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2016年5月28日土曜日

論文紹介 核兵器の重要性と日本が核武装する可能性

2016年5月27日、現職の米大統領としてバラク・オバマが広島初訪問を果たし、「核なき世界」を実現することの意義を訴えたことが、日本国内で大きく報道されました。
しかし、核兵器を削減するための取り組みは外交的に行き詰まっているのが現状です。これは現代の国際政治において核兵器が果たしている役割が極めて重要であるためであるためです。
今回は、構造的現実主義(structural realism)の立場から、核兵器の重要性を政治学的に考察したケネス・ウォルツの研究を取り上げてみたいと思います。また、彼が日本の核武装の可能性について指摘したことも紹介したいと思います。

文献情報
Kenneth N. Waltz. "The Emerging Structure of International Politics," International Security, Vol. 18, No. 2(Autumn, 1993), pp. 44-79.

核関連技術が持つ恒久的価値
史上初の核攻撃で使用された原爆「リトルボーイ」
核分裂反応を利用してTNT爆薬2万トンに相当する威力を発揮する無誘導核爆弾。
そもそも核兵器は原子核分裂の連鎖反応または原子核融合反応で得られる熱放射、衝撃波、放射線を殺傷または破壊目的で利用する兵器の総称であり、広島型原爆だとTNT換算で2万トン相当、水爆だと50万トンから5,000万トン相当の威力を発揮できます。(TNT換算に基づく威力範囲に関しては「ホプキンソン-クランツ相似則で考えるTNTの殺傷範囲」を参照)

核兵器を用いた攻撃は軍事目標だけでなく、工業地帯や都市機能に対して加えることも可能ですが、その非人道性、残酷性から「核なき世界」の実現を求める声が根強くあることは知られています。しかし、この論文で述べられていることは、核兵器には他の兵器には代替できない特異な性質があり、それは国際情勢の安定化に寄与する側面があるということです。

通常、国家の戦争遂行能力は軍事力だけではなく、経済力を総合して考察する必要があります。しかし、ウォルツの議論によれば、「核の世界では一国の経済力と技術力、軍事力との関係が弱くなっている」とされており、これは一度でも核開発に成功すれば、その成果が長期にわたって継続し、自国の軍事的能力を底上げできるためだと説明しています(Waltz 1993: 51)。このような特性は通常兵器には見られないものであり、国際政治における勢力関係を根本的に変化させる特異性と認められます。
「(訳注、核兵器に対して)通常兵器に関しては、急速な技術革新が競争を激化させるものであるため、各国が有する軍事力を見積ることは難しくなる。一例として1906年には、より長射程、より高威力の火砲を搭載したイギリスのドレッドノート級戦艦は旧式の軍艦を陳腐化させた。しかし、核兵器だと事情は異なっており、第一撃能力か、有効な防衛能力のいずれかを米国に与えるような技術革新が登場しない限りは、ロシアはアメリカの技術に軍事的に追随する必要がない」(Ibid.)
通常兵器に対する核兵器の優位はその表面的な威力に止まりません。どのような優れた武器体系であっても、技術の進歩によって陳腐化することが予測されます。しかし、核兵器はどれほど技術革新が進んだとしても、その技術が無価値になることはないため、通常兵器だけで防衛体制を確立するよりも研究開発に必要とする負担が大幅に軽減できると考えられます。

通常兵器の抑制に寄与する核兵器
ワシントン州バンゴーで哨戒から戻ったオハイオ級原子力潜水艦「メイン」
弾道ミサイル潜水艦の主な任務は国家として第二撃能力を保持することであり、核抑止の柱として位置付けられる。
さらにウォルツは核兵器の運用を支える戦略理論、特に抑止理論の研究を踏まえて、核兵器が抑止力の強化にいかに貢献するかについても考察しています。
「ある国家が攻撃を受けた後で(訳者注、核戦力で)報復行動に出ることが可能な限り、または報復行動に出ることが可能だと相手に見られている限りは、その国家が持つ核戦力が敵国の技術の発達によって旧式化することはありえない。抑止力が支配的ならば、第二撃戦力は小規模でも十分となる。この小規模な戦力がどの程度の規模が必要かを言うことは容易いこである。つまり相手の第一撃に耐え抜き、数十発ほどの核弾頭で報復する能力を失わなければ、それで十分である」(Ibid.: 51-2)
つまり、戦争が勃発した後で相手の都市を核攻撃できる体制を維持しておけば、我が方の核兵器はその国家の安全保障に役立てることは十分に可能だと考えられます。
このような核抑止が機能する限り、大規模な通常兵器を整備する必要は小さくなるため、あくまでも第一撃に対処できるだけの最小限な水準にまで軍備を抑制することができます。
「米国とソ連も長期間、抑止の必要をはるかに上回るだけの弾頭と運搬手段を貯蔵してきた。それに加えて、核抑止戦略は大規模な通常戦力を時代遅れのものにする。自らの通常戦力は敵が攻撃を仕掛けてきたとき、その侵略の意図が明白になってしまう。そのような役割さえ果たせれば十分である。核抑止戦略が要求する通常戦力の果たすべき唯一の役割とは、報復行動の導火線なのである」(Ibid.: 52)
ウォルツは正しく理解すれば核兵器は平和の維持を容易にするという側面があり、少なくとも核の応酬が予見される核保有国の間の武力衝突のリスクを軽減できると考えていました。核兵器は小さな費用で大きな抑止効果が期待されるものであり、引いては国家が経済力の拡充と軍事力の整備を両立しやすくさせるものです。

