最近人気の記事

2016年10月16日日曜日

文献紹介 ハンチントンの『文明の衝突』を読み直す

サミュエル・ハンチントン(Samuel P. Huntington 1927-2008)は、冷戦後の世界ではイデオロギーによってではなく、文化によって国家間の関係が形成されていくと予見した米国の政治学者です。
この説は1993年の論文で最初に発表され、1996年に著作『文明の衝突と世界秩序の再形成(The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order)』の内容へと発展していきました。

すでにハンチントンは死去し、学説としても文化的対立を過大評価するものとして批判され、最近の研究で言及される機会もなくなってきました。しかし、今年2016年は出版からちょうど20年という節目の年であり、また現代の移民や宗教の問題を考える上で彼の研究は意義があると思われます。今回は、この著作の要点を改めて紹介し、その意義を考察したいと思います。

文献情報
Huntington, Samuel P. 1996. The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order, New York: Simon & Schuster.(邦訳、サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』鈴木主税訳、集英社、1998年)

文化的アイデンティティーを求める人々
ハンチントンの議論で最も重要なポイントは、言語、宗教といった文化的要因が冷戦後の国際政治における紛争でますます重要な意味を持ってくる、という部分です。

冷戦期の世界では、自由主義の国家で構成される西側陣営と、共産主義の国家で構成される東側陣営、そしていずれの陣営にも属さない非同盟国の陣営によって分割されていました。これはイデオロギー的な繋がりこそが国際関係を規定する第一の要因であったことによります。
しかし、冷戦が終結してしまうと、各国は従来のようなイデオロギーごとに陣営を組むということはなくなり、文化的一体性をより重視する傾向を見せるようになります。この点についてハンチントンは次のように述べています。
「1980年代に共産主義世界が崩壊し、冷戦という国際関係は過去のものとなった。冷戦後の世界では、さまざまな民族の間の最も重要な違いは、イデオロギーや政治、経済ではなくなった。文化が違うのだ。民族も国家も人間が直面する最も基本的な問いに答えようとしている。「われわれはいったい何者なのか」と。そして、その問いに答えるために、人類がかつてその問いに答えてきたのと同じように、自分たちにとって最も重要な意味を持つものを頼りにする。人々は祖先や宗教、言語、歴史、価値観、収監、制度などに関連して自分たちを定義づける」(ハンチントン『文明の衝突』23頁)
他者とどのような関係を持つのか、また他者とどのような差異があるかによって、人間は自分のアイデンティティーを確認しようとします。ここでハンチントンが指摘していることは、それが有権者の政治行動を変化させる可能性があるということです。

どうして自己認識の問題が政治行動にかかわるのかといえば、それは「人々は自分の利益を増すためだけでなく、自らのアイデンティティを決定するためにも政治を利用する。人は自分が誰と異なっているかを知ってはじめて、またしばしば自分が誰と敵対しているかを知ってはじめて、自分が何者であるかを知るのである」ためです(同上)。

このハンチントンの見解によれば、冷戦後の世界で人々はアイデンティティーを安定させ、強化する欲求を満たす手段として、自分自身が所属する国家の文化や伝統を重視するようになります。そして、民主的な政権は、こうした有権者の新たな政治的関心に対応する必要に迫られます。それが対外政策にも反映され、新たな政治情勢の形成に繋がってくるものと考えられているのです。

文明ごとに再編成される世界
サミュエル・ハンチントンは米国の政治学者、ハーバード大学教授、
政軍関係論、比較政治学、国際関係論などの分野で業績を残している
ハンチントンは冷戦後の世界で人々が自分自身の文化をより重要だと考えるようになる場合、文化的繋がりの強さが国家の対外関係に影響を及ぼしてくると考えました。
そこで注目しているのが、文明(civilization)という単位です。そもそも文明は18世紀のヨーロッパで未開の対極に位置付けられる社会状態として理解されていたのですが、ハンチントンはそうした意味で文明という用語を使用することは避けています(同上、52頁)。その代わりに、地域的単位として文明を捉えており、特定の村落、地域、民族集団、国籍、宗教団体を包括しうる大きな文化的集団の単位と考えられています(同上、55頁)。

