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2016年1月30日土曜日

戦技研究 正しい銃の射ち方を理解するために

正しく目標に向けて銃を射つ能力、技術のことを射撃術(marksmanship)といいます。この言葉の由来となったmarksmanは中世において国王の親衛隊に配属された弓の射手のことを意味していたそうですが、近代以降には銃の射手を意味するようになりました。

射撃術は兵士にとって最も重要な戦技であり、また心理的、精神的要素の影響も非常に大きい奥深い技術でもあります。
しかし、日本では射撃を経験できる機会がほとんどないので、そもそも射撃というものにどのような技術が必要なのかイメージしにくいかもしれません。
このような知識のギャップは戦争の最前線で起きている出来事を理解する上で一つの妨げかと思います。

今回は射撃術の基礎を理解する一助として、主に米軍の教範を参考にしながら、射撃術の基礎となる姿勢(position)、照準(aiming)、呼吸(breath control)、撃発(trigger squeeze)の四点のうち姿勢について説明したいと思います。

正確な射撃は姿勢によって基礎付けられる
米軍の教範においては、姿勢、照準、呼吸、撃発の四点が射撃術の基礎とされており、これら四つの動作を迅速かつ一貫して組み合わせることが正確な射撃に繋がると述べられています。

その中でも姿勢は射撃術の重要な一領域であり、正しい射撃姿勢の理解は射撃術の基礎となります。
とはいえ、射撃姿勢は小火器の発達とともに絶えず変化発展してきた歴史があり、その種類も一通りではありません。伏射ち(ねうち)、ひざ射ち、しゃげみ射ち、肩射ち、かかえ射ち、腰射ち、かがみ射ち、突き射ちなどさまざまな状況に適応した射撃姿勢が考案されているだけでなく、現在においても新たな射撃姿勢の研究が進められています。

このように複雑多岐な射撃姿勢に共通する要素を単純化して取り上げるとすれば、それは左腕、肩、右手、頬の四点で銃を固定するということです。
小銃射撃の場合、銃を次の四点で保持することが重要となる。
(左手の)銃の保持、肩づけ、(右手の)握把の握り、頬づけ。
ここではひざ射ちの姿勢で説明されているが、伏射ちの着眼も同様である。
(FM3-22.9: 4-17)
(1)左腕の銃の保持については決して力を入れて握りこんではいけないという原則があります。銃が動揺する要因となるためです。
そこで努めて手のひらを水平にしてからV字の形にし、そこに銃を「置く」というイメージを持ち、残りの指は銃の被筒部に「添える」という感覚で保持するとうまく保持できます(Ibid.: 4-18)。

(2)肩づけは銃床を何となく肩にひきつけるだけではなく、肩の「ポケット」になっている箇所で正確に肩づけすることが重要です(Ibid.)。この「ポケット」は肩を前に突き出しながら、鎖骨から肩に向かって指を添わせると三角筋の手前で見つかるくぼみのことです。そのくぼみの頂点の部分に銃床を重ねると、銃が非常に安定します。

(3)右手の態勢でポイントとなるのは握把を手のひらに密着させ、引金をまっすぐ引ける位置に人差し指を位置させることです。この際に右手でV字を作り、握把を右後方から握ると人差し指は自然と引金にかかる位置にかかります。残った指については握把を肩に向かって引き付けるようにしてください(Ibid.)。

(4)頬づけの基本は頭部の軸を傾けず、地面と水平に維持したまま銃に密着させるということです。この際に注意したいのは無理のない箇所で頬づけをすることです(Ibid.)。そうしないと、姿勢をとるたびに頬づけをする場所が変わり、目と照門の距離が安定しないためです。

伏射ちの射撃姿勢を取る際の注意点
伏射ちの姿勢の一例。
伏射ちでは足を適度に開く考え方と、少し閉じて姿勢をとる考え方があり、これは後者の立場に基づく射撃姿勢。
地形、地物の状況によって足の開きは使い分けることができます。
(FM3-22.9: 4-21)
以上のような着眼を踏まえて射撃姿勢の練習をする際に有用なのが伏射ちの訓練です。
伏射ちは最も安定した射撃姿勢であり、また敵から見ても狙いにくいという利点もあります。上の図でその基本的な特徴を知ることができます。教範では伏射ちの要領が次のように解説されています。

(1)目標に対して正対する。
(2)両足の幅を適度に開く。
(3)銃床をつけながら膝を落として姿勢を低くする。
(4)小銃の銃床を軸として意識し、(左手をつきながら)後方に下半身をつきだして横になり、左肘を弾倉付近の地面につける。
(5)基本的な伏射ちの姿勢になるためには、両足を離して広げ、両足とも地面に対して平行にする。別の伏射ちの射撃姿勢の場合には右足を曲げて引き付ける。
(6)銃を安定させ、反動を吸収するために、肩のくぼみに銃床をつける。
(7)右手で握把を握る。
(8)右肘を地面に置く。
(9)地面に接した両肘で上半身を支持する。
(10)保持する手をV字の形で据銃する。
(11)肩づけが崩れない範囲で右肘の態勢を修正する。
(12)しっかりと銃を引き付ける。
(13)肩づけを確保し、かかとは努めて地面に近付ける。
(Ibid.: 4-25-26)

これはあくまでも米軍の教範で示されている伏射ちの射撃姿勢の要領である点に注意しなければなりませんが、基本的な注意事項は分かると思います。

実際に銃か、それと同じ重さのある物(89式は3.5キロ、64式4.3キロ)を持って姿勢をとってみると分かると思いますが、最初のうちは銃の重さと上半身の重さが右肘と左肘に不均等にかかり、射手への負担が大きいと感じる場合があります。
この場合、体軸と銃の角度を調整するとおおむね両肘に均等に重量がかかる姿勢が見つかるはずです。
銃と体の角度は射手の身長によって変化するため一概に言うことはできませんが、まずは40度を目安とし、そこから各人で適切な角度を調整するとよいでしょう。その射撃姿勢を最も長時間にわたって保持できるであろう姿勢がよい姿勢と言えます。

(ちなみに、伏射ちの姿勢がつらいのは単なる射手の筋力不足の場合もあります。この場合、腕立て伏せが最も効果的ですが、それもできないという場合には体幹を鍛えるプランク、つまりうつぶせの姿勢から両肘で体軸を地面と水平にして維持する姿勢の練習から始めるとよいと思います)

いずれにせよ、一度自分に適した射撃姿勢を見つけたら、それを武術の練習のように日頃から反復演練しておくと、とっさの時に適切な射撃姿勢をとることができるようになります。

まとめ
射撃姿勢は人と銃が一体となるための基礎技術であり、射撃の結果に与える影響は大きなものです。
例えば、右肘が銃から離れた位置にあって不安定だと、射撃時の弾痕は的の中心点から右下の方向に向かって散布する傾向があると考えれます。
反対に、左肘が極端に銃に近いと、両肩の形が乱れて弾痕は中心から左上に弾痕が散る傾向が生じるとも言われています。

射撃術は非常に繊細な技術であり、肩、肘、手など細かい射撃姿勢の積み重ねが、結果として命中を阻害する要因として作用します。
こうした技術の集積の上に射撃が実施されていることが分かると、たかが銃の射撃といっても非常に奥が深い技能であることが分かるのではないでしょうか。

KT

関連項目
射撃雑学 狙いを付ける前に正しい見出しを
射撃雑学 一瞬の撃発こそ優れた射手の証

参考文献
U.S. Department of the Army. 2008. Field Manual 3-22.9, Rifle Marksmanship M16-/M-4-Series Weapons, Washington, D.C.: Governmental Printing Office.

2016年1月27日水曜日

論文紹介 なぜ抑止は(時として)失敗するのか

現状打破を図る国家Aの軍隊が、現状維持を願う国家Bの軍隊よりも劣勢であれば、国家Aの攻撃は国家Bによって抑止されている、と政治学(もしくは安全保障学)では考えられます。
しかし、これはあくまでも理論の上で妥当な議論に過ぎません。
個別、具体的に歴史の事例を見てみると軍事的に劣勢であるにもかかわらず攻撃に踏み切った事例があることが分かります。

今回は、このような軍事的優位をもってしても失敗に終わった抑止を説明した論文を取り上げて、その研究成果を紹介したいと思います。

文献情報
Wolf, Barry. 1991. When the Weak Attack the Strong: Failures of Deterrence, Santa Monica: RAND.

この研究の冒頭で、著者は軍事的に劣勢な国家があえて自国より優勢な国家に戦争を仕掛ける場合があることを示すため、政治学者ブエノ・デ・メスキータの分析を紹介しています。
それによると、1816年から1974年にかけて発生した主要な紛争76件のうち、17件(22%)が軍隊の規模がより劣勢な国家によって開始されていることが分かります(Wolf 2005: 5)。

抑止が22%の確率で失敗する可能性があるとすれば、これはどのような要因によって説明されるのでしょうか。
著者は三つの要因が作用していると述べた上で、以下のように説明しています。

(1)軍事的に弱小な国家が相手でも強い動機を持っていると抑止できない場合がある
軍事的に劣勢であっても、合理的な理由をもって戦争を仕掛けてくることがあることについて、著者はさまざまな歴史上の事例を紹介していますが、その一つに第四次中東戦争の事例があります(Ibid.: 6)。
この戦争ではエジプトがその外交交渉における自国の立場を強化するために、序盤でイスラエルに対する攻撃を限定的な範囲にとどめました(シナイ半島への全面的侵攻ではなく、スエズ運河東岸への進出のみ)。
したがって、この時のエジプト軍の作戦はシナイ半島の確保という明確な政治的目的を達成するために、あえてリスクをとって不利な軍事的能力で攻撃をしかけた事例ということになります。

