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2016年12月19日月曜日

国際政治におけるランドパワーの重要性

アナーキー(無政府状態)である国際社会において国家が軍事力を持つ意義については今さら長々と議論するまでもありません。軍備が必要な理由は、国民の生命と財産を各種脅威から保全する能力が確保できていなければ、その国家は長期的に存立していくことができないためです。

私たちがより詳細に検討しなければならないのは、軍備を持つべきかどうかではなく、限られた予算を使って、どのような軍備を持つべきなのかという問題であり、この最適解はその国家の持つ国力や置かれている状況によって異なってきます。例えば、日本の領土は四面環海なので、陸上自衛隊(陸上戦力)よりも海上自衛隊(海上戦力)、航空自衛隊(航空戦力)を重点的に整備すべきといった議論も、この問題に対する一つの案です。

今回は、この問題に関して最も政治的に重要な軍事力の形態とはランドパワー(land power)であり、シーパワーやエアパワーの役割は二次的なもの止まる場合が多いと主張した米国の政治学者ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)の説を取り上げ、その内容について検討してみたいと思います。

そもそもランドパワーとは何か
そもそもランドパワーの定義についてですが、実は政治学、軍事学のいずれにもいてもランドパワーという概念はやや曖昧な意味で使われることが少なくありません。ミアシャイマーも自身の議論で明確な定義を与えているわけではなく、前後の文脈から陸上部隊を中心とする国家の戦争遂行能力として推察することができるだけです。

ただし、ミアシャイマーはランドパワーの概念から海上部隊や航空部隊を一律に除外するわけではなく、陸上部隊の作戦を支援することが可能であるという意味で、ランドパワーの一部となり得るということについては述べています。
「ランドパワーは陸軍を中心とするが、これを支援する航空戦力、海上戦力をも含んでいる。 例えば、海上部隊は広大な海洋を超えて陸軍を輸送し、場合によっては敵国の海岸に陸上部隊を投入しようとすることもある。航空部隊も陸軍を輸送するが、より重要なのは空中から火力支援を行うことができることである。しかし、これらの航空部隊、海上部隊の任務は、陸軍を直接的に支援するものであって、陸軍から独立して実施されるわけではない。それゆえ、これらの任務はランドパワーの範疇に含まれるものである」(Mearsheimer 2001: 85-6)
確かに、海軍の作戦でも水陸両用作戦や海上輸送、空軍の作戦でも近接航空支援、航空阻止、空挺作戦のように、陸軍の作戦と緊密に協同して実施するものがあります。実際に第一次世界大戦における航空偵察は地上で活動する砲兵の射撃を上空から観測し、第二次世界大戦では上陸用舟艇の集中運用によって短期間の内に師団規模以上の陸上部隊を着上陸させました。

これらは陸上戦力による地上の継続的な支配を容易にすることを狙った作戦です。そのため、ミアシャイマーが指摘した通り、ランドパワーは海軍や空軍の機能を包括して理解できる場合があることは認めなければなりません。

しかし、ミアシャイマーのランドパワーの概念の曖昧すぎる部分があることは否めません。これは彼の議論の弱点となっています。
もしミアシャイマーが議論した通り、海上部隊や航空部隊もその作戦行動の形態によってはランドパワーに含まれるのならば、海軍や空軍のどのような種類の装備がランドパワーを構成する要素であるのかが明確にされるべきでしょう。また、装備の種類ではなく、運用や作戦に依拠すると主張するのなら、そもそもランドパワーは客観的基準で評価できる能力なのかどうかを明らかにすべきでしょう。

それができなければ、ランドパワーをシーパワーやエアパワーから厳密に区別し、ランドパワーが重要だと主張したとしても、それは有意義な結論とはなり得ません。議論の大前提であるランドパワーの概念がシーパワーやエアパワーの重要性を小さくするように恣意的に定義されている可能性があるためです。ランドパワーをいかに定義すべきかという論点については、さらに検討していく必要があるでしょうが、ここでは留保しておきたいと思います。

