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2015年10月31日土曜日

陸軍の戦術で用いられる攻撃機動の五類型

戦場で攻撃を成功させるためには、地形と敵情を判断した上で、味方の部隊を敵の部隊よりも有利な態勢で交戦するように機動させることが重要です。
陸軍の戦術では機動の方式は包囲(envelopment)、迂回(turning movement)、浸透(infiltration)、突破(penetration)、正面攻撃(frontal attack)の五種類に区別されています。

今回は、それぞれの機動方式の定義と、その注意事項について簡単に述べてみたいと思います。

包囲:古典的な攻撃機動
包囲とは、攻撃する味方の部隊が防御陣地に配置された敵の部隊の側面または背後を主たる目標として行う機動の方式です。
味方の一部が敵の主力を正面に引き付け、味方の主力で敵の側面、背後を目指す包囲。
(FM3-21.8: 7-4)より。
包囲するためには、味方の部隊を少なくとも主攻と助攻に二分することが必要です。
また敵の側面や背後に接近することを可能にするための前進軸(攻撃前進に部隊が使用する接近経路)を発見するか、創出しなければなりません。通常、防御陣地を占領する敵はこうした包囲を受けにくい地形を利用することが多いため、包囲を行う際にはどのような経路を使用すべきか事前によく偵察を行う必要があります。

迂回:敵に転進を強要する機動
迂回とは、攻撃する味方の部隊が敵の部隊の後方地域の目標を攻略奪取し、もって敵の部隊に陣地の変更を強要させる機動の方式です。
迂回では敵が転進を余儀なくさせる後方地域の目標を目指して部隊を前進させる。
具体的には補給路、砲兵部隊の陣地、指揮所等が考えられる。
(FM3-21.8: 7-5)より引用。
一見すると迂回は包囲は似ていますが、戦術的には重大な相違があります。
包囲が敵の部隊との交戦を前提とする機動の方式ですが、迂回は交戦によらず敵に陣地の変更を強制するのです。
そのため、敵の部隊に新たな陣地へと移動させることが目標であり、撃破することは重視されていません。

浸透:いかに深く、速く前進するか
浸透とは、敵の部隊により占領された地域を通過する機動の方式であり、敵の後方地域にある目標を目指すものです。
浸透では敵の後方地域にある目標に向かって複数の見方の部隊が同時に攻撃前進を行う。
(FM3-21.8: 7-6)より引用。
浸透を成功に導くためには、敵が組織的な抵抗を強めるより先に味方の部隊が陣地帯を通過しなければなりません。
この攻撃機動は司令部で一元的に部隊の行動を統制することが難しいため、独立的に行動可能な小部隊が多数必要となります。歴史的にも、このような戦術が使用されるようになったのは、20世紀以降になってからであり、高い水準の戦闘訓練を事前に行う必要があります。

突破:弱点を見極めて戦力を一点に集中
突破とは、敵の防御正面の一カ所に味方の戦力を集中させ、その突破口を拡張しながら敵の後方地域や側面方向を目指す機動の方式です。
突破は突破口の形成、側面への攻撃による突破口の拡張、後方地域への前進という三段階で実施。
(FM3-21.8: 7-7)より引用。
突破は敵の部隊の側面を攻撃することができない場合か、他の機動をとるために必要な時間がない場合、また敵の防御正面が過剰に広がっているために特定の箇所に弱点が見いだされる場合にとられる機動の方式です。
突破で注意すべきは、突破した後に突破口をしっかりと確保することです。突破口が塞がれてしまうと、前進した味方の部隊は敵地で孤立することになってしまいます。(その典型的な事例として第一次世界大戦におけるホイットルセーの大隊の戦史があります。「事例研究 師団の過失とホイットルセーの戦功」)

正面攻撃:基本中の基本となる機動方式
正面攻撃とは、戦力で優勢な味方の部隊が劣勢な敵の部隊に対して攻撃を実施する際にとられる機動方式であり、広い正面に沿って圧倒的に優勢な戦力を展開することで選択できます。
正面攻撃は劣勢な敵の部隊に対して有効な機動の方式である。
(FM3-21.8: 7-8)より引用。
正面攻撃は最も単純な攻撃機動と言えるでしょう。注意すべき点としては、敵が最も戦闘力を発揮しやすい正面から突撃することになるため、損害見積を誤ってしまうと取り返しがつかない事態になります。そのため、事前に偵察、捜索によって、地形と敵情を十分に把握してから行うべきでしょう。

五種類の機動方式はそれぞれ任務、地形、敵情その他の各種状況に応じて選択されなければなりません。

例えば、広漠な地形に展開する敵は防御正面の戦力の密度が低下しやすいため、突破のような機動方式が有効である場合が多いと考えられます。
また、優勢な敵があえてその主力を後方地域に拘置している状況であれば、浸透のような機動方式で敵の陣地帯を迅速に通過しても、強力な逆襲によって撃退される危険があると考えなければなりません。

グデーリアンが「機動こそが勝利をもたらす」と述べた通り、優れた機動は戦闘の勝敗を分ける潜在力を持っています。全ての戦術家にとって機動の方法は重要な研究事項であり、特に攻撃を成功させる上では敵の意表を突くための機動が欠かせません。

KT

参考文献
U.S. Department of the Army. 2007. Field Manual 3-21.8: The Infantry Rifle Platoon and Squad, Washington, D.C.: U.S. Department of the Army.