また強い動機というのは常に合理的な動機ばかりと想定するわけにもいきません。
その国家の指導者の心理的特性、精神的状態の問題によっては予期しない行動をとる可能性が出てきます。
一例として、著者はソ連が核保有国となった時期にその政権の座にいたスターリンが、晩年には精神的な問題を抱えていたことを指摘しています(Ibid.: 7)。
さらには、費用対効果に基づいて行動するのではなく、そのイデオロギー的な選好に基づいて行動する傾向の強い場合があるとして、こうした国家に対して抑止が効果を上げることができないことを説明しています(Ibid.: 8)。

(2)間違った情勢認識を持つ政策決定者を抑止することはできない
間違った認識とは、自らが置かれた状況を間違って解釈することであり、著者はこの要因をさらに四つに分類しています。

第一に、軍事的に弱小な国家が存在しない相手の弱点を認識する場合があると考えられます。
著者がここで挙げている事例は1870年の普仏戦争です。当時、フランスではプロイセンに対して少なくとも自国の軍隊には部隊規模において2倍の優位性があり、武器や装備の性能、特に砲兵に配備されていた火砲の性能において優勢な立場にあるだけでなく、事前に研究された作戦計画もありました(Ibid.: 9)。しかし、これらの認識はいずれも間違ったものであり、戦争はフランスの敗北、プロイセンの勝利によって終わることになったのです。

第二に、弱小国が相手が報復してこないだろうと期待された場合にも、間違った認識による抑止の失敗につながります。
著者は、1962年に中印国境紛争が勃発した時にもこの要因が現れたと指摘しています。当時、紛争地域の一部であるラダックに展開していた中国軍の守備隊は作戦基地までの道路網を舗装し、後方連絡線を整えていましたが、インド軍の守備隊の後方支援は航空輸送に依存するという不利がありました(Ibid.: 9)。それにもかかわらず、当時のインド軍の情勢判断で中国軍が強く反撃してくる公算は小さいと見て攻撃した結果、予想外の反撃を受ける結果となってしまいました。

第三に、弱い小国を攻撃することが強力な国家の介入を引き起こすことはないと期待する場合、これも間違った認識による抑止の失敗につながると著者は指摘しています。
1990年にイラクがクウェートを攻撃した際には、アメリカ軍を含めた多国籍軍がイラクに対して封鎖を行い、またクウェートの奪回のための大規模な攻勢に出てきたことは、イラク軍の当初の情勢判断を狂わせるものでした(Ibid.: 10)。このような事例もまた戦力の裏付けを持つ抑止であっても、指導部の間違った認識によって失敗することがあることを示しています。

第四に、著者は攻撃してくる弱小国がその同盟国の戦力を頼りにしてより強い国家に戦争を挑むことがあることについても考察しています(Ibid.)。
第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリーがセルビアを攻撃した際に、セルビアを支援するロシアの脅威が問題となりました。オーストリア=ハンガリーだけの軍事力でロシアの軍事力を支えきることは極めて困難に思われたためです。
しかし、オーストリア=ハンガリーは同盟国のドイツがオーストリアのためにロシアの攻撃を防いでくれることを期待し、攻撃に踏み切る決断を下しました(Ibid.: 11)。これは弱小国であっても同盟国の能力を高く評価したために抑止が有効ではなくなった事例として位置付けられます。

(3)大国側の軍事的脆弱性
小国であっても大国の軍事的脆弱性を的確に攻撃すれば、勝機を見出すことができると考える場合があります。
著者は地理的距離、戦闘部隊の不足、または優勢な敵が他の方面で交戦しているという条件がこの軍事的脆弱性をもたらすことがあると論じていますが、高強度紛争(High-Intensity Conflict)と低強度紛争(Low Intensity Conflict)でその様相は異なるとも述べています。

高強度紛争において大国の軍事的弱点を突いた事例として著者が取り上げた事例に日露戦争があります。
日露戦争では4,500,000名のロシア陸軍に対して日本陸軍の兵力が283,000名しかいませんでしたが、バイカル湖以東のロシア軍の部隊は83,000名の野戦軍と50,000名の守備隊しか配置されておらず、また極東における海上兵力の軍事バランスは日本にとって優勢であったため、日本はロシアに対して局地的な海上優位を活用した戦略を展開してきました(Ibid.: 12)。
この事例は、軍事的な大国であっても、部隊の配置のような局地的状況の動向によっては、抑止の効果が変化することを示しています。

また低強度紛争に関する著者の事例を見ると、1979年にイランでアメリカの大使館が襲撃を受けて外交官などが人質にとられる事件が取り上げられています。
この時、革命によって体制が変化したイランはテヘランに残っていたアメリカ大使館を襲撃し、それが国際法の観点から正当なものではないことを踏まえた上で、人質を脆弱性として利用したのです(Ibid.: 14)。これは一見すると軍事大国アメリカを相手としては危険すぎる行動にも思われますが、結果として1980年4月の人質救出作戦の失敗によりイランの有利な状況で推移しました。

まとめ
この研究の最も興味深い成果は、その国家が保有する軍事的優位性それ自体が抑止を絶対のものとするわけではなく、三種類の要因によってその抑止力が低下する可能性があることを明らかにしたことでしょう(Ibid.: 15)。
著者が注意をよびかけている(1)強い動機、(2)間違った認識、(3)軍事的脆弱性が一つでも作用すると、抑止を受ける弱小国はもしかすると軍事行動が成功するのではないかという期待を強めることになることになります。

しかし、この研究が抑止の重要性を否定するものだと考えることは間違った見方です。
抑止が22%の確率で失敗するとしても、それがなぜ失敗するのかを理解することができれば、私たちは抑止をより確実なものにするために、どのような努力が必要なのかを知ることができるためです。
著者の見解を参考にするとすれば、確実な抑止のためには相手が軍事行動を起こす動機に関して情報収集を行い、相手が間違った情勢認識を持っているようならば直ちにその情勢判断を是正するための情報を提供し、また部隊を行動させることでその期待を打ち消し、さらに我が方の防衛態勢をあらゆる戦争の形態に対して適応できるように整備しておくことが重要だと言えると思います。

KT

2016年1月24日日曜日

論文紹介 ノルマンディー戦役で考える火力の重要性

軍隊の作戦は、一般に火力と機動の組み合わせによって成り立っています。
戦域で部隊が展開されると、敵味方はそれぞれ有利な地域を確保しようと機動し、互いに接触すると歩兵、戦車、砲兵、航空機などの火力をその地点に集中し、相手よりも火力で優位に立とうとします。
このような争いが戦域の各所で繰り広げられる中、指揮官は絶えず火力を適切な地域に配分できるように注意しなければなりません。

今回は、このような作戦レベルにおける火力の重要性を理解するために、第二次世界大戦におけるノルマンディー戦役を取り上げて考察した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Richardson, Sterling R. 1987. The Normandy Campaign: Firepower at the Operational Level, Fort Leavenworth: School of Advanced Military Studies, U.S. Army Command and General Staff College.

教範で見落とされている作戦と火力の関係
この研究は1944年7月から8月にわたって続いたノルマンディー戦役を火力の運用という観点から検討したものですが、そもそも著者がこの問題に注目した理由には、当時のアメリカ陸軍の教範の問題がありました。

当時のアメリカ陸軍の野外教範FM100-5では、軍隊の戦闘力を形成する要素として火力、機動、防護、統率が挙げられていました。そこでは各級部隊はそれぞれ能力を発揮して任務を遂行するように述べられており、具体的にその要領について説明されていたのです。
著者は旅団や大隊のような下級部隊での火力の重要性に関しては具体的に述べられていると認めていますが、しかしより上級部隊である軍団のような作戦レベルに議論が及ぶと十分な説明が見られないことを指摘しています(Richardson 1987: 1-2)。

軍団という部隊は陸軍の編成でいうと軍よりも下位、師団よりも上位に位置付けられ、2個以上の師団で編成されるために(状況にもよりますが)3万名から4万名以上の規模となります。
これだけ大きな部隊の規模になると、指揮官はその攻撃目標や接近経路を示すことが重要だと考えられていたために、火力をどのように調整、配分、運用すべきかといった問題は教範でも明示されていなかったのです。
しかし、著者は過去の事例の研究を通じて軍団規模の部隊を運用する場合であっても、火力の問題は重要であり、いつ、どこで、どのように火力を集中させるのかを考えることは、軍団の任務遂行において不可欠であるということを議論しています。

ノルマンディー戦役に見られる火力支援の重要性
ノルマンディー戦役はその着上陸作戦の一場面が特に有名ですが、具体的には第二次世界大戦でドイツが支配する北フランスのノルマンディー地方に対して、1944年6月にアメリカ、イギリス等の連合軍が強襲上陸を仕掛けて始まり、その後にドイツ軍との間で連続的に展開された一連の作戦、戦闘の総称です。著者はノルマンディー戦役を一つの事例として検討しています。
ノルマンディー地方でのカーン付近の状況。
イギリス第二軍は第一軍団(西翼)と第三十軍団(東翼)を南進させたが、第一軍団の前進はドイツ軍が防衛するカーンで阻まれることになった。カーンはノルマディー地方の重要都市であり、戦略上の重要な攻撃目標として位置付けられていた。
橋頭保を確保して着上陸作戦を完了し、引き続き内陸方面へと攻撃前進を図ろうとした時に連合軍が最初に直面したのは深刻な火力の不足でした。
これはドイツ軍が退却の際に港湾施設の大部分を破壊していたため、上陸した部隊は戦役の序盤から弾薬、重火器、車両等の不足に苦しめられ、8月上旬になるまで安定的な後方支援を確立することができなかったことが背景にありました(Ibid.: 13)。

