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2016年10月6日木曜日

論文紹介 斉射モデル(Salvo Model)による対水上戦闘の分析

かつて対水上戦闘で最も重要な武器は艦載砲でしたが、現代では巡航ミサイルの重要性が増しており、戦闘の様相は大きく変化しました。
戦闘様相の変化に伴って、軍事学者は巡航ミサイルを中心とする対水上戦闘の分析モデルを再構築することにも取り組んでおり、特にヒューズ(Wayne P. Hughes)の研究はその後の軍事理論の発展を促しています。

今回は、ヒューズが考案した斉射モデル(salvo model)を用いて艦艇が備えるべき耐久力について考察した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Hughes, Wayne P. 1995. "A Salvo Model of Warships in Missile Combat Used to Evaluate Their Staying Power," Naval Research Logistics, 42: 267-289.

軍事理論における斉射モデルとは
軍事理論と一言で言ってもさまざまなモデルがあるのですが、斉射モデルはその中でも巡航ミサイルを用いる現代の対水上戦闘のモデルとして構築されたモデルです。斉射モデルは彼我の艦隊が相互に攻撃し合う際に、どの程度の損害が発生するのかを説明する方程式であり、次式のように表すことができます。
左辺のΔAはA艦隊の損害、ΔBはB艦隊の損害を表しています。この損害を計算するために、右辺では敵の攻撃力から我の防御力を引いて、耐久性で割るという計算を行っています。
AはA艦隊を構成する艦艇の数、BはB艦隊を構成する艦艇の数です。αはA艦隊の各艦から発射されるミサイルの数であり、βはB艦隊のミサイルの数です。先ほどの艦艇の数と掛け合わせることで、その艦隊が発揮できる攻撃力(αA, βB)をそれぞれ求めることができます。

次に防御力について見ると、a3はA艦隊の艦艇が敵のミサイルを迎撃できる数であり、b3はB艦隊が迎撃できるミサイルの数を表しています。先ほどと同様に艦艇の数と掛け合わせることで防御力(a3A, b3B)が求められます。

さらに耐久力についてはa1はA側を戦闘不能にするために必要なミサイルの数、b1はB側を戦闘不能にするために必要なミサイルの数です。これで敵の攻撃力から我の防御力を引いた数を割るため、耐久力の値が大きいほど損害が軽減されていく関係となっています。

なお、現実の海上戦闘ではレーダー、ソナーの性能が極めて戦闘結果に大きな影響を及ぼすのですが、斉射モデルにおいてそれらの条件については互いに等しいものとされている点に注意して下さい。

斉射モデルに基づく戦闘結果の予測
斉射モデルについて理解するために、次のような問題を考えてみます。
問題 A艦隊の勢力は2隻、B艦隊の勢力は6隻である。また、A艦隊の艦艇は2発のミサイルが命中すると行動不能となるが、B艦隊の艦艇が1発のミサイルが命中しただけで行動不能となる耐久力をそれぞれ持っている。A艦隊は一隻当たりの防空能力が非常に高く、16発までの敵ミサイルを迎撃することが可能だが、B艦隊は迎撃能力は貧弱であり、一隻あたり1発のミサイルしか迎撃できない。さらにA艦隊は24発のミサイルで同時に敵を攻撃する能力があるが、B艦隊は6発のミサイルで同時に攻撃する能力がある。Hughesの斉射モデルを用いて、戦闘の結果として生じるA艦隊とB艦隊の損害を求めよ。
A艦隊はB艦隊に対して数的にかなり不利ではありますが、優れた防空能力と耐久性を備えており、さらに斉射できるミサイルの数でも敵を圧倒しています。とはいえ、2隻だけで6隻に対抗するとなれば、損害が生じる事態も予測されます。このことをどのように理解すべきなのでしょうか。

想定で示された数値を斉射モデルの方程式に代入すると、次のような計算式になります。
A艦隊の攻撃力から計算していくと、2隻から24発のミサイルが発射されるため、48発のミサイルが敵に対して使用されることになります。このA艦隊の攻撃を受けるB艦隊6隻の防空能力は各艦が1発ずつしか迎撃できないため、48-6=42のミサイルが目標に到達します。

B艦隊の耐久力では1発の命中で行動不能となるため、2(24)-6(1)/6(1)=7となります。7隻の損害が出るとB艦隊の勢力は-1となるため、B艦隊は1隻も残らず沈められると考えられます。
同じ計算をA艦隊に当てはめると、6(6)-16(2)/2(2)=36-32/4=1なので、A艦隊の損害は1隻に止まると考えられます。以上の計算から、A艦隊の損害は1隻、B艦隊の損害は6隻と求められるのです。

(この想定に基づく計算の詳細についてはHughes 1996: 273-4を参照せよ)。

ただし、斉射モデルは彼我の勢力が同時に戦闘行動を開始することを大前提にしているだけでなく、ミサイルの性能や電子戦の能力についても一定のものとしています。つまり、その時の状況や戦術によって、理論上の戦闘結果と現実の戦闘結果の間には相違が生じてきます。

この論点について著者は、A艦隊とB艦隊の双方が発揮する攻撃力と防御力の水準は、どれだけ情報を得ているかによって変化すると指摘しています。これは奇襲によって敵の存在を察知する前に敵からミサイルが発射され、奇襲が成立すると、味方は敵のミサイル攻撃の第一波で残存した勢力でのみ実施することになる可能性があるということです(Ibid.: 275)。

