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2016年12月14日水曜日

なぜキッシンジャーは毛沢東の戦略思想を評価したのか

ヘンリー・キッシンジャー(左)と毛沢東(右)
ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger 1923-)は、世界的に有名な政治学者であり、外交や戦略に関する研究を数多く発表しています。キッシンジャーの業績で特に重要なものは、核戦略に関するものですが、特に著作『核兵器と対外政策』(1957)では全面戦争ばかりを想定した米国の大量報復(massive retaliation)のような戦略を批判し、限定戦争(limited war)の遂行を視野に入れた戦略理論が重要であると主張しました。

しかし、キッシンジャーがこうした立場から、毛沢東(1893-1976)の戦略思想を高く評価していたことはあまり知られていません。今回は、キッシンジャーの分析から毛沢東の戦略思想を取り上げている部分を紹介してみたいと思います。

中国の戦略思想はソ連より先行している
フリードリヒ・エンゲルス、共産主義の思想家
軍事問題に関する著述を数多く残している
共産主義者の軍事思想には長い歴史があります。カール・マルクスと共に『共産党宣言』の著者として名前を連ねたフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels 1820-1895)は、18世紀末から19世紀初めにかけてヨーロッパで戦われたフランス革命戦争・ナポレオン戦争を唯物史観の観点から議論しており、特に当時のフランスの経済的、社会的要因が軍隊の構造や運用に与えた影響を考察しました。その後も、ロシア革命で共産党を指導したウラジミール・レーニン(Vladimir Lenin 1870-1924)、ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin 1878-1953)もそれぞれに軍事思想に関する考察を書き残しており、特にスターリンの軍事思想はソ連で公式の戦略教義にもなっています。

共産主義の影響を受けた軍事思想の中でも、キッシンジャーは毛沢東の戦略思想に格別な意義があったと考えました。その重要性についてキッシンジャーは著作で次のように論じています。
「ここで注意すべきことは、共産主義の軍事思想の最も優れた理論的論説は、ソ連よりも中共の著作に見られることである。これは偶然ではない。ソ連の膨張は主として政治戦争の巧みな活用と、中欧におけるドイツ勢力の崩壊によって生じた大きな機会のおかげである。しかし、中共がその完全な成功、いな実際にはその生存を全うしえたのも、軍事作戦から政治的利点を引き出し得る能力があったからであった。最初の十五年間、ソ連共産主義の主要な関心は本国基地の「防衛」にあった。しかし、中共の主要関心は、本国基地の「征服」にあった。」(邦訳、キッシンジャー『核兵器と外交政策』428頁)
ここでキッシンジャーが取り上げている著作は毛沢東が1930年代に書いた「中国革命戦争の戦略問題」等の論文であり、基本的に対日戦争のことが念頭にある内容です。しかし、キッシンジャーは毛沢東の戦略思想は日本との戦争だけでなく、その後の国共内戦、そして朝鮮戦争でも一貫して適用されているとして重要性を主張しています(同上、429頁)。

時間をかけて勢力均衡を変える重要性
1949年、中華人民共和国の建国を宣言する毛沢東
毛沢東は他の共産主義者と同じように、戦争を階級闘争の最も暴力的な状態と考えていました。
したがって、毛沢東の戦争観は本質的にマルクス、レーニン、スターリン等と大きく異なっているわけではありません。このことについては次のようにキッシンジャーは述べています。
「戦争は闘争の最高形式である、という周知のレーニン主義理論からはじめて、毛沢東は高度の分析能力と、稀にみる心理的見通しや、完全な無慈悲さとを組み合わせる戦争理論を作り上げている。毛沢東は、共産主義の優秀さの鍵を、マルクス理論に見出して、重要なものを無関係のものから区別することができるようにする望遠鏡に、このマルクス理論をたとえている。したがって、彼はマルクス・レーニン・スターリン主義の理論の研究が、効果的な行動のための先決条件だと考えている」(同上、429頁)
キッシンジャーがマルクス・レーニン主義の理論のどの部分を指してこのように述べているのかは、やや曖昧さが残るのですが、毛沢東としてはこうした政治思想を基礎とすることによって、実効性のある戦略思想を組み立てることができたと述べています。
具体的にその戦略思想がどのようなものだったのかについてですが、この点についてキッシンジャーは毛沢東の三つの命題を示しています。
「正しい軍事路線を、毛沢東は三つの命題に要約しているが、これを、毛沢東は、勝利の先決条件と考えた。すなわち「(1)勝利が確実なときは、あらゆる会戦、あらゆる戦闘で断固として決戦を行うこと、(2)勝利が不確実なときは、あらゆる会戦または戦闘で決戦を避けること、(3)民族の運命をかけるような戦略的決戦は絶対に避けること」(同上、430頁)
この著作が出された1950年代まで米国では核兵器による「大量報復(massive retaliation)」を準備し、相手に核戦争の恐怖を与えることで、全面戦争を抑止できるという戦略思想が議論されていたのですが、キッシンジャーはこのような「戦略的決戦」を回避すべきだと毛沢東が考えていたことに賛同する立場でした。つまり、我が方の優勢を頼みにして全国民の運命を一度の決戦にかけるということは望ましくないという考え方を持っていたのです。
これを避けるためには、より長期的な視野で限定された軍事活動を指導できる戦略が重要となります。
「中共の基本的軍事戦略は「長期限定戦争」と規定されていた。力関係が全面戦争、すなわち絶対的な力が至高の位置を占めるような戦争をやるのに不利である場合には、共産主義者の目標は一連の変革(transformations)でなければならない。その変革の一つひとつは、それだけでは決定的ではないが、その累積的効果が勢力均衡を変更するに至るべきものなのである」(同上)
キッシンジャーの見解によれば、中国は毛沢東の指導の下で決して短期決戦を挑んで一挙に勢力関係を変えるようなことを避ける傾向があり、少しずつ時間をかけて勢力関係を変化させていくことを望ましいと考えていました。こうすれば、物的勢力で優位に立っている相手を疲弊させ、相対的に自身の地位を相対的に高め、最後に戦略的反攻を仕掛けるまで我が方の戦力を温存することが可能になるのです。

