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2016年2月9日火曜日

論文紹介 風の流れが空母の針路を決める

近代の海上作戦において航空母艦(以下、空母)の果たす役割は極めて大きなものがあります。
航空機の打撃力と機動力はそれだけでも水上艦艇にとって重大な脅威ですが、空母はその航空機を洋上で大規模に展開する能力を持っているためです。
そのため、空母が配備されることの戦略的、政治的な影響は非常に大きいものと考えられています。

しかし、戦術の観点で考えれば、他の水上艦艇と同じように、空母にもさまざまな弱点や制約があることが見えてきます。むしろ、戦術学の立場で見れば、空母ほど運用に制約が多い艦艇は他にないとさえ言えるかもしれません。
今回は、空母の戦術は気象条件によって大きく制約されることを説明した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Browning, M. R. 1946. "Aircraft Carrier Tactics," Military Review, Vol. XXV, No. 10, pp. 17-23.

気象条件が空母の運用を難しくする
空母の最大の特徴は、空母そのものが交戦するのではなく、空母から発艦した航空機が交戦するという点でしょう。巡洋艦や駆逐艦、潜水艦と比較しても、この特徴は際立って特異です。
空母の戦闘力を発揮するためには、搭載されている航空機を適時適所に指向する戦術が必須であり、航空機の的確な運用が空母の最も重要な課題となります。

著者は、このような特性を持つ空母の戦術は、気象条件、特に風向きによって大きな制約を受けることを説明しています。
「誰もが基本原則として知っていることは、空母が航空機を発着艦させるために向かい風に対して針路をとらなければならない、ということである。さらに、大部分の人々は気が付いていることであるが、このような空母の行動において横風は一切許容できない。それは飛行甲板が提供する滑走路を極端に狭めるためである。それゆえ、風速が非常に弱い場合は別として、空母は航空作戦が継続している間は、基本的に向かい風に針路をとりつつ、非常に厳格な制約の下で航路をとることを余儀なくされるのである」(Browning 1946: 18)
南太平洋海戦におけるエンタープライズの行動
このような空母の運用を説明するために、著者は1942年10月に日米で戦われた南太平洋海戦を取り上げています。
当時、トラック島に作戦基地を置いた日本海軍の艦隊は、4隻の空母を戦闘地域に指向可能でしたが、米海軍の戦力ではエンタープライズとホーネットの2隻の空母しか展開することができませんでした。そのため、米海軍は不利な戦力比でこの時の戦闘を切り抜く必要があり、何としても戦闘では先制攻撃を成功させたいところでした。

10月25日未明、地上基地に配備されて警戒に当たっていた哨戒機が日本海軍の艦隊を発見し、おおまかな座標が判明しました(Ibid.: 18)。エンタープライズは直ちに日本の攻撃を阻止するため、情報に従って北西の方向に進んでいました。
そして25日午前6時に次の地図で示したA地点に到達します。
25日6時以降のエンタープライズの行動。(図の右下のA地点より)
日本海軍が所在するとされるJ地点はエンタープライズの北西の方向。
向かい風とするためエンタープライズが航空機の発着艦のたびに変針していることが分かる。
(Ibid.: 19)
当時、エンタープライズが占位した座標は敵から南東の方向に位置していました。しかし、現場の風向も南東(つまり南東から北西に流れる風向き)であり、風速は5ノットでした。これは空母の艦長にとって望ましくない状況でした。

すでに哨戒機と接触した敵艦隊は新たな方向に向かって移動している可能性があるため、敵の攻撃を阻止するためにはいち早く捜索しなければなりません。
しかし、向かい風になるためには空母の針路を敵とは反対の方向へと向ける必要があります。それゆえ、エンタープライズでは航空隊の発着艦のたびに北西に向けていた針路を南東に何度も変針せざるを得ませんでした(Ibid.: 19)。艦艇は大型になるほど旋回が難しくなるため、このような回頭には時間を必要とします。

空母を運用する際に基本となる戦術的原則とは何か
風向、風速といった気象条件によって空母がその本来の戦闘力を発揮することができなくなるということは、空母の戦術を考える上で最も基本とされるべき事項であると著者は強調しています。
「空母の戦術の大原則とはその極端な脆弱性から直接かつ明白に導き出される。それは空母はいかなる敵の水上艦艇の大砲または魚雷の射程内に決して不用意に占位してはならない、ということである。この原則に例外は存在しない」(Ibid.: 22)
空母が敵の砲撃、雷撃の射程外に占位していると、空母は回避行動をとらなければなりません。それゆえ、風向に応じて針路を選択し、自らを掩護する航空隊を発進させることが完全に不可能となってしまいます。
しかも空母はその内部に航空機に補給する弾薬や燃料が多く、攻撃を受けた時の脆弱性は他の艦艇よりも大きいことにも注意しなければなりません。
「空母は基本的に攻撃的な武器であり、その打撃力を最大限に拡大するためには、その戦術は展開する海域の選択とその目標の選定し、その戦術では目標に対して最適規模の航空隊の行動を可能にするために正しい選択を下すことが求められる。同時にその脆弱性から空母は敵のあらゆる火力、特に水上艦艇の砲撃から一定の距離を保つ必要がある」(Ibid.: 23)
終わりに
この研究で示されたように、風向や風速といった気象条件によって発揮できる戦闘力が絶えず制約されるということは空母の行動で第一に考慮すべき事項です。
現在の空母も航空機の発着艦において向かい風となるように針路をとることが必要であるため、基本的な制約は今も昔も変わっていません。

空母の艦長はあらかじめ天気図をよく研究しておき、敵情だけでなく、作戦地域の気象の推移を踏まえて針路を考えておかなければなりません。逆の立場から考えれば、空母といってもその戦闘力の発揮が難しい状況があり、その機会を戦機として活用できるようにすることが重要であると考えられるでしょう。

KT

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