艦艇の戦闘力を規定する要因について
また著者は、斉射モデルによって個々の艦艇の戦闘力を決定する個別の要因について考察しています。一般に艦艇の戦闘力はその大きさ(排水量)や搭載している兵装の種類、威力などで判断されることが多いのですが、著者は以下の7個の要因が重要であると述べています。
  • 打撃力(striking power)
  • 耐久力(staying power)
  • 敵のミサイルに対する射撃能力(counterfire)
  • 哨戒効率(scouting effectiveness)
  • 電子戦でのソフトキルの相互作用(soft-kill counteractions)
  • 戦闘配置のための即応態勢(defensive readiness)
  • 錬度、編成、教義、士気(training, organization, doctrine, and motivation)
特に著者が一般に軽視されていると指摘しているのが艦艇の耐久力です。従来の定説的見解としては、巡航ミサイルの破壊力に耐えうる構造の艦艇を設計することは技術的に困難であり、艦艇の設計で耐久性能を充実させるよりも、他方面の性能を向上させるべきとされてきました。

しかし、著者は敵のミサイルが1回命中しただけで行動不能になるのか、2回命中するまで行動できるかによって、艦隊としての生存性が倍増すると指摘しており(ibid.: 278-279)、一撃で沈められてしまう艦艇ばかりが配備されると、敵の奇襲に対する脆弱性が増大してしまい、戦闘でも反撃が不可能となる状況を懸念しました。とはいえ、この著者の主張の妥当性は軍事理論の観点だけでなく、船舶工学の観点から議論する余地があるでしょう。

むすびにかえて
今回の記事で取り上げた斉射モデルはシンプルで拡張しやすい優れた海戦のモデルであり、現代の対水上戦闘に関するさまざまな理論的分析の出発点として参照されています。
こうした特定の条件で発生する戦闘の結果を予測するモデルは、オペレーションズ・リサーチの文献ではしばしば解析的戦闘モデル(analytical combat model)と呼ばれており、所要兵力の見積りや、開発、調達する装備の要求性能を決定する際に活用されることがあります。

このような机上の計算など信頼できないという意見もあるかもしれませんが、防衛力の整備計画を立てる際には、過去の戦争から得られた経験則だけに頼るわけにもいきません。さまざまな事態を想定し、そこから生じ得る結果を考察するためには、こうした理論的な枠組みが検討の出発点として有用なこともあるのです。

KT

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3 件のコメント:

  1. 質問です。
    問題でいうところの「48-6=42のミサイルが目標に命中します」というのは、つまりは「B艦隊6隻に42のミサイルが集中する」という解釈でよろしいでしょうか? その場合、単純計算で1隻あたり7発のミサイルが命中する(もちろん迎撃できなかったミサイルの目標によります)ことになりますが、ΔA/Bの損害は「ΔA/Bの1隻あたりの損害」とも解釈できるとみていいでしょうか? ただ、そうなるとミサイルの目標配分の状況によってはA艦隊は1隻につき2発のミサイルを喰らい戦闘不能になってしまい計算と合わなくなってしまい少々混乱しております…。ここいらへんは、文中にもあったように理論上の結果と実際の結果の相違であると解釈してよろしいのでしょうか?

    初歩的すぎる質問で申し訳ありません。回答お待ちしております。

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    1. これは斉射モデルの前提に関するご質問だと思います。
      大前提として、このモデルは艦艇ごとの損害ではなく、艦隊ごとの損害を計算するために構築されたものです。そのため、敵の迎撃を免れた巡航ミサイルは自律的に敵の艦艇に再配分されるものとする、という海戦の実態、つまり対水上戦闘における火力配分の観点から考えると少しおかしい想定が置かれている点に注意しなければなりません。
      これはモデルとしての簡潔さ、単純さを保持するためのものであって、実際に著者がそのようなものだと考えているわけではなく、軍事理論の研究はこのような抽象化は特異なものではありません。

      理論と現実の違いについて捕捉しておきます。
      現実の海戦では撃破の過程にはランダムな過程が含まれており、個々の交戦の勝敗は例えば気象海象といった偶発的要因にも大きく左右されるため、彼我の勢力から常に正確に予測できるというものではありません。つまり、斉射モデルを使って個別の海戦の原因と結果を予測しようとしても、彼我の勢力など以外にも考慮すべき条件がたくさんあるということがいえます。

      しかし、理論の目的は現実を再現するというより、こうした個々の海戦のデータを膨大に集積した結果として見出される、一般的な関係式を見つけることにあります。
      また確率収束として知られているように、予測不可能な要因の影響は回数を重ねていくと、あまり変化しなくなっていく性質があります。このような事情から、理論と現実の間にギャップが生じて来ることになります。
      だからといって、理論が役に立たないという話ではなく、その理論の使い道を理解し、問題に応じて使用者が使い分けることができれば、シミュレーション分析などで有用なものなのです。

      もし個別の戦闘に関する結果を予測したいのなら、斉射モデルを拡張し、ミサイルの命中率や敵の迎撃成功率、また艦隊としての敵の捜索効率などの変数を組み入れたモデルを模索すればよいと思います。

      海戦におけるさまざまな事象の確率をどのように定義すれば実際の海戦に近づくのかをここで詳細に述べることはできませんが、とにかく要点としては個別の海戦に関する軍事理論と、海戦全般に関する軍事理論とでは用途が異なると理解して頂ければ、よいのではないかと存じます。

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    2. 返信ありがとうございます。

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