なぜランドパワーは重要なのか
国際政治においてランドパワーが重要な理由として、ミアシャイマーはそれが領土という国家の最も重要な要素の一つを支配することを可能にするためであるとして、「陸軍が戦争において最も重要な理由は、それが領土を征服し、支配するための主要な軍事的手段であり、また領土が領域国家の世界において最上位の政治的目標であるためである。海軍と空軍は領土を征服することには単純に適していない」と述べています(Ibid.: 86)。

また、ミアシャイマーは国家が持つ攻撃的能力が本質的に陸軍に大きく依存しており、だからこそ国際政治でランドパワーが重要であるとも論じています。
「ランドパワーは、別の理由でもそれ以外の軍事力の形態より優越している。なぜなら、陸軍だけが敵を迅速に打ち倒すことが可能であるためである。以下で述べるように、海上封鎖や戦略爆撃は、大国間での戦争において素早く、かつ決定的な勝利を収めることができない。これらが役立つのは長期化した消耗戦を遂行する場合である。しかし、迅速な成功が予測される場合を除けば、国家は戦争を始めることがほとんどない。事実、長期的な紛争が予測される場合には、通常なら戦争は強く抑止される。その結果として、大国の陸軍は侵略を始める主要な手段となる。これを言い換えれば、国家が持つ攻撃的能力とは、その陸軍に大きく依存しているのである」(Ibid.: 87)
ミアシャイマーが指摘している通り、ランドパワーは国家の存続に直接的な影響を及ぼしやすい能力だと言えます。というのも、ランドパワーは国家を構成する領土、人民、主権という三要素の中でも、特に基本的な要素である領土を攻略奪取し、同時にそこに居住している人民を自国の主権の下に管理することも可能だからです。
国土と国民を失えば、それは国家の存続にとって致命的な影響をもたらすため、影響は即時的であり、また政治的にも重大であると考えられます。しかし、エアパワーやシーパワーではこうした影響は望めないのでしょうか。
「ドゥーエとマハンの主張とは異なるが、独立した海上戦力や戦略空軍は大規模戦争で勝利を収める上であまり役に立たない。いずれの強制力をもってしても、それだけで大国間の戦争に勝つことは不可能である。ランドパワーだけが大戦争に勝利する可能性を与えてくれる。その大きな理由とは、以下で述べるように、大国に対する強要は困難であるためである。特に敵国の経済を封鎖や爆撃によって破壊することは難しい。さらに加えて、近代国家における指導者とその国民は甚大な被害を受けた後でさえ降伏することはほとんどない。封鎖している海軍と戦略爆撃機は独力では勝利をもたらすことができないが、敵の武器を供給する経済活動に損害を与えることによって、陸軍が勝利を得ることを可能にする場合はある。ただし、この限定的な能力をもってしても、航空部隊と海上部隊が補助以上の役割を果たすことは通常はない」(Ibid.: 86-7)
ジュリオ・ドゥーエは独立空軍による制空権の獲得と戦略爆撃を、アルフレッド・セイヤー・マハンは艦隊決戦による制海権の獲得を重視していたことで知られています。彼らが主張していた通り、海上交通や航空交通を支配することができれば、それだけ相手国の経済的活動は困難となり、軍事的にも劣勢に立たされるでしょう。

しかし、ミアシャイマーが述べている通り、それは国家の基盤である国土や国民を喪失する事態とまでは言えず、少なくとも経済力が枯渇するまでの間は国家としての機能を維持し、組織的抵抗を続けることができるのです。実際、国際政治の歴史を振り返ってみても、戦略爆撃や海上封鎖だけで大国(中小国ではなく)が屈服した事例がほとんど見当たらないことも指摘されています。