2015年10月29日木曜日

文献紹介 エンゲルスが考える散兵戦術の歴史的重要性

フランス革命戦争で最初の勝利を収めたとされるヴァルミーの戦い。
マルクスと共に社会主義の研究で有名なフリードリヒ・エンゲルスは、軍事学の方面において数多くの論文を書き残しています。
今回は彼がフランス革命戦争・ナポレオン戦争の戦術について取り上げた未完成の論文「1852年における革命的フランスに対する神聖同盟の戦争の諸条件と見通し」の内容を一部紹介したいと思います。

フランス革命戦争・ナポレオン戦争での戦術でエンゲルスが注目したものに散兵がありました。
それまでの戦術において兵士は大隊ごとに戦列と呼ばれる密集隊形をとり、指揮官の号令によって集団的に部隊行動をとっていました。
いわば、兵士の仕事は指揮官が出す「横隊、前へ進め」、「横隊、止まれ」、「目標正面、控え銃」等の号令に従って動くだけであり、自らの判断に基づいて行動する余地は一切なかったのです。

しかし、当時のフランス革命軍が採用した散兵方式はこのような戦列と大きく異なる戦い方を可能にしました。
散兵は密集隊形をとらず、敵の射撃を避けるために散開しましたが、それだけ散兵は自分自身で判断する必要が増大しました。
ただし、散兵だと指揮官が部隊行動を統制しずらいため白兵戦闘には不向きであり、それゆえ19世紀以降も一部で戦列は使用され続けるのですが、エンゲルスはフランス革命戦争における散兵戦術の登場が近代以降の戦術にとって重要な意味を持っていると考えたのです。

その理由として、エンゲルスはこの戦い方は従来よりも部隊行動で大きな「運動性」を発揮することを可能にしたことを挙げています。
そして、この部隊行動の運動性を高めるためには、下士官と兵士の教育水準の向上が欠かせなかったことを指摘しています。
「しかし、この運動性には、兵士のある教養程度が必要であり、兵士は多くの場合自分自身でやってゆくことを知っていなければならない。斥候や糧秣徴発や前哨勤務等々がいちじるしく拡大したこと、兵士の一人一人に要求される積極的行動性がより大きくなったこと、兵士が各個に行動し各自の知力にたよらざるをえない場合がよりしばしば繰り返されること、そして最後にその成功は各個の兵士の知力や眼識および精力に依存している散兵戦の大きな意義などが、すべて、老フリッツの時代にくらべて、下士官や、兵士の、より大きな教養度を前提とする」(486頁)
斥候や歩哨等の勤務に当たる兵士は下士官の指揮の下で敵を捜索、監視し、場合によっては単独で戦わなければなりません。
軍隊としては基本教練に基づいて号令に反応するだけの兵士では不十分であり、自律的に思考し、状況を判断する能力を持つ兵士が大量に供給される必要がありました。
エンゲルスはこのような兵士が確保できた背景には当時のフランスの経済が発展し、国民の教育水準が他国と比べて向上していたためだと説明しています。

マルクス主義の唯物史観によれば、法的、政治的、社会的システム(上部構造)はいずれも経済的システム(下部構造)によって制約されます。
この学説を当てはめると、戦術の発達は戦術それ自体の発達として見なすのではなく、その下部構造の発達として理解する必要があるということが言えます。

無論、エンゲルスはこの論文を未完のまま残してしまいましたので、完全な立証ではないのですが、「現代の兵術に関して言えば、それはナポレオンによって完全に完成されている」ためであり、「現代の用兵はフランス革命の必然的産物である」とも述べられているように、このテーマが歴史的に重要な意味を持つことを(主にマルクス主義の視座から)示した意味で重要な研究であると思います(482頁)。

KT

文献情報
エンゲルス「1852年における革命的フランスに対する神聖同盟の戦争の諸条件と見通し」『マルクス・エンゲルス全集』大内兵衛、細川嘉六監訳、第7巻、大月書店、1961年、477-501頁

2015年10月28日水曜日

戦技研究 戦場で生き残るための射撃と運動の技術

現代の戦闘の特徴の一つは、兵士一人ひとりが状況を的確に判断して行動することが要求されることです。
第一線が広がるほど現場の士官や下士官は兵卒の行動を統制しづらくなるため、それだけ兵卒に対して実施すべき戦闘訓練の内容も高度なものとならざるを得ません。

このことを理解するために、今回は米陸軍の教範を参考資料として射撃と運動(fire and movement)と呼ばれる戦技を説明し、分隊のレベルでの交戦の要領の一部を紹介したいと思います。
分隊の楔形隊形の一例。
この図だと分隊は前方の班と後方の班で編成されている。
分隊長は分隊の中心に位置して前後の班の両方の指揮をとる。
(FM3-21.75: 7-5)より引用。
一般に分隊は10メートル程度の間隔を置いて移動するのが基本となりますが、これは敵の射撃を受けて一度に複数名の損害が出ることを避けるためのものであり、地形によって柔軟に変更することができます。
分隊が敵と遭遇して交戦が始まれば、兵士は通常ならば直ちに敵に対して前進を開始し、ばあいによっては後退しますが、いずれにしても射撃と運動と呼ばれる技術を駆使しなければなりません。
射撃と運動とは一方が火力の基盤を提供する間に他方が機動するための技術であり(FM3-21.75: 7-9)、これを適切に遂行するためには射撃と運動が同時に実施されなければなりません。
つまり、射撃と運動は次の二つの要素を組み合わせたものと言えます。

  • 射撃を行う側は火力によって敵を制圧し、敵が運動を行う側を射撃することを防がなければなりません。
  • 運動を行う側は射撃を行う側が実際に射撃を開始するまで移動を開始してはならず、援護射撃の下で別の陣地に移動を果たさなければなりません(Ibid.)。

