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2016年7月15日金曜日

論文紹介 A2/ADには海上戦争(war at sea)戦略で対抗せよ

現代の国際情勢で最も注目を集めている安全保障上の課題の一つが中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)であり、特に2010年からは対抗戦略が米国で活発に研究され、米軍ではエアシー・バトル(Air-Sea Battle)という米国の海上、航空戦力を総合発揮して中国本土に縦深攻撃を加えることが構想されるようになっていました。

今回は、2012年にエアシー・バトル構想に対して批判的見解を示した研究論文を取り上げ、新たに海上戦争戦略と呼ばれる戦略構想について紹介したいと思います。

文献紹介
Jeffrey E. Kline and Wayne P. Hughes Jr. 2012. "Between Peace and the Air-Sea Battle: A War at Sea Strategy," Naval War College Review, Vol. 65, No. 4, pp. 35-41.

海上戦争(war at sea)戦略とは何か
著者らはエアシー・バトルの重要性を全面的に否定しているわけではなく、冒頭の部分で「われわれは最も挑戦的な紛争、すなわち全面的な通常戦争に準備するための最も効果的な手段としてエアシー・バトルの一部については強く称賛する」と述べています(Kline and Hughes 2012: 35)。
しかし、著者らが懸念しているのは、そのエアシー・バトルが想定する戦争の形態が全面戦争に近く、外交によって戦争を回避しようとする危機管理との連携が非常に難しい点です。

著者らは海上戦争(war at sea)戦略と称する構想を提案しており、「この戦略であれば、協調、競合、対決、戦争未満の紛争、戦争のいずれにおいても、米中関係を強化するための手段を指導者に提供する」と述べています(Ibid.)。
著者らが考える海上戦争の要点をまとめると以下の通りです。

・「海上戦争戦略の目的は中国の陸上及び海上での侵略を抑止し、それが失敗したならば、敵対行為においては『第一列島線』(日本から台湾を経てフィリピンに至る概念的な防衛線)の内側で中国が海上交通を利用できないように拒否することにある」(Ibid.: 35-56)
・「この戦略の方策としては、中国船舶輸送に遠方から干渉し、第一列島線の内側で分散させた潜水艦に攻撃と機雷敷設を行わせ、中国の近海では交戦のためにミサイルを搭載した小規模な戦闘艦艇から構成される戦隊によって攻撃を実施し、海峡とチョークポイントでは哨戒艇で海上封鎖し、南シナ海で危険な状態にある島嶼部を保持するために海兵遠征軍を配置し、中国本土の地上部隊に地上部隊を送り込む意図は持たない」(Ibid.: 36)
・「この戦略の手段としては、通常の航空戦力、戦闘群艦艇、潜水艦、そして米国と同盟国の小型戦闘艦艇から構成される前方展開戦隊である」(Ibid.)

これらの特徴から、著者らが航空戦力の役割を強調するエアシー・バトルよりも、海上戦力の意義を重く見ていることが分かります。

抑止力の確保には信頼性の向上が必要
なぜ航空戦力よりも海上戦力により大きな役割が与えられるべきなのでしょうか。著者らはこの疑問に対して次のように答えています。
「もし米国の指導者が進入禁止海域や領土紛争において侵略に対処しようとしていると中国が認識したならば、海上作戦を選択した方がエアシー・バトルの縦深打撃能力よりも高い信頼性を持たせることができるものと、われわれは確信している。海上阻止または海上封鎖の戦略はあまりに遅効性であるとして批判されてきた。しかし、海上戦争戦略は熱狂を鎮め、交渉の機会を与えるものであり、その交渉において双方は長期にわたり、経済的に危険であり、また総動員と決定的勝利を目指す戦争、つまり第三次世界大戦から引き下がることが可能である。さらに、太平洋地域の潜在的同盟国が米国は中国の攻撃の公算を低下させる海上限定の戦略的選択を実施しようとしているのだと理解すれば、米国との友好関係を維持し、また拡大しようとすることもできる」(Ibid.: 36)
要するに、著者らはエアシー・バトルが目指す縦深打撃能力の構築によって中国の軍事行動を抑止することは、世界最高水準の軍事力を持つ米国といえども実現できるかどうか疑問が残るため、より確実に実行できる構想を基礎に置いて戦略を確立した方が、中国から見ても信頼性が高くなるため、より大きな抑止力に繋がると考えているのです。