核兵器の時代におけるランドパワー
しかし、シーパワーやエアパワーに対するランドパワーの相対的な重要性を認めたとして、核兵器が存在する現代においてもその議論は妥当なのかという問題があります。
ミアシャイマーはこの問題については核兵器があったとしても、それは核兵器の応酬を防止することができるに過ぎず、通常兵器を用いた侵略までを抑止することができるわけではないと考えました。冷戦期の大国間の政治を見ても、やはりランドパワーの影響は依然として注視されていたことをミアシャイマーは次のように説明しています。
「冷戦以降、相互確証破壊の世界で活動する大国は未だに熾烈な安全保障上の競争に巻き込まれており、通常戦力、特にランドパワーの均衡については重大な関心を払っている。米国とソ連は、第二次世界大戦後に対立が始まってから、約45年後に終結に至るまで、世界中の同盟国と基地を巡って相互に競い合っていた。それは長く、厳しい戦いであった。9名の米大統領と6名のソ連指導者は、相互確証破壊の世界においては米ソ両国とも安全であり、国境の外側で何が起きても中位する必要はないという議論を相手にしなかった。さらに、大量の核施設を双方とも保有していたにもかかわらず、米ソ両国は通常戦力に膨大な資源を投入し、また世界中の他の地域と同じようにヨーロッパにおいて陸上部隊と航空部隊の均衡について真剣に考慮していたのである」(Ibid.: 132)
核兵器は従来の通常兵器を時代遅れのものにする代替物というよりも、戦略上の新要素であり、それによって国際政治における通常戦力の意義が失われるということはありませんでした。ミアシャイマーはこのことは実際に観察された大国の行動が物語っており、国際政治においてランドパワーの優劣が大きな関心となっていることについて本質的な変化は認められないと判断しています。

とはいえ、核兵器は抑止の強化に繋がるという説もありますが、これについてミアシャイマーは核抑止は核兵器による攻撃を抑止するものに過ぎず、通常兵器による攻撃を抑止できるわけではないと論じています。
「確証破壊の能力を有する国家は非常に安全であるため、通常戦争を遂行することに関して心配する必要はほとんどないという主張に疑問を投げかける証拠が他にもある。その中でも最も重要なものは、1973年にイスラエルが核兵器を保有していることをエジプトとシリアが知っていたにもかかわらず、イスラエルに対して陸上部隊による大規模な攻勢を始めた事例があることである。実際、イスラエルへの入口に当たるゴラン高原におけるシリア軍の攻勢は、短時間ではあったが、イスラエルの中核地域に向けてシリアが攻め込むための扉を開いたのである。1969年の春、(中ソ国境地帯の)ウスリー川付近で中国とソ連の戦闘が発生し、全面戦争に拡大することが懸念された。当時、中国とソ連はどちらも核施設を持っていた。1950年の秋、中国は核兵器を保有しておらず、また米国は小規模ではあるが核施設を保有していた。それにもかかわらず、当時の中国は朝鮮における米軍に攻撃を加えてきたのである」(Ibid: 132-3)
これらの事例は核兵器を取得したとしても、通常兵器が完全に不必要になるわけではないことを裏付けるものです。
中ソ国境紛争のように双方とも核保有国であっても、武力衝突が発生する事例は過去に存在しています。そのため、大国としての地位を保つためには、通常戦力についても平素から整備しておかなければならないと考えられます。

