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2016年1月16日土曜日

論文紹介 移民は安全保障上の脅威となり得るか

近年、ヨーロッパ各国では中東、アフリカから押し寄せる難民の受け入れをめぐって大きな国民的議論が巻き起こっています。
各国ごとで議論の内容はさまざまですが、一般に争点となっているのは難民の受け入れによって、その国家の安全保障が脅かされる度合いであり、例えば難民に紛れ込んで国際テロリスト集団の構成員が潜入する可能性がどの程度高まることが懸念されています。
これは難民だけでなく移民の議論にも影響を与えており、国籍取得や在留許可について一層厳密な審査や管理のあり方が検討されています。

今回は、こうした問題が表面化する前の2006年に執筆された論文を紹介し、移民と安全保障の関係を説明してみたいと思います。

文献情報
Adamson, Fiona B. 2006. "Crossing Borders: International Migration and National Security," International Security, 31(1): 165-199.

移民は安全保障上の問題として認識する必要がある
著者によれば、これまでの安全保障学の研究は軍事力と関係を持つ対外的安全保障に注意がかたよる傾向があり、警察力と関係がある対内的安全保障が軽視されやすいという問題がありました。
「安全保障学の主流派の研究者たちは、これまで国内の政治的、政策的課題に対してあまり関心を示さないか、あるいは小さな関心しか示してこなかった。しかし、国際安全保障の研究者と政策立案者は、グローバル化の過程で強化された相互的統合の世界において、移民と安全保障の関係を無視することができないことに気が付き始めている」(Adamson 2006: 167)
とはいえ、著者は移民が安全保障に与える影響を考えるためには、移民にもいくつかの種類があることに注意が必要であることも理解しています。
自発的な移民と強制された移民、経済的理由による移民と政治的理由による移民、そして正規の移民と不正規つまり非合法的な移民、定住を目的とした移民と帰国を前提とした移民など、移民といっても一概にその性格を特徴付けることは難しいため、状況に応じて移民の性格を判断することが重要であることも示唆されています(Ibid.: 171-175)。

移民は国家の統治能力、政治的自立を低下させる恐れがある
そのことを踏まえた上で、著者は移民が安全保障に与える影響はさまざまですが、著者は三つの影響があることを論じています。

第一に、移民は国家の自立性に影響を及ぼす可能性が考えられます。これは移民の増加それ自体が国家の統治能力を低下させるという意味ではありません。問題なのは、移民が越境して国内に大量に流入することにより、国境地帯の多くで政府による出入国管理が機能しなくなることです(Ibid.: 176)。
このような事態が生じた場合、国際テロリスト集団のような非国家主体が自らの政治的動員能力を強化するため、諸外国に拠点を設置することが容易となるだけでなく、その拠点で難民から構成される武装組織を創設することも可能となると著者は指摘します(Ibid.: 177)。
「(難民武装集団の)事例としては、1970年代にレバノンの難民キャンプでパレスチナ解放機構が実施していた人員募集活動、1980年代にタリバン関係の集団のためにパキスタンの難民キャンプで実施されていた活動、1990年代にウガンダの難民キャンプでルワンダ愛国戦線が創設されたことが挙げられる」(Ibid.: 177)
つまり外国に設置された難民キャンプは人員や物資を調達して管理する兵站拠点として機能するのです。そして本来の紛争地域での作戦行動を支援することが可能となるだけでなく、非合法な手段で入国した難民が組織犯罪の拠点を形成する危険性もあると指摘されています(Ibid.: 178)。

移民が国家の軍事的、経済的、外交的能力に与える影響
著者は、移民の動きが安全保障に影響を与える可能性として、その国力の水準を変化させる効果があることも重要だと述べています。これは技術移転や労働力の移転の問題と関係しています。
「1987年に、アフリカの熟練労働者の30%がヨーロッパに居住していたが、1990年代にはアフリカの全人口の5%もの人々が外国で生活していると見積もられている。推計によれば、70,000名の専門職または大学卒業生が毎年アフリカの祖国を離れているが、それはヨーロッパや北米で働くことを目的としたものである」(Ibid.: 187)
つまり、移民の流出がアフリカ諸国の経済成長を阻害する要因となっている可能性があるのです。ここにも移民が国家の能力に対して影響を及ぼす可能性があることが示唆されています。

また軍事的能力においても、移民が重要な役割を果たす場合があり、それが核開発の事例に見いだされます。
1930年、ドイツ政府によるユダヤ人の公職追放を受けて数多くの科学者がアメリカに移住しています。著者は彼らの能力がアメリカの核開発計画を推進する上で非常に重要な役割を果たしたと強調しています(Ibid.: 188)。さらにアメリカでは数多くの移民が軍隊に入隊しており、2004年ではおよそ40,000名の移民が入隊しており、それは全体の入隊者の4%もの割合を占めていることも重要な事実です(Ibid: 189)。

最後に外交的能力と移民の関係を述べると、移民集団が外国でコミュニティーを形成することにより、その外国に深く浸透し、より積極的な民間外交や情報収集が可能となると著者は指摘しています(Ibid.: 189-190)。アメリカに数多く存在する外国人コミュニティーは諸外国にとってアメリカの政府に対するロビー活動の重要な支援基盤として機能している側面があるためです。

内戦、組織犯罪、国際テロリズム
著者が最後に述べているのは移民が戦争の形態を変化させる可能性です。
近年の研究では、武力紛争において犯罪者、反乱分子、テロリストなどの非国家主体の果たす役割が逐次増大する傾向にあることが指摘されており、移民の増加はこのような勢力の台頭にとって有利に働く側面があると指摘されています。
「組織犯罪集団、武装反乱勢力、テロリストのネットワークの間の関係は、分けて考えることが難しい。Andreasはボスニア紛争で国際犯罪組織が物資の提供に当たった状況を指摘している」(Ibid.: 193)
このような移民を背景とする安全保障環境に対応するためには、移民の問題を長期的観点から考えることが不可欠であり、その際には国家の安全保障に与える影響も十分に考慮しなければなりません。

移民は国家の安全保障にかかわる重大問題
移民は社会、政治、経済、防衛に複雑な影響を与えるだけでなく、その影響が長期に及ぶということをよく理解しなければならないという著者の考え方は、今まさにヨーロッパ各国の政策論争の中心にある問題です。

短期的観点だけで考えるのであれば、目の前の難民に救いの手を差し伸べきであるという主張は人道的にも理にかなっていると思われるかもしれません。
しかし、人口の移動はそのあと何世代にもわたってその国家の人口動態を変化させる可能性があり、その影響を厳密に管理することは、どのような政策手段をもってしても容易なことではありません。
結論としては、移民それ自体が国家の存続にとって重大な脅威となるわけではありませんが、それがもたらす影響が国家安全保障にとって非常に危険な場合があり得ることをよく理解しておかなければならない、と言えるでしょう。

KT

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