手前の兵士が射撃を行い、奥の兵士がその間に運動を行っている。
ここでの射撃と運動は同時に実施されなければならない。
(FM3-21.75: 7-3)より引用。
射撃と運動は交戦において味方が確実に移動することを助ける重要な戦技と言えますが、それでも限界はあります。
一見して分かるように、味方よりも敵の数が多ければ、それだけ前進しようとする兵士に対して敵は自由に射撃しやすくなると言えます。

したがって、運動を開始する兵士は行動を起こす前に止まり、次に自分が移動しようとする地点がどこであるかを事前に確認し、そこに至るまでの経路の危険性を自分で判断しなければなりません。
もし、その兵士が低姿勢で安全に移動できる経路を見つけたならば、むやみに早道を通ることは避けるべきでしょう。
ほふくの実施要領。
米軍の教範では低姿勢と高姿勢の二種類のほふくが紹介されている。
(FM3-21.75: 7-2)より引用。
しかし、どうしても敵の射界の中を早駆けで通過しなければならない場合もあります。
この時に注意を要するのが現在の場所から次の場所へ移動するために要する時間です。米軍の教範では次のように述べられています。
「それぞれ早駆けは3秒から5秒までしか続けて実施してはならない。早駆けは敵の機関銃手や小銃手から捕捉されることを避けるため、短く実施されるものである」(Ibid.: 7-2)
援護射撃があるとしても、敵の射界を通過する際には敵が自分を照準しようとしていることを忘れてはなりません。
敵の射手が照準を定めるまでの平均的な時間を考えれば、5秒を超えて射界に留まり続けることは許容できない危険な状態です。
射撃と運動を開始する前に、兵士各人は敵の所在からその射界を判断し、自分が次に移動すべき場所を適切に判断した上で、そこが自分の足で5秒以内に到達できるかどうかを予測する必要があります。

この射撃と運動という技術は現代の戦場がいかに火力で支配されているのかを理解する上で重要です。
かつて日本ではPKOで自衛隊を派遣する際に機関銃の携行は過剰ではないかなどと公に議論されたこともありましたが、射撃と運動という交戦の基本的な技術を知れば、戦場において火力は兵士の生命を守る手段そのものであることが分かるのではないでしょうか。

KT

参考文献
U.S. Department of the Army. 2008. Field Manual 3-21.75: The Warrior Ethos and Soldier Combat Skills, Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office.

2015年10月27日火曜日

文献紹介 日本の安全保障とヘッジング

大戦略とは安全保障の目的を達成するために軍事的手段だけでなく、政治的手段、外交的手段、経済的手段、心理的手段等を総合的に運用するための戦略の一領域をいいます。
一般に日本では日本に一貫した大戦略が欠けていると論じる向きが強いのですが、政治学者の誰もがそのような見解を受け入れているわけではありません。

今回は、日本の大戦略を「ヘッジング」という観点から検討した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Samuels, Richard J. 2007. Securing Japan: Tokyo's Grand Strategy and the Future of East Asia, Ithaca: Cornell University Press.(邦訳、リチャード・サミュエルズ『日本防衛の大戦略』白石隆、中西真雄美訳、日本経済新聞出版社、2009年)

著者は日本の大戦略には相当一貫した論理が確認できること、その論理が国内の激しい論争とは裏腹に持続力を持って展開されてきた歴史があることを論じています。
「日本は、国内ではたえまないイデオロギー的議論の泥沼にありながら、国際舞台においては一貫してプラグマティックに行動してきた。国内の議論がどれほど感情的になったときでも、日本がプラグマティズムを忘れて力を軽視したり、戦略的な地政学的変化への適応能力をないがしろにして行動することはなかった。日本の戦略家はたしかに誤りを犯したし、ときには破局的な誤りを犯したこともあった。しかし、彼らは、自立と威信という二つの目的、そこに込められた強さと富を常に見据え、自立と威信、強さと富がいかにして国力を培養するものか、みごとに計算してきた」(サミュエルズ(2009): 17)
著者がこのように日本の大戦略を評価する理由は、そのヘッジングの仕方です。
ヘッジとは国際政治において特定の国家と同盟を結ぶだけでなく、可能な限り多くの国家とも同盟を維持することで、どこかの国家から見捨てられた際に素早く別の国家との関係を強化し、安全保障上の危険を最小限に抑制することです(同上、18-19)。

さらに、著者は「ヘッジは、すべての現実主義者の大戦略の基本原則で、とりわけ中規模国家にそれがあてはまる」とも主張した上で、次のように戦後の日本の取り組みを評価します(同上、278)。
「日本の地政学的位置や日本が後発の国であることを考えると、ヘッジが長年にわたり日本の戦略の一矢であったのは当然だろう。戦前、欧米との協調もしくは他国を排除した自給自足体制のいずれかのみを追求しようとした政策立案者は、皆無に近かった。戦後、日本がまず着手しなければならなかったのは、アメリカとの同盟を強固にすることで、次が日米同盟をできるだけソ連を挑発しないものにすることだった」(同上、279)
この解釈は冷戦期の日本は日米同盟を基本としながらも、米国の世界戦略に完全に組み込まれる事態を避け、日ソ関係が不必要に緊張状態へと至らないように留意してきたということです。
著者は、当時の日本が米国との積極的な防衛協力を避け、集団的自衛権の行使を憲法との関係で禁止していたことは、このような大戦略に依拠した決定であったという見解も示しています(同上)。