いかにランドパワーを分析するのか
ミアシャイマーが議論してきた通り、国際政治においてランドパワーが非常に重要な能力であり、その価値が現代の国際社会でも大きく変わっていないとすれば、政治学者はそれを分析するための方法を知っておく必要があります。そこでミアシャイマーは三段階の分析要領を示しています。
「敵対する陸軍の勢力を測定する簡単な方法というものは存在しない。その大きな理由は、それらの強さは多種多様な要因によって決まるためであり、それら全てが陸軍によってそれぞれ異なってくるためである。すなわち、(1)兵士の数、(2)兵士の質、(3)武器の数、(4)武器の質、(5)戦争において兵士と武器を組織化する方法がその要素に該当する。ランドパワーの優れた指標とは、これらの入力を全て説明に含ませなければならない」(Ibid.: 133-4)
例えば、冷戦期の東西陣営の勢力関係を分析するために使用された機甲師団等価(Armored Division Equivalent, ADE)は、地上部隊の能力を比較するために広く用いられた指標であり、部隊の規模だけでなく、装備の性能をも考慮に入れるものでした。こうした指標等を使って分析の基本となる彼我の勢力を相対化することが第一の段階となります。
「ランドパワーの均衡を評価する第二段階は、陸軍を支援する空軍を分析に組み入れることである。指向可能な量と質に注目し、彼我の航空機の一覧を評価しなければならない。操縦士の効率の優位だけでなく、(1)地上配備型の防空システム、(2)偵察能力、(3)戦闘管理システムの優位についても考慮しなければならない」(Ibid.: 134)
ここで興味深いのは、ミアシャイマーが航空部隊の規模やその装備の種類だけでなく、飛行場等の支援機能を守るための防空システムや、部隊の戦闘効率を左右する偵察能力、戦闘管理システムの優劣を分析の対象として重視していることです。
これらは従来の研究者があまり重視していない要素であり、空軍の専門家の文献でなければ滅多に取り上げられませんが、ミアシャイマーはこうした要因に大きな戦略的意義があると考えており、引いてはランドパワーの均衡にも作用するものとして位置付けられています。
「第三に、広大な水域が陸軍の攻撃能力を制約するかどうかに特別な注意を払いつつ、陸軍が持つ勢力投射能力について考察しなければならない。このような水域が同盟国との間に存在する場合、自国と同盟国との間の部隊の移動や物資の輸送を防護する海軍の能力が評価されなければならない。しかし、もし大国(の部隊)がその水域を通過するためには、対岸の領土を直接襲撃しなければならないとすれば、そのような水陸両用襲撃は滅多にできるものではないため、海上戦力の評価は必要ないかもしれない」(Ibid.: 135) 
この見解によれば、海上戦力を分析する必要がどれほどあるかは、地理的条件と、そこから導き出される敵対勢力による水陸両用作戦の可否による、ということになります。しかし、水陸両用作戦の可否は地理的環境だけでなく、相対的な海上戦力の優劣によっても大きく左右されます。それにもかかわらず、ミアシャイマーは海軍の能力を評価する上で、具体的に注目すべき要素について論じていません。

例えば、艦艇の形態(航空母艦・水上艦艇・潜水艦)や艦艇の能力(どのような艦載機、兵装、レーダー・センサーを使用しているのか)等の評価項目について議論することもできたはずですが、著書では不明確にされています。このことは、ミアシャイマーが示した分析手法の有効性について読者に疑念を抱かせる要因となっています。

むすびにかえて
国際政治においてランドパワーが持つ意義を議論したという意味で、ミアシャイマーの議論には価値があります。戦争で相手国の領土を奪取することにより、決定的な打撃を加えることができるという意味で、ランドパワーの効果にはシーパワーやエアパワーにはない即時性があり、核兵器がある現代でも大国はランドパワーで相手よりも不利にならないように注意を払っています。

ただし、彼のランドパワーの考察には、例えば定義の仕方や分析手法といった点で改善すべき部分も見られます。国際政治の歴史においてランドパワーが果たしてきた役割について理解を深めるためには、陸軍の能力を規定している諸要因についてより詳細な研究も必要でしょう。また、ミアシャイマーの議論では海軍の能力を評価する方法が示されていない点についても今後考慮する必要だと思われます。

KT

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参考文献
Mearsheimer, J. John. 2003. The Tragedy of Great Power Politics. New York: W. W. Norton. (邦訳『大国政治の悲劇』奥山真司訳、五月書房、2007年)

2 件のコメント:

  1. 特に近年では核兵器さえあればいい。核兵器があるから陸海空軍が戦うこともないなどと陸海空、それぞれのパワーを無視した議論が日本でも盛んに行われています。その中でミアシャイマーの「核兵器があっても結局は核抑止になっても通常兵器の完全抑止には繋がらないし、戦史を見ても中ソ国境紛争が起きているではないかという鋭い分析は皆が認識しなくてはならないことだと思います。

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    1. コメントありがとうございます。核保有論を一概に否定するつもりはありませんが、学会で核兵器に依存しすぎた安全保障は通常戦力による侵略を抑止できない問題がある等と批判されています。日本で核兵器万能論のような考え方があることは大変残念なことではあり、ご指摘されている通り、その限界については日本国民としてよく理解する必要があるでしょう。

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