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2016年7月6日水曜日

論文紹介 世界史におけるランドパワーとシーパワー

国際政治の歴史を振り返ると、ヨーロッパ諸国が大国として行動するようになったのは、比較的最近のことであり、しかもそれは大航海時代の航路開拓によって、その勢力圏を広げる余地を見出したことによるところが小さくないことが分かります。
それまでヨーロッパが世界で有力な勢力となりえなかった理由を考える上で興味深いのが地理学者マッキンダーの論文「歴史の地理的枢軸」(1904年)です。

地政学の古典的研究として知られている論文ですが、今回はその内容の要点を紹介したいと思います。

文献情報
Mackinder, Halford J. 1904. "The Geographical Pivot of History," The Geographical Journal, Vol. 23, No. 4, pp. 421-437.(邦訳、H.J.マッキンダー「地理学からみた歴史の回転軸」『マッキンダーの地政学 デモクラシーの理想と現実』曽村保信訳、原書房、2008年、251-284頁)

アジアから絶えず脅威を受けていたヨーロッパ
19世紀以前の東欧における勢力圏の境界は気候区分と同じ境界に位置してきた。
北側のバルト海、白海の近辺では7月から8月であるのに対して、南側の黒海の近辺では5月から6月となる。また植生を見ると南部では大草原が広がるのに対して、北部では大森林が広がっている。そして、モスクワは北側に位置する。
(Mackinder 1904: 424)
著者がまず指摘するのは、ヨーロッパの定住民族の歴史がアジアの遊牧民族の影響を強く受けていたということです。ウラル山脈以西の東欧ではヨーロッパの諸民族とアジアの諸民族が戦争を繰り返した歴史があったのです。
「例えば『オックスフォード・アトラス』のような歴史的な地図帳を見ていると、いわゆるヨーロッパ・ロシアと東欧の大平原とがほぼ共通した街になったのは、わずか一世紀かそこらのあいだのことで、それ以前の時代には、これと異なる政治的な布置が、執拗に繰り返されていたのを知ることができる。つまり通常二つの国家群が、これを北と南の政治的システムに分けていたのでわけである」(邦訳、256頁)
ここで注目されている南北の境界はカルパート山脈の北端からウラル山脈の南端までの線のことであり、南部は大草原が広がるステップであるのに対して、北部はうっそうとした森林が広がる地域であり、ロシア建国の歴史はこの北部で展開されていたのであって、ステップはその勢力圏に収められていませんでした(同上、257頁)。

ウラル山脈はカスピ海との間に回廊地帯を残しているため、5世紀から16世紀に至るまで、遊牧民族はその回廊地帯を通過して絶えずステップに進出することができました(同上、259頁)。
ヨーロッパ史で特に有名な遊牧民族であるフン族は、アッティラ(406?-453)の強い指導力の下でハンガリーの平野部に拠点を構築し、そこからヨーロッパの定住民族に対して大規模な攻撃を加えてきたのです(同上)。
「約1千年もの間、いろいろな騎馬民族がアジアの方角から入れ替わり立ち代わりやってきて、ウラル山脈とカスピ海の間の広い入り口からヨーロッパに接近し、南ロシアの無人の野を駆け抜けたかと思えば、またハンガリーに本拠を据えて、まさにヨーロッパの心臓部を狙うといった時代がずっと続いた。そして、これに対抗するという、やむにやまれない事情から、ロシアや、ドイツや、フランスや、イタリアや、それにビザンチン時代のギリシア人などといった、偉大な諸民族の歴史が形作られたのである」(262頁)
特に15世紀におけるモンゴル人の襲来はヨーロッパの形成にとって決定的な意義を持っていました(同上、264頁)
。というのも、その優れた機動力を持つ軍勢によって東欧だけでなく、ペルシア、メソポタミア、中国北部にまで勢力を拡大し、ユーラシア大陸の大部分を政治的に統一したためです(同上、268頁)。これはヨーロッパ人を含む「旧世界の周辺部に属するあらゆる定住民族は、遅かれ早かれ、中央アジアのステップに由来する機動戦力の勢力拡張の動きのおののかざるを得ない境遇に置かれていたのである」という状況でした(同上)。

アジアのランドパワーとヨーロッパのシーパワー
ユーラシア大陸の中核となる部分は、異常な広がりを持ったステップであり、この空間を戦略的に活用できた遊牧民族が世界各地の定住民族の歴史に大きな影響を与えてきた。大航海時代までのヨーロッパの勢力圏はヨーロッパ大陸に閉じ込められてきたが、大航海時代以降のヨーロッパは海上交通路を通じて新たに勢力圏を広げる活路を見出した。
(Mackinder 1904: 429)
ここで重要なポイントは、ユーラシア大陸の中央に分布する広大なステップ地域は遊牧民族の移動手段である馬に極めて適した空間であるばかりか、その地域を経由すれば、遊牧民族の攻撃目標となり得る中国、インド、中東、ヨーロッパのいずれにも接近可能である、ということです。
「こうして、ようやく我々が到達したユーラシアの概念を要約すれば、それは大体次のようになるだろう。すなわち、この一続きの陸の塊は、その北部を水で覆われ、また他の部分を太陽によって取り囲まれている。(中略)その反面、この地域一帯は、北極圏に属する森林地帯を除いて、馬やラクダを利用する遊牧民族の運動に極めて適している。そして、この中心地体の東側、南側および西側には、大きな半月後の形をした周辺の諸地域があって、ここには世界の船乗りたちが自由に接近できる」(邦訳、269-270頁)
したがって、ステップを支配する遊牧民族の勢力の源泉は、その組織化された騎兵であると同時に、その騎兵を機動的に運用可能な戦略陣地を確保していることにあったと言えます。そこさえ押さえておけば、遊牧民族はユーラシア大陸の大部分に戦力を投射し、軍事的に弱小な勢力を支配し、そこから経済的な利益を獲得することもできたのです。

