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2016年7月1日金曜日

論文紹介 安全保障学とは何か

危険で不確実な世界で生き残りの確率を少しでも高めるため、古来より人間は国家を防衛する方法を研究してきました。

その意味で安全保障学には長い歴史があり、古代ギリシアのトゥキディデスや孫子にまでさかのぼることができるでしょう。

しかし、安全保障学という学問が政治学、特に国際関係論で明確な位置付けを与えられたのは、やはり核兵器が登場した20世紀中盤以降のことだと言えるでしょう。

今回は、米国の政治学者スティーヴン・ウォルトの論文を取り上げ、安全保障学とはそもそもどのような学問なのか、どのように発達してきたのかを簡単に紹介したいと思います。

文献情報
Stephen M. Walt. 1991. "The Renaissance of Security Studies," International Studies Quarterly, 35: 211-239.

安全保障学は戦争を考える学問
著者は安全保障学の最も基本的な定義として「軍事力の威嚇、使用、管理に関する学問」と述べており、その関心は戦争にあると論じています。
「学問領域の境界には浸透性があるので、安全保障学の厳密な範囲を描き出そうとすると、どうしても何らかの恣意性が生じてくる。しかし、安全保障学の焦点は簡単に特定できる。すなわち、安全保障学の焦点は戦争に関する事柄にある。安全保障学は国家間の紛争が常に発生する恐れがあり、軍事力は国家と社会に絶大な影響を及ぼす、と想定する。したがって、安全保障学は軍事力の威嚇、使用、管理に関する学問と定義できるかもしれない。安全保障学は武力を使用しやすい条件や、武力の使用が個人、国家、社会に与える影響、また戦争を準備し、予防し、実施するために国家が採用した特定の政策について検討する」(Walt 1991: 212)
基本的に安全保障学は政治学の一領域に位置付けられていますが、「安全保障学は基本的に政治学を基礎とするものの、それは常に学際的な研究であった」とも述べられているように(Ibid.: 214)、安全保障学は一つの方法論でまとめられる領域ではない点に注意しなければならないでしょう。

米国における安全保障学の出発
安全保障学が活発に研究されるようになっ理由として著者が真っ先に挙げているのは、第一次世界大戦の経験であり、この経験から戦争は「将軍だけに任せるには重要すぎる」との考え方が広がったためです(Ibid.: 214)。

こうした社会的要請を受けて、米国では1950年代以降に安全保障学の研究が本格化しましたが、この時期に登場した核兵器がもっぱら研究の対象だったと著者は指摘しています。

登場したばかりの核兵器は絶大な威力を持っており、第一線の軍隊どころか都市や産業さえも破壊することが可能であったため、その運用に関する研究が学問的に急務とされていたためです(Ibid.)。
こうして大量破壊兵器の運用から安全保障学は出発し、抑止(deterrence)、強制(coercion)、エスカレーション(escalation)等の重要な概念が次々と研究に導入されていきました(Ibid.: 214)。

こうした研究を通じて特に発展が著しかったのが数理モデルの応用であり、ゲーム理論やシステム分析等の分析手法が活用され、データベースの構築も進められていきました。
著者はこの時期に活躍した研究者としてバーナード・ブロディ、ヘンリー・キッシンジャー、アルバート・ウォルステッター等を挙げていますが、彼らは今でも安全保障学の研究の理論的基礎を構築した功績で高く評価されています。

「安全保障学のルネサンス」
しかし、ベトナム戦争が始まった1960年代に入ると、研究活動は壁にぶつかることになりました。
重要な要因だったのは安全保障学の研究をけん引していた最初の世代が次世代の博士号保持者を適切に養成できなかったことですが、ベトナム戦争で米国が直面した問題はそれまで研究されていた核戦略の枠組みをはるかに超えた複雑な問題であったことも、その一因でした。そこで当時の研究者は従来の研究のあり方を見直す必要に迫られることになったと著者は指摘しています(Ibid.: 216)。

こうして「安全保障学のルネサンス」と呼ばれる第二の研究の発達期が到来するのですが、歴史的には1970年代の中盤のことであり、ベトナム戦争が終結した時期から新たな研究者集団が登場し始めました。
この世代の研究の特徴を著者は次のように説明しています。

・歴史の活用:安全保障上の問題を理解する上で歴史的事例を参照するアプローチが発達。
・合理的抑止論への挑戦:歴史的事例を駆使した合理的選択理論に基づく抑止理論の批判的考察。
・核政策:研究に必要なデータや分析手法が一般に利用可能となり、核政策の研究が発達。
・通常戦争:通常戦力の運用の戦略的重要性が再認識され、戦略、戦術の研究が活発化。
・米国の大戦略:軍事的手段だけでなく、政治的、外交的、経済的手段等を駆使して安全保障を追求する方法への関心が増大。
・安全保障学と国際関係論:現実主義、自由主義といった古典的なモデルだけでなく、期待効用理論や同盟理論等の数理的モデルの導入が進んだ国際関係論の領域への接近。
・大学の役割拡大:安全保障の研究で主導的役割を果たした研究者の多くがシンクタンクに所属していたが、この時期から大学で研究が活発化。

ここで著者が指摘している特徴として興味深いのは、安全保障学という学問の領域が大きく拡大されたことです。
核戦略の研究が中心だった過去の安全保障学では、歴史的事例に基づいて研究を発展させることができませんでした。そのため、必然的に理論志向の強い研究領域となり、数理的モデルの構築が重視される傾向にあったのです。

しかし、歴史的アプローチがこの時期から活発に研究で応用され始めたこと、そして伝統的な通常戦争への関心が復活し、歴史と通常兵器を用いた戦争への関心が見直されると、伝統的な軍事史の価値が見直されることになり、同時に安全保障の非軍事的側面も分析の対象とされるようになっていきました。

これは安全保障という複雑な問題に取り組む上で重要な一歩となり、1980年代以降に安全保障に関する研究が持続的に発展することに寄与したと考えられています。

むすびにかえて
安全保障学の研究を発展させることは、その国家の独立と平和を守るために、非常に重要なことだといえます。
しかし、米国でさえ一時停滞した歴史があることを考慮すると、日本でそうした研究を発展させることは容易なことではありません。

この点について著者は米国で「安全保障学のルネサンス」が可能になった条件について次のように考察しています。
(1)ベトナム戦争の終結に伴って若い世代が米国の政策的、戦略的失敗に関心を持ったこと、
(2)米ソのデタントが崩壊し、新冷戦の下で新たな問題関心が盛り上がったこと、
(3)研究者が利用できる公式、非公式の関係資料が入手可能になったこと、
(4)定期刊行物、特に学術誌が増加したこと、
(5)フォード財団等が研究に出資し、研究の財源が拡大したこと、
(6)社会科学の一分野に安全保障学が位置付けられたこと、

この論文は米国における安全保障学という学問がどのように発達してきたのかを理解する手がかりといえます。
日本において将来的に安全保障学の研究を発展させるために、どのような取り組みが必要であるのかを考える上でも参考になるところが少なくないと思います。

KT


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