その影響は6月26日から開始されたエプソン作戦(Operation Epsom)にも表れています。
この作戦で連合軍(イギリス軍)はノルマンディー地方の主要都市カーンの攻略を図りましたが、砲兵支援を含む火力の不足によってドイツ軍の激しい抵抗を破砕することができず、さらにリーダーシップの欠如、そして悪天候による航空支援の不足などが重なって4日後には敗退を余儀なくされています(Ibid.)。
しかし、当時第二十一軍集団司令として作戦を指揮していたモントゴメリーは、カーンの攻略を絶対に達成するように政府の圧力を受けていたため、カーンに対する再攻撃としてチャーンウッド作戦(Operation Charnwood)を計画します。
チャーンウッド作戦の状況図。
地図の中央に位置する都市がカーンであり、それを防衛するドイツ軍と攻略を図るイギリス軍が戦った。
チャーンウッド作戦では都市の北部に立てこもるドイツ軍に対して集中的な爆撃を加え、イギリス軍が占領した。
しかし、ドイツ軍は組織的に退却することが成功したために、カーンの完全な占領とは至らなかった。
この作戦ではモントゴメリーが味方の爆撃機部隊に支援を要請していたので、7月7日、突撃を開始する前に1時間にわたって重爆撃機による周到な爆撃が加えられました(ibid.: 14)。
その後の戦闘でカーンの北部地域をイギリス軍は占領することができましたが、市街戦になると爆撃機の支援を受けることはできなくなり、やはり損害は急拡大して攻撃は停滞することになります。
とはいえ、チャーンウッド作戦は火力の重要性を示す結果となったのです。

カーンの完全な攻略のために7月18日、グッドウッド作戦(Operation Goodwood)としてイギリス陸軍、アメリカ陸軍の各軍団は重爆撃機の支援を受けて攻撃を開始します。
この時、連合軍は3個軍団の砲兵と海軍の火力支援も組み合わせ、戦車など装甲車両の前進経路を掃討し、ドイツ軍の砲兵陣地を無力化しようとしました(Ibid.: 17)。
この作戦で連合軍はカーンを占領することには成功しましたが、少なくない損害を出すことになりました。とはいえ、ドイツ軍はこの一連の戦闘で数多くの弾薬を使い果たし、それがコブラ作戦(Operation Cobra)での連合軍の勝利に大きな影響を及ぼすことになったと著者は指摘しています。

火力は戦闘力にとって不可欠な要素
このような事例は軍団以上の作戦レベルにおいても火力の運用は任務の遂行にとって非常に重要な意味を持つことを示しています。
包囲や突破などさまざまな戦場機動も確かに作戦の指導において重要な要素ではありますが、著者としては火力も作戦の遂行にとって欠かすことができないことを強調しています。

この研究が興味深いところは、軍団や軍集団の運用における火力の重要性を示すだけでなく、その過程で空軍や海軍との火力支援の調整の問題についても考察しているところです。その意味において、これは統合作戦の問題を考える上でも参考になる研究だと思います。
また歴史的観点から見ても、図上で部隊の機動ばかりを見ていると見落してしまう火力という問題からノルマンディー戦役を再検討したものとして参考になる部分があると思いました。

KT

2016年1月21日木曜日

いかに自爆攻撃は行われるか

つい最近、イスタンブールやジャカルタで自爆攻撃があったことが報道されたのを機会に、改めて自爆攻撃の威力とその恐ろしさが認識されています。
自爆攻撃(suicide attack)とは攻撃者にとって攻撃それ自体が死を意味するためにそう呼ばれていますが、攻撃者が爆弾を爆発地点にまで運搬し、可能な限り多数の損害を与えるか、もしくは特定の対象を暗殺するために実施される攻撃方法です。

今回は、この自爆攻撃の実施要領とその対処法について米陸軍の教範に基づいて説明し、それがいかに実施されるのかを理解する一助にしたいと思います。

自爆攻撃の目標
まず、戦術としての自爆攻撃の特徴はその単純性であり、攻撃の完了と同時に退却する必要もなく、またその実施に当たって部隊の行動や訓練を必要としません。
米軍の教範によれば、自爆攻撃で唯一必要なことは、その兵士が攻撃の際に不安を感じることなく自爆できるように行動することです(FM 3-21.10: G-10)。
米軍で紹介されている自爆攻撃に使用する爆弾の一例。
体の前に装着するもの以外にも背負って装着する形態もあるため形は一様ではない。
これまでの研究によれば、自爆攻撃の対象とされやすい目標には非常に多くの種類があります。
一般的に想定される攻撃目標としては、部隊、車両、基地、警衛、斥候、連絡要員、軍隊に協力的な住民、在外公館や国際機関の人員、車両、施設、政府の要人、市場や店舗などの民間人などが挙げられます(Ibid.)。
したがって、不特定多数の人間が接近し得る場所はすべて潜在的な自爆攻撃の目標となり得ることになります。

人体に爆弾を固定した自爆攻撃者の特徴
自爆攻撃の手口には大きく分けて人体に爆弾を固定する方法と車両に爆弾を搭載する方法がありますが、ここでは前者の方法に絞って説明します。
前者の方法による自爆攻撃は性別、年齢を問わず誰であっても実施することができるという点が重要です。児童、老人、少女など一般に警戒されにくい人間によって実施されることが少なくありません。自爆攻撃の危険を事前に察知することは非常に難しいことではありますが、以下の特徴によって識別できる場合もあると教範では述べられています。

・攻撃者は攻撃目標の環境に溶け込もうとし、目立つ行動で注目を集めないように配慮する。
・攻撃者は努めて普通で平凡な服装を着用しているか、サイズが大きく服装を着用しており、不自然に重いコートやジャケットを着用する場合もある。
・攻撃者は公衆の面前で祈りを捧げる行動をとることにより、信仰心を見せることがある。
・攻撃者がアラブ人の男性の場合、頭髪や髭をきれいに剃っている場合がある。
・攻撃者はその行動が神経質となり、本能的に周囲をよく警戒する。
・手荷物をしっかりと持ち運び、体から離そうとせず、抱きこむようにしている場合もある(Ibid.: G-11)。

自爆攻撃の要領とその対策の限界
残念ながら、自爆攻撃を完璧に封じ込める確実な方法というものは編み出されていません。
警戒に当たる兵士や警察官は、自爆攻撃者とおぼしき人物の行動に対しては即座に対応する必要が出てきます。
米軍の教範によれば、自爆攻撃者と見られる不審者が突然こちらに走り出し、警告に従わないならば直ちに射殺して自爆を阻止するという対応要領になります。
また、射殺に成功して爆発を防止できたと思っても、その人物が持つ爆弾が時限式や遠隔操作の起爆装置を備えつけられており、時差で爆発させる場合があります。これも現場に応援で駆けつけた部隊や爆弾処理班を確実に殺害することを狙った自爆攻撃の一種です(Ibid.)。
一般市民を目標とする場合、自爆攻撃者を一般市民が発見できたとしても、それに独力で対応することは極めて困難なのが実情です。ある集会所や公共施設に自爆攻撃者を複数名投入し、群衆を可能な限り多く巻き込むという場合もあるためです。

結局のところ、自爆攻撃者の脅威に対しては不特定多数の人間が接近できないように障害を構成し、手荷物の検査や車両、人員の移動を監視し、安全地域を設定することが基本となります。アメリカ軍では進入禁止の地域には地雷を敷設し、さらに道路上に検問を置くことによって、自爆攻撃者が接近できないようにしています(Ibid.: 15-6)。しかし、これは市民が密集する場所に対する自爆攻撃を防ぐものではないのです。

まとめとして
自爆攻撃それ自体を完全に封じ込める手段は存在しませんが、自爆攻撃のプロフェッショナルというものも存在しません。自爆攻撃者には特徴的な行動が見られ、それを隠匿することは決して簡単なことではありません。
自爆攻撃が常套手段となってしまっている現代においては、このような脅威が存在することを前提にした上で、情報収集、武器取締、出入国管理、雑踏警備などの対策を組み合わせた包括的措置が強化されるべきだと思います。現場で警戒に当たる兵士や警察官の能力、装備、権限についても抜本的に検討することが重要だと思います。

KT

参考文献
U.S. Department of the Army. 2006. Field Manual 3-21.10: The Infantry Rifle Company, Washington, D.C.: U.S. Department of the Army.

2016年1月18日月曜日

論文紹介 アメリカ軍による島嶼防衛の限界

日本の防衛戦略は有事におけるアメリカ軍の来援を前提としています。しかも、アメリカ軍が戦略的反攻を遂行し得る能力を有していることを重要な専守防衛の前提としているのです。しかし、アメリカの研究者の一部から国防予算の見直しに応じた戦略の修正を提案すべきとの意見が出されていることは、この想定と実際に異なる事態が生じる危険があることを示唆するものです。

今回は、米国の観点から島嶼防衛の戦略的重要性を主張するクレピネビッチ(Andrew Krepinevich)の論文の要点を紹介し、その戦略が東アジアの安全保障にもたらす影響を説明したいと思います。

論文紹介
Krepinevich, Andrew. 2015. "How to Deter China: Archipelagic Defense," Foreign Affairs, (March/April.), http://www.foreignaffairs.com/articles/143031/andrew-fkrepinevich-jr/how-to-deter-china

中国周辺の同盟国の能力を活用せよ
著者は今後の中国の行動について、時間をかけて徐々に軍事バランスを中国の優勢なものへと変化させ、周辺諸国が中国の地域覇権に従わざるを得ない国際情勢を形成しようとするだろうと見積っています。
それゆえ、著者は中国が対米開戦のリスクを回避するため、本格的な武力衝突が生起する公算はそれほど大きくないと考えています。

このような情勢判断に基づいて中国の攻撃をアメリカが抑止するには、中国の現状打破に対抗する上で日本、フィリピン、ベトナムなどの軍備増強を支援し、また統合された防衛力として再編成していく努力が必要であると論じています。
「もしアメリカが中国の決定を変えたいならば、(中略)第一列島線付近の空域と海域を管制する能力を中国が取得することを拒否しなければならない。アメリカは同盟国の戦闘ネットワークを統合し、その能力を向上させることもしなければならない。いずれもその地域での軍事的均衡を不安定化させる中国軍の活動を相殺することに役立つであろう」
これはアメリカ軍が主体的に中国軍に対抗する度合いを軽減し、中国の周辺地域を領有する国家の能力構築を助け、中国が海上優勢、航空優勢を獲得する事態を防ぐことを構想した戦略です。