しかし、冷戦の終結後に日本は軍事力と経済力の両方を駆使することでヘッジングを試みていることが指摘されています。
これはつまり、日本の防衛力を整備して日米同盟の抑止力を強化しつつ、アジア方面、特に中国との経済貿易交流を強化することで地域的な緊張緩和を推進する戦略です(同上、281-2)。

著者はこの戦略を遂行する上で大きな課題が二つあり、それが集団的自衛権の法解釈上の問題、そして防衛予算をGDP比で1%とする枠組みだと述べています(同上、293)。
(ちなみに、この著作は2007年のものですが、その段階で集団的自衛権は行使できるように憲法の公式解釈を変更することが予測されています)
結論として、著者は日本の安全保障は今後もヘッジングを基本とし、中国とある面では接近しながら、米国との同盟を強化する方針となるであろうという見通しを述べています。

日本の大戦略をヘッジングという観点から分析したことは重要な研究成果と言えます。
しかし、「ヘッジング」という概念の意味の広さと曖昧さにより、日本の大戦略が著者の述べるような整合性、一貫性を持っているのか疑問の余地は残されているでしょう。
政治学、国際関係論の用語で言うと、ヘッジングはバックパッシングそのものか、そのバリエーションの一つだと考えることもできます。(記事「現代日本の国家戦略としてのバックパス」を参照)

いずれにせよ、日本の「ヘッジング」をどのように理解すべきかという論点は、日本の安全保障を考える上で重要な意味を持つことは、さらに検討する必要があるでしょう。

KT

2015年10月20日火曜日

正しい射撃号令の出し方

戦場で味方の火力を巧みに敵に指向することは、どのような戦術を実施する上でも重要なことです。
第一線に立つ歩兵や戦車の立場から見れば、火力こそが戦闘力の根源であり、それを戦場で効果的に活用する戦術的能力は指揮官に欠かすことはできません。

このことは米軍の教範でも述べられており、具体的には「直接照準射撃及び間接照準射撃によって敵を制圧ないし殺傷することは、近接戦闘において勝利を収めるために必須の要素である」と論じられています(FM 3-21.8: 2-1)

今回は、第一線において正しく射撃号令を出す方法について簡単に説明してみたいと思います。

射撃号令(fire command)は射撃を指示し、統制し、連携させるために使われる号令であり、部隊として何を射つのかを明確にして火力を集中させることを可能にします。

射撃というものを歩兵部隊の指揮官、特に分隊長や小隊長の立場で見てみると、各人の判断によって行う射撃と指揮官の号令によって行う射撃の二つに区別することができます。
戦場で指揮をとる小隊が敵との交戦に入った状況を想定すると、まず応戦のために兵士たちが各人の判断で射撃を開始します。しかし、この応急的な射撃では兵士たちが選定した目標に対してそれぞれ射撃を行うため、小隊の火力が広い目標に向かって分散してしまいます。

したがって、より効果的に小隊の火力を集中させるためには指揮官が状況を判断した上で適切な射撃号令を出さなければなりません。
適切な射撃号令は次の要素から構成されています。

射撃号令の構成要素
・注意喚起(Alert)射手が発令者の号令を受令できるように名前、番号等を呼称する。
・目標位置(Location)発令者は射手に対して目標の方向を指し示す。
・目標説明(Target Description)発令者は目標を特定し、それが複数ある場合には最優先で射撃すべき目標を説明する。
・交戦方法(Method of Engagement)発令者は受令者が目標に対してどのような方法で射撃を行うべきかを指示する。
・弾薬(Ammunition)もし受令者が複数種類の弾薬を持っていれば、どの弾薬を使用すべきかを指示する。
・実施(Execution)発令者は目標が敵であることを再確認した後に、受令者の射撃を実施させる(FM 3-21.8: 2-22)

例えば、「2番(小銃手の注意喚起)、右の丘(2番が注目すべき目標の位置)、前進中の敵散兵2(目標の種類や特徴)、連射(射撃速度の指定)、射て(直ちに射撃を開始する場合には「射て」、発射の時期を統制する場合は「指名」と述べた後、所望の時期に「射て」)」という射撃号令がその一例です。

もし指揮官が部隊の射撃を一時中断させる場合には「射ち方待て」、部隊の射撃を停止させて次の行動に移る際には「射ち方止め」という射撃号令をそれぞれ用います。

これが射撃号令の基礎的事項となりますが、発令者はこの射撃号令を状況の特性に応じてさまざまに使いこなさなければなりません。
例えば、目標の位置を指示する時に指揮官が目印を見つけられない場合には、都計法を使って「11時の方向」と言うこともできますし、指揮官の射撃によって他の兵士に目標を指示するということもできます。

受令者である射手は号令が不明な場合には発令者に対して反復を求めますので、単純明快で理解しやすい射撃号令を心掛けることも重要となります。
射撃号令の出し方が分かると、第一線で兵士たちがどのように戦っているのかを理解する上で役立つのではないでしょうか。

KT

参考文献
U.S. Department of the Army. 2007. Field Manual 3-21.8: The Infantry Rifle Platoon and Squad, Washington, D.C.: U.S. Department of the Army.

