最近人気の記事

2016年3月14日月曜日

文献紹介 なぜナポレオンは強かったのか

ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)は世界で最も有名な軍人の一人であり、遠く離れた日本でもその名前は広く知られています。トルストイの『戦争と平和』など文学や芸術の題材とされることが多かったことも、彼の名前を世界に知らしめている要因でしょう。

数多くの実戦で勝利を収め、同時代の敵から恐れられたナポレオンですが、彼は実戦だけでなく軍事学の研究にも強い関心を持っていました。また、生前には自分の軍事理論に関する著作を書き残そうとしていることを周囲に述べたこともあるようです。

しかし、1815年にフランス軍はワーテルローの戦いでイギリス軍、プロイセン軍に決定的敗北を喫し、ナポレオンはイギリスによってセント・ヘレナ島に幽閉されてしまいました。
そして、1821年に死去するまでの間に、彼は自分の構想を実現することなく死去してしまいました。

しかし、ナポレオンの戦争術に対する世間の関心は静まることがなく、1827年にナポレオンが書き残した文章から軍事箴言をとりまとめた著作『ナポレオンの軍事箴言集』(以下、『箴言』)が刊行されると、世界各国の軍人に読まれるようになりました。
今回は、ナポレオンの戦争術の特徴を説明し、この著作の内容の一部を紹介したいと思います。

文献情報
Napoleon. "Military Maxims of Napoleon," in Thomas R. Phillips, ed. 1940. Roots of Strategy: The 5 Greatest Military Classics of All Times, Mechanicsburg: Stackpole Books, pp. 403-441. (邦訳、ナポレオン・ボナパルト著『ナポレオンの軍事箴言集』Kindle版、武内和人訳、国家政策研究会、2016年4月予定)

ナポレオンが重視した戦いの機動と機動の方式
ウルム戦役(1805)で行われたフランス軍(青色)のオーストリア軍(赤色)に対する戦略機動。
オーストリア軍がフランス軍の陽動によりライン川沿いの黒い森に防衛線を構えたが、フランス軍の主力はオーストリア軍の正面を避けて側面に向かい戦略機動した。このことでオーストリア軍は作戦線を脅かされ、急きょ部隊の再配備を強いられることになった。
ナポレオンが戦争で見せた強さにはさまざまな要因が関係していますが、その一つとしてナポレオンが場当たり的な戦略をとらず、明確な原理原則に基づいて戦争を指導したことが挙げられます。その中でも特に重視した戦略の原則が機動にありました。

軍事学における機動という概念には、もともと策略によって敵を間違わせ、それによって味方に有利な状況を作り出すという意味合いがあります。
機動を意味する英語のmaneuverはラテン語で手を表すmanusと作用を表すoperaが合わさったものであり、技巧を用いて軍を動かす手という意味合いが込められていました(クラウゼヴィッツ、下191頁)。
つまり、機動を部隊の移動それ自体を指す概念ではないということです。部隊の移動は機動の一部ではありますが、敵の指揮官の状況認識に及ぼす影響や、そこから引き起こされる敵の間違った行動を誘致することまでが機動という概念に含まれているのです。

その一例として1805年のウルム戦役でフランス軍がオーストリア軍に仕掛けた機動は、ナポレオンの戦争術の特徴がよく示されています。ライン川の正面にオーストリア軍の注意を引き付けておきながら、フランス軍の主力を大きく北側から迂回させて側面に進出しました。
このことでオーストリア軍は作戦線を脅かされ、急きょ部隊の再配備を強いられることになったのです。

