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2016年12月7日水曜日

論文紹介 オフショア・バランシング(offshore balancing)とは何か

2017年1月の新政権の発足に向かって、現在アメリカでは準備が進められています。これに呼応するようにアメリカの研究者の間でも従来の国家政策を抜本的に見直し、世界各地の情勢に軍事的、外交的に関与することを限定し、より国内の経済や社会の問題に集中できる体制を整えるべきだという意見が現れています。これはオフショア・バランシング(offshore balancing)として以前から議論されていた大戦略(grand strategy)ですが、今回はリアリストの立場からアメリカの大戦略としてのオフショア・バランシングの妥当性を検討した議論を紹介したいと思います。

文献情報
Mearsheimer, John J., and Stephen M. Walt. "The Case for Offshore Balancing: A Superior U.S. Grand Strategy," Foreign Affairs, Vol. 95(July/August 2016), pp. 70-83.

アメリカの大戦略を見直す必要性
著者らは現在のアメリカの戦略がとても成功しているとは思えないということから議論を始めています。アメリカは安定した国際社会を構築することに失敗しているだけでなく、かえって自国の国益を損ねているのではないかと疑念が持たれています。
「過去四半世紀に及ぶ救いようがない歴史を振り返ってみると、現在採用されている大戦略をアメリカ人が嫌悪していることは当然のことである。アジアにおいては、インド、パキスタン、北朝鮮に核兵器が拡散しており、中国は海洋秩序の現状に対して挑戦している。ヨーロッパでは、ロシアがクリミアを併合し、米露関係は冷戦以来の悪さである。米軍はアフガニスタンとイラクでまだ戦っているが、勝利の見通しは立っていない。最初にいた指導者たちの大部分がいなくなったが、アルカイダはこの地域で拡大している。アラブ世界は大混乱に陥っており、イラクとリビアで体制移行を促すように働きかけ、またシリアでも同様の効果が得られるような限定的な働きかけが実施されたことはましな方だったが、イスラミック・ステート(ISIS)が混乱の中から出現した。イスラエルとパレスチナの和平を仲介するアメリカの試みは何度も失敗しており、最終的には二国間で解決する以外に選択肢はなくなった。その一方で民主制は世界規模で後退しており、アメリカの拷問、対象者の殺害といった道徳的に疑わしい行為は、人権と国際法の擁護者としてのイメージを損なっている」(Mearsheimer and Walt 2016: 70-1)
最大の問題は、アメリカが採用している大戦略の方向性に間違いがあるためだと著者らは主張しています。その大戦略とはリベラルな覇権(liberal hegemony)を目標とし、それを達成するためにアメリカが全世界の問題に積極的に関与し、国際機構、代議制、自由市場、人権に基づく国際体制を構築するというものです(Ibid.: 71)。しかし、このような取り組みは各地域の勢力均衡を維持する上であまり有効な方策ではないだけでなく、世界中で民主制と人権を擁護することに資源を費やさなければなりません。

こうした大戦略を立て直すことは可能であると著者らは主張しており、それが「オフショア・バランシング(offshore balancing)」と呼ばれるものです。これは全世界を警戒するのではなく、ヨーロッパ、東アジア、ペルシャ湾の三正面で潜在的な覇権国家が台頭することを阻止し、必要があるまで介入しないという特徴があります(Ibid.)。しかし、これは具体的にどのような意味を持っているのでしょうか。

アメリカの大戦略としてのオフショア・バランシング
アメリカの大戦略としてのオフショア・バランシングは、世界でも限られた地域の情勢に注目する点で異なっているだけでなく、平和の維持、紛争の防止を必ずしも重視していないという意味でも大きく異なっています。もちろん、戦争を防止できるのであれば、それは望ましいことではありますが、アメリカの国益を損なわない範囲であれば、世界のどこかで戦争が起きたとしても、それを無視することを推奨するものです。
「オフショア・バランシングとはリアリストの大戦略であり、その目標は限定されている。平和の維持は望ましいことではあるが、この大戦略の目標には含まれていない。アメリカ政府が世界のどこかで紛争が発生することを歓迎せよとか、戦争を防止するために外交的または経済的手段を用いてはならないという意味ではない。しかし、平和を維持するためだけに、アメリカ軍を投入するべきではない。1994年にルワンダで起きた民族浄化を止めることも、オフショア・バランシングの目標ではない。ただし、この戦略を採用したとしても、その必要性が明白であり、任務が実行可能であり、アメリカ政府の指導者が介入が事態を悪化させることはないと確信しているならば、そのような作戦を妨げることはない」(Ibid.: 73)
オフショア・バランシングはアメリカから見て遠方で起きている戦争に参戦することには非常に慎重な姿勢を取る大戦略です。そのため、人権や民主制といった普遍的価値を擁護するために部隊を派遣するといったことはしません。そのため、国民が引き受ける軍事上の負担を軽減することが期待できます。この負担の軽減はオフショア・バランシングの最も重要な利点の一つであると著者らは論じています。
「オフショア・バランシングには数多くの利点がある。アメリカ軍が防衛に責任を持つ地域を限定し、他国にも防衛の負担を引き受けさせることによって、アメリカ政府として防衛に費やす資源を削減し、国内における投資と消費を可能にし、アメリカ人の生活にとって外を少なくしなければならない。今日、同盟国は常態的にアメリカの保護にただ乗りしており、問題は冷戦終結後に大きくなるばかりである。例えば、NATOの内部でアメリカのGDPは同盟国全体のGDPの46%を占めているが、軍事支出の比率で見るとおよそ75%を負担している。政治学者バリー・ポーゼン(Barry Posen)は、「これは富裕層のための福祉である」と批判した」(Ibid.: 74)
世界規模で軍隊を積極的に運用しようとすれば、それだけ防衛支出が増加します。そのためには政府として増税が必要となりますが、それは国内の経済成長を促す設備投資や消費を縮小させてしまいます。著者らはこのことを懸念し、より国防予算を縮小できるように、海外でのアメリカ軍の活動も縮小できる大戦略を採用することを重視しているのです。

