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2016年8月5日金曜日

学説紹介 大国に見捨てられるリスク

1949年に署名された北大西洋条約は、米国を中心とする西ヨーロッパ防衛態勢の構築に大きく寄与することになった。その一方で、防衛負担の配分や戦時における作戦行動をめぐって各国の利害が対立する部分もあった。
国力に乏しい中小国が国際社会で自国の安全を確保するためには、大国と同盟を結ぶことが必要となります。大国と同盟を結べば、中小国は自国の兵力よりも大きな兵力をもって攻撃してくる国家に対し、大国に援軍を要請することで、対処することが可能となります。
しかし、中小国の思い通りに大国が常に行動するとは限りません。なぜなら、中小国を支援しようとすることで、大国自身が全面戦争に巻き込まれる恐れがあるためです。

今回は大国が同盟関係にある中小国を見捨てる条件について考えるために、米国の政治学者ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)の研究を取り上げ、冷戦初期のヨーロッパを防衛するために米国がどれだけの負担を負うべきかを考察した箇所を紹介したいと思います。

米国が同盟国を防衛するにも限界がある
ヨーロッパ地域は米国を中心とする北大西洋条約機構と、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構で二分される政治情勢にあり、特に東西ドイツ国境地帯が東西両陣営の勢力圏の重要な境界線となっていた。
冷戦期の西ヨーロッパでは、北大西洋条約機構(NATO)の枠組みの下で、イギリスがドイツに4個師団を、米国は5個師団を駐留させており、その他の同盟国も軍事力を強化していました。しかし、キッシンジャーはこのような中途半端な戦力規模では、ソ連軍の侵略を確実に防ぐ態勢とは言えないと考えていました。

このような戦力の配備が採用された理由として、キッシンジャーは米国で検討されていた戦略理論が局地的な侵略を受けた際に、それを地域紛争として処理するのか、それとも全面戦争として対応するのか不明確であったためだと述べています。
「全面戦争に依存しながら、政治的には地域防衛を公約するという矛盾は、わが連合政策のガンだった。わが戦略理論は、脅威をうけた地域をいかにして護るか、つまりそういう地域を局地的に護るべきか、あるいはそういう地域に対する攻撃を戦争の「原因」として扱うべきか、を決めかねてきた。前者の戦略でゆけば、侵略のおこったところ、つまり少なくともソ連に渡したくない地域で、侵略に抵抗せねばならない。第二の戦略は、侵略を戦争の原因として扱うが、われわれが闘いを交えようとする地域については、予めどこだ、というようなことはいわない―つまり要するに「われわれが自ら選ぶ場所において」行う大量報復理論である。こういう侵略では、われわれとソ連ブロックとの間の全般的な戦略バランスによって、ともかくソ連の侵略に対する安全保障ができる。しかし、大量報復はそのような抑制効果は大きくても、連合国が軍事的努力をしようとする意欲を減殺する結果となる」(邦訳、キッシンジャー『核兵器と外交政策』296頁)
ここには、ソ連の侵略に対処できる十分な兵力を米国として西ヨーロッパに配置すべきかどうかというジレンマがあります。
ソ連の侵略を抑止しようとすれば、米国はその侵略が行われた地域で戦う準備を整えなければなりません。しかし、それは米国にとって大きな負担となりますし、また核の応酬にエスカレートする恐れもあります。

この負担と危険を米国が回避するためには、同盟国の防衛協力を最大限まで引き出すことが望ましいということになります。
しかし、同盟国は財政負担を避けるために軍事力を増強を回避しようとし、また全面戦争が勃発すれば自国の軍事力など大した意味を持たないと考えるため、結局のところ米国が防衛予算を支払うことになるのです。

