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2016年5月13日金曜日

論文紹介 中国軍の潜水艦発射弾道ミサイルとその課題

弾道ミサイル搭載型潜水艦094型(晋級)の写真は2007年にインターネット上で拡散された。
現在もこの写真の情報源についてはよく分かっていない。
2015年の米国防総省の推計によると、中国軍には1200基の短距離弾道ミサイル、50-60基の大陸間弾道ミサイルがあると見積もられており、中国の核戦略で中心的な役割を果たしています(U.S. Department of Defense 2015)。
しかし、中国軍の核戦力はそれだけではありません。海軍には4隻の弾道ミサイル搭載型原子力潜水艦094型(晋級)があり、また詳細は不明ですがこれに搭載すると見られる潜水艦発射弾道ミサイルのCSS-NX-14(JL-2)の開発も進んでいると見られます(Ibid.; IISS 2016: 240)。
このような水中に配備する核兵器の利点は、地上配備されたものより捕捉、破壊が困難であることです。核戦争が勃発しても最終局面まで第二撃として温存できるということになります。

今回は、中国軍と米軍が戦争状態に入れば、中国軍の海上配備型の核戦力がどれほど残存できる公算があるのかを中国の視座から考察した研究論文を紹介したいと思います。

論文情報
Riqiang, Wu. 2011. "Survivability of China's Sea-Based Nuclear Forces," Science & Global Security, 19: 91-120.

中国の原子力潜水艦が抱える静粛性の限界
南シナ海は3,500,000平方キロメートルの面積を持つが、深度2000メートル以上の深海が大部分を占めており、パッシブソナーで探知されにくい浅海の面積は極めて小さく、有事には静粛性に乏しい中国海軍の潜水艦を運用しにくい特性がある。(Wu 2011: 100)
あらゆる場合に言えることですが、潜水艦が任務を遂行する上で第一に重要なことは水中で敵に捕捉されないことです。
それゆえ、水中における静粛性が向上するほど、その潜水艦は任務を遂行しやすくなるものと一般に考えられているのです。
そこで著者は中国海軍の094型原子力潜水艦(以下、094型)の生存性を考える上で、まず静粛性に関する調査を行っています。その結果、正確な数値は得られないものの、米海軍情報局の報告書から094型の静粛性は093型原子力潜水艦より改善が見られるものの、ロシア海軍のデルタ型原子力潜水艦に劣後していることを指摘し、その技術水準は必ずしも高くないと評価しています(Ibid.: 98)。

潜水艦の生存性を決めるもう一つの要因として著者が注目しているのが地理的要因です。
水中で潜水艦から生じる音から自らの位置を敵に特定されてしまうと、速度に劣る潜水艦は水上艦艇または航空機から逃れることができず、撃沈される危険があります。
これを避けるためには、敵のパッシブソナーが水中音を拾いにくい浅海に潜水艦を移動させる必要があります(Ibid.)。

著者は静粛性に劣る中国海軍の潜水艦の安全を確保するためには、深度が浅い海域に限定して展開する必要であると判断し(Ibid.)、黄海、東シナ海、南シナ海等の中国周辺の海域の特性やその地勢を踏まえて、沿岸付近の40m程度であれば潜水艦の安全が確保できると指摘しており(Ibid.: 101)、そこから遠く離れて深海に進出すれば容易に探知されてしまうものと述べています。

これは米海軍の潜水艦は必ずしも中国海軍の原潜を継続的に追跡する必要がないことを意味しています。なぜなら、敵の原潜の大まかな位置さえ把握できていれば、弾道ミサイル防衛システムで対応することが可能となるためです(Ibid.: 103-4)。

発射位置を特定できれば、弾道ミサイル防衛で対応可能
論文が発表された当時、まだ中国軍で開発中だったJL-2は2015年から運用開始された。
射程は7,200キロメートルと報告されているため、中国周辺の浅海から発射した場合にはアラスカまでしか到達しない。
アメリカ本土を射程に収めるためにはDF-31Aの射程11,200キロメートルが必要となる。(Ibid.: 104)
著者は根本的問題として中国海軍が開発、運用を進めるJL-2では、米本土を射程内に置くことができず、11,200キロメートルの射程を持つDF-31Aに匹敵する性能改善が必要であることを指摘していますが(Ibid.: 105)、論文では今後さらに開発が進んで、JL-2が米本土を攻撃できる射程を獲得したものと想定されています(Ibid.)。