オフショア・バランシングの実行可能性
オフショア・バランシングはある意味で国家政策の重点を国防から経済に移行させるための大戦略です。東アジア、ヨーロッパ、中東といった戦略的価値が大きい地域にのみ焦点を絞った対外政策を展開し、それ以外の地域の問題には極力関与しないことが目指されています。しかし、これは従来のアメリカの大戦略と異なるものであり、このようなことが可能なのかどうか疑問を持つ人もいます。

著者らはオフショア・バランシングの実行可能性に疑問を持つ人々に対しては、そもそもオフショア・バランシングはアメリカが長年にわたって採用してきた大戦略と合致していると論じています。
「オフショア・バランシングは、今では急進的な戦略のように見られるかもしれない。しかし、それは何十年もの間、アメリカの対外政策の基礎となる論理であり、国家を支えてきた。 19世紀にアメリカは北アメリカ大陸を横断しながら拡張し、強力な国家を建設し、西半球で覇権を確立した。19世紀の終わりにこれらの活動を終えた後、アメリカはすぐにヨーロッパと北東アジアで勢力均衡を維持することに関心を示すようになった。アメリカはその地域の対抗が相互に牽制させるが、第一次、第二次世界大戦のように勢力均衡が崩壊した場合に限っては軍事的に介入した。
 冷戦時代にアメリカはヨーロッパや北東アジアへ進出する以外に選択肢はなかった。その地域における同盟国は自らの力でソ連を封じ込めることができなかったためである。アメリカ政府は両方の地域で同盟関係と軍事力を強化し、東北アジアにおけるソビエトの勢力を抑制するために朝鮮戦争を戦った」(Ibid.: 75)
つまり、冷戦以降のアメリカの大戦略は歴史的に見ると例外的な状態であり、アメリカは本来は可能な限り海外で軍事的介入を行うことを避けようとしてきたということになります。また実行可能性という観点から見れば、むしろ現在のリベラルな覇権の方が疑問の余地が大きく、具体的な成果をもたらしていないと指摘しています。
「それだけでなく、近年の歴史はアメリカのリーダーシップが平和を維持するという主張に疑問を投げかけている。過去25年にわたって、アメリカ政府は中東で何度か戦争を引き起こし、また支援している。リベラルな覇権が世界的な安定を強化すると想定するならば、それはほとんど機能していない」(Ibid.: 78)
アメリカが世界で指導的な役割を果たすことが、世界の平和と安定に繋がるはずだとすれば、アメリカはさらに世界各地に関与を強めていくべきだということになります。しかし、アメリカの内外の情勢を踏まえれば、そのような主張の方がむしろ非現実的だと考えることもできるのかもしれません。

むすびにかえて
世界の問題から手を引き、特定の地域にのみ焦点を絞って対外行動を展開し、軍事的介入を最小限に抑制するオフショア・バランシングは、アメリカらしくない大戦略だと思われるかもしれません。しかし、著者らも指摘したように、これはある意味でアメリカが長年にわたって維持してきた孤立主義の伝統に合致した大戦略でもあります。だからこそ、著者らはオフショア・バランシングは戦略的に合理的な選択であるだけでなく、アメリカ国民にとっても受け入れやすいと述べているのです。
「オフショア・バランシングは、アメリカの伝統とその永続的な利点の認識に自信を持って生まれた大戦略である。それは恵まれた地理的位置を利用し、過剰に強力で野心的な隣国との均衡を保つために他国が必要とする強い誘因を認識する。それは、民主主義の力を尊重し、外国の社会にアメリカの価値を押し付けようとせず、他国が模倣したいと思わせる国家になることに焦点を合わせる。過去と同じように、オフショア・バランシングは、アメリカの利益に最も近い戦略であるだけでなく、それはまたアメリカ人が望むものに最も合致するものでもある」(Ibid.: 83)
この議論をどのように評価するかは別として、2016年現在このような議論がアメリカで再び登場していることを理解しておくことは重要なことだと思われます。21世紀の国際政治のパターンは多極化に向かって進むという命題は何度も研究者の間で議論されてきたことですが、アメリカが大戦略を再検討し、国際社会で指導力を発揮することを拒み始めれば、多極化の過程は想定よりも早いテンポで進む恐れもあります。アメリカの今後の動きに注目するばかりではなく、日本として主体的にどのような対応が必要かを検討しておくことが必要でしょう。

KT

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