なぜ米軍をヨーロッパに駐留させるべきか
1957年に西ドイツに配置されていた第7軍の主要部隊の配置。
次にキッシンジャーはヨーロッパに駐留する米軍部隊の存在意義を正当化する見解を検討しています。
一つはソ連が攻撃の準備を進めている時に、警告を発して外交的な圧力をかける手段という意味があるとの見解であり、もう一つはソ連軍にあえて撃破されるための兵力であり、核兵器による全面的な報復を開始するための仕掛け線の意味があるとの見解です。
「いろいろな説明を加えようという試みがなされてきたが、現在の兵力展開を全面戦略にむすびつけることは難しい。たとえば、西欧同盟の戦略予備のうち、ほぼ半分に近いものを、ソ連の国力の根源にあれほど接近して駐留させておく理由の一つは、二十五ないし三十個師団といわれるソ連の東独駐屯部隊による攻撃をくいとめるにあるといわれている。この主張によると、ソ連が西ヨーロッパのわが部隊に対して攻撃を加えるには、相当の増強が必要である。このため、逆にわれわれは紛争を回避するための外交手段をとり、あるいは、ソ連邦に対してもっとも厳粛な、はっきりした警報をだすことができるようになるだろうというのである。しかしわれわれが何度もくりかえしてきた威嚇を、しかもソ連が攻撃を強化しつつある以上、恐らく役に立つはずもない威嚇を、くりかえすために支払う代価としては、この九個師団はちょっと多すぎるように思えるのである」(同上、297頁)
これはソ連に戦争の準備を思いとどまらせる手段としてヨーロッパに米軍が必要である、という議論です。
筋が通った議論ではありますが、25個師団から30個師団のソ連軍の通常戦力を阻止するだけならば、西ドイツ軍の兵量とは別に米軍として9個師団も配置することが合理的なのか、キッシンジャーは疑問を投げかけています。
「別の意見によれば、西ヨーロッパにいる部隊は、それ自体で別に戦略的意義を持っているのではないという。その機能は、わが抑制力のしるしとしての役目を果たす、つまり仕掛線(trip-wire)または、壊せば全面的熱核報復を一挙に発動するようになる窓ガラス(plate-window)としての役目を果たすことであるという。いろいろな点で、これはもっとも注目に値する議論である。もっともこれに対する挑戦はあまりみられなかった。というのは、この論旨は、われわれは全面戦争によって西ヨーロッパを防衛するぞ、という主張を何度くりかしてみても、主張するだけでは信用して貰えるはずがなく、もっとも厳粛にくりかえしてきたこういう宣言の他に、われわれの決意をあらわす別の証拠を示さねばならない、ことをいっているにすぎないからである」(同上、298頁)
もしこの考え方に基づいてヨーロッパに駐留する米軍の戦略的な役割を理解すれば、ヨーロッパの防衛線に配置すべき部隊の全部、少なくとも大部分は核報復能力を持つ米軍またはイギリス軍の部隊である必要があります。
同盟国からすれば、防衛負担のほとんどを米軍に頼ることになりますが、米国には大きな防衛負担がのしかかり、しかもソ連軍が一度動き出せば、米国はソ連との核の応酬に巻き込まれる結果となるのです。

米国が同盟国を見捨てる可能性
ソ連は1949年に最初の原爆実験を成功させ、核保有国となった。これ以降、米国はソ連の核攻撃能力を考慮した上で戦略を立案する必要が生じてきた。
大量報復と局地防衛のどちらかを選択することは、ソ連軍が核兵器を保有するまでの間は可能でした。
しかし、ソ連が米国に対して核攻撃を加える能力を持つようになると、ヨーロッパのために平時には米国の国力を枯渇させ、戦時には米国国土を敵の核攻撃に晒すことを正当化することは難しくなりました。
「ヨーロッパが主要な戦略上の獲物であることは事実であろう。しかし、だからといって、われわれがその防衛のために、わが国力を枯渇させること間違いなし、というような戦略を採用しなければならないということにはならない。近代兵器の破壊力についての自覚がますますひろまるにつれて、米国はいうまでもなく、英国すらも、たとえいかに重要であろうとも、敵にヨーロッパという地域を渡さないために、自殺をする決意がある、と考えることは理屈に合わない。ましてや、ソ連が例によって巧みに、曖昧な挑戦ぶりを示せば、なおさらのことである。もし赤軍が、特に西独の武装解除のためにヨーロッパを攻撃し、しかも米英に対しては、戦略爆撃をやらないこと、限定目的達成後オーデル河まで撤退することを申し出たら、一体どうなるか。そういうことになっても、フランスは闘う、とはっきりいえるだろうか。あるいは、英国は、どういう形で終わろうとも、英国文化の終焉を意味する全面戦争を自らはじめるであろうか。またアメリカ大統領は、西ヨーロッパとアメリカの都市五十を引換えにするだろうか」(同上、300頁)
ヨーロッパの同盟国と結ばれた条約によって、米国には西ヨーロッパを防衛する責任があります。しかし、実際に米国がソ連に断固とした対処行動を取ることができるのか、誰にも確実なことは言えません。
そもそも、こうした事態が生じる最大の要因が何かといえば、それはソ連軍の米本土攻撃能力です。これがなければ、米国の本格的な軍事的介入を未然に防ぐことはできず、ヨーロッパでの局地侵攻も成功する可能性はなくなるでしょう。
しかし、米国本土の都市を攻撃することができるならば、脅迫を行って米国から譲歩を引き出せる可能性が出てきます。米国としては国益の観点から同盟国の防衛を断念するという厳しい判断を下さざるを得ない場合も考えられるのです。

むすびにかえて
中小国は巧みな外交によって、自国の防衛に協力してくれる外国と手を結ぶことができます。しかし、その同盟が思い通りの結果になるとは限らないものと理解しなければなりません。戦争が勃発した際に、同盟国が実際に援軍を送ってくるのか、援軍を送ったとしても、思い通りの作戦を行ってくれるのか、途中で戦線を離脱してしまわないか予断を許しません。
条約があるからといって、大国がそれに無条件に従うはずだと想定し、リスク管理を蔑ろにしていると、裏切られてしまった際に政策を立て直すことが不可能となってしまいます。

昨今の情勢から判断するかぎり、米国が日本を見捨てる可能性が大きいとは私には思えません。だからといって、そのような可能性を完全に無視して検討を進めることは賢明なことではないでしょう。同盟に大きく依存している国家の国民であれば、それはなおさらのことです。

KT

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参考文献
Kissinger, Henry A. 1957. Nuclear Weapons and Foreign Policy, New York: Harper and Brothers.(邦訳、キッシンジャー『核兵器と外交政策』 田中武克、桃井真訳、日本外政学会、1958年)

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