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2016年12月1日木曜日

論文紹介 ソ連から見た東アジアの新冷戦

冷戦期の世界で最も政治的、戦略的に重視されていた地域はヨーロッパでした。米国とソ連はそれぞれの同盟国を引き連れてそこに大規模な核戦力、通常戦力を配備し、互いの動きを抑止しようとしていました。しかし、冷戦はヨーロッパだけで進行していたわけではなく、アジアの情勢も重要な意味を持っていました。特に1970年代に米中関係が強化され、1980年代に日本も防衛力を強化する姿勢を示すと、ソ連はその軍事力をヨーロッパだけに指向するわけにはいかなくなります。

今回は、1980年代初期の情勢においてソ連がアジアの問題をどのように認識していたのかを戦略的観点から考察したPaul Dibbの論文を紹介したいと思います。

文献情報
Dibb, Paul. "Soviet Capabilities, Interests and Strategies in East Asia in the 1980s," Survival, Vol. 34, No. 4(June/August 1982), 155-162.

東アジアからの米国の巻き返し
1972年、ニクソン大統領が中国を訪問して以降、米中関係はますます強化されるようになり、東アジアでソ連に新たな外交、防衛上の問題を抱えるきっかけとなった。
著者の狙いは、ソ連が当時、東アジアの情勢にどのような戦略的利害を持っていたのかを分析することにあります。
1980年以降、米国はアジアにおいてソ連に対する巻き返しを本格化させており、例えば中東に即応展開部隊を創設することで、アフガニスタンからイランを経由してペルシア湾に進出するソ連軍の進出に備えました(即応展開部隊に関しては過去の記事「論文紹介 即応展開部隊(RDF)とウォルツの中東戦略」を参照)。しかし、これは中東だけに止まる動きではなく、米国は東アジアにおいてもソ連の脅威に対抗しようとしており、それがソ連の戦略に大きな問題を突き付けることになったと著者は論じています。

この論文で特に重大な事象だったと指摘されているのが「事実上の米中同盟」、「日本の再軍備」の二点であり、特に中国が西側に接近したことによってアジアにおける勢力均衡はソ連にとって不利な形に変化したと考えられています(Ibid.: 156)。
「東アジアはソ連にとってヨーロッパ以上に戦略的な不確定性が出現している。東アジアにおける平和の維持はヨーロッパよりも合意と理解を得ることが難しい。東アジアでは、解決が難しく、かつ制御できない領土問題が今なお存在しており、ソ連がヨーロッパにおいて持っている戦略的な重点と同じ観念がここでは存在しない」(Ibid.: 156)
中国と日本がソ連にとって邪魔だった理由は、両国がいずれも米国と関係を持ち、ソ連の政策に非協力的、敵対的であったという単純なものではありませんでした。著者はソ連が東アジア正面で作戦を遂行する可能性が出てきたことによって、より大きな軍事的負担を強いられることになったと指摘しています。
「東アジアにおけるソ連の軍事力は、中央ヨーロッパよりも幅広い活動のために計画されていなければならない。なぜなら、それは中国に対してのみ指向されるべきではなく、場合によっては米国、日本、韓国に対して指向されなければならないためである。それだけでなく、ソ連は東ヨーロッパにおいて保持する緩衝地帯を東アジアで保持していない。ソ連は中国(さらにモンゴルをも含めると)と10,000キロメートルの国境線にわたって直接的に対峙しているのである」(Ibid.)
もし米ソ決戦となればソ連とワルシャワ条約機構(WP)はその兵力の大部分をヨーロッパ正面に集中させなければなりません。しかし、米国が東アジア正面でも戦闘態勢を整え、これに中国、日本、韓国も連携するとなれば、ソ連軍も東アジア正面に相応の兵力を配分せざるを得なくなります。つまり、東アジアで西側陣営の脅威が増大するほど、ソ連はヨーロッパ正面における兵力を集中しにくくなってしまいます。
著者は、こうした情勢において日本もある程度の役割を果たしていると指摘されており、「ソ連は現状で日本を軍事的脅威と見ていないが、伝統的な日本の軍事政策が復活する見通しと、日本の再軍備の潜在的能力について懸念を公然と表明している」と述べています(Ibid.: 157)。