こうした優位性を覆したのが16世紀以降に開拓された海上交通路であり、著者に言わせればそれは弱者だったヨーロッパが海洋勢力として台頭することを可能にしたという意味で画期的なものでした。
「ところが、新しい交通手段を持ったヨーロッパの人々は、これまで知っていた海や沿岸の陸地に比べて、一挙に数十倍もの世界を獲得したばかりでなく、さらに一点して、これまで彼らの存在に脅威を与えていたアジアのランドパワーを、今度は逆に政治的、軍事的に包囲できる立場に立ったのである」(同上、274頁)
アジアのランドパワーをヨーロッパはシーパワーによって乗り越えた、というのが著者の基本的解釈ですが、ただし大航海時代の中でロシア人がコサック部族を組織し、その勢力圏をステップに広げていったことも同じ重要性があるとも指摘しています。これはロシアがモスクワからシベリアへと領土を広げることを可能にした重要な一手でした(同上、276頁)。

ユーラシアを支配するロシアのランドパワー
マッキンダーの論文で最もよく引用される地図「勢力の自然的基礎(The Natural Seats of Power)」
ユーラシア大陸の中枢地域(pivot area)とその周辺に位置する内側もしくは限界的半月弧(inner or marginal crescent)、さらにその外周に外側または島嶼的半月弧の陸地(lands of outer or insular crescent)が位置付けられている。
(Mackinder 1904: 435)
著者は、以上のような考察を踏まえてユーラシア大陸の中心地を支配することの政治的、軍事的な重要性を示し、その優位がシーパワーによって大いに相殺されることになったことを認めています。
しかし大陸横断鉄道が発達したことによって、ランドパワーを規定する条件も変化していることを指摘し、それをロシアが利用すれば、その勢力は大いに増大する可能性があるとも考えられています。
「昔は騎馬民族がステップを中心にして、遠心的に各地に攻撃をかけていた。が、今ではロシアがこれに代わって、フィンランドに、スカンジナビアに、ポーランドに、トルコに、ペルシアに、インドに、そしてまた最近は中国というふうに、次々と圧迫を加えてきている。あたかもドイツがヨーロッパにおいて占める地位に似て、ロシアは世界全体との関係において、戦略上中枢の地位を占めているとはいえないだろうか」(同上、279頁)
ここで興味深いのは著者がやがて大陸を支配した国家が、その資源を艦隊の建設に役立てようとするシナリオも考えられると論じていることです。
「さて、ところで今の勢力関係を破壊して、回転軸となる国家に有利な地位を与えることは、やがてユーラシア大陸周辺の諸地域に対するその勢力の膨張を促し、引いてはまた膨大な大陸の資源をその艦隊の建設に役立てさせる結果にもなる。もし万が一ドイツとロシアとが合体したら、たちまちこの可能性が現実化する恐れがある」(同上、280頁)
著者に言わせれば、大陸の国家がシーパワーを持つことができないというわけではなく、ユーラシア大陸に分布する人的、物的資源を統一的な政策の下に動員することができれば、その国家が持つランドパワーはシーパワーに再編成することは可能であると考えられます。
特に著者が注目しているのがドイツの動きであり、当時のドイツはイギリスを相手取りながら急速な海軍の増強を行っていました。

こうした脅威に対抗するために、著者は海上戦力で対抗するのではなく、あえて陸上戦力で対抗することを視野に入れた政策を提案しています。
「したがって、もし仮にこのような不幸な事態が発生したら、フランスとしては万やむをえず海外の諸国と同盟をしなければならなくなるだろう。その場合、フランス、イタリア、エジプト、インドや朝鮮半島などは、ことごとく有力な橋頭保になり、ここでは列国の海軍がそれぞれ上陸部隊を支援して、内陸の同盟国家群に地上兵力の拡散を強いるかたちとなり、これによって回転軸の勢力がその艦隊の建設に専念できないようにすることが予想される」(同上、280頁)
これはユーラシア大陸の中枢地域を支配する大陸国家が艦隊の建設に資源を配分できないように、地上から軍事的圧力を加えるという政策です。
海で戦おうとする相手を陸に引き付ける上で重要なのが沿岸地域を領有する国家であり、イギリス人の視座から見れば、フランス、イタリア、エジプト、インド、朝鮮が特に重要な橋頭保となると考えられています。

むすびにかえて
最後にまとめると、この論文においてマッキンダーが果たした貢献は、世界規模で展開されてきた政治史を地理学の知識と結びつけたことにあります。
地政学においてランドパワーの概念を提起したと紹介されることが多いのですが、古来からユーラシア大陸を中心に展開されてきた諸民族の興亡の歴史を知ることが、近代の国際政治の理解を深めることに繋がることを示したという意味でも興味深い内容であり、歴史と地理という二つの視点が政治を理解する上でどれほど有益なものかを私たちに教えてくれる研究です。

KT

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