文明を分類する方法に関しては諸説あるのですが(同上、58頁)、ハンチントンは次のような分類方法を用いています。
  • 西欧文明:700年代から800年代に出現(イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、ポーランド、カナダ、アメリカ、オーストラリアなど)
  • ラテンアメリカ文明:ヨーロッパから出現したものの、西欧文明とは異なり、独自の宗教、文化を形成(メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、パラグアイなど)
  • イスラム文明:イスラム教をを中核とする文明圏であるが、アラビア、トルコ、ペルシア、マレーなどの下位文明も存在(トルコ、シリア、イラク、イラン、アフガニスタン、パキスタン、サウジアラビア、イエメン、エジプト、アルジェリア)
  • 中華文明:中国は当然含まれるが、中国大陸以外でも地域的交流や華僑の定住を通じて文化圏の広がりが認められる(中国、北朝鮮、韓国、台湾、ベトナム)
  • ヒンドゥー文明:紀元前1500年頃から文明として成立し、ヒンドゥー教を中核としているものの、内部にイスラム教徒などさまざまな宗教集団が存在(インド、スリランカ)
  • ロシア正教会文明:すでに滅亡したビザンティン文明を親とし、西欧文明と異なる宗教を持つ(ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)
  • 日本文明:中国文明から派生し、西暦100年ないし400年の時期に出現(日本のみ)
  • アフリカ文明(存在すると考えた場合):サハラ砂漠以南のアフリカ大陸では部族主義が依然として強いが、アフリカ人の意識も形成される聴講があり、固有の文明圏を形成する可能性は否定できない(同上、59-64頁)
このような視点から世界の歴史を振り返ると、近代以降の世界の歴史は西欧文明が非西欧文明を支配する歴史という側面がありました。
現状として西欧文明は他の文明に対して圧倒的優位を維持しているものの、ハンチントンは冷戦後に各地域で非西欧文明の台頭は着実に進んでおり、また非西欧的と見なされていた文化や宗教が再び復興しつつあることが指摘できると述べています。
「地域主義は、民主主義の内包するパラドックスによっても促進される。つまり、非西欧社会が西欧的な諸制度を取り入れることにより、地域主義者や反西欧的な政治運動が権力に近づくことを可能にし、容易にしてしまうのである。1960年代と70年代には、発展途上国の中で西欧化された国や西欧寄りの立場をとる国の政府は、クーデターや革命の危機にさいなまれた。80年代と90年代を通じて、彼らが選挙によって政権の座を追われる危険は増している。民主化が西欧化を逆行させる結果となっており、民主主義が価値観の多様性を促進するどころか、社会をより窮屈なものに変えてしまっている。非西欧圏の政治家が選挙に勝とうと思ったら、自分たちがいかに西欧的であるかを誇示してもしかたがない。むしろ、選挙戦は政治家たちに、世間に最も広く受け入れられそうな主張を考え出すことを余儀なくさせており、しかもそれは、たいていの場合、民族主義、国家主義、宗教的な性格をもつものである」(同上、136-7頁)
近代化を果たした非西欧文明圏の各国は、イデオロギーによって規定されていた対外関係を見直し、政治的境界線を次々と引き直すことになります。それが民族、宗教といった要因で形成される文明圏の境界線と重なっていき、それが文明のフォルトラインを境界とする紛争に繋がるとハンチントンは考えました。

冷戦後の国際政治とフォルト・ライン紛争
冷戦終結後に北大西洋条約機構の加盟国はロシアの国境に沿って東ヨーロッパに拡大しつつある。地図は年代順に増加していく加盟国を色分けしたもの。1990年代以降に東ヨーロッパ諸国が相次いで加盟していることが分かる。ハンチントンの視点から見れば、ロシア正教会文明の構成国を圧迫し、また同文明の中核国であるロシアの利害と対立する政策である。
フォルト・ライン紛争はハンチントンの議論から導かれる最も重要な考察の一つであり、冷戦後の国際政治を解釈するために用いられています。フォルト・ライン紛争とは一言で述べると、文明圏の境界線上で発生する紛争であり、異なる文明に属する国々や集団の対立です。
ハンチントンはこうした紛争が生じる理由としては、その文明で指導的役割を果たす中核国が他の構成国に対する統制を維持強化し、さらに周辺に文化的に類似した勢力を自らの陣営に取り込もうとすることによると考えています。
「出現しつつある世界政治の中で、主要文明の中核国は冷戦時代の二つの超大国にかわり、他の国々を引き付けたり拒絶したりする重要な極になりつつある。こうした変化が最も明確にあらわれているのは、西欧、東方正教会、中国の各文明だ。この場合、文明によるグループ化に関与するのは、中核国、構成国、隣接する国に住む文化的に似たマイノリティの国民であり、さらに議論の的になるのが、近隣の国に住む他の文化の人々である。こうした文明ブロックに属する国々は、中核国を囲む同心円状に位置することが多く、その位置はブロックとアイデンティティの一致の程度やブロックへの統合の程度を反映している」(同上、234頁)
このような過程を示す具体的な事例として、ハンチントンは冷戦後の東ヨーロッパ地域を取り上げています。
ヨーロッパ地域の統合で中心的役割を果たしている国家はフランスとドイツであり、両国は欧州連合を通じて境界線を東方へと拡大しています。同じことをアメリカも推進しており、北大西洋条約機構の範囲が東ヨーロッパ地域で広がりつつあります。
結果として、アメリカ、ドイツ、フランスはロシアから強い反発を受けることになりました。ハンチントンによると、このようなロシアの反応はかつてのソ連と異なる性格のものであり、それは「ソ連が世界に利害をもつ超大国であったのにたいし、ロシアは地域と文明に利害を持つ大国なのだ」と説明しています(同上、247頁)。

