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2016年1月27日水曜日

論文紹介 なぜ抑止は(時として)失敗するのか

現状打破を図る国家Aの軍隊が、現状維持を願う国家Bの軍隊よりも劣勢であれば、国家Aの攻撃は国家Bによって抑止されている、と政治学(もしくは安全保障学)では考えられます。
しかし、これはあくまでも理論の上で妥当な議論に過ぎません。
個別、具体的に歴史の事例を見てみると軍事的に劣勢であるにもかかわらず攻撃に踏み切った事例があることが分かります。

今回は、このような軍事的優位をもってしても失敗に終わった抑止を説明した論文を取り上げて、その研究成果を紹介したいと思います。

文献情報
Wolf, Barry. 1991. When the Weak Attack the Strong: Failures of Deterrence, Santa Monica: RAND.

この研究の冒頭で、著者は軍事的に劣勢な国家があえて自国より優勢な国家に戦争を仕掛ける場合があることを示すため、政治学者ブエノ・デ・メスキータの分析を紹介しています。
それによると、1816年から1974年にかけて発生した主要な紛争76件のうち、17件(22%)が軍隊の規模がより劣勢な国家によって開始されていることが分かります(Wolf 2005: 5)。

抑止が22%の確率で失敗する可能性があるとすれば、これはどのような要因によって説明されるのでしょうか。
著者は三つの要因が作用していると述べた上で、以下のように説明しています。

(1)軍事的に弱小な国家が相手でも強い動機を持っていると抑止できない場合がある
軍事的に劣勢であっても、合理的な理由をもって戦争を仕掛けてくることがあることについて、著者はさまざまな歴史上の事例を紹介していますが、その一つに第四次中東戦争の事例があります(Ibid.: 6)。
この戦争ではエジプトがその外交交渉における自国の立場を強化するために、序盤でイスラエルに対する攻撃を限定的な範囲にとどめました(シナイ半島への全面的侵攻ではなく、スエズ運河東岸への進出のみ)。
したがって、この時のエジプト軍の作戦はシナイ半島の確保という明確な政治的目的を達成するために、あえてリスクをとって不利な軍事的能力で攻撃をしかけた事例ということになります。

また強い動機というのは常に合理的な動機ばかりと想定するわけにもいきません。
その国家の指導者の心理的特性、精神的状態の問題によっては予期しない行動をとる可能性が出てきます。
一例として、著者はソ連が核保有国となった時期にその政権の座にいたスターリンが、晩年には精神的な問題を抱えていたことを指摘しています(Ibid.: 7)。
さらには、費用対効果に基づいて行動するのではなく、そのイデオロギー的な選好に基づいて行動する傾向の強い場合があるとして、こうした国家に対して抑止が効果を上げることができないことを説明しています(Ibid.: 8)。

(2)間違った情勢認識を持つ政策決定者を抑止することはできない
間違った認識とは、自らが置かれた状況を間違って解釈することであり、著者はこの要因をさらに四つに分類しています。

第一に、軍事的に弱小な国家が存在しない相手の弱点を認識する場合があると考えられます。
著者がここで挙げている事例は1870年の普仏戦争です。当時、フランスではプロイセンに対して少なくとも自国の軍隊には部隊規模において2倍の優位性があり、武器や装備の性能、特に砲兵に配備されていた火砲の性能において優勢な立場にあるだけでなく、事前に研究された作戦計画もありました(Ibid.: 9)。しかし、これらの認識はいずれも間違ったものであり、戦争はフランスの敗北、プロイセンの勝利によって終わることになったのです。

第二に、弱小国が相手が報復してこないだろうと期待された場合にも、間違った認識による抑止の失敗につながります。
著者は、1962年に中印国境紛争が勃発した時にもこの要因が現れたと指摘しています。当時、紛争地域の一部であるラダックに展開していた中国軍の守備隊は作戦基地までの道路網を舗装し、後方連絡線を整えていましたが、インド軍の守備隊の後方支援は航空輸送に依存するという不利がありました(Ibid.: 9)。それにもかかわらず、当時のインド軍の情勢判断で中国軍が強く反撃してくる公算は小さいと見て攻撃した結果、予想外の反撃を受ける結果となってしまいました。

