最近人気の記事

2016年5月29日日曜日

論文紹介 兵士は恐怖との戦い方を知っている

恐怖とは戦争の本質と言えます。しかし、兵士は恐怖を押し殺し、自分の命を危険に晒してでも、断固として与えられた任務を遂行することが求められます。
銃声と爆音が辺りを支配し、敵の散兵と戦車が自分たちに向かって来るのが見えた時、兵士一人ひとりが規律と冷静を保ち、指揮官の命令に基づいて整然と自分の持ち場を守ることは、それ自体が一種の偉業とさえ言えるかもしれません。
しかし、これはどのようにして可能となっているのでしょうか。この疑問を解決するためには、軍事学において戦闘の恐怖がどのように研究されているのかを知る必要があります。

今回は、軍事心理学の研究を踏まえて戦場における恐怖について説明し、それに対応するための方法について考察した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Daddis, Gregory A. 2004. "Understanding Fear's Effect on Unit Effectiveness," Military Review, July-August, pp. 22-27.

誤解されてきた戦場の恐怖
軍事学の歴史を振り返ると、戦争で人間が普遍的に感じるところの恐怖が研究の対象とされるようになったのは比較的最近のことであったと分かります。
これは恐怖を覚える兵士は勇敢であるとは言えない、という間違った通念が支配的だったため、表立って研究されることが少なかったためかもしれません。

著者が研究の出発点として位置付けているのは19世紀のフランスの軍事思想家シャルル・アルダン・ドゥ・ピック(Charles_Ardant_du_Picq)の研究であり、ドゥ・ピックは心理学的な観点から兵士が戦場で覚える恐怖に着目しており、それが「攻撃精神」を低下させ、引いては部隊の任務遂行に悪影響を及ぼしていることを初めて詳細に議論しました(Daddis 2004: 22)。

ただしドゥ・ピックの研究は一個人の研究であり、より体系的な調査が開始されるきっかけとなったのは第一次世界大戦以降のことでした。
この戦争で兵士はそれまでにない激しい砲撃や膨大な死傷者を目の当たりにし、第一線では兵士の恐怖にいかに対処するかが重大な問題として認識されるようになりました。
イギリス軍の軍医チャールズ・ウィルソン(Charles Wilson)は恐怖が人間の生存本能に即した自然な反応であり、「危険に対する自己保存」の感情的反応であり、勇気は「意志力」であると主張しました(Ibid.)。

戦闘で恐怖することは臆病だからではなく、人間の本能によるものであり、それに逆らって行動することこそが勇気であるというウィルソンの理解は、恐怖=臆病という構図を排除し、戦場における兵士の感情を研究する上で大きな助けとなったのです。

戦闘の恐怖を分析する
戦闘で兵士が感じる恐怖は一つの要因が作用して生じるものではなく、複合的な要因によるものと考える必要があると著者は指摘しています。

このことは第二次世界大戦に兵士として太平洋に送られた兵士の証言でも表れており、その兵士は戦闘状況でもないにもかかわらず、夜間に頭の中で想像を巡らせていてパニックになったことを報告しています(Ibid.)。
また著者は「兵士は戦争で多くのものが求められる。しかし、強い想像力はそれらには含まれない。ベトナムで最良の兵士は想像力に欠けた兵士であり、明白な理由がない限りは恐怖を覚えないような人間だ」という海兵隊員の言葉を紹介しています(Ibid.)。

つまり、戦闘の恐怖は客観的な状況を認識して感じるものだけではなく、その兵士にとって見ると主観的な側面があるということです。したがって、その対策も一筋縄ではいかないのです。
「何世紀にもわたり、兵士は目に見えない敵によって引き起こされる恐怖を抑え込むために戦ってきた。南北戦争が始まった時、北軍の騎兵は馬術において自分たちよりも遥かに優れた技量を持つ南軍の騎兵に対する恐怖に抗った。第二次世界大戦でイギリス軍のウィリアム・スリム将軍はビルマの森林地帯で日本人がより優れた森林戦の戦士であるという観念を克服するために努力した。戦術的勝利を経験するまで、兵士は敵に対する恐怖を乗り越えることはできず、敵に対して対等な立場で振る舞うことはできなかったのである」(Ibid.: 24)
戦闘で命を落とす可能性は兵士が考える敵のイメージと結びついて恐怖を増幅してしまいます。これは結果として兵士各人の能力を低下させ、部隊として任務を遂行することを難しくすることにもつながるのです。