しかも、米国としては不必要に中国との武力衝突を全面戦争にエスカレートさせる意図がないことを明確にすることによって、周辺諸国との外交においても円滑にすることも期待されます。
これは不足しがちな基礎配備兵力で同盟国の軍隊に依存する部分がある米国の世界戦略にとって重要な要素と言えます。

中国軍の軍事的優位は無力化できる
しかし、著者らは中国軍の弾道ミサイル、巡航ミサイルを駆使したA2/ADの脅威にはどのように対応しようとしているのでしょうか。従来の研究では、中国軍のミサイル技術がこれ以上に向上すれば、米海軍が誇る航空母艦が作戦海域に進出することが非常に困難になるリスクが指摘されてきました。
この論点に対して著者らは「第一列島線内部の潜水艦部隊の優勢を拡大することによって、巡航ミサイル、弾道ミサイルを装備した中国の接近阻止部隊の優勢を無力化する」と論じています(Ibid.: 37)。

空母のような水上艦艇とは異なり、潜水艦は長射程のミサイルに対する脆弱性が極めて小さいだけでなく、通商破壊や海上封鎖のような作戦に適した戦力です。
エアシー・バトルように空母から発進する航空戦力に頼るよりも、潜水艦の生存性の高さを活用し、これにミサイルを搭載した戦闘艦艇を組み合わせて運用する方が便利であると考えられるのです(Ibid.)。
なお、戦隊の具体的な規模についてですが、著者らはおおむね600トン程度で、艦対艦ミサイル6基から8基を搭載した戦闘艦艇を想定しており、戦術情報の収集のために無人機を搭載することも述べられています(Ibid.: 38)。
この程度の規模、装備であれば、8隻で1個戦隊を編成し、東アジア正面に8個の戦隊を配備したとしても、1個戦隊当たり1億ドルの予算で整備可能と見積もられています(Ibid.)。

今後、検討すべき研究課題
海上戦争戦略はエアシー・バトルの対案として提案されているものですが、まだ構想段階の戦略であり、さらに詳細な研究を進め、議論を重ねることが求められています。
著者らは、米国は海上で全面戦争に至った場合に、中国が南シナ海、東シナ海を利用することを、中国本土に配置された部隊を攻撃することなく有効に拒否できるのか、中国が海上戦争戦略に対抗するために、米国の西海岸に脅威を及ぼしてくる可能性があるのか等の論点を上げて、より詳細な研究を進めるべきであると論じています。

つまるところ、著者は「米国の空軍と海軍との間における強固な連絡と縦深攻撃を行うための能力に基づく緊密な統合はエアシー・バトルと海上戦争戦略の両方にとって望ましい目標である」と述べているように(Ibid.: 40)、エアシー・バトルの意義を認めながらも、その欠点であった危機管理の視点を強化し、より包括的な戦略構想へと発展させるべきだという立場です。

日本でもいわゆるグレーゾーン事態の問題は平和安全法制との関係でよく議論されており、その議論は必ずしも戦力の運用という戦略の本質的問題にまで踏み込めていません。
米国においてこうした研究が着実に進行していることを念頭に置き、改めて日本としてどのような防衛力を整備すべきかを考えることが求められています。

KT

関連項目
論文紹介 オフショア・コントロール(Offshore Control)とは何か、日本の視点から
論文紹介 海洋戦略の観点から見た日本の島嶼防衛

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