2015年10月17日土曜日

文献紹介 東西冷戦の最前線となったノルウェー

ノルウェー王国が位置するのはスカンディナヴィア半島の西岸であり、南北に長く広がった38万平方キロメートルの国土の大部分には山々が連なっています。
ノルウェーの地理的特徴で興味深いのは北大西洋から流れ込む温かいノルウェー海流であり、この海流のおかげでノルウェーの国土は高緯度に位置するにもかかわらず、不凍港に恵まれています。

今回は、このノルウェーが冷戦期において極めて重大な戦略的価値を持っていたことを知ることができる研究について紹介したいと思います。

文献情報
Lund, John. 1989. Don't Rock the Boat: Reinforcing Norway in Crisis and War, Santa Monica: RAND.

まずノルウェーがどのような戦略的価値を持っているのかを判断するため、著者は冷戦期の米国の戦略という観点から次のようにノルウェーの三つの地理的特徴を考察しています。
・ノルウェーは米国の戦略基地とヨーロッパ中心部におけるソ連の戦略基地との間を直線で結ぶ北極海回廊の下に位置している。
・ノルウェーの境界はコラ半島におけるソ連の重要基地群と隣接しており、そこにはソ連の北海艦隊の三分の二の戦力が配備されていると同時に、弾道ミサイル潜水艦艦隊の三分の二の戦力が配備されている。
・ノルウェーの領土はソ連が大西洋に進出する経路であるノルウェー海を支配する上で重要であり、そこは戦時にソ連が北米とヨーロッパとの間のNATOの海上交通路を阻止できるかどうかを決する決定的な戦場である(Lund: 1989: 3)。

米ソ両国の軍事戦略において次の戦争の主戦場と見定められたノルウェーは国家安全保障のジレンマに悩まされることになりました。

その限られた国力では国土防衛に所要の戦力を整備することは到底不可能であったため、ノルウェーは戦後以来、NATOへの加盟を通じて米国、カナダ、オランダ、イギリスなどとの防衛協力を推進していました。
しかし、同時にノルウェーはソ連との関係が悪化することの危険性を感じていたため、平時に外国軍がノルウェーに駐留することを禁止する政策を採用することで、ソ連に対して積極的に攻撃する意図を持たないことを示していました(Ibid.: 4)。

しかし、ノルウェーのジレンマはソ連がアフガニスタン侵攻によって米国との緊張関係を悪化させ始めた1980年代に極めて深刻な状態に陥ります。
その理由は、この時期にノルウェーは米軍の対ソ戦略を遂行する上での作戦基地としての役割を果たすことが期待されるようになったためでした。
当時の米軍の戦略構想には、米海軍の空母がノルウェーの基地を使用し、そこから北海からノルウェー海に活動圏を広げ、ソ連の北端地域に所在する戦略目標に攻撃を加える態勢を整える計画が含まれていたのです(Ibid.)。

この論文で問題となっているのは、1980年代にノルウェーが抱えていたこのような戦略問題でした。
ノルウェーはNATOの加盟国の一員として危機に際してソ連の進攻を抑止しうる体制を万全に整えておくことが必要であり、かつ戦争が勃発したならば国土が主戦場となって米ソ両陣営の攻撃が集中する事態を可能な限り回避する必要があったのです。

これは完璧に解決することができない問題ですが、著者は歴史的、戦略的、政策的観点から多角的に検討を加えた上で、やはりノルウェーに新たな基地(具体的には中部と南部に一つずつ主要な作戦基地)を建設することが戦略的に必要であるが、ノルウェーによって実行されることは極めて困難であるだろう、という結論に達しています(Ibid.: 127)。

もし米ソ間の緊張状態が戦争に至れば、ソ連は西ヨーロッパ地域を防衛するNATOの地上部隊を速やかにWPの侵攻によって撃滅する必要がありますが、米国はそれを防ぐため本土から増援をヨーロッパへと派遣してきます。
ソ連は米国本土から派遣されてくる増援部隊がヨーロッパに揚陸される前に、これを大西洋上で阻止することが求められます。
そのため、ノルウェー海、北海、北大西洋に通じる海上交通路を確保することはソ連にとって戦争の勝敗を分ける非常に重要な達成目標ということになります。

この海上交通路を確保する第一歩として、ソ連がスカンディナヴィア半島で陸海空軍を使用した大規模な攻勢に出た場合、ノルウェー軍はこれを阻止できるのでしょうか。
著者の分析によれば、ノルウェーにNATO軍の戦力が事前に配備されていないと、ノルウェー軍の戦力だけでソ連軍の攻勢を阻止することは絶望的であり、短期間の内に北ノルウェー地域はソ連に攻略奪取される公算が大きいと見積もられます。

以上の考察から、この研究ではノルウェーの外国軍駐留禁止政策は、米国の西ヨーロッパ防衛のための戦略計画を破綻させる危険があり、是正される必要があるという結論になるのです。
そのため、この研究はノルウェーの安全保障を政治的、外交的、軍事的観点からさまざまに分析しているにもかかわらず、最終的な結論では米国の立場が貫徹され、ノルウェーの基地政策を批判する議論で締めくくられています。

この結論の是非はまた別の議論がありえるでしょうが、興味深いのは敵対する大国の戦略の成否にとって戦略的な重要地域を領有する中小国の戦略が深刻な影響を及ぼしうることを指摘していることでしょう。
すべての国家の安全保障は直接間接に他国の安全保障と関係を持っており、たとえどのような戦略を採用するとしても、それが他国の防衛にどのような影響をもたらすかを考慮に入れておくことを欠かしてはなりません。

KT

2015年10月16日金曜日

論文紹介 現代日本の国家戦略としてのバックパス


日本の安全保障に関する研究では、平和主義(pacifism)の規範こそが戦略の形成に強い影響を与えているとしばしば説明されます。
国際政治における国内の社会的観念、規範的意識の影響を重視する構成主義(constructivism)の研究では、日本の「特異性」がこの平和主義の必然的な帰結として理解されてきました。
しかし、研究者の中にはこの見方とは全く異なる観点から説明が可能であることを主張する人もいます。

今回は、日本は平和主義という規範によってその安全保障上の決定を下しているのではなく、バックパスという国家戦略を展開しているのだという議論を展開した研究を紹介したいと思います。

文献紹介
Lind, Jennifer M. 2004. "Pacifism or Passing the Buck? Testing Theories of Japanese Security Policy," International Security, 29(1): 92-121.

