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2016年3月27日日曜日

論文紹介 安全保障のジレンマの原因は軍備それ自体ではない

政治学、国際関係論において安全保障のジレンマ(Security Dilemma)という用語は、自国の安全を追求するために軍備を拡張すると、その軍備が相手にとって新たな脅威となって軍備の拡張を誘発するため、結果として自国の安全性が低下してしまうというジレンマのことを意味します。

安全保障のジレンマを考える際に重要となるのは、その軍備が攻撃と防御のどちらに使用されるのかいう点であり、一般に安全保障のジレンマは防御的能力を重点的に強化するように注意して軍備拡張することにより回避することができると考えられています。

今回は安全保障のジレンマの研究で有名なジャーヴィスの論文を取り上げて、その要点を紹介したいと思います。

文献情報
Robert Jervis. 1978. ''Cooperation Under the Security Dilemma,'' World Politics, 30(2): 167-214.

目次
1.無政府状態と安全保障のジレンマ
2.何によって協調がより容易になるのか
3.攻撃、防御、安全保障のジレンマ
4.四つの世界

ゲーム理論的分析の考え方

この論文の基礎にあるのがゲーム理論の考え方であり、安全保障のジレンマを理解する上でもゲーム理論の知識を踏まえておくことが必要となってきます。

そもそもゲーム理論的分析の目的とするところは、プレイヤー間の相互作用を予測することです。つまり、あるゲームのルールを設定し、各プレイヤーの最適行動を検討しなければなりません。
このゲーム理論的分析は、一般にそのゲームがどのようなルールによって規律されているのかを調べるところから始められます。

つまり、そのゲームに参加するプレイヤーの数とその可能行動、プレイヤーが利用可能な情報、プレイヤーの行動のすべての可能な組み合わせとして生じ得る結果に対する各プレイヤーの選好がこのルールとして定められます。
ルールを定義すれば、あとは各プレイヤーにとって最適な行動を分析していき、その結果としてどのような事象が生じるのかを予測することが可能となるのです。

著者は、こうしたゲーム理論の枠組みを用いるために、二カ国の国家から構成される国際システムを想定し(プレイヤーは二者)、それぞれの国家の可能行動を協調と裏切りの二種類に区分した上で(プレイヤーの選択可能な行動は二種類)、プレイヤーが持つ選好が変化することによるゲームの結果の相違に注目しているのです。

スタグ・ハントと囚人のジレンマの比較に見る利得集合の重要性

左がスタグ・ハント、右が囚人のジレンマのゲームにおけるAとBの利得をまとめた表。
この図表では各欄の右上にAの利得が、左下にBの利得が示されている。また利得は1に近づくほど大きく、4に近づくほど小さくなる書き方になっている点に注意。
(Jervis 1978: 171)
全世界を統治する主体が存在しないため、国際政治では複数のプレイヤー間の戦略的な相互作用が生じると著者は指摘しています(Jervis 1978: 167)。
これは、それぞれのプレイヤーが自分の利得を最大化しようとしますが、その利得を最大化するためには相手の行動について予測しなければならない状況に置かれているという意味です。
「国内社会においては、他者に危険を及ぼすことなく、各人とその財産の安全を確保するために複数の方法がある。(中略)しかし国際政治では、ある国家の安全はしばしば他国の安全を不注意に脅かす。戦間期における海軍軍縮に関するイギリスの政策を説明する際に、マクドナルド(Ramsey MacDonald)は『誰も日本を危険な状態にしたいと考えてはいない』と述べた。しかし、この問題はイギリスの願望に対する問題ではなく、その政策の結果に対する問題であった」(Ibid.: 170)
ここでは安全保障のジレンマが戦間期の国際社会で海軍の軍拡競争を引き起こすことになったことが示唆されています。
国際社会において国家が安全を確保するために軍備を増強すれば、他国よりも強力な軍事力を持つことに繋がりますが、それは必然的に他国が持つ軍事力の価値を相対的に低下させてしまうのです。

この問題をゲーム理論に基づいて掘り下げると、安全保障のジレンマをもたらす根本的な原因を特定することができます。
ここで著者はスタグ・ハントというゲームと囚人のジレンマというゲームについて紹介しています。
スタグ・ハントは政治学者ルソーの議論に登場する話に基づいています。
これは二人のハンターAとBがそれぞれ小さなウサギを捕まえるか、AB二人で協力しながら1頭の大きな鹿を捕まえるのかを選択する状況を想定するゲームです。
このルールだとAB二人で協力することが最適な戦略となりますが、鹿の獲得には二人で力を合わせる必要があるため、もし途中でABどちらか片方が逃亡する方が有利な状況が生じると、鹿は得られなくなってしまいます。

囚人のジレンマはスタグ・ハントのゲームと異なっているのは、AとBの利得の組み合わせです。
囚人のジレンマでは囚人AとBがそれぞれ協力して黙秘すれば刑期を短くできますが、どちらかが裏切るって自白すると他方の刑期が長くなってしまう状況を想定します。この場合、囚人AとBにとって最適な戦略は相手を裏切る以外にありません。
ただし著者も言及しているように囚人のジレンマは繰り返し行われると、必ずしも裏切りが最適な戦略ではなくなるということも分析されています(Ibid.: 171)。

