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2016年6月17日金曜日

国家が脅迫を成功させるための四条件

脅迫(blackmail)とは武力を背景としながらも、それを相手に直接行使せずに我が方の意思を相手に強要する戦略であり、平和を維持しながら現状を打破できるという意味において、非常に優れた戦略と言えるでしょう。

これは決して珍しい戦略ではなく、国際政治において一般的に使用されてきたものです。
最近の事例から少しさかのぼると、2015年のイランによる欧米6カ国の核開発能力の保有に関する承認の確保、1939年のドイツが主導したミュンヘン会談とその後のチェコスロヴァキア併合、1853年のアメリカ海軍の軍事的圧力を利用した日本の鎖国解除など、その手法はさまざまですが、脅迫は紛れもなく国際政治で最も頻繁に使用される戦略の一つです。

今回は、この脅迫を成功させる上で注意すべき事項について考察した政治学者ウォルト(Stephen Walt)の学説を紹介し、その要点を説明したいと思います。

弱小な勢力でも相手の弱点を知れば脅迫は可能
北朝鮮の最高指導者である金正日は核兵器の開発を米国との交渉の材料として利用してきた。
ウォルトは北朝鮮のこうした外交を脅迫の代表的な事例として紹介している。
まずウォルトは脅迫を定義する際に、「脅威、もしくは圧力によって奪い取られた報酬、その他の利得」という辞典の定義を紹介しており、相手に恐怖を与えることで、自分に利益をもたらすことが脅迫の本質であることを示しています(Walt 2002: 152)。

つまり、国際政治で脅迫を行う場合、狙うべき利得は相手国の領土であったり、また自国にとって有利な条件で締結された何らかの条約となります。
これらの目標を達成しようとしても、相手の出方によっては自国が望まない戦争に巻き込まれるリスクがあります。そうなると、脅迫者は常に戦争が勃発しても対応できる程度の十分な軍事力の優位がなければ実行不可能なのでしょうか。

ウォルトはそうではないと述べています。脅迫が成功するための条件は必ずしも軍事的能力で優位に立つことを必要としません。
米国に対する脅迫を想定した上で、ウォルトは次のように脅迫の成功要因を説明しています。
「米国に『支払い』を強制するためには、潜在的な脅迫者は複数の要件を満たさなければならない。第一に、脅迫する国家は米国が危険ないし脅威と見なす何らかの行動を取る能力がなければならず、言い換えれば、脅迫者は米国の国益を脅かす能力を持っていなければならない」(Ibid.: 152-3)
ここで重視されているのは、脅迫の成功に必要なのは米国と全面的に対決して勝利するための軍事力ではなく、米国にとって見過ごすことができない弱点に対して何らかの影響を及ぼす能力である、ということです。
ウォルトは軍事力、経済力の両方で劣後する北朝鮮が核開発によって多くの経済的利得を獲得した事例として、1994年初頭に日本、韓国、米国の三カ国が燃料や食料を含む経済援助に加え、軽水炉の核施設を北朝鮮に無償で提供することを認めたことを紹介しています(Ibid.: 154)。
これは弱小な国家でも脅迫を成功させることは可能であることを示す一例です。

相手の信用を得なければ、脅迫は成立しない
1958年、中国の毛沢東は台湾が支配する金門、馬祖両島に44日間にわたって断続的に47万発移譲の砲撃を実施した。これは米国の台湾支援が中国にとって内政干渉である、との立場を米国に認めさせる意図があったと分析されている。
脅迫とは戦争と全く異なる戦略であり、脅迫者は戦闘よりも交渉を重視し、交渉を上手く進めるためには相手との間に信頼関係を構築しなければなりません。

脅迫者にとって最も不都合なことは、相手が自国の言葉を信用しないことに他なりません。もし自分がある行動を取ろうとしていると宣言したとしても、相手が実際にそのような行動を取ることはないだろうと判断してしまうと、脅迫者は実際にそうした行動に出ないと交渉を進めることができなくなります。
これでは戦わずして勝ち取るという本来の脅迫の戦略を展開できません。
「第二に、その脅威には信頼性がなければならない。つまり、米国の指導者が、もし従わない場合には、脅迫者はその脅威を米国に及ぼす合理的な可能性があると信じさせなければならない。もし脅威を及ばせれば米国だけでなく脅迫者にも同等の損害が生じる場合、その脅威の信頼性は低下し、また実効性も低下する。それとは対照的に、脅迫者が米国が何をするかに関係なく、脅威を及ぼすことが脅迫者の利益であるならば、その脅威の信頼性は向上し、米国から譲歩を引き出しやすくなる」(Ibid.: 153)
このウォルツの考察は、脅迫を受ける相手国が状況をどのように認識、判断するかにかかっていることを示しています。
より具体的に言えば、脅迫は相手国に対してどのような不利益が生じる可能性があるのかだけでなく、そのことで脅迫者に生じる利益を理解させ、脅迫者が取ろうとする行動に現実味を持たせることが必須なのです。