東アジアにおいて合理的な戦略
ソ連の領土は東西に伸長した形態をとっており、また面積の広さもあって、広域的な戦力運用に着意することが国防上必要となる。特に東アジアでは一部はモンゴルが緩衝地帯となっているが、それ以外の大部分で中国と国境が面しているため、国境防衛のために大きな戦力が必要となる。
東アジアにおけるソ連が選択可能な戦略とは、まず防勢が基本になると著者は論じています。つまり、ソ連は米国と戦争が勃発した場合、東アジア正面で米軍の攻撃を阻止しようとすることを第一に考えざるを得ないと考えられます。
「ソ連政府は米ソ戦争と中国との紛争に対応できる戦争遂行能力の整備を目指している。ソ連は恐らくその地域における核戦力と通常戦力によって大規模な攻撃に対して適切な抑止力を確保できると感じているだろうが、ヨーロッパと東アジアで二正面の戦争になるかもしれないことを恐れてもいる。もしヨーロッパで戦争が勃発すれば、ソ連の第一の問題とは、ヨーロッパで紛争を局限しようとすること、そして東アジアにおいて米ソ両軍の敵対行動を可能な限り防止することとなる可能性がある」(Ibid.: 159)
ヨーロッパ正面でソ連軍が攻勢に出るつもりであれば、部隊の集中を果たすために、東アジア正面では防勢に回らなければなりません。そのため、ソ連軍として有事に東アジア正面で速やかに防衛線を構成し、米軍がシベリア方面に攻撃を仕掛けることができない態勢を作り出すことは、戦略として合理的なものだと認められます。なぜなら、シベリアに配備されたソ連軍の部隊が米軍の攻撃で壊滅すれば、中国の脅威に対処できなくなってしまい、それはヨーロッパにおける北大西洋条約機構(NATO)に対する戦闘行動にも支障を来す恐れがあるためです。
「このことにはいくつかの理由がある。第一の理由として、ソ連はヨーロッパにおける戦役を決定的なものと見ているが、東アジアでの戦争はヨーロッパでの迅速な勝利を達成する能力を減退させるであろうとも考えていることにある。第二の理由は、東アジアで大規模な軍事作戦が長引けば、ヨーロッパで同時期に実施する主要な戦役を支援しなければならないソ連の兵站部隊の能力は恐らく不足するであろうということに由来する。第三に、米国が太平洋の基地から加えてくる核戦力と通常戦力での打撃は、ソ連の防空部隊の20%を配備したとしても、極東にある目標に深刻な損害をもたらす可能性があることによるものである。米国の行動による損害の帰結として、シベリアにおけるソ連軍の戦力が弱体化すれば、中国がソ連に対して侵攻する公算が大きくなるかもしれない」(Ibid.: 159)
もしソ連軍が東アジア正面で米軍の攻撃により短期間の内に壊滅してしまえば、中国軍の攻撃を防ぐ手段がなくなってしまいます。こうなれば、いくらヨーロッパ正面でソ連軍が勝利したとしても、その価値は東アジア正面の敗北によって相殺されてしまいます。そのため、ソ連としては敵からの攻撃をいかに防ぐかを考えることが求められる状況であったと言えます。

ソ連軍が重視すべき攻撃目標とは
ソ連海軍のエコー2型原子力潜水艦。ソ連軍の視点から見れば、米国と西側諸国を結ぶシーレーンを遮断することは、陸上での作戦を有利に進めることに寄与するため、太平洋と大西洋の両面に潜水艦を展開することには大きな意味があった。
しかし、ソ連が東アジアで国土を防衛しようとしても、ソ連軍として黙って米軍が攻撃を仕掛けてくるまで静かにするわけではありません。むしろ、ソ連軍の視点で東アジアの情勢を分析した場合、米軍部隊が東アジアに進出することを可能な限り阻止し、また中国に対して限定的な攻撃を加えることが、全般として作戦の目的に合致すると考えられます。ここでソ連軍の攻撃目標の候補となるのが東アジアの在外米軍基地であるだろうと著者は指摘しています。
「NATOとWPとの戦争が発生した場合に、東アジアでの作戦を計画を立案するにあたっては、ソ連の基本的な目標は自国の領土の戦略的防衛となるだろう。さらに、ソ連の攻勢作戦は米国とその同盟国の海上部隊、航空部隊、そして日本を含むそれらを支援する基地への攻撃を含むことになるだろう。太平洋における米国と同盟国の最も重大な脅威は、ソ連の潜水艦部隊の純然たる大きさによるものだろう。いかなる戦争であれ、その初期の段階においては、ソ連太平洋艦隊の潜水艦の大部分が太平洋とインド洋で多数の重要な水面で展開を維持し、そのために同盟国の船舶輸送の相当の部分が恐らく失われることになるだろう」(Ibid.)
もちろん、著者は北太平洋での外洋作戦となれば、米軍とその同盟国の海上戦力によってソ連の水上艦艇に対処することは可能であると認めていますが(Ibid.)、所在が秘匿されるソ連の潜水艦の脅威に関しては確実に対処できるとは判断できず、船舶輸送が滞る可能性があると考えられています。これは米国本土から東アジア正面に増援を派遣させることを難しくします。