アメリカ式の島嶼防衛の戦略
著者はさらに具体的に中国軍が設定する戦略的防衛線である第一列島線(黄海、東シナ海、南シナ海を包括している)に位置する国家に防空能力を重視した地上部隊を配備すれば、中国の接近阻止、領域拒否が可能となるとし、このような島嶼防衛のモデルをアメリカの戦略として検討すべきだとして次のように議論しています。
「第一列島線に位置している東アジア諸国においては、より高い機動力を持ち、より簡易式な(目標探知用のGIRAFFEレーダーシステムによって支援された発展型シー・スパロー等の)短距離迎撃ミサイルを装備した地上部隊を展開することで、中国空軍の航空勢力を拒否する能力を増強することが可能である。その一方で、アメリカ陸軍は日本のような同盟国と連携し、中国の巡航ミサイルを迎撃し、接近する軍用機を撃破する先進的な長射程の武器体系を運用することが可能である。第一列島線に位置してはいないが、ベトナムはすでに航空戦力における拒否能力を拡大しており、より広範な防衛努力にも貢献を果たすことができる」
さらに著者はこのような地上部隊をもってすれば機雷戦、対潜戦を遂行する上でも有利であると論じており、抑止の鍵となる報復能力についても原子力潜水艦や戦略爆撃機ではなく、地上配備型の弾道ミサイルの増強を重視することも提唱しています。

島嶼防衛構想の弱点について
このような議論を展開する一方で、著者はアメリカ軍の具体的な作戦行動について、中国軍の防衛圏に進出する作戦行動については慎重を期するべきだという見方を示しています。
「(米軍としては)危険を冒してまで中国軍の防衛圏へと軍艦を派遣することや、より重要な任務に従事している潜水艦を投入することよりも、第一列島線に沿って地対艦ミサイルを装備した地上部隊を配備するべきであるだろう」
さらに、この島嶼防衛構想が持つ弱点に関して、著者は予算削減の傾向という財政的問題と、地域の地政学的問題があると認めていますが、こうした問題を解決するに当たっては韓国、日本、フィリピン、台湾、ベトナム、オーストラリア、シンガポールなど各国の国力や国情に応じた自主的防衛努力を求めることが述べられています。

この戦略で中国を抑止できるのか
一つの戦略にもさまざまな側面があるため、この論文で示された戦略にも優れた部分を見出す研究者の立場もあり得るでしょう。
しかし、このような戦略がアメリカ国内で幅広く支持されるような状況が起これば、日本にとっても不利益となる危険が大きいと考えられます。

根本的な問題となるのは台湾の防衛です。著者の戦略構想では中国が台湾に対する武力攻撃に出た際に、有効な対応がとれない危険があります。
アメリカ軍は台湾軍の増強を直接的に支援することはできず、指揮通信システムで周辺諸国と共通化させて一体的に運用することも政治的には困難です。
もし中国がこの島嶼防衛戦略をアメリカが防衛線から台湾を除外したものだと判断すれば、それはかえって中国の抑止にとって重大な支障を来すばかりでなく、周辺諸国がアメリカ軍の抑止力に対して感じる信頼性にも悪影響が出てきます。

この研究論文は必ずしも現在のアメリカ軍の主流派の考え方を代表するわけではありませんが、それでも2015年の段階でこのような研究が真剣にアメリカ国内で公にされている意味を日本としてよく考える必要があります。
もしアメリカ軍の戦略配備や戦略方針に問題が生じれば、それだけ東アジア地域における中国軍のプレゼンスが高まることは必至です。このような研究に対して適切に批判を加える一方で、日本としても自国の防衛力を整備することの重要性を改めて認識することが重要ではないでしょうか。

KT

2016年1月16日土曜日

論文紹介 移民は安全保障上の脅威となり得るか

近年、ヨーロッパ各国では中東、アフリカから押し寄せる難民の受け入れをめぐって大きな国民的議論が巻き起こっています。
各国ごとで議論の内容はさまざまですが、一般に争点となっているのは難民の受け入れによって、その国家の安全保障が脅かされる度合いであり、例えば難民に紛れ込んで国際テロリスト集団の構成員が潜入する可能性がどの程度高まることが懸念されています。
これは難民だけでなく移民の議論にも影響を与えており、国籍取得や在留許可について一層厳密な審査や管理のあり方が検討されています。

今回は、こうした問題が表面化する前の2006年に執筆された論文を紹介し、移民と安全保障の関係を説明してみたいと思います。

文献情報
Adamson, Fiona B. 2006. "Crossing Borders: International Migration and National Security," International Security, 31(1): 165-199.

移民は安全保障上の問題として認識する必要がある
著者によれば、これまでの安全保障学の研究は軍事力と関係を持つ対外的安全保障に注意がかたよる傾向があり、警察力と関係がある対内的安全保障が軽視されやすいという問題がありました。
「安全保障学の主流派の研究者たちは、これまで国内の政治的、政策的課題に対してあまり関心を示さないか、あるいは小さな関心しか示してこなかった。しかし、国際安全保障の研究者と政策立案者は、グローバル化の過程で強化された相互的統合の世界において、移民と安全保障の関係を無視することができないことに気が付き始めている」(Adamson 2006: 167)
とはいえ、著者は移民が安全保障に与える影響を考えるためには、移民にもいくつかの種類があることに注意が必要であることも理解しています。
自発的な移民と強制された移民、経済的理由による移民と政治的理由による移民、そして正規の移民と不正規つまり非合法的な移民、定住を目的とした移民と帰国を前提とした移民など、移民といっても一概にその性格を特徴付けることは難しいため、状況に応じて移民の性格を判断することが重要であることも示唆されています(Ibid.: 171-175)。

移民は国家の統治能力、政治的自立を低下させる恐れがある
そのことを踏まえた上で、著者は移民が安全保障に与える影響はさまざまですが、著者は三つの影響があることを論じています。

第一に、移民は国家の自立性に影響を及ぼす可能性が考えられます。これは移民の増加それ自体が国家の統治能力を低下させるという意味ではありません。問題なのは、移民が越境して国内に大量に流入することにより、国境地帯の多くで政府による出入国管理が機能しなくなることです(Ibid.: 176)。
このような事態が生じた場合、国際テロリスト集団のような非国家主体が自らの政治的動員能力を強化するため、諸外国に拠点を設置することが容易となるだけでなく、その拠点で難民から構成される武装組織を創設することも可能となると著者は指摘します(Ibid.: 177)。
「(難民武装集団の)事例としては、1970年代にレバノンの難民キャンプでパレスチナ解放機構が実施していた人員募集活動、1980年代にタリバン関係の集団のためにパキスタンの難民キャンプで実施されていた活動、1990年代にウガンダの難民キャンプでルワンダ愛国戦線が創設されたことが挙げられる」(Ibid.: 177)
つまり外国に設置された難民キャンプは人員や物資を調達して管理する兵站拠点として機能するのです。そして本来の紛争地域での作戦行動を支援することが可能となるだけでなく、非合法な手段で入国した難民が組織犯罪の拠点を形成する危険性もあると指摘されています(Ibid.: 178)。

移民が国家の軍事的、経済的、外交的能力に与える影響
著者は、移民の動きが安全保障に影響を与える可能性として、その国力の水準を変化させる効果があることも重要だと述べています。これは技術移転や労働力の移転の問題と関係しています。
「1987年に、アフリカの熟練労働者の30%がヨーロッパに居住していたが、1990年代にはアフリカの全人口の5%もの人々が外国で生活していると見積もられている。推計によれば、70,000名の専門職または大学卒業生が毎年アフリカの祖国を離れているが、それはヨーロッパや北米で働くことを目的としたものである」(Ibid.: 187)
つまり、移民の流出がアフリカ諸国の経済成長を阻害する要因となっている可能性があるのです。ここにも移民が国家の能力に対して影響を及ぼす可能性があることが示唆されています。

また軍事的能力においても、移民が重要な役割を果たす場合があり、それが核開発の事例に見いだされます。
1930年、ドイツ政府によるユダヤ人の公職追放を受けて数多くの科学者がアメリカに移住しています。著者は彼らの能力がアメリカの核開発計画を推進する上で非常に重要な役割を果たしたと強調しています(Ibid.: 188)。さらにアメリカでは数多くの移民が軍隊に入隊しており、2004年ではおよそ40,000名の移民が入隊しており、それは全体の入隊者の4%もの割合を占めていることも重要な事実です(Ibid: 189)。

最後に外交的能力と移民の関係を述べると、移民集団が外国でコミュニティーを形成することにより、その外国に深く浸透し、より積極的な民間外交や情報収集が可能となると著者は指摘しています(Ibid.: 189-190)。アメリカに数多く存在する外国人コミュニティーは諸外国にとってアメリカの政府に対するロビー活動の重要な支援基盤として機能している側面があるためです。

内戦、組織犯罪、国際テロリズム
著者が最後に述べているのは移民が戦争の形態を変化させる可能性です。
近年の研究では、武力紛争において犯罪者、反乱分子、テロリストなどの非国家主体の果たす役割が逐次増大する傾向にあることが指摘されており、移民の増加はこのような勢力の台頭にとって有利に働く側面があると指摘されています。
「組織犯罪集団、武装反乱勢力、テロリストのネットワークの間の関係は、分けて考えることが難しい。Andreasはボスニア紛争で国際犯罪組織が物資の提供に当たった状況を指摘している」(Ibid.: 193)
このような移民を背景とする安全保障環境に対応するためには、移民の問題を長期的観点から考えることが不可欠であり、その際には国家の安全保障に与える影響も十分に考慮しなければなりません。