著者が問題としているのは、これまでの日本の安全保障戦略を研究してきた人々が、日本の軍事力水準を正しく把握してこなかったことです。
日本の軍事的能力の低さを示すために研究者がよく参照するのは、GDPに対する防衛費の比率でした。先進主要国であればGDPに対する防衛支出の比率はおおよそ1.5%から3%の間ですが、日本はおよそ1%しか防衛予算を確保していないのです(Lind 2004: 95)。

しかし著者は、GDPに対する防衛予算の大きさではその国家の軍事的能力を評価するのに不適切であり、さらに予算規模だけでなく戦力規模からも評価を行うことが必要であると指摘しています。

著者の分析によると、日本の安全保障において軍事的能力は従来から必ずしも軽視されておらず、特に海上戦力と航空戦力に関して見れば、無論米国の水準に遠く及ばないものの、中国、フランス、ドイツ、イギリス、ロシア、イタリア等の主要国に対抗可能な水準ではあるとされています(Lind 2004: 97-101)。
このような根拠から、著者は従来の日本の安全保障上の政策や戦略に関する研究において平和主義が過大に評価されていたのではないか、と疑問を提起しています。

その上で著者は、国際政治における日本の国家戦略を最もよく説明することができる概念としてバックパス(buck-passing)があると論じています。
バックパスは脅威に対抗する必要があると認識していながらも、その脅威に対処するために必要な対抗措置を取らず、他国の防衛努力に可能な限り依存する国家戦略です(Ibid.: 103)。

もし日本が従来の説のように国内における平和主義規範の影響を強く受けているのであれば、その軍事的能力の水準は低水準のまま推移するでしょう。
しかし、日本が単にバックパスを実施しているという説明が正しいのであれば、脅威が増大するのに応じて、また同盟国である米国の軍事力が低下すれば、その分だけ軍事力を増強するはずです。
著者は冷戦期における日本の防衛予算、防衛力の推移を検討したところ、冷戦後の事実関係については一部疑問の余地が残るものの、比較的後者の説が前者よりも優れた説明力を示すと述べています(Ibid.: 115-6)。

この研究論文の重要な成果は、現代日本の安全保障戦略が平和主義規範によって形成されてきたと考えるよりも、日本が直面する脅威を米国にバックパスしてきたと考える方が、冷戦期の事実関係をよく説明することができること、これを明らかにしたことだと言えます。

日本の安全保障を平和主義によって特徴付けられてきたという考え方では、日本がこれまで周辺諸国の軍事動向に応じて防衛努力を調整してきた事実を説明することができないのです。

バックパスの利点と欠点それ自体はまた議論する必要でしょうが、いずれにせよ今後の日本の安全保障を考えるために重要なのは、平和主義規範を守ることではなく、安全保障環境に応じて従来の通り適切な防衛力を整える努力を払うことだと考えられるべきではないでしょうか。

KT

2015年10月14日水曜日

COCOAで分かる地形分析


ある戦闘で敵の部隊よりも味方の部隊を有利な態勢で戦わせるためには、その戦場に存在する地形地物を敵よりも活用する技能に長けている必要があります。
戦術の研究では任務遂行にとってその地域の地形地物がどのような影響をもたらすのかを評価することを「地形分析(terrain analysis)」と言います。

今回は、陸上戦闘における地形分析のやり方としてCOCOA分析について説明したいと思います。

COCOAとは、地形分析において考慮すべき五つ事項、緊要地形(Critical terrain)、障害(Obstacle)、掩蔽(Concealment)、監視(Observation)、接近経路(Avenue of approach)の頭文字をとったものです。

・緊要地形は戦術的な価値が大きいと判断される地形のことをいいます。英語ではKey terrainという表現もあります。

主要な道路が集中する場所、河川で渡河が可能な地点、離着陸が可能な飛行場、着上陸が可能な港湾、射撃や監視が容易な場所などが具体例として挙げられます。
ただし、緊要地形と判断された地形は一般に、その獲得の成否がそのまま戦闘の勝敗に直結するような重要度を持つものと考えられることが多いので、やみくもに緊要地形を決めつけることも正しくありません。

・障害は部隊の通過が著しく困難な地形のことをいいます。

一概に障害といっても常に通行が不可能と判断されるわけではありません。
適切な装備と所要の時間があると想定すれば、絶対に通過が不可能という地形は非常に例外的だからです。障害は限られた部隊の能力と時間の制約との関係で判断されるべきものです。
一般的な装備、つまり25キログラムから20キログラムの重量負荷が与えられた兵士がその地形をどの程度の速度で通過することができるかという観点から障害は判断されます。