また問題の中国軍の脅威ですが、こちらについてはソ連軍としては核兵器で対処しようとする可能性があり、短期決戦が可能であると判断されたならば北京を目指して攻勢に出てくる恐れもあると指摘しています。
「ソ連はおそらく、NATOとWPの戦争中に中国が攻撃を仕掛ける事態に対処する予定である。この場合、ソ連はヨーロッパでの態勢を悪化させないために、アジアでの紛争の早期解決を目指す必要がある。ソ連はその戦略核兵器の全体量を使用してでも、これを遂行するだろう。中国は残余の核戦力をもってソ連の人口密集地に若干の報復攻撃を行うことは可能だろうが、核の応酬でソ連軍に対抗することは不可能だろう。中国との国境に配備されたソ連の通常戦力は、新疆に迅速に攻め込むことが可能であり、それよりもかなり遅れることにはなるだろうが、満州平野から北京に到達するだろう。後者の選択肢は戦争を勝利に導く可能性が大きいが、中国軍は激しく抵抗するだろう。中国政府の出方によっては、少なくともソ連軍の攻勢を食い止め、さらに負担が大きく困難な作戦からソ連に手を引かせる可能性もある」(Ibid.)
東アジア正面でソ連は国土の防衛を基本方針としているにもかかわらず、これだけの規模の攻撃を計画していることについては何か論理が矛盾しているように思われるかもしれません。しかし、ソ連軍の戦略の全体から見れば、国土の防衛を目的とするからといって一切攻撃しなくてもよいということにはなりません。米国と異なり、極めて限定的な報復能力しか持たない中国が相手であれば、ソ連軍も核攻撃を比較的実施しやすいため、戦争の序盤にこの脅威を除去してしまった方が、事後の対米防衛においても優位に立つことが期待されるのです。

これは一つのシナリオ分析に過ぎませんが、戦争の序盤で東アジアに配備された米軍部隊の動きを潜水艦等で封じ、それと同時に中国軍の脅威を核兵器によって短時間で排除できれば、最も重要なヨーロッパ正面に十分な規模の兵力の集中できるという考え方は論理的に成り立ちます。こうした戦略が突拍子もないと思われる方もいるでしょうが、歴史的にも前例があり、例えば第一次世界大戦でドイツ軍は実際にフランス軍とロシア軍を相手にこのような遠大な二正面作戦を行っています。

むすびにかえて

ソ連(そして現在のロシア)は世界で最も広大な領土を有していることから、国防上でも大きな兵力を広域的に運用することが欠かせません。あらゆる方向に対して十分な部隊を前方配備しておこうとすると、兵力の集中はたちまち困難となります。このことから考えれば、ヨーロッパで緊張が高まる1980年代の新冷戦にソ連が中国や日本の動向に不安を感じていたことは不自然なことではなく、ソ連の置かれていた地理的環境から見ても当然のことであったと思われます。この研究はヨーロッパの情勢にばかり注目しがちな西側諸国の政治家、軍人、研究者に、こうしたソ連の視点があり得ることを示したという点で意義があったと思います。

また別の観点からこの論文の意義を考えた場合、当時の在日米軍基地の存在が日本、東アジアだけに止まらず、間接的にはソ連の反対側にあったヨーロッパにまで影響を及ぼし得るものであったことが示唆されていると思われます。論文では中国のことを中心に考察しているため、韓国や日本、台湾といった他の米国の同盟国、友好国との関係については十分に論じられていませんが、シーレーンに対するソ連潜水艦の脅威に関する言及は、当時の日本のシーレーン防衛の努力がどのような意味を持つものであったのかを解釈する上で興味深いです。

KT

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