移民は国家の安全保障にかかわる重大問題
移民は社会、政治、経済、防衛に複雑な影響を与えるだけでなく、その影響が長期に及ぶということをよく理解しなければならないという著者の考え方は、今まさにヨーロッパ各国の政策論争の中心にある問題です。

短期的観点だけで考えるのであれば、目の前の難民に救いの手を差し伸べきであるという主張は人道的にも理にかなっていると思われるかもしれません。
しかし、人口の移動はそのあと何世代にもわたってその国家の人口動態を変化させる可能性があり、その影響を厳密に管理することは、どのような政策手段をもってしても容易なことではありません。
結論としては、移民それ自体が国家の存続にとって重大な脅威となるわけではありませんが、それがもたらす影響が国家安全保障にとって非常に危険な場合があり得ることをよく理解しておかなければならない、と言えるでしょう。

KT

2016年1月13日水曜日

論文紹介 主力戦車M1エイブラムズの意義と限界

アメリカ軍の主力戦車M1エイブラムズは数多の戦場で戦果を上げた世界的に有名な戦車です。1981年の採用からすでに35年もの歳月にわたって世界各地でアメリカ軍の作戦を支えてきました。
確かな評価を得ているM1ですが、近年のアメリカ軍の研究では対中戦略に重点化するならば、エイブラムズの数を減らすことも選択肢の一つではという考え方が真剣に議論されるようになっています。

今回は、このような議論に対して批判的な立場をとる研究者がM1の能力を考察した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Wahlman, Alec, and Brian M. Drinkwine. 2014. "The M1 Abrams: Today and Tomorrow," Military Review, (November-December) pp. 11-20.
http://usacac.army.mil/CAC2/MilitaryReview/Archives/English/MilitaryReview_20141231_art006.pdf

現在、アメリカ軍では予算の削減を受けて戦車の削減を進めようとしています。著者は戦車の削減それ自体に反対するわけではないと前置きした上で、M1がどのような能力を持つ戦車であり、それがどのような戦術的な重要性を持っているのかを改めて検討するべきであると主張しています。

戦車は必要とされているのか
著者は議論を始めるに当たって、二つの疑問があると述べました。第一に、我々は主力戦車をいまだ必要とするのか。第二に、M1は将来的にその目的の達成に寄与するのか。以上の二点です(Wahlman and Drinkwine 2014: 12)。

確かにM1は当初、冷戦期のヨーロッパにおいてソビエト軍の機甲部隊と交戦することを想定して設計されており、アメリカは現在のところそのような大規模な機甲戦を想定する状況にはありません。しかし、戦車はその優れた防護性をアフガニスタンでの作戦に活用しており、2011年で同地に派遣されたM1が配備された機甲中隊は1名の負傷者だけを出して任務を完遂しています。これはストライカー装輪装甲車が配備された部隊の損害と比べると19分の1でしかありません(Ibid.: 13)。
この事例からも、M1が発揮する火力、機動、防護能力は、幅広い状況に適応可能であると著者は主張しています。

市街戦においてもM1は重要な貢献を果たしており、2003年冬季から2004年春季まで続いたファルージャの市街戦でM1は重要な地域を確保し、危険な地域で躍進してセンサーにより敵を捜索することができました(Ibid.)。この事例の教訓からも、対反乱作戦で発生する市街戦に対応するためにも戦車のような装備を持つことが重要な優位性となることが分かります(Ibid.)。

航空機で戦車を補完することはできない
著者は戦車の火力を航空機によって担わせることができない理由について説明しています。

確かに湾岸戦争、イラク戦争で戦車が航空攻撃に対して脆弱であることが浮き彫りとなりましたが、そのことによって航空勢力を過信してはならないというのが著者の見方です(Ibid.: 14)。
イスラエル軍が1973年の中東戦争から得た教訓は航空戦力に対する依存が大きすぎると、奇襲によって航空優勢を一時的に失った際に敵の進撃を食い止める術がなくなるというものでした。

また技術的に航空機やミサイルは天候の影響によって現場での運用には制約が多くあります。防空用のミサイルも性能が向上していることや、空爆によって民間人に犠牲者が出た場合にはそれがマスメディアで大々的に報道される現代の戦争の様相を考えれば、航空戦力に火力の全てを委ねることは危ういことであると考えられるのです(Ibid.)。

したがって、著者は将来の戦争においても戦車が不要になることはなく、今後も陸上作戦の主要装備としての位置付けがなくなることはないと判断しています。

実績のあるM1を基本にしつつ、近代化改修を行うべき
第二の疑問に対して著者は肯定的な立場をとりますが、そのためには改修が必要となるだろうとも考えています。
近年、アメリカで国防予算の縮小により新たな武器装備の研究開発の予算が削られている中で、著者は陸上戦力のための新兵器の開発は今後ますます困難になっていくであろうという見通しを述べています(Ibid.: 15)。
このような状況だからこそ、著者はM1を戦力として残すべきだと判断しますが、これに近代的な改修を加えなければ将来の作戦で使用することは難しいという見方も示し、具体的には二つの改善点があり得ると論じました。

(1)航続距離の延伸:2003年のイラクの自由作戦ではバグダッドを攻撃した機甲部隊の段列が襲撃を受けたため、弾薬や燃料の備蓄が不足し、市街地で孤立した戦車部隊は再補給が完了するまで新たな行動に移ることができなくなったことが起きた(Ibid.: 16)。陸軍はM1のエンジン出力の問題を認識しており、近代化改修を行ったM1A2の機動力は改善されており、燃費の向上が見られた。しかし、本質的な問題は残されており、M1は現在のガスタービンエンジンよりも燃費で効率がよいディーゼルエンジンを採用して航続距離を向上させるべきである(Ibid.: 17)。

(2)視界外交戦能力の付与:M1には120ミリの主砲が備わっており、威力と精度に優れているものの、現在のままではおよそ5キロメートル程度の視界内の目標としか交戦することができないという問題がある(Ibid.)。現在、陸軍ではXM1111中距離弾の開発がすすめられており、その射程は最低でも12キロメートルと計画されているが、M1の射撃統制装置を改良して発射可能とすれば、視程外に存在する敵を撃破することも可能となる(Ibid.: 18)。

議論から導き出されるもの
直近の出来事として、著者は2014年9月、アメリカ陸軍はM1を装備した地上部隊を東ヨーロッパで実施される演習に参加させることを発表したことを引き合いに出し、これはウクライナ危機による米露関係の悪化を受けての出来事であったことを示唆しています(Ibid.: 19)。
アメリカがどのような戦略をとるとしても、このような最近の情勢を踏まえれば、将来的に戦車が必要なくなることは考えにくいだけでなく、戦車は発展の可能性がある装備であると著者は考えています。
「エイブラムズ(注、M1)は今日よりも一層有効となり得るものである。改修は将来の軍隊における戦車の位置付けに関する所論にとって重要な証拠となるかもしれない。モデル化とシミュレーションによって広域化した戦闘地域と脅威に対し更新されたエイブラムズ戦車が示す有用性を調査するべきである」(Ibid.)
この論文の興味深い点は、単なる戦車の擁護に止まらず、これを次世代の装備として発展させるための方向性を探っていることであり、特に航続距離と視程外の交戦を可能とする射撃統制の研究が重要であると判断しています。
この論文の内容については読者の立場によっては賛否両論でしょうが、戦車の将来を展望する上で興味深い議論ではないでしょうか。

KT

2016年1月10日日曜日

学説紹介 アリストテレスが語る、政治の逆説的論理

政治学を一般化するならば、それは国家を統治するさまざまな技術を研究する学問であり、国家を政治的に安定化させ、内戦や反乱が発生することを未然に防止する方法もその研究対象に含まれています。

今回は、アリストテレスの政治理論を中心に国家の安定を促進する技術に関する説明を紹介したいと思います。

政治の要諦は上流階級と下流階級の利害調整にある
アリストテレスの説によると、ある国家で内戦や革命が起きる原因は財産や地位の配分方式に不平等があることです。

つまり、その国家の構成員の間で地位や資産の配分方式について著しい不公平感があると、その不公平を是正し、適正な配分方法を再設定するために、武力または謀略という手段を行使して内戦、反乱などの政情不安が引き起こされるということです(邦訳、205頁)。

アリストテレスはこのような問題が生じる背景には、あらゆる国家で資産を多く持つ上流階級と、資産をあまり持たない下流階級がさまざまな割合で存在していることが関係していると指摘しています。

上流階級に属する人々は自分たちの能力を下流階級の人々より優れていると考える傾向があるため、平均よりも多くの富が配分される制度を要求しがちです。

それとは反対に下流階級の人々は本来であれば自分たちと平等であるべき上流階級の市民たちが、自分たちよりも多くの富の配分を受けていると考えたがる傾向を持っています(同上、210-11頁)。

その結果、両者が共通の政策を決定し、国民一体となって行動を起こすには、上流階級と下流階級の利害を巧妙に調整する技術を用いることが権力者にとって不可欠となるのです。

民主制では上流階級に、寡頭制では下流階級に配慮せよ
次に、その具体的な対策を明らかにしなければなりませんが、アリストテレスはその国家の政治体制が民主制なのか、寡頭制なのかによって権力者は異なる対策を選択すべきだと論じていました。

その議論によれば、政治体制が民主的であるほど、少数の上流階級の利益を重視するべきであり、反対に政治体制が寡頭的であるほど多数の下流階級の利益を重視しなければならないことが主張されています。

これは一見すると、政治体制の特性に反して逆効果のようにも見えますが、アリストテレスがこのように主張したことには理由があります。
「貴族制国家のなかには、いやそればかりでなく寡頭制国家の中においても、体制の安定を保つ国家がいくつか存在しているが、それは、体制そのものに安定性があるからではないのである。そうではなくて、それは、政務担当の公職にあるものが、国政から閉め出されている階層に対しても、国政参与の資格を有する階層に対しても、ともに良好なる関係を保持していることによるのである」(同上、243頁)
寡頭制では国内にいる一部の集団しか政治に参加できないため必然的に上流階級に属する少数派の影響力が相対的に大きくなりますが、民主制では政治に参加する人数が多くなるため、下流階級に属する多数派の影響力が増大しやすくなります。