しかし、中国軍のJL-2が射程を延伸できたとしても、米軍はこの脅威に対処するための弾道ミサイル防衛システムを構築しており、これを突破して被害を与えることができるとは考えにくいと著者は述べています。
その理由として、中国の浅海から発射される弾道ミサイルが取るコースは、海上に配備されたSM-3だけでなく、アラスカ州に配備されたミサイル、そしてカリフォルニア州に配備されたミサイルで三重の迎撃を受けることになるためです。
想定される原子力潜水艦の配備地点を示した地図。
◇は米軍のイージス・ミサイル搭載型の艦船の地点。
△は中国軍のICBMまたはSLBMが発射されるであろう地点。
ここでは中国軍の原潜が黄海、東シナ海、南シナ海にあるものと想定されている。
(Wu 2011: 106)
「地上配備型弾道弾迎撃ミサイル(Grounded-Based Interceptors, GBI)を組み合わせることで、米国は大陸間弾道ミサイルと中国近海から発射される潜水艦発射弾道ミサイルに対して多層的なミサイル防衛システムを構築することがおおむね可能であるこのようなシステムには中国近海に展開されたSM-3、そしてアラスカとカリフォルニアに配備されたGBI、そして米国沿岸部に配備されたSM-3を含むことになるだろう」(Ibid.: 107)
しかしながら、このような米軍の対応が可能なのは、先程述べた中国の潜水艦の静粛性が相対的に低いためであり、これが改善されれば、中国軍はより深海に原潜を進出させ、米本土の近くからミサイルを使用することが可能になるかもしれないとも著者は述べています。
「以上を要約すれば、もし中国の原子力潜水艦が将来的に外洋に哨戒できるに十分な静粛性を手にすれば、現在の米国のミサイル防衛構造は米国の南方から発射される潜水艦発射弾道ミサイルを迎撃することができない。しかし、米国は艦船配備型、移動式、再配置可能であり、柔軟性がある地球規模のミサイル防衛システムに取り組んでいる。外洋における中国の原子力潜水艦はこの脅威に直面せざるを得なくなり、またそこから発射されるミサイルの生存性にも疑問を抱くことになるかもしれない」(Ibid.: 110)
結局、中国のミサイル攻撃能力は米軍のミサイル防衛の研究開発がどのような成果をもたらすかによって左右されるものと考えられます。著者はすでに米中間の競合は始まっており、次の段階としては中国が094型の静粛性の向上を目指し、一方で米国は地球規模のミサイル防衛システムの強化を目指すことになると予測しています(Ibid.: 111)。

要約
戦略的観点から考えれば、確かに原子力潜水艦からの核攻撃を可能にすれば、その国家の核戦力の脆弱性は大幅に低下し、それだけ第二撃能力を保持しやすくなるでしょう。それは核抑止をより強固にするということは確かです。

しかし、このような防衛体制を確立するためには、中国海軍の原子力潜水艦の静粛性を大幅に向上させ、深海でも敵に探知されずに活動できる能力が欠かせません。この能力が欠けていると、発射位置が予測されてしまうため、弾道ミサイルを発射しても容易に米軍のミサイル防衛システムに捕捉、撃墜されてしまう恐れがあるということになります。

この研究が日本の安全保障を考える上で持っている意義を、東シナ海正面で活動する中国海軍の原子力潜水艦に対する対潜戦能力を充実させることが戦略的に大きな意味を持っていることが分かります。
十分な探知能力を保持し、中国海軍の原子力潜水艦を浅海に止めることができれば、それだけ中国の核戦略上の優位が低下させることになり、またそれだけ中国が容易に米国を相手に軍事行動に出ることを抑止することにも繋がると考えられます。

KT

参考文献
U.S. Department of Defense. 2015. Chinese Military Power, Washington, D.C.: Governmental Printing Office.
IISS. 2016. Military Balance 2016, London: IISS.

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