相手が対抗不能な方法で脅迫せよ
イラクのフセイン大統領は1990年にクウェートを武力で占領したが、この既成事実を米国に受け入れさせる能力がイラク軍には欠けていたため、1991年の米軍侵攻を軍事的、外交的に阻止できず、クウェート撤退を強いられた。
先ほどの条件は脅迫が成功するために必要な相手国の心理的状態を規定するものであったのに対して、次の条件は相手国の物質的状態を規定するものと言えるでしょう。
「第三に、その脅迫は米国が簡単に防止できるものであってはならない。恥知らずな写真(例えば名誉を傷つけられる写真)を世間に拡散すると脅迫された被害者は、その写真自体を盗んで取り戻すことも可能であり、この戦略が成功すれば脅迫者の優位は消滅する。これと同様に、脅迫者が脅威を及ぼす事態を防止する能力を取得することが可能であり、また脅迫者の要求がそれよりも容易かつ安価でないのならば、米国は譲歩しなくてもすむであろう」(Ibid.)
ここでウォルトが述べた能力は、戦略の研究では抑止力(deterrence)、特に拒否的抑止(deterrence of denial)という概念で理解されているものです。
要するに脅迫者が脅威を及ぼすために使用する能力に対抗し、その影響を最小限に食い止め、また無効化する能力を持つことによって、相手がその能力を行使しても優位に立てなくするのです。

ここで重要となるのが戦力の規模や内容であり、脅迫者が持つ能力が本格的な侵攻が可能な陸上戦力を基礎とするのか、海上封鎖が可能な海上戦力を基礎とするのかで、どのような戦力を対抗策として整備すべきかが変化してきます。
こうした問題を突き詰めて考えていくと政治学の研究が軍事学の研究と近い位置関係にあることも理解できます。

恐怖を与えた後で、安心を与えよ
ドイツのヒトラーはミュンヘン会談でチェコスロヴァキアのズデーテン地方がドイツに帰属することをイギリスに認めさせるため、これ以上の領土要求を行わないことをフランスとイギリスに対して約束したが、これが脅迫の成功に寄与した。
脅迫を成功させるためには、恐怖を抱かせるだけでは十分ではありません。つまり、自分の選択次第によっては恐怖から逃れ、安心を手にすることができると考えさせることが必要だからです。
「最後に、脅迫者は米国の指導者に対して自らの要求を受け入れれば、脅威は消滅するものと確信させることができなければならない。潜在的な被害者が脅迫者に一度譲歩すれば、これからも繰り返し脅迫を受けることになると考えれば、要求を拒否してその脅威に苦しめられるよりも、譲歩することが魅力的ではなくなってしまう」(Ibid.)
よい脅迫者とは、脅迫者が本心として平和を望んでおり、相手が賢明な選択を下したならば(つまり譲歩の姿勢を示せば)、それを心から歓迎し、二度と危害を加える行為はしないと伝えてくるものです。
相手に恐怖を与える究極的な目標は、つまるところ相手に安心を与えるのと引き換えに譲歩を引き出し、自国が目標とする領域の取得や条約の締結に至ることに他なりません。

その際に相手がこのような事態は二度と繰り返さないように求めてくれば、脅迫者はその要望に対して好意的に配慮し、相手に疑いを持たせないように最大限の注意を払わなければなりません。その場で確実に譲歩を獲得しておき、将来的に相手の立場を低下させることができれば、次の脅迫の機会が訪れた際にはより有利な条件で脅迫を仕掛けることも可能ですので、相手の状況を判断しながら確実に脅迫することを優先すべきと言えます。

まとめ:脅迫者に立ち向かうために
ウォルツの学説によれば、脅迫が成功するための条件とは、第一に相手が脅威だと感じる能力を持っていること、第二にその能力に対抗する手段が相手にはないこと、第三に相手が受諾可能な範囲内で最大限の要求を提示すること、第四に要求を受け入れれば脅威がなくなると信じさせること、以上の四つです。これらの条件を満たすことに注意すれば、より効率的に脅迫することが可能となるでしょう。

ここで立場を変えて考えると、国際政治の常套手段である脅迫の犠牲者にならないためには、然るべき対策を講じることが必須である、ということが分かります。
ここで重要なのはウォルトが述べた第二の条件です。脅迫者がどのような能力を強化しつつあるのかを注意深く観察し、我が方としてこれに対抗する際にどのような能力が必要となるのかを検討し、また実際に整備することができれば、それだけ脅迫者は四つの条件を満たすことができなくなり、脅迫者の側もそもそも大きなリスクを抱える脅迫を企図すること自体が躊躇われるようになると考えられます。

脅迫は国際社会の平和と安定を脅かす行為ですが、国際政治の実態として、脅迫はどのような国家も受ける可能性があります。そうした事態を当然のこととして想定し、準備することを怠れば、いざとなった際には脅迫者に大幅な譲歩を強いられることになる恐れがあります。

KT

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参考文献
Walt, Stephen M. 2005. Taming American Power: The Global Response to U.S. Primacy, New York: W. W. Norton & Company.(邦訳、スティーヴン・ウォルト『米国世界戦略の核心』奥山真司訳、五月書房、2008年)

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