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2016年1月7日木曜日

軍事的観点から考える水爆の重要性

2016年1月に北朝鮮が水爆実験に成功したことを発表したことが世界で大きなニュースとなっています。しかし、核兵器にあまり詳しくない人にとっては、原爆と水爆の相違がそれほど重要な理由も分かりにくいものと思います。
もちろん、北朝鮮の水爆実験成功の報道が完全に間違いであり、心理戦の一手段に過ぎないという可能性も大きいのですが、この機会に水爆の開発が核戦略において重要な意味を持つ理由を歴史的事例から説明してみたいと思います。

水爆の研究が始まったきっかけソ連の核保有
1949年8月、ソ連が最初の原爆実験に成功したことによって、アメリカは核の独占を失うことになりました。1948年のベルリン危機の経験からソ連の脅威を強く感じていたアメリカ大統領トルーマンにとって、これは重大な安全保障上の危険でした。
すでにソ連は核兵器の研究を次の段階に進めていると判断し、アメリカ政府も直ちに原爆より優れた性能を持つ大量破壊兵器の研究を進め始めます。歴史的に見れば、これが米ソの核開発競争の出発点となりました。

アメリカがまず考えていたのは、次世代型の核兵器はより高出力かつ軽量小型でなければならないという構想でした。
当時、核兵器は非常に重かったので、敵国の政経中枢に投射するためには専用の大型爆撃機が必要でした。もし核兵器をより小型化することができれば、戦場の第一線に展開する地上部隊のような軍事目標に対しても使用可能であると期待されたのです。このような目標は都市住民よりも広範囲に分散展開しており、しかも部隊としての生存性を高めるための防護手段もあるため、より高威力の核兵器でなければなりませんでした。

熱核融合爆弾の基本的な原理とは
ここで着目されたのが熱核融合爆弾であり、これが現在では水爆と一般に呼ばれているものです。
そもそも原爆とは、ウラニウム235やプルトニウム239という質量が極端に重い元素の原子核を分裂させ、それが放出するエネルギーを破壊力として利用した爆弾のことです。しかし、この方式でより大きな爆発力を得るためには、ウラニウムやプルトニウムといった熱核材料が大量に必要であり、どうしても大型化、重量化してしまいます。
しかし、水素のような軽い元素の原子核を融合させた時に放出されるエネルギーを破壊力として利用できれば非常にエネルギー効率がよく、小型でありながら、かつ大きな破壊力が得られるのではないかと推定されたのです。

1945年に広島、長崎に投下された原爆の威力を通常の爆薬であるTNTに換算するとTNT2万トン程度であり、すでに当時のアメリカ軍では12万トンから25万トン程度の大型原爆の実証研究に成功していました。しかし、水爆の方式であれば、より軽量で1000万トン、1億トンの出力も十分技術的に可能であると見積もられたのです。
少なくとも理論上においては、この方法で次世代の核兵器の要件を満たすことができると判断されました。

水爆開発の技術的諸問題
しかし、二重水素、三重水素の原子核が融合反応を起こして、それらがヘリウム核を形成するということは理論の上では知られていましたが、それを実際に行うための技術的問題がいくつかありました。
その一つが核融合反応に必要な超高温環境を創出する方法でした。この超高温環境の創出に当たっては、既存の技術によって完成していた原爆を使用することで対応されることになります。つまり、核分裂反応を核兵器の威力として使用するのではなく、核兵器の起爆装置として応用したのです。

さらに水素の核融合反応を得るために、水素を液体化、固体化する必要もありました。アメリカは1951年5月、1952年11月の実験によって二重水素と三重水素を冷却処理して液状化させた上で核融合反応を起こすことに一応の成功を収めますが、この時の水爆の全重量は65トンに達し、爆発力はTNT換算で300キロトンから500キロトン程度しか得られませんでした。これはアメリカが求める次世代の核兵器からほど遠い結果でした。

そのようなアメリカの研究動向においてソ連は1953年8月に最初の水爆実験を行いました。
この時のソ連の技術者は重水素とリチウムの化合物を熱核材料とすることで先ほど述べた問題が一定程度解決可能であることを明らかにしました。重水素化リチウムは固体なので、爆弾の軽量化と爆発力の両立が技術的に可能となり、この研究成果が水爆開発において重要な突破口となりました。この時の実験で水爆はようやく1メガトン程度の出力を発揮することに成功しました。

キャッスル作戦における水爆実験
1954年、アメリカはキャッスル作戦(Operation Castle)としてビキニ付近における一連の実験によって水爆の技術を完成させることになります。昨年にソ連が実証した重水素化リチウムで水素を固体化する方式が採用され、大幅な軽量化に成功しました。この時の水爆実験は第五福被爆事件として日本でも広く知られるようになりましたが、米ソ冷戦の歴史という観点から見てもアメリカの水爆の完成は特別な重要性を持つものでした。
この一連の実験によって、最大でTNT換算20メガトンの出力が得られたとされており、その水爆の重量と威力の比は1トンに対して1メガトンから4メガトンとなりました。これほどの性能であれば第一線に展開する地上部隊に対して使用したとしても、壊滅的な損害を与えることができると評価されました。
こうして、アメリカは1949年に研究開発に着手してから5年で水爆を完成させるに至ったのです。

なぜ水爆が問題となるのか
最後に、このような開発の歴史を踏まえた上で、軍事的観点から見た水爆の重要性を説明しておきます。

  • 水爆は原爆よりも高い出力を得られるだけでなく、小型化、軽量化も可能であり、その後の弾道ミサイルのような兵器でも投射することが技術的に可能となる。
  • 水爆はその威力が原爆よりもはるかに大きいため、人口密集地のような脆弱な目標だけでなく、第一線に展開する地上部隊のような目標に対しても大きな有効性を持つ。
原爆の方式だと重量と威力の効率がそれほど良くないため、専用の大型爆撃機で運搬し、都市や工場のように脆弱な人口密集地域に対して投射しないと大きな戦果が得られませんでした。
しかし水爆は原爆よりもはるかに大きな威力を発揮できるため、地上部隊が展開している戦闘地域で使用した場合でも、その費用に見合った十分な戦果が得られることが期待されるのです。

もちろん、核兵器は単なる兵器ではなく、政治的、外交的な交渉の切り札として使用されるという側面もあり、どちらかと言えば現在の安全保障環境では核兵器は戦闘の手段ではなく、抑止の手段です。しかし、抑止力としての核兵器を理解するためには、こうした軍事的側面を持っているということも知っておくべきことであると思います。

KT

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