そこで指導者の立場から政治情勢を安定化させるためには、下流階級の勢力が拡大しやすい民主制においては上流階級の利益を保全するように配慮し、上流階級の影響力が増大しやすい寡頭制では下流階級の利益を権力者として配慮しなければなりません。

「何人に対しても他の人々との均衡を破る勢力増長を許してはならない」というのがアリストテレスの考え方です(同上、247頁)。

国家を安定させるための具体的な政策とは
最後に、アリストテレスは統治者が具体的に実施すべき政策について民主制の国家と寡頭制の国家に場合分けしながら、次のように説明しています。
「民主制においては富裕な人々をいたわることが必要である。彼らの財産を民衆の間に再配分するようなことはしてはならないし、そればかりでなく、彼らの土地から上がる収穫物に対してもそうした分配を行ってはならない。―この収穫物の分配ということについてはいくつかの国家において、一目につかぬような仕方で行われている―。また、富裕な人々が、費用はかかるけれども利益なるとは言えないような公共奉仕を行うこと、例えばコーラス団の支度を引き受けるとか、松明競争を費用を負担するとか、その他そのような種類の公共奉仕を行うことは、たとえ彼らが乗り気である場合でも、そうさせない方がよいのである」(同上、249-50頁)
ここでアリストテレスが指摘していることは、上流階級の財産が公共支出のために費やされるようになると、上流階級はその政治的要求を強めるようになり、政争の原因となるということです。

民主制を採用する場合、少数派である富裕層の見解はより政策に反映されにくくなり、下流階層は所得の再配分をより強く要求しやすくなるため、統治者の立場としては上流階層が革命は反乱を準備することがないように、可能な限り彼らの立場を保全することが重要となるのです。
「これに対して寡頭制においては、逆に貧乏な人々に対して、多大の配慮が払われなければならない。何らかの収益が伴うような公職は彼ら貧しい人々に割り当てるようにしなければならないし、また、もし誰か富裕な人間が、彼ら貧しい人々に対して無法を働いた時には、富裕な同じ階層の人間を相手にした場合よりも刑罰を重くしなければならない。それにまた、財産の相続は、故人の遺志による遺贈制を排して、血統による世襲制を採用しなければならない。それにまた、同一人には、一つ以上の財産の相続は許されないようにしなければならない。というのは、以上のようにすれば、財産は平均化の方向に向かうであろうし、貧しい人々からは富裕な身分になる人間がそれだけ多くなるだろう」(同上、250頁)
下流階層は上流階層の持つ地位や財産の再配分に常に関心を持っています。上流階層の意向がより強く政策に反映される寡頭制ではこの不満をいかに緩和し続けることができるかが重要な政治問題となります。

ここでアリストテレスが指摘しているのは相続の制度によって世代が下るごとに各市民の所得が均等になるように工夫することです。

相続を受け取ることができる人が特定の人物に集中するように上流階層の人々は主張したがりますが、統治者は政治的安定のためにそのような要求を拒否しなければならないということです。

むすびにかえて
アリストテレスは古代の政治学者でありながら、現代の観点から見ても興味深い研究成果を数多く残しており、政治に関する数多くの教訓を与えています。

民主制においては上流階級の利益、寡頭制においては下流階級の利益を尊重せよというアリストテレスの学説は、一見すると逆説的で不思議な議論にも思えますが、細かく調べるとその主張には説得力があることが分かります。

統治者たるもの、その国家の政治体制に応じて適切な政策を選択し、国政の安定を図ることができなくてはなりません。

KT

参考文献
アリストテレス『政治学』田中美知太郎ほか訳、中央公論新社、2009年

2016年1月9日土曜日

兵士の眼から見た都市の地形

戦術学では戦場の地理的特徴に関する分析のことを地形分析(Terrain Analysis)と言います。
地形分析では、その戦場の地形が平地なのか、山地なのか、植生で視界や射界は狭いのか、広いのか、道路はどの方向に向かっているのか、河川には架橋されているのか、などの事項を検討し、任務遂行との関係から評価しなければなりません。

今回は、軍事地理学の観点から、都市が戦場となった場合にその地形としての特性がどのようなものとして映るのかを説明してみたいと思います。

都市の特徴とその多様な形態
都市にはその地域の特性を反映してさまざまな形態がありますが、共通する特徴として都心部と周辺部で建物の種類や密度が異なること、それと関連して人口の集中度が異なることが挙げられます。
都心部から外方へ移動するほど、そこに分布する建物の密度は低下し、建物の高さも低くなっていきます。建物はそれぞれ防御陣地として利用することができるため、都市の中央に向けて前進するほど敵を捜索するために要する時間は長くなり、また警戒に要する労力も大きくなっていきます。
一般的な都市の構成要素を大まかに図示した写真。
郊外の工場地帯(outlying industrial area)、高層住宅地(High Rise Areas)、周辺部(core periphery)、商業地帯(commercial ribbon)、都心部(city core)、不規則に拡散した住宅地(residential sprawl)といった要素が分布している。
(FM3-06.11: 2-1)より引用。
しかし、全ての都市が都心部を持つというわけでもありません。古代から近世までに建設された都市は都心部でも建物の密度や建物の全長があまり変化しない場合もあるためです。四周に防壁をめぐらせて、市街に建物を密集させることにより、市街地へと進入してきた敵の前進速度を低下させる効果を狙った設計であり、都心全域において建物の密度が非常に高い場合があります。
城壁によって四周を取り囲まれ、高密度に建物が配置された都市の一例。
車両が進入できる道路が極めて限られている場合が多く、下車戦闘を強いられる地形が少なくない。
(Ibid.: 2-4)より引用。
さまざまな都市の形態があることが理解できると、一般に市街戦と言っても、その都市の地形に応じた作戦や戦術が必要となることが分かると思います。
米陸軍の教範では都市の形態を道路の分布パターンによって区分しており、全部で八種類の類型があるものと考えられています。

都市を構成するさまざまな建物の特性
都市の内部にはさまざまな建物があり、戦場の地形としての効果もそれぞれ異なってきます。
例えば高層建築物は多くの都市で見られる典型的な建物であり、鉄道、港湾、空港などの物流拠点や工業団地の近くに分布することが多く、高層であればあるほど内部の捜索に必要な人員や時間も増大します。
有力な敵が立てこもる高層建築物に対する攻撃では、下階から上階に向かって攻撃する際には階段を利用することが危険すぎることも多いため、空中機動によって屋上から屋内へと突入する必要が出てきます。(歩兵小隊を用いた建物に対する攻撃要領については以前の記事をご参照ください)
高層建築物の一例。
一般に100メートルの高さを超える建物は超高層建築物と呼ばれる。
狙撃銃の射程は射手によって800メートルを超える場合もあり、建物に潜む狙撃手は市街戦の主要な脅威である。
(Ibid.: 2-6)
工業地帯や物流拠点は都市の中でも鉄道路線や高速道路、滑走路、港湾施設と近接した場所に位置することが多く、輸送や荷役などに有益な施設が集中しているため、軍事的価値もそれだけ大きい場所と言えます。したがって、市街戦となれば敵味方ともに激しい争奪戦となる可能性が高い地域であると認識しなければなりません。
注意点としては、都心部の近くに位置していても、建設されている建物の高さが低いことがよくある点です。視界、射界を広くとることができるため、それだけに周辺の建物に配置された射手の存在が脅威となりやすい地形でもあります。
物流拠点の一例。
兵站基地として利用価値の大きいこうした拠点では大規模な戦闘に発展する可能性が大きい。
市街地でも特に見通しがよく、また敷地が広いために、装甲戦闘車両を運用しやすい地形でもある。
(Ibid.)
また都市に固有の地形としては住宅地を挙げることができます。
住宅地にもさまざまな形態があり、非常に多くの部屋がある場合もあれば、一部屋だけで構成される家屋もあります。家屋の高さや間取りは千差万別ですが、一般的な住宅の壁では小銃弾が簡単に貫通することには注意しておかなければなりません。
住居への突入の際には分隊長の指揮の下で速やかに安全であることを確認し、非戦闘員を発見したならば適切に保護することも必要です。
道路に面した家族向けの住宅の一例。
納屋や車庫がある場合が多く、フェンスで周囲を取り囲んでいる場合が多い。
この規模の家屋だと射手が配置されやすい屋根裏、弾薬や物資の保管に適した地下室の捜索も必要となる。
(Ibid.: 2-5)
むすびにかえて
私たちが普段何気なく生活している都市空間でも、そこが戦場となればどのような地形として部隊の行動に影響を及ぼすのか考えてみると、新たな発見があると思います。こうした想像力を養えば、戦術的能力の向上にとって非常に有効であるでしょうし、何より市街戦の特性を理解する上で大いに助けになります。
また、地形分析の能力というものは、戦争の話だけではなく、災害のような危機的状況において、目の前の地形について適切に危険度を判断する能力を養うことにもつながるものと私は思います。地理ではさまざまな視点を持つことが大切なことですが、軍事地理学の視座もまた重要ではないでしょうか。

関連記事
COCOAで分かる地形分析

参考文献
U.S. Department of the Army. 2002. Field Manual 3-06.11: Combined Arms Operations in Urban Terrain, Washington, D.C.: U.S. Governmental Printing Office.