日本が核保有国になる可能性
さらにウォルツは今後、世界が多極化する方向に向かい、新たな大国が出現することになれば、こうした核兵器の利点を活用しようと考える傾向はますます強まると論じています。
「一国の指導者たちが核兵器の意味するところをよく理解すれば、それが存在することによって合理的経費で安定した平和を享受できることが分かるだろう。核兵器によって、大国と大国を目指す諸国との間で、効果的な競争を展開するための経済力の規模が拡大するので、もし欧州共同体、ドイツ、中国、日本が大国への扉を叩くのであれば、その扉は開かれるであろう」(Ibid.: 54)
ウォルツは将来的に大国となる可能性を持つ国家としてドイツ、中国、日本に注目していますが、論文では日本の大国化の可能性に注目しています。確かに日本は大規模な軍事力を整備し、国際社会において大国の地位を得ることには自制的であり、核兵器の取得に対しても否定的な考えを持っています。

しかし、ウォルツの見解によれば、このような自制心が永遠に続くものと考えることは間違いであり、中国からの圧力と米国の戦略的抑止力に対する不安によって日本がより主体的な防衛体制を構築しようとする可能性があるとして、次のように述べています。
「しかし、重要な問題は日本国民が自国の大国化を望むかどうかではない。重要なのは、現在および将来において発生する問題、脅威に対して防衛的かつ予防的に対処するために、周辺地域または世界で他国が保有する規模の軍事力を日本国民とその指導者が必要であると感じるかどうかである。多くの米国人から『日本は安全保障の負担を増大させるべきだ』という意見を聞き、またアメリカ世論が日本に対する非難を強めるに従って、日本の指導者も日本がいつまでアメリカの保護を頼りにすることができるのか疑問に感じるようになっている。出現しつつある多極的世界で、日本は在日米軍に駐留経費60%を支払い続け、米軍の戦略的抑止力に依存する状態を期待できるのだろうか。世界の大国は自分のことを自分で守らなければならない」(Ibid.: 65-6)
東アジアでは中国や北朝鮮が軍備増強を進めているため、米国の抑止力に対する日本側の信頼感が低下していけば、日本はますます自主防衛の努力を強化せざるを得なくなります。それゆえ、ウォルツは国際情勢の動向によっては日本が再び東アジアの大国としての政策を推進するようになる可能性があると判断しているのです。

むすびにかえて
ウォルツは、核兵器は平和を維持することに寄与するだけでなく、それを全廃させた場合に必要となる通常兵器の維持費は財政を圧迫する可能性が大きいと考えていました。ウォルツの見解に依拠してみると、もし国際情勢から核兵器が一掃され、1945年以前のような世界になれば、各国で通常兵器の増強が促され、また戦争の危険性が大きくなるとも考えられるでしょう。また、世界情勢が多極化の方向に向かい、東アジアで米国の抑止力に陰りが見られ、その反対に中国や北朝鮮が軍備の増強を続ければ、日本国民は核武装という選択肢を真剣に考えることを余儀なくされるとも予見されています。

こうした議論に対する意見は立場によって異なるでしょうが、少なくとも核兵器に二面性があるということが示されています。国際政治の観点から考えれば、核兵器という存在には利点と欠点がそれぞれあり、しかも日本はいずれその利点を活用しなければならない状況に直面するかもしれません。核兵器という問題に対してさまざまな観点があり得ることを今一度理解し、どのような政策が最も我々にとって利益が大きいのかを比較検討することが、建設的な議論に繋がるのではないでしょうか。

KT

関連項目
論文紹介 健全な通常戦力こそ安全保障の基礎である
軍事的観点から考える水爆の重要性

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