戦場の恐怖は未知のものやこれらか発生するであろう事態に対する恐れ、敵に対して抱いている恐れ等が複雑に組み合わさって生じるものであり、これに対応するためには十分な準備がどうしても必要となるのです。

恐怖に抗うための対策
恐怖の問題を抜本的に解決する方法など存在しません。しかし、その対策として訓練、統率、団結の三つが考えられます。

著者は訓練の意義を特に重視しており、戦闘教練の習得を徹底させ、実戦的な訓練を施すべきであるとして、「戦闘教練は戦闘の偶然性を最小限にすることを助け、不確実な環境に接触する兵士がよく知っている型を提供する。それはあたかも嵐の海の中の灯台のようなものである」と書き記しています(Ibid.: 26)。

教練を習得することによって、兵士は条件反射的に行動をとることができるようになります。これはどのような異常な状況でも、いつもの教練通りに行動すればよいという安心感を与えることになるのです。
ただし、教練を徹底させるだけでなく、訓練においては戦闘の風景、音響、匂いなどを経験させるすることも有意義です。混乱した状況を疑似的な形でも一度経験しておけば、兵士は恐怖反応を示してもそれが初めての経験とならないため、より冷静に対処できるようになることが期待されます(Ibid.)。

次に著者が訓練と同じだけの重要性を持つと考えているのが統率の問題です。
指揮する人間と指揮される人間の間の関係は戦闘における緊張を緩和することが可能ですが、これは訓練の段階で確かなものにしておく必要があります。
「統率者は訓練の中で戦争の人間的側面を理解し、準備する責任がある。そのためには、戦術的、戦技的な十分さを踏まえた上で、自分の部下の限界、欲求、動機を把握しておくことである。しかし、これは若い士官には容易なことではない。彼らは戦闘で自分の恐怖を抑えなければならない一方で、部下の恐怖にも気が付かなければならない」(Ibid.: 26)
これは口にすることは容易くても、実際に行うことは大変なことなのですが、著者はとにかく部下の状態について詳細に情報を集めておくことが重要であり、部隊の混乱は情報の欠如によって引き起こされるとも指摘しています(Ibid.)。

団結もまた恐怖に抗う手段となりえます。ドゥ・ピックの「自尊心は間違いなく兵士を動かす最も強力な要因の一つである。彼らは仲間の前を臆病者として通り過ぎることを望まない」という言葉で示されているように、個々人の帰属意識、名誉心は兵士が恐怖を乗り越える大きな手助けとなると著者は考えています(Ibid.)。

戦場では誰もが恐怖を感じながら戦っていますが、それでも指揮に従って隊伍を乱さずに銃火に踏みとどまることができるのは、自分の隣で仲間が戦い続けているためです。仲間を見捨てて自分だけが逃げるような姿を見られれば、仲間を裏切ることになることは、兵士が何よりも危惧していることでもあります。

そのため、戦闘に臨む指揮官は部隊の団結を最高度に高めることが不可欠となります。
著者も「集団への帰属それ自体が行動の変化を勢いづかせる」という記述に続いて、これを強化するためには、訓練の段階で指揮官が部隊の結束を高める工夫が必要であると論じています。

結びにかえて
著者はこの論文の冒頭で「特に非対称戦において敵は恐怖を武器として使用し続けることだろう。だからこそ、軍事組織における部隊の効率に対して恐怖が及ぼす影響を再検討することには意義があるのだ」と述べています(Daddis 2004: 22)。
ゲリラ戦、テロリズム等、恐怖を武器として活用する勢力と戦うためには、恐怖を克服するための訓練や戦術を研究し、それを発展させることが欠かせません。著者は戦争の恐怖という普遍的なテーマを検討すると同時に、現代の安全保障環境に軍隊を適応させる方法を模索しています。

どれだけ武器が発達しても、第一線で殺し合っているのは人間であり、人間であれば恐怖を感じることは自然なことです。兵士とそうでない人間の違いとは、その恐怖心を抑える術をどれだけ心得ているかによって分かれる、と言っても過言ではないでしょう。

KT

0 件のコメント:

コメントを投稿