『箴言』から読み取れる機動力へのこだわり
イエナ・アウエルシュタットの戦い(1806)
当時のフランス軍の編制には軍の下位部隊として軍団が導入されており、軍団は歩兵、騎兵、砲兵から成る独立戦闘集団として行動できた。しかし、プロイセン軍では従来の軍の編制が維持されており、作戦指導でも連絡調整に時間を要した。そのためフランス軍はプロイセン軍に対して機動において大きな優位を発揮できた。
ナポレオンの戦争術の特徴はこうした機動の巧みさであり、敵の指揮官の意表を突くような大胆さをもって機動を行えば、その効果によって味方の実質的な戦力を敵よりも大きなものにすることさえできると考えていました。
箴言を読むとナポレオンが機動力の重要性を強調していたことが分かります。
「軍の強さは力学の運動エネルギーのように、速度の二乗に質量を掛けることで見積もられる。素早い行進は軍の士気によい影響を及ぼし、勝利の可能性を大きくすることができる」(ナポレオン、第9箴言)
という箴言はその代表例であり、運用する戦力の規模が小さくても、その戦力の機動力が優れていれば、それだけ敵の態勢を崩しやすく、味方が優位に立ちやすいと考えられます。砲兵士官らしい数理的な言い回しではありますが。

またナポレオンは機動力を高めるために、さまざまな工夫を凝らしていたことも知られています。その一つが行進序列に関する記述から読み取れます。
「行進している軍の隷下にある各軍団については、その位置関係と周辺地形によって、一定程度の間隔を保持するべきである」(同上、第13箴言)
当時、ナポレオンが指揮した軍の戦略単位は軍団であり、これらをいかに迅速に行進させるのかという問題はナポレオンにとって重要な問題でした。部隊の前後に間隔を設けるのも行進を少しでも早めるための処置です。
もし何らかの事故で一部の部隊の前進が停止すると、後続の部隊の行進も直ちに足止めを食らってしまい、しかもそれを別の経路で前進させるためには、今来た道を戻る動作が必要となります。このようなことで時間を失うことをナポレオンは恐れていました。

数百名程度の行進縦隊を考えると、こうした問題は些細なことのようにも思われますが、実際にナポレオンが指揮した部隊の規模は十万名や二十万名に達することもあり、一度行進が滞ると、その後の作戦計画にも深刻な遅延が生じる恐れがあったのです。

行進の方式を改善するさまざまな努力を積み重ねた結果、ナポレオンは敵に対して有効な機動力を発揮し、戦争を有利に進めることができたのです。

軍事学における『箴言』の意義と限界について
『箴言』は箴言集という特性上、それほど難解な著作ではありませんが、しかし箴言同士の関係は明確ではないため、解説が付されていても、さまざまに解釈をすることができる余地があります。
この記事ではナポレオンの戦争術でも特に機動を重視した戦略について解説していますが、戦術や兵站などの考察も含めるとナポレオンがさまざまな問題について詳細な考察を残していることが分かります。

軍事学の世界で古典として名高く、すでに多くの解説がなされている『箴言』ですが、もしナポレオンの戦争術に関して、より理論的な分析に関心があるのであれば、むしろフランス軍で幕僚としても勤務した経験を持つアントワーヌ・アンリ・ジョミニの『戦争術概論』や、プロイセン軍のカール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』の方が参考になるかもしれません。
とはいえ、彼らのナポレオンの戦争術に対する分析が、どれほど妥当性を持つのかを考える上で、ナポレオン本人の考察がまとめられた『箴言』はやはり重要であると言えるでしょう。

日本では『箴言』は決してその価値が広く認められた著作ではありませんが、ナポレオンが19世紀以降の欧米諸国における軍事学の研究に及ぼした影響を考えれば、避けては通ることができない著作だと思われます。
今後、日本においてもナポレオンの戦争術を知るための手がかりとして本書が広く知られることになればよいと思います。

KT

参考文献
クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、全3巻、岩波書店、1968年
ナポレオン・ボナパルト著『ナポレオンの軍事箴言集』Kindle版、武内和人訳、国家政策研究会、2016年4月2日刊行予定(Amazonのダイレクトパブリッシングで短い解説を付けた著者による翻訳、下記リンクを参照)

0 件のコメント:

コメントを投稿