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2016年3月25日金曜日

国家の政策を支配する政治の論理

ある国家がどのような政策を選択するのかを予測する技術を政策予測(policy forecasting)といいます。
さまざまな政策課題がそのまま放置されたり、また有権者の思いとは正反対の政策が選択される事態を目の当たりにし、なぜこのような政策が決定されるのか不思議に思うことが少なくありません。
こうした問題を検討し、将来選択される政策を検討し、国民のより良い政治的意思決定を助けることが政策予測の趣旨です。

とはいえ、政策予測に関する考え方は政治学者の間でも十分にまとまっているとはいえません。
定性的判断に基づく予測もあれば、シミュレーション分析、統計的分析に基づく予測などがあるのですが(Armstrong 2005)、そもそも予測としての精度が十分に確保できていないとの指摘もあります(Tetlock 2005)。

今回は、こうした政治的意思決定に基づく政策を予測するための理論研究として支持基盤理論を取り上げ、政治体制が政策を予測する上で重要な要因であることが説明されていることを紹介したいと思います。

支持基盤理論とは何か

ナポレオンの戴冠式。支持基盤理論の最大の特徴は、権力者として生き残ることが政治家にとって最大の関心事と見なすことで、さまざまな政治的意思決定に一貫した説明を与えることができることを示したことにある。政治家は国家の繁栄のような「公益」に基づいて行動するのではなく、自らが政権を掌握し続けるために行動を起こす、という考え方は支持基盤理論が構築される以前から政治学にあった考え方であるが、支持基盤理論はその理解をさらに理論的に拡張した意味で重要であった。
支持基盤理論は、米国の政治学者であるブルース・ブエノ・デ・メスキータ(Bruce Bueno de Mesquita)、アラスター・スミス(Alastair Smith)、ランドルフ・シヴァーソン(Randolph M. Siverson)、ジェームズ・モロー(James D. Morrow)によって構築された政治理論であり、「政治的指導者はいかなる目標を達成するためにも、政権の座を維持することが必要とされる」という前提から出発し(Bueno de Mesquita, et al. 2003: 7)、そこから財政、公共事業、海外援助、反乱、戦争、民主化などさまざまな事象に一貫性のある説明を展開するという特徴があります。

支持基盤理論の基礎にあるのは、政治的指導者は自分が権力を維持し続ける上で絶対に欠かせない仲間の協力を維持することを何よりも優先して政策を決めるという視点です。
「あらゆる指導者は自らを権力者たらしめる特定の集団に報いなければならない」という原則は国家体制が独裁制であれ、民主制であれ、基本的に変わるものではありません(Ibid.)。
しかし、どのような条件で政権運営が可能であるかによって、権力者の行動には変化が生じると考えます。

支持基盤と勝利連合

テニスコートの誓い。政治を理解する上で基本となるのは支持基盤と勝利連合という二種類の集団となる。
国民全体に公民権が付与されていない場合、極めて限られた集団が支持基盤となるため、勝利連合もごくわずかであるが、民主化が進むと政治指導者はより大きな支持基盤の利害を考慮する必要が生じる。
支持基盤理論の最も重要な概念は支持基盤(selectrate)であり、これは「政府の指導者を選択するために制度的に必要とされる資質もしくは属性などの地位を有し、また政府の指導者によって一部に与えられる個人的な利得を獲得するために必要とされる人々の集団」と定義されます(Ibid.: 42)。いわば、支持基盤理論は政治指導者が権力を掌握するために考慮すべき集団なのです。

しかし、政治体制において支持基盤の全員からの政治的支持を常に確保し続ける必要があるとは限りません。
というのも、政治権力さえ掌握しておけば、自分を支持しない集団の行動を統制することができるためです。
「政治権力を掌握するためにその指導者が必要とする規模の支持基盤の下位集団」を支持基盤理論では勝利連合(winning coalition)といいます(Ibid.: 51)。

例えば、現在の日本では20歳以上の成人男女であれば一般的に投票権が付与されているため、成人でさえあれば支持基盤に含まれます。
しかし、日本で政権を掌握するために有権者の全員から支持される必要などありません。なぜなら、衆議院で過半数の議席を占めるために必要な票を選挙で集めさえすれば、あとは衆議院の議決で内閣総理大臣を指名できるためです。
つまり、支持基盤=勝利連合という極端な状況でない以上、政治指導者は国民全体の利益を考えるよりも与党の地位を維持するために必要な支持者の利益を優先して政策を決定すると予測されるのです。

政治とは社会に対する価値の権威的配分

フランス革命で成立した立法議会はフランス全土で反革命分子に対する家宅捜索を行い、収監された多数の聖職者を処刑した。この出来事は九月虐殺と呼ばれており、王党派の勢力を減退させただけでなく、彼らの財産没収も進められている。武力による抵抗が不可能となった政敵の財産は革命政府が支持基盤を固める上で重要な臨時歳入であった。
政治学者のイーストンはかつて政治を「価値の権威的配分」と定義したことで知られていますが、彼の定義の通り、権力者にとって政府の権限によって巧妙に所得を再配分することは政治の要諦といえます。
政治指導者は納税者の所得を抽出して得た歳入を駆使し、自らの政党を支持する有権者を満足させることを何よりも重視しなければなりません。この努力を怠れば政権を失ってしまいます。
支持基盤理論では、この点について「指導者は税金を上げ、また政府支出の一部分を公共財または私的財に使用することによって、自分自身を権力の座に留め置こうとする」と説明しています(Ibid.: 58)。

要するに、政権運営の能力に優れた政治家は、歳入が減少しない限度まで税金を引き上げ、政権が再配分可能な資源を確保しておくのです。
もしその国家の政治体制が民主的であるため勝利連合の規模が大きいのであれば、政府支出に占める公共事業の割合を増やして多くの人々の利益になるように政策を調整します。
反対に、独裁的な国家で勝利連合の規模が小さいならば、政府支出が提供する私的財の割合を増加させ、特定の有力者に個人的な便宜を図る方が政治的には効率的ということです。

結びにかえて

支持基盤理論は政策予測に関心がある人にとって興味深いモデルを提供してくれます。
国家の政策が国民全体にとっての利益となれば、それは最も公共政策として望ましいことでしょうが、支持基盤理論は勝利連合の規模によって政治家が選択する政策の内容は変化すると指摘し、しかも勝利連合は政権維持に必要な最小限度の有権者の数に止まるので、全体の意思が反映されることはないと考えます。

なぜなら、政治家は政策決定において次の選挙で自分の党派が与党としての地位を維持することができるか最優先で考えなければならないためです。
もし、政権運営に必要な勝利連合を構成することができなくなれば、次の選挙で敗北し、政策決定に関与できなくなるでしょう。
したがって、あらゆる政策決定で政治の都合が優先されることは何ら不思議な事象ではないのです。支持基盤理論は、政策というものに対する私たちの素朴な考え方を大いに見直す必要があることを示唆していると思います。

KT

参考文献
Armstrong, J. S., ed. 2005. Principles of Forecasting: A Handbook for Researchers and Practitioners, Nowell: Kluwer.
Bueno de Mesquita, B. B., Smith, A., Siverson, R. M., Morrow, J. D. 2003. The Logic of Political Survival, Cambridge: MIT Press.
Tetlock, P. E. 2005. Expert Political Judgement: How Good Is It? How Can We Know? Princeton: Princeton University Press.

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