第三に、弱い小国を攻撃することが強力な国家の介入を引き起こすことはないと期待する場合、これも間違った認識による抑止の失敗につながると著者は指摘しています。
1990年にイラクがクウェートを攻撃した際には、アメリカ軍を含めた多国籍軍がイラクに対して封鎖を行い、またクウェートの奪回のための大規模な攻勢に出てきたことは、イラク軍の当初の情勢判断を狂わせるものでした(Ibid.: 10)。このような事例もまた戦力の裏付けを持つ抑止であっても、指導部の間違った認識によって失敗することがあることを示しています。

第四に、著者は攻撃してくる弱小国がその同盟国の戦力を頼りにしてより強い国家に戦争を挑むことがあることについても考察しています(Ibid.)。
第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリーがセルビアを攻撃した際に、セルビアを支援するロシアの脅威が問題となりました。オーストリア=ハンガリーだけの軍事力でロシアの軍事力を支えきることは極めて困難に思われたためです。
しかし、オーストリア=ハンガリーは同盟国のドイツがオーストリアのためにロシアの攻撃を防いでくれることを期待し、攻撃に踏み切る決断を下しました(Ibid.: 11)。これは弱小国であっても同盟国の能力を高く評価したために抑止が有効ではなくなった事例として位置付けられます。

(3)大国側の軍事的脆弱性
小国であっても大国の軍事的脆弱性を的確に攻撃すれば、勝機を見出すことができると考える場合があります。
著者は地理的距離、戦闘部隊の不足、または優勢な敵が他の方面で交戦しているという条件がこの軍事的脆弱性をもたらすことがあると論じていますが、高強度紛争(High-Intensity Conflict)と低強度紛争(Low Intensity Conflict)でその様相は異なるとも述べています。

高強度紛争において大国の軍事的弱点を突いた事例として著者が取り上げた事例に日露戦争があります。
日露戦争では4,500,000名のロシア陸軍に対して日本陸軍の兵力が283,000名しかいませんでしたが、バイカル湖以東のロシア軍の部隊は83,000名の野戦軍と50,000名の守備隊しか配置されておらず、また極東における海上兵力の軍事バランスは日本にとって優勢であったため、日本はロシアに対して局地的な海上優位を活用した戦略を展開してきました(Ibid.: 12)。
この事例は、軍事的な大国であっても、部隊の配置のような局地的状況の動向によっては、抑止の効果が変化することを示しています。

また低強度紛争に関する著者の事例を見ると、1979年にイランでアメリカの大使館が襲撃を受けて外交官などが人質にとられる事件が取り上げられています。
この時、革命によって体制が変化したイランはテヘランに残っていたアメリカ大使館を襲撃し、それが国際法の観点から正当なものではないことを踏まえた上で、人質を脆弱性として利用したのです(Ibid.: 14)。これは一見すると軍事大国アメリカを相手としては危険すぎる行動にも思われますが、結果として1980年4月の人質救出作戦の失敗によりイランの有利な状況で推移しました。

まとめ
この研究の最も興味深い成果は、その国家が保有する軍事的優位性それ自体が抑止を絶対のものとするわけではなく、三種類の要因によってその抑止力が低下する可能性があることを明らかにしたことでしょう(Ibid.: 15)。
著者が注意をよびかけている(1)強い動機、(2)間違った認識、(3)軍事的脆弱性が一つでも作用すると、抑止を受ける弱小国はもしかすると軍事行動が成功するのではないかという期待を強めることになることになります。

しかし、この研究が抑止の重要性を否定するものだと考えることは間違った見方です。
抑止が22%の確率で失敗するとしても、それがなぜ失敗するのかを理解することができれば、私たちは抑止をより確実なものにするために、どのような努力が必要なのかを知ることができるためです。
著者の見解を参考にするとすれば、確実な抑止のためには相手が軍事行動を起こす動機に関して情報収集を行い、相手が間違った情勢認識を持っているようならば直ちにその情勢判断を是正するための情報を提供し、また部隊を行動させることでその期待を打ち消し、さらに我が方の防衛態勢をあらゆる戦争の形態に対して適応できるように整備しておくことが重要だと言えると思います。

KT

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