2016年1月7日木曜日

軍事的観点から考える水爆の重要性

2016年1月に北朝鮮が水爆実験に成功したことを発表したことが世界で大きなニュースとなっています。しかし、核兵器にあまり詳しくない人にとっては、原爆と水爆の相違がそれほど重要な理由も分かりにくいものと思います。
もちろん、北朝鮮の水爆実験成功の報道が完全に間違いであり、心理戦の一手段に過ぎないという可能性も大きいのですが、この機会に水爆の開発が核戦略において重要な意味を持つ理由を歴史的事例から説明してみたいと思います。

水爆の研究が始まったきっかけソ連の核保有
1949年8月、ソ連が最初の原爆実験に成功したことによって、アメリカは核の独占を失うことになりました。1948年のベルリン危機の経験からソ連の脅威を強く感じていたアメリカ大統領トルーマンにとって、これは重大な安全保障上の危険でした。
すでにソ連は核兵器の研究を次の段階に進めていると判断し、アメリカ政府も直ちに原爆より優れた性能を持つ大量破壊兵器の研究を進め始めます。歴史的に見れば、これが米ソの核開発競争の出発点となりました。

アメリカがまず考えていたのは、次世代型の核兵器はより高出力かつ軽量小型でなければならないという構想でした。
当時、核兵器は非常に重かったので、敵国の政経中枢に投射するためには専用の大型爆撃機が必要でした。もし核兵器をより小型化することができれば、戦場の第一線に展開する地上部隊のような軍事目標に対しても使用可能であると期待されたのです。このような目標は都市住民よりも広範囲に分散展開しており、しかも部隊としての生存性を高めるための防護手段もあるため、より高威力の核兵器でなければなりませんでした。

熱核融合爆弾の基本的な原理とは
ここで着目されたのが熱核融合爆弾であり、これが現在では水爆と一般に呼ばれているものです。
そもそも原爆とは、ウラニウム235やプルトニウム239という質量が極端に重い元素の原子核を分裂させ、それが放出するエネルギーを破壊力として利用した爆弾のことです。しかし、この方式でより大きな爆発力を得るためには、ウラニウムやプルトニウムといった熱核材料が大量に必要であり、どうしても大型化、重量化してしまいます。
しかし、水素のような軽い元素の原子核を融合させた時に放出されるエネルギーを破壊力として利用できれば非常にエネルギー効率がよく、小型でありながら、かつ大きな破壊力が得られるのではないかと推定されたのです。

1945年に広島、長崎に投下された原爆の威力を通常の爆薬であるTNTに換算するとTNT2万トン程度であり、すでに当時のアメリカ軍では12万トンから25万トン程度の大型原爆の実証研究に成功していました。しかし、水爆の方式であれば、より軽量で1000万トン、1億トンの出力も十分技術的に可能であると見積もられたのです。
少なくとも理論上においては、この方法で次世代の核兵器の要件を満たすことができると判断されました。

水爆開発の技術的諸問題
しかし、二重水素、三重水素の原子核が融合反応を起こして、それらがヘリウム核を形成するということは理論の上では知られていましたが、それを実際に行うための技術的問題がいくつかありました。
その一つが核融合反応に必要な超高温環境を創出する方法でした。この超高温環境の創出に当たっては、既存の技術によって完成していた原爆を使用することで対応されることになります。つまり、核分裂反応を核兵器の威力として使用するのではなく、核兵器の起爆装置として応用したのです。

さらに水素の核融合反応を得るために、水素を液体化、固体化する必要もありました。アメリカは1951年5月、1952年11月の実験によって二重水素と三重水素を冷却処理して液状化させた上で核融合反応を起こすことに一応の成功を収めますが、この時の水爆の全重量は65トンに達し、爆発力はTNT換算で300キロトンから500キロトン程度しか得られませんでした。これはアメリカが求める次世代の核兵器からほど遠い結果でした。

そのようなアメリカの研究動向においてソ連は1953年8月に最初の水爆実験を行いました。
この時のソ連の技術者は重水素とリチウムの化合物を熱核材料とすることで先ほど述べた問題が一定程度解決可能であることを明らかにしました。重水素化リチウムは固体なので、爆弾の軽量化と爆発力の両立が技術的に可能となり、この研究成果が水爆開発において重要な突破口となりました。この時の実験で水爆はようやく1メガトン程度の出力を発揮することに成功しました。

キャッスル作戦における水爆実験
1954年、アメリカはキャッスル作戦(Operation Castle)としてビキニ付近における一連の実験によって水爆の技術を完成させることになります。昨年にソ連が実証した重水素化リチウムで水素を固体化する方式が採用され、大幅な軽量化に成功しました。この時の水爆実験は第五福被爆事件として日本でも広く知られるようになりましたが、米ソ冷戦の歴史という観点から見てもアメリカの水爆の完成は特別な重要性を持つものでした。
この一連の実験によって、最大でTNT換算20メガトンの出力が得られたとされており、その水爆の重量と威力の比は1トンに対して1メガトンから4メガトンとなりました。これほどの性能であれば第一線に展開する地上部隊に対して使用したとしても、壊滅的な損害を与えることができると評価されました。
こうして、アメリカは1949年に研究開発に着手してから5年で水爆を完成させるに至ったのです。

なぜ水爆が問題となるのか
最後に、このような開発の歴史を踏まえた上で、軍事的観点から見た水爆の重要性を説明しておきます。

  • 水爆は原爆よりも高い出力を得られるだけでなく、小型化、軽量化も可能であり、その後の弾道ミサイルのような兵器でも投射することが技術的に可能となる。
  • 水爆はその威力が原爆よりもはるかに大きいため、人口密集地のような脆弱な目標だけでなく、第一線に展開する地上部隊のような目標に対しても大きな有効性を持つ。
原爆の方式だと重量と威力の効率がそれほど良くないため、専用の大型爆撃機で運搬し、都市や工場のように脆弱な人口密集地域に対して投射しないと大きな戦果が得られませんでした。
しかし水爆は原爆よりもはるかに大きな威力を発揮できるため、地上部隊が展開している戦闘地域で使用した場合でも、その費用に見合った十分な戦果が得られることが期待されるのです。

もちろん、核兵器は単なる兵器ではなく、政治的、外交的な交渉の切り札として使用されるという側面もあり、どちらかと言えば現在の安全保障環境では核兵器は戦闘の手段ではなく、抑止の手段です。しかし、抑止力としての核兵器を理解するためには、こうした軍事的側面を持っているということも知っておくべきことであると思います。

KT

2016年1月6日水曜日

事例研究 空軍史に残るレバノン紛争の航空戦

1988年、レバノン南部に展開するイスラエル軍の前哨陣地。
レバノンでイスラエルが実施した作戦の一つに「ガラリヤの平和」という作戦があります。
ある研究者の言葉を借りれば、この作戦で戦われた航空戦は「第二次大戦以来、最も大規模にして、最も激しい空中戦」に発展し、最終的にイスラエル軍は航空優勢を獲得し、シリア軍を圧倒することができました。

今回は、この時の航空戦闘でイスラエル軍が決定的な勝利を収めることができた理由について説明したいと思います。

レバノン紛争の背景と重要性
事の発端となったのは1982年、イスラエルとレバノン国境に沿ってパレスチナ解放機構(以下、PLO)の砲撃とゲリラ活動が活発化していたことにありました。
イスラエルはPLOに対して武力による報復を行う準備があると警告しましたが、同年6月4日にテロリストによって駐英イスラエル大使が銃撃されると、イスラエル軍はその報復措置として6月6日にレバノンに展開するPLOの部隊を攻撃することを決定しました。こうして始められたのがガラリヤの平和作戦でした。
1982年レバノン紛争の状況図(独語)。
青色で示しているのがイスラエル軍、赤色がシリア軍、緑色がPLO、灰色が親イスラエル民兵の動き。
6月6日に攻勢が開始され、7日にはすでに南部地域を占領下に置いている。
北上するイスラエル軍の最右翼の前進をシリア軍が阻止しようと図り、ここから大規模な航空戦闘に発展した。
レバノン南部に侵攻したイスラエル軍は順調にPLOの部隊を撃破しながら北上し、レバノン南部を非武装化していきました。しかし、レバノン東部でイスラエル軍の進撃を阻止しようと図るシリア軍と戦闘となり、6月8日にはまず地上で大規模な機甲戦が始まり、航空優勢をめぐって上空でも戦闘機が航空戦を交えられました。

当時、シリア空軍に配備されていた機体はソビエトが開発したMiG-21やMiG-23戦闘機であり、イスラエル空軍ではアメリカが開発したF-15、F-16戦闘機が配備されていました。そのため、この航空戦の推移については米ソ両国も重大な関心を払って注目していたのです。

ベッカー高原の上空で戦われた航空戦
ベッカー高原はレバノン山脈とアンチレバノン山脈との間に位置する。
反イスラエル路線をとる武装勢力の拠点も多く政治的な重要性も大きい。
6月9日、ベッカー高原に展開したシリア軍の防空陣地に対して、イスラエルの戦闘爆撃機が爆撃を開始します。シリア空軍は防空陣地を援護するため、60機近くのMiG-21とMiG-23を出撃させました(邦訳、ノルディーン、271頁)。
イスラエル空軍は戦闘爆撃機を護衛させていたF-15とF-16をもってこの脅威に対処させ、航空優勢をめぐる大規模な航空戦闘となりました。
この戦闘は世界の空軍関係者にとって驚くべき結果となり、イスラエル軍は味方から1機の損害もなく、シリア軍を29機を撃墜したと発表しました(同上、271頁)。これは出撃したシリア軍の戦闘機のおよそ半数を一方的に撃墜するだけの圧倒的な優位性があったことを意味しています。

シリア政府はこの日の戦闘についてイスラエル軍とは大きく異なる内容の発表を行い、作戦機26機を撃墜し、我が方の損害を16機と報告しましたが、一連の戦闘の結果と途中の経過から見てこの数値は改ざんされたものであると考えられています(同上)。
その理由として、この航空戦闘から24時間後にイスラエル軍はさらに進撃を継続しており、シリア軍は本土から大規模な増援を派遣することを余儀なくされ、さらに26機の戦闘機と3機の攻撃ヘリコプターを撃墜されていることが明らかにされていることが挙げられます(同上、272頁)。もしシリア空軍がイスラエル空軍に対して有利に戦闘を進めていれば、このような事態には至らないはずです。