阻止を重視した限定戦争の戦略思想
1949年、北京に入る人民解放軍の部隊
キッシンジャーは核兵器の時代において必要となる戦略思想は、まさに毛沢東が述べたような戦略思想であると考えていました。それは、全面戦争の意義を否定する戦略であり、大量の武器や人員を第一線に集中し、敵に対して戦闘力で物的に優位に立つことを戒めるものでした。
「敵を心理的に疲らさせることによって、戦争に勝つと考えているので、スターリンと同じように、毛沢東は戦略的反攻に特に注意を払ったのである。戦争の混乱の一部の原因が、敵の意図についての情報の不十分にあるとすれば、この不確実さを減ずる方法は、敵をこちらが予定した方向に進ませることにある。敵が自分の味方の領域内に前進するにつれて、自信過剰によって錯誤を行うこともあろうし、補足し難い味方の兵力との決定的な衝突を避けなければならないため、士気を低下させることにもなろう。そのうえ、次には敵が合目的に行動するために必要な情報を、こちらから与えないようにすることも容易となろう」(同上、432頁)
毛沢東の戦略思想は、あえて敵を我の予定した戦域にまで招き入れるという意味で防勢的な特徴を持っています。しかし、これは専守防衛ではありません。前線に向かって移動中の敵の部隊に対して阻止(interdiction)を行い、本来の戦闘力を発揮させる前に撃破するという攻防一体となった戦略でした。敵の部隊を基地機能から遠ざけるように我の領域に引き込み、これに損害を与え続ければ、優勢な敵であっても打ち倒すことができると考えていたのです。
「時には、敵が前進を続けている間には、毛沢東によれば、共産主義の心理的優位が敵の物的優位に勝るようになる点に到達するのが普通である。移動中の縦隊を攻撃することが可能であれば、このことは、なおさらうまく行く。それは、その時には敵の絶対的な優位を、戦場における相対的な劣勢に追い込むことができるからである」(同上、432頁)
全体で比較した国力、軍備が相対的に劣勢であっても、戦場で実際に展開されている部隊の規模が限定的なものに抑制できていれば、優位に立つことができます。毛沢東のこうした考え方は限定戦争の理論を模索していたキッシンジャーの戦略思想にも影響を及ぼすものだったのです。

むすびにかえて
毛沢東の軍事思想は一般には革命戦争に関する議論として単純化されることも多いのですが、キッシンジャーは毛沢東の軍事思想は限定戦争に関する議論であり、それは核の時代において高い妥当性を持つものと認められました。そのことからキッシンジャーは毛沢東の軍事思想に高い評価を与えていたのです。

長期限定戦争には、少なくとも我が方の勢力が劣勢な間は、本格的な武力衝突を徹底して回避するという特徴があります。この戦略が採用されれば、小規模かつ限定的な活動を長期間にわたって実施することになりますが、これを抑止しようとしても、その裏付けとなる軍事力が核兵器のような兵器体系に依存しすぎると、実際に戦略としての実効力が得られないという問題が出てきます。

以上の議論を踏まえると、中国に対して日本が抑止力を確保しようとする場合、相手の活動の烈度と同じ烈度で我が方としても長期的な対抗措置を講じていく必要があると考えられます。つまり、しっぺ返し戦略のように相手が限定的な活動に止まるなら、我が方も相手と同レベルの烈度で対抗していかなければならないのです。それは危ういエスカレーションを引き起こす可能性もありますが、だからといって引き下がってばかりでは、東アジアの安定性は損なわれる一方だということも、理解しておかなければなりません。

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参考文献
Kissinger, Henry A. 1957. Nuclear Weapons and Foreign Policy, New York: Harper & Brothers.(邦訳、キッシンジャー『核兵器と外交政策』田中武克、桃井真訳、日本外政学会、1958年)

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