兵戦術の研究でした。リデル・ハートは1914年から1924年(除隊は1927年)までの軍務を通じて歩兵戦術の近代化のために研究努力を重ねたのです。

リデル・ハートは1914年、つまり第一次世界大戦が勃発した年に陸軍に入隊します。西部戦線に送られたのは勃発から少し時間が経った1915年9月のことでしたが、その後のソンムの戦いで負傷してしまいました。しばらく病院で治療した後に義勇兵の訓練に従事しています。
リデル・ハートが最初に刊行した著作が1918年の『義勇兵部隊のための新歩兵訓練要綱(Outline of the New Infantry Training, Adopted to the Use of the Volunteer Force)』であったのは、この時の経験があったためです。この著作はすぐに『歩兵訓練の新手法(New Methods in Infantry Training)』として再刊されています(Liddell Hart 1918)。

この著作は短い著作であり、また学術文献というよりも教育資料としての性格が強かったのですが、戦術の観点から見て一つの新しい思想が盛り込まれていました。それは歩兵部隊の戦闘行動の基本単位を分隊とすべきだ、という考え方でした。

この考え方は1919年に発表された論文「戦闘部隊の将来的発展に関する提言」でさらに詳細に発展されています(Liddell Hart 1919)。この論文の意義として注目すべきは、将来の戦争では分隊の戦術能力を向上させる必要がますます高まるであろうと予測されている点です。リデル・ハートは従来の歩兵戦闘に関する戦術を基礎から再検討することが重要であるという立場から、近代的な歩兵戦術の研究に取り組んでいました。

機械化歩兵の着想
1921年に刊行された『歩兵戦術の科学のための枠組み(The Framework of a Science of Infantry Tactics)』は、従来の研究をさらに発展させたものであり、より詳細に分隊戦術の問題が検討されていました。この著作は当時の研究者、専門家の間で好評を得たため、何度か再版されており、1926年には改訂版が出されています(Liddell Hart 1926)。

リデル・ハートの歩兵戦術において何よりも強調されていたのは、機動力の重要性でした。近代戦に対応するためには、歩兵であっても従来のような脚力に依存した機動力では限界があり、車両による機動力を付与しなければならないと考えていたのです。
ちょうど同時期に、戦車の戦術的な価値に研究者の注目が集まり始めていました。リデル・ハートはこうした戦車の運用も参考にしつつ、歩兵部隊を機動的に運用するためには、装甲車両と歩兵部隊を組み合わせることが重要であると考え、装甲車両で移動しつつも、敵との交戦になれば速やかに下車戦闘に移るという機械化歩兵(mechanized infantry)の構想にたどり着いたのです。(ただし、当時の彼自身の表現は一つに定まっておらず、戦車海兵(tank marine)や機械化された「乗馬歩兵」(mechanize mounted infantry)といった用語が使われていました)

現在、各国で機械化歩兵師団の編制が実際に採用されていることを踏まえれば、このような着想は概念の段階に過ぎないとはいえ、歩兵戦術のあり方を根本から変える可能性を持った研究であったと評価することができるでしょう。

むすびにかえて
民間の身分になったリデル・ハートは軍事評論家として研究を続けることになりましたが、その焦点は戦術から戦略へと次第に変化していきました。
しかし、だからといってリデル・ハートが戦術上の問題に関心を失ったというわけではありません。例えば、1960年に出された『抑止か、防衛か(Deterrent or Defense)』という著作の一部では、機甲戦闘に関する分析や、夜間戦闘の意義の増大について戦術的に考察しています(Liddell Hart 1960: Ch. 17, 18, 19)。

将来の戦争の様相について考察するためには、その戦争でどのような戦闘が起こりうるのかを考察することが非常に重要です。そのためには戦略だけでなく、戦術についてもバランスよく基本的な知識を持っていることが求められます。リデル・ハートは軍事学の幅広い分野で業績を残しましたが、それだけの業績を残すことができたのは、やはり地道な戦術の研究に取り組んでいたことによるところが大きかったのではないかと私は思います。

KT

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参考文献
Liddell Hart, B. H. 1918. New Methods in Infantry Training. Cambridge: Cambridge University Press.
Liddell Hart, B. H. 1919. "Suggestions on the Future Development of the Combat Unit: The Tank as a Weapon of Infantry." RUSI Journal, Vol. 64, pp. 660–666.
Liddell Hart, B. H. 1926. A Science of Infantry Tactics Simplified. London: William Clowes & Sons.
Liddell Hart, B. H. 1960. Deterrent or Defense: A Frech Look at the West's Military Position. New York: Frederick A. Praeger.

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