ちなみに障害はその形態から自然障害と人工障害の二種類に区分され、例えば自然障害には河川や崖等が、人工障害には地雷原、鉄条網等が含まれることも付記しておきます。

・掩蔽は敵の射撃に対する天然または自然の防護のことをいいます。


陸上戦闘では部隊を配置した土地でさまざまな工事を行うことが一般的です。
このような工事は築城(fortification)と呼ばれますが、そこでは掩体の構築、障害の構成、道路の整備などが行われます。
このような築城の結果として構築される掩体の所在やその強度などを判断することが地形分析の問題となります。
掩体というのも耳慣れない用語だと思いますが、一個または複数の装備品を敵の火力から防護するため、またそれら装備品がその場所で使用できるように準備された陣地のことです。

掩体で最も単純なものは二人一組が地面を掘って構築するタコツボ陣地ですが、それだけが掩体ではありません。
防護性能を持つ屋根である掩蓋を取り付けた陣地や、応急築城資材を使用して地上に構築する堡塁等もあるので、地形分析では敵と味方の陣地にどの程度の防護性が備わっているかを判断することが重要となるのです。

・監視はある地点から戦場を監視した際に確保できる視界のことを指しており、射界とも関係する事項です。
起伏の激しい地形では一般に稜線で視界、射界が狭まっています。そのため、高所に位置して視界を確保しなければ敵情を把握することも困難な場合があります。
どの場所からどの地域を監視することができるのかを知ることは、地形における部隊の配置を決定する上で重要なことです。

また起伏の穏やかな平野でも、視界を妨げうる地形要因があります。それが植生であり、その地域に分布する植物の背の高さが特に重要な要因となります。
もしその地域に分布する植物の背の高さが人の背の高さと同じくらいであり、しかも植生の密度も高いと想定すると、そのような地域では歩兵がその存在を相手に秘匿しやすいということになります。
しかし、そのような地域では歩兵よりも背が高い戦車や装甲車の存在を相手に秘匿することはできなくなります。

戦闘では相手に先んじて敵情を知ることが何よりも重要であり、そのためにはこのような監視の容易さという観点から地形を分析する必要が出てくるのです。

・接近経路は戦場で複数の緊要地形の間を結ぶ経路のことをいいます。

軍事上の接近経路は必ずしも陸上道路とは限りませんが、ここでは陸路に限定して説明します。
一般に接近経路の価値は緊要地形との関係という外的要因と、道路それ自体の容量や路面の状態という内的要因から評価することができます。

例えば複数の緊要地形に向かって前進するために、ある特定の幹線道路しか利用できない場合、その幹線道路は最も重要な接近経路と言えます。
しかし、その幹線道路はすでに繰り返し空爆を受けて一部寸断されており、大規模な部隊が通過するためには一部で工事を要する箇所があると確認された場合、その接近経路の戦術的な価値について下方修正しなければなりません。
外的要因と内的要因の両方を総合することで接近経路の価値ははじめて分析可能となるのです。

以上がCOCOA分析の要点であり、これらを一つずつ検討していくと戦術上の地形分析で網羅すべき事項を手早く把握することができます。
地形分析はさまざまな地理の知識を駆使する必要があるので非常に奥が深いのですが、COCOA分析を覚えれば、そのような複雑な分析のテクニックを誰にでも分かりやすい簡単なチェックリストに落とし込むことができますし、限られた時間で状況を判断することにすぐに役立ちます。

普段の通学や通勤で何気なく目にしている地形でも、戦術の観点からきちんと観察すると、地形分析の良い練習になりますし、そのような地形において部隊がどのような行動をとりうるかを考察する能力を向上させることにもつながります。

KT

参考文献
Collins, M. 1998. Military Geography for Professionals and the Public, Washington, D.C.: National Defense University Press.

2015年10月12日月曜日

論文紹介 米国のオフショア・コントロールと日中貿易のリスク


オフショア・コントロール(offshore control)とは、現在米国で研究が進んでいる対中戦略の一種です。
すでに中国は第一列島線、第二列島線によって地理的に区切られた防衛圏を形成する構想を明らかにしており、近年の中国の海洋進出はこのような構想を実現するための活動と考えられています。
中国が設定する第一列島線と第二列島線の位置関係。
(平山2014: 11)より引用。
この中国の戦略に対抗するため、米国では当初、海軍と空軍の協同連携によって中国の重層的な防衛線を潜入突破することを目指す戦略構想、エアシー・バトルの研究が始まりました。
しかし、予算見積の結果を受けて、エアシー・バトルは国防予算の制約上、実行可能性に乏しいことが批判されるようになりました。
結局2015年現在では抜本的に戦略の見直しが進められることになっており、そのエアシー・バトルの代替案として浮上したのがオフショア・コントロールです。

今回は、海上自衛隊幹部学校から出されている研究論文を紹介し、特に日本の立場からオフショア・バランスを考察した部分を中心に紹介します。

文献情報
平山茂敏「オフショア・コントロール戦略を論ずる―「戦争を終わらせるための戦略」と日本の選択」『海幹校戦略研究』2014年6月(4・1)6-26頁
(http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/review/4-1/4-1-2.pdf)

この論文は、米国のオフショア・バランスがどのような戦略であるのかを解明するために、この構想の提唱者である米国防大学のハメス(T. X. Hammes)の研究内容を調査しています。

その調査結果をまとめると、オフショア・コントロールとは中国と米国の限定戦争を想定した上で次のような構想が盛り込まれています。

(1)中国の沿岸から第一列島線までの海域に潜水艦部隊等を進出させ、中国海軍がその海域で海上優勢を確立することを拒否する。
(2)中国の第一列島線上に位置する海域または空域を防衛する。
(3)第一列島線から外側の海域または空域に対する支配を強化し、特に中国の船舶に対してはチョークポイントを封鎖する。