これらのゲームの比較で分かることは、国際紛争を回避するためにはAとBが生起し得る状況にどのような利得を見出すかにかかっており、場合によっては「相手が協調を選択したにもかかわらず裏切りを選択する可能性がある」ことが示されていることです。
これは安全保障のジレンマに直面した国家の意思決定を理解するためには、それら意思決定の根拠となった情勢見積を理解することが重要であることを表しています。

安全保障のジレンマの原因は軍備自体ではなく「攻撃的能力」

軍事力は本来、攻撃と防御のどちらにも使用することができる能力を含んでおり、著者自身もこの定義は常に明確ではなく、多くの原因によって判断は難しいと認めていますが(Ibid.: 186-7)、安全保障のジレンマの検討で「攻撃的能力」と「防御的能力」を概念的に区別することによって興味深い知見を得ることができます。

著者は安全保障のジレンマが最も深刻になる場合は、軍事技術、地理環境、軍事教義などの要因によって防御に対し攻撃が優勢になる状況であると論じています(Ibid: 187)。
「攻撃が優位であるということは、単に他国の軍隊を撃破し、その領土を獲得することが自国の領土を防衛するよりも容易であるということを意味している。防御が優位であるということは、軍隊を保全し、領土を獲得することの方が、部隊を前進させ、敵を撃破し、領土を獲得するよりも容易であるということを意味する」(Ibid.)
「安全保障のジレンマが最も深刻となるのは、条約、戦略、または技術上の必要によって安全保障のためには領土拡張を行う他に選択肢がない時である。現状維持の立場をとる勢力は侵略者のように行動しなければならない」(Ibid.)
つまり、軍事情勢の観点から攻撃が防御よりも有利な状況が発生すると、領土拡張を必ずしも重視しない現状維持の勢力であったとしても、結果として安全保障上の理由から領土拡張を決断せざるを得なくなることです。

この軍事力を攻撃的能力と防御的能力に区別するアプローチはさまざまな国際政治上の事象に応用できますが、特に重要な意味を持つのが軍拡競争、軍備管理の分野です。
「もし防御に優位があるならば、現状維持勢力は合理的な安全保障の所要兵力を見積るので、軍拡競争を回避することが恐らく可能である。一方が軍備を拡大し、安全性を向上させたことが、他国の軍備を相対的に縮小し、安全性を相対的に低下させるとしても、前者が実現した安全性の向上は後者が受けた安全性の低下よりも大きな程度で実現されることになる。もし一方が軍備を増強しても、他方は以前の軍備の水準に対して限られた戦力規模を付け加えることにより安全を確保することが可能なのである」(Ibid.: 188)
どうしてこのようなことが起こり得るのかといえば、それは先程検討したゲーム理論的分析で述べたように、国家の意思決定は本質的に利得集合によって変化しているのであって、もし侵略によって期待される利得が防衛によって期待される利得を上回らないのであれば、協調を選択すると考えられるためです。
こうした分析から、軍事力それ自体が安全保障のジレンマを引き起こしているわけではなく、問題なのは軍事力を使用する形態として攻撃が防御よりも優位に立ってしまうことにあるのです。

第一次世界大戦がもたらした安全保障のジレンマの縮小

著者は国際政治における安全保障のジレンマという事象が、攻撃と防御の相対的な優劣の変化に応じて緩和されることがあることを、第一次世界大戦の事例を交えつつ次のように説明しています。
「塹壕と機関銃は防御に圧倒的な優位をもたらした。戦闘は硬直状態に陥り、膨大な損害を出した。血を流し、命を落とすことは戦闘員にとって何の意味もなかった。もし事前に防御の威力を知っていれば、敵国の領土へと殺到するのではなく、味方の塹壕に駆け込んだであろう」(Ibid.;: 191)
「戦間期の政治は先の戦争の記憶と将来の戦争も似たようなものであるという確信によって形作られた。政治的、軍事的教訓は両陣営にとって安全保障のジレンマを改善することを助けたのである」(Ibid.: 192)
これは機関銃や塹壕などをはじめとする軍事的革新によって戦争の形態が変化を遂げると、攻撃と防御の優劣もその影響を受けて変化し、結果として国際政治のあり方にまで影響が及ぶということを表しています。
なお、歴史的事例だけでなく、著者は弾道ミサイルの開発によって第一撃を加える側が優位になる状況が出現すると、防御の優位が低下し、安全保障のジレンマを引き起こしやすい国際情勢が生じるという現代の課題についても言及しています(Ibid.: 206)。

この研究の意義について

この研究の意義は安全保障のジレンマという問題をゲーム理論的分析の枠組みから捉え直すため、国家の行動を左右するのは生起し得る状況に見出される自国の利得の相対的な大きさであると考えました。そして、その考え方に基づけば、安全保障のジレンマは本質的に軍備自体によって引き起こされているというよりも、攻撃的能力によって引き起こされている事象であることを指摘したのです。

興味深いのは国際政治における安全保障のジレンマという事象が、攻撃と防御の軍事的な優劣の度合いに影響されるという点であり、これは攻防均衡(offense-defense balance)の理論を発展させる上で重要な理論的基礎となりました。
この研究によって軍事技術の動向が国際政治に与える影響をより詳細に説明することが可能となっただけでなく、戦争が発生しやすい軍事バランスの分析など、さまざまな方面に応用されることになりました。

KT

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