この戦闘を受けてアメリカは自国の戦闘機の優位性を確信することができましたが、ソビエトでは大きな危機感を抱くことになりました。空軍副司令官を長とする調査団をシリアへと派遣することを決定しています(同上; Lambeth 1984)。
レバノン紛争の航空戦で大きな戦果を上げたF-15戦闘機。
イスラエルは1973年の第四次中東戦争でアラブ連合軍の奇襲によって多数の戦闘機を失った。
そのことを契機としてF-15、F-16への移行に着手し、その優れた性能から数を増やしていた。
それと同時に戦闘機だけでなくE-2C早期警戒機もアメリカから購入していた。
さらにイスラエル軍とシリア軍の戦闘は6月11日まで続き、最終日の航空戦闘においてもシリア空軍は18機の作戦機を撃墜され、最終的な損害は80機以上となりました。それに対してイスラエル軍の損害は地上からの対空射撃によって撃墜されたA-4スカイホークが1機と、ヘリコプター2機のみでした(邦訳、ノルディーン、272頁)。
このままシリアが大敗すると、これは東側陣営の間で航空勢力に対する信頼性に悪影響が及ぶと判断した政府は、シリアに防空に関する軍事援助を与えることを決めます。

一時的停戦を挟んで再開された6月24日の戦闘でもイスラエル軍はシリア軍を圧倒していましたが、ソビエトはシリアにSA-5地対空ミサイルを緊急展開させ、周囲300キロメートル、高度3万メートルに及ぶ防空能力を整備することでイスラエル空軍の攻撃に対抗し、一応の成果を上げましたが、それでもF-15、F-16が持つ技術的優位を抜本的に覆すことはできませんでした(同上)。

その後、ソビエトの支援を受けて増強されたシリア空軍はF-15に対してある程度は対抗可能となったという見方もありますが、詳細についてはよく分かっていません。ちなみに、この時のソビエト空軍が派遣した調査団の活動についてはLambeth(1984: 12-17)で要約されています。

何が勝敗を分けたのか
この航空戦闘の結果に関する調査によれば、イスラエル軍のF-16は44機を撃墜し、F-15は40機を撃墜したのにもかかわらず、空中戦での損害としてはF-4を1機失ったにすぎなかったそうです(同上、274頁)。シリア軍が受けた損害の大半はMiG-21でしたが、MiG-23、Su-22の内訳も少なくなかったことを考えれば、イスラエル空軍の戦術や個々の操縦士の技量だけでなく、装備全般の性能でも大きな優位性があったと考えられます。

戦後のアメリカにおける事後分析では赤外線誘導ミサイルの有効性が大きかったという見方が示されており、イスラエル軍の分析では無人機や偵察機による情報収集とそれを迅速に意思決定に反映させる指揮統制システムの有効性が大きかったとされています(同上、274-5頁)。

議論の余地はありますが、この戦史に対する一般的見方としては、MiG-23の性能が第三世代戦闘機の水準であったのに対して、F-15やF-16がすでに第四世代戦闘機として開発されていた結果、両軍が格闘戦となった際に発揮できる機動性に大きな格差があった可能性があると見られています。当時のソビエト側の分析でも、戦力乗数(force-multiplier)となった技術が戦闘の結果を大きく左右したことが指摘されています(Lambeth 1984: 22)。
またソビエト側の分析で興味深い点として、戦闘機だけではなく、イスラエル空軍の早期警戒管制機が持つレーダー機能がF-15とF-16の実質的戦闘力を向上させたことが強調されています。

レバノン紛争における航空戦闘からさまざまな教訓が引き出されましたが、その教訓を俯瞰して解釈すると、現在の対航空戦の基本となる要素、例えば無人偵察機の導入、空対空ミサイルの射程延伸、早期警戒管制機を中心とした情報ネットワークがこの時から出揃い始めていることが伺えます。
将来の紛争においても、個々の操縦士の戦術技量だけでなく、各機をいかに効率的な戦術ネットワークによって結びつけるかが勝敗を分ける鍵となるでしょう。

KT

参考文献
Nordeen, Lon O. 1985. Air Warfare in the Missile Age, Washington, D.C.: Smithsonian Institute Press.(邦訳、ロン・ノルディーン『現代航空戦史事典 軍事航空の運用とテクノロジー』江畑謙介訳、原書房、1988年)
Lambeth, Benjamin S. 1984. Moscow's Lessons from the 1982 Lebanon Air War, Santa Monica: Rand Cooperation.

2016年1月4日月曜日

論文紹介 アメリカ太平洋空軍による対中戦略の基本構想

アメリカ軍は世界規模で作戦を展開するために、その兵力を9個の統合軍に編成しています。
それらの中でもアジア太平洋地域を担当するのはアメリカ太平洋軍(United States Pacific Command)であり、その中の航空戦力は太平洋空軍(Pacific Air Forces)の下に編成されています。

今回は、この太平洋空軍の観点でアジア太平洋地域における今後のアメリカ空軍の戦略を述べた論文を紹介してみたいと思います。

文献情報
Basham, Steven L., and Rouleau, Nelson D. 2015. "A Rebalance Strategy for Pacific Air Forces: Flight Plan to Runways and Relationships," Air & Space Power Journal, January-February, pp. 6-19.(http://www.airpower.maxwell.af.mil/article.asp?id=267)

太平洋空軍の後退配備
この論文では太平洋空軍は60年以上にわたって北東アジア地域でも特に日本と朝鮮に重点を置いた部隊配備を選択してきたが、今後は太平洋空軍の部隊をより広い観点から配備し直すことになるだろうとの方針が示されています(Basham and Rouleau 2015: 13)。

ただし、それは必ずしも主要運用基地(main operating bases, MOB)の新設を意味するわけではありません。「我が部隊の配備をアラスカ、ハワイ、グアムという戦略上の三角形に集中する」というのが新たな部隊配備の着眼とされています(Ibid.)。

このような配備に見直す理由として著者は二つの理由を挙げています。
第一に、アラスカ、ハワイ、グアムはアジア太平洋地域に米軍の部隊を展開させる上で最短距離を通過する上で重要な米国の領土であるため、第二にアラスカ、ハワイ、グアムはほとんどの通常兵器の射程の外に位置しており、防護が比較的容易であるためです(Ibid.)。
つまり、潜在的な敵対勢力である中国が有事の際にはアメリカの空軍基地を弾道ミサイル等の第一撃によって破壊し、東アジア地域に速やかに増援を展開することを妨げるという事態が考えられるため、このような後退配備の方針がとられることになるのです。

アメリカの軍事戦略は同盟国の防衛協力によって実行可能となる
この新たな太平洋空軍の部隊配備との関係で、さまざまな同盟国の役割が重要となることになりますが、特に著者たちは日本がアメリカの戦略にとって欠かすことができない価値を持つようになるとして次のように指摘しています。
「日米関係はアメリカが有する対外関係の中で最も重要なものの一つである。接近経路を保持しにくくなりつつある地域において、強力な日米関係はアメリカが必要な時に接近することができるという大きな信頼性をもたらしてくれる。2015年の時点でアメリカは日本で横田、三沢、嘉手納という三カ所で空軍基地を運用している。日本国民の長期的な安全保障に太平洋空軍が寄与していることを誰も疑うはずはないだろう」(Ibid.: 14)
もちろん、取り上げられているのは日本だけではなく、太平洋空軍として米韓同盟に基づき北朝鮮軍侵攻を引き続き防止すること、オーストラリアに新たに配備したアメリカ空軍で監視能力、戦闘能力の向上を図ること、フィリピンで基地を再建すること、ベトナムとの継続的な防衛協力を模索することなどが考察されています(Ibid.)。

エアシー・バトルの構想
このような部隊配備は一見するとアメリカにとって潜在的な敵対勢力である中国の接近阻止、領域拒否の脅威を避けるという消極的な狙いしかないようにも思われますが、むしろ太平洋空軍としての狙いは積極的な航空作戦によって中国の脅威を排除することにあると述べられています。

すなわち、著者たちは新たに導入される統合打撃戦闘機F-35の戦闘力を用いて、敵の勢力圏に奥深く進入して作戦基盤から破壊するエアシー・バトル(Air-Sea Battle)を実現させることが可能となると考えています(Ibid.: 16)。さらに、詳細は未定とされていますが、将来的には太平洋軍として爆撃機B-2とB-52をグアムに継続的に配備する方針も示されています(Ibid.)。
これらは中国が積極防衛に基づき接近阻止・領域拒否を図ったとしても、その防空網を太平洋空軍として突破することを意図したものと言えます(しかし、エアシー・バトルの実行可能性については異論もある点については十分に触れられていません)。

変化していくアメリカ軍の戦略
この論文で示された興味深い論点はいくつかありますが、ここで注目したいのは太平洋空軍がアラスカ、ハワイ、グアムという三角形を一つの戦略上の部隊配備のモデルとすることが示されている点です。
論文で著者たち自身も認めていることですが、この「戦略的三角形」という表現はそれまでフィリピン、グアム、ハワイを結ぶ三角形として理解されてきました。しかし、弾道ミサイルの脅威が増大している現代の安全保障環境においては、フィリピンよりもむしろアラスカの戦略的重要性が増しているという判断になります(中国本土からアメリカ西海岸を最短距離で結ぶにはアラスカ上空を経由する必要があります)。

まとめると、この論文は太平洋空軍が中国の戦略にどのように対応しようとしているのかを包括的の述べたものであり、日本国民の側も防衛態勢を強化する上で、同盟国の航空戦力がどのような意図に基づいて配備されているのかを理解しておくことは重要な意味があると思います。

KT