しかし、こうした文明圏の境界線上で生じるフォルトライン紛争が直ちに暴力的形態をとるというわけではなく、非軍事的手段による衝突も含まれています。ハンチントンはフォルト・ライン紛争からフォルト・ライン戦争に移行することで武力衝突に発展し、特に国内の民族的分裂が原因となれば、非常に長期化する傾向があると述べています(同上、384頁)。

こうしたフォルト・ライン戦争は共同体(コミューン)間の戦争とほとんど同じではないかという意見に対しては、ハンチントンは次のように反論しています。
「フォルト・ライン戦争は、長期的に続くこと、暴力行為が激しいこと、イデオロギー的に曖昧なことなどで、他のコミューン戦争と似ているが、二つの面で異なっている。第一に、コミューン戦争は民族的、人種的、言語的な集団の間で異なる。だが、宗教が文明を規定する最も重要なものなので、フォルト・ライン戦争はたいていの場合、異なる宗教を信ずる人々のあいだに起こる。(中略)第二に、他のコミューン戦争は個別的なものであることが多いので、新たな当事者にまで広がらず、その人たちを巻き込むことは比較的少ない。対照的に、フォルト・ライン戦争は、その定義からも、より大きな文化圏にある集団の間に起こる。(中略)現代の世界では、交通手段や通信手段が発達したので、このようなコネクションが成立しやすくなっており、フォルト・ライン紛争の「国際化」が起こっている」(同上、386頁)
したがって、フォルト・ライン戦争を終わらせるためには、紛争当事者の勢力均衡を確立するだけでなく、それに関与している勢力も利害を調整することが必要となってきます。戦争は交戦する当事者の勢力が疲弊すれば終結を迎えますが、フォルト・ライン戦争の場合には当事者の勢力を支援する多くの勢力が合意しなければ、容易に終結に至ることができないということです。

むすびにかえて

『文明の衝突』は論争的なテーマを扱った著作であり、その内容が実際にどこまで妥当するなのかという点については議論の余地が残されているでしょう。しかし、今でもハンチントンが取り組んだ研究テーマは二つの観点から意義があるといえます。

第一に、ハンチントンの著作ではやや過大に評価されている部分もあるかもしれませんが、冷戦後の世界では政治イデオロギーが魅力を失い、文化的アイデンティティーが政治に対する人々の態度を形成する度合いが大きくなっているという可能性は、注目に値するものです。
つまり、もしこの可能性が現実のものとなれば、宗教や言語といった文化的差異に基づく運動や政策はますます活発になるだけでなく、共通の文化的基盤を再評価することに対する関心も高まると予測されます。

第二に、ハンチントンの議論には、文化的アイデンティティーの世界的な高まりが、日本の政策に与える影響について示唆するところがあります。要するに、日本は中華文明、ロシア正教会文明、そして西欧文明などとも異なる独特な文明であり、文化的に孤立した国家と考えられています。
これは文化的共通性を軸とした外交を展開する状況になってくれば、不利な立場に置かれる危険があることを意味しています。将来のフォルト・ライン紛争では、多くの国々はその文明圏の中核国に対して支援を要請することがより容易になるとも考えられているのですが、日本にとってそのような利点はあまりなく、実利的関係を軸に外交を展開しなければならないとも考えられるのです。

KT

関連記事
論文紹介 世界史におけるランドパワーとシーパワー

0 件のコメント:

コメントを投稿