チョークポイントの封鎖はいわば中国の軍艦、商船の両方を海上交通路から排除するという海洋戦略であり、米中の対立が長期化する可能性を考慮したものです。
オフショア・コントロールで封鎖されるチョークポイントの位置関係。
中国付近の赤線で示された地域は特に対中拒否、対中防衛が予定される。
(平山2014: 12)より引用。
また著者はこのオフショア・コントロールに対して中国がとりうる可能行動について検討し、次のような対抗戦略がありうると論じていることを紹介しています。

(1)米国の同盟国、特に韓国、日本、オーストラリアにある米軍基地の使用を妨害し、オフショア・バランスの実行に必要な同盟国の協力を阻止する。
(2)米国の同盟国を直接攻撃することで米国との戦争に巻き込まれる恐怖を与え、同盟国を個別に米国の陣営から離脱させる。
(3)米国の同盟国に対する中国の海上封鎖により、特に韓国全域と西日本に対する海上交通路に対して脅威を及ぼす。
(4)直接の戦闘を回避しながらも、世界規模で通商破壊を実施する。
(5)米国と同盟国周辺への機雷敷設
(6)無人機攻撃
(7)宇宙空間およびサイバー空間での攻撃
(8)金融上の攻撃

このように著者はオフショア・コントロールという戦略の全体像とそれに対して予想される中国の反応を整理した上で、これが日本の安全保障にとって直接的に関係することを強調しています。
「日本は米国と日米安保条約で結ばれた同盟国であり、地理的には米中がせめぎ合う第1列島線上に長大に横たわっていることから、オフショア・コントロール戦略の影響を避けることは出来ない」(同上、19)
そこで著者は四種類の日本の戦略を比較検討を行っています。

第一の選択肢はオフショア・コントロールへの全面参加であり、「日本が米国と肩を並べて戦い、オフショア・コントロールの一翼を担う」ということが予定されています(同上、20頁)。

第二の選択肢は部分参加であり、「米国支持の姿勢を明らかにするが、中国が日本又は在日米軍基地への攻撃を行わない場合は、防衛出動を命じることができないため、直接的な戦闘活動以
外での支援を行う」という戦略です(同上)。

第三の選択肢は少し分かりにくい表現ですが「部分的不参加」と区分されており、「米中いずれに対する支持も表明しない。紛争に際しての中立性を主張し、紛争に直接参加する米軍部隊による在日米軍の基地使用は拒否し、紛争に参加する米軍機に限り領空通過も拒否する」という戦略構想となります(同上21頁)。

第四の選択肢は全面不参加であり、「米中いずれの支持も表明しないが、在日米軍基地の使用は拒否し、全ての米軍機の領空通過を拒否する等、実質的には中国寄りの行動を取る」と説明されています(同上21頁)。

日本が米国の味方という立場でオフショア・コントロールに参加すれば(第一、第二の選択肢)、それは中国との敵対を意味するため、沖縄の基地は中国の弾道ミサイルの攻撃目標となるだけでなく、中国に対する経済的封鎖に参加する場合には対中貿易の停止という形で日本経済に影響があると予想されます。
この事態を避けるために、より中国寄りの立場で中立(第三、第四の選択肢)を選択すると、それは事実上の「中国側参戦」と米国に見なされ、中国に対する経済的封鎖の一環として中国に寄港する日本の船舶も監視または拿捕の対象となる、と著者は指摘しています(同上23頁)。

著者は極端な第一と第四の選択肢は非現実的であり、実行可能性があるのは第二、第三の選択肢だと判断しています。
というのも、第一の戦略案を採用する場合、中国が在日米軍基地に攻撃を行うことが前提となるので、中国にとって最も不利な状況を意図的に進んで行うことがないと想定する限りにおいては、非現実的な案と言えます。

また第四の案は日本が完全に米国の陣営から離脱する戦略であり、それは日本にとってほとんど利点がないので、そもそも戦略としての適否を検討するに値しません。
そこで、第二と第三の戦略が問題となりますが、著者は相対的に見て第二の選択肢のほうが日本にとっては有利ではないかと結論付けています。
「現実的選択は部分的参加か、部分的不参加に限られるが、自主的に対中貿易を中断する部分的参加が、強制的に中断させられる部分的不参加よりも、グローバル経済へのアクセスが保証されることから日本にとっては望ましい」(同上24頁)
いわば、このオフショア・コントロールという米国の戦略を踏まえ、日本として選択すべき戦略は、世界経済との接続を分断される事態を回避するため、進んで対中貿易を中断する処置が必要となるということです。

この研究論文の成果として、米国がオフショア・コントロールという戦略を採用した場合、日本が最も妥当な戦略を選択しようとすると、中国の経済的封鎖の必要から日中貿易を全面的に停止する必要が出てくること、しかもそれは長期化する可能性があることを明らかにしたことでしょう。

簡単ではありますが、現在の日中貿易の状況を確認しておきましょう。
2012年から2014年までの日本の国別で見た輸出額で中国のデータを調べると、2012年は1446億8600万ドル、2013年は1298億5100万ドル、2014年は1271億500万ドルと微減で推移しており、輸入額を見ると2012年は1890億1900万ドル、2013年は1821億9200万ドル、2014年に1820億7100万ドルと、やはり微減のまま推移しています(日本貿易振興機構2015:114)。
2012年以降の日本の対中貿易の短期動向。
わずかに減少傾向がみられるがほとんど横ばいで推移。
しかし、全体としてみれば横ばいの状況であり、日本の輸出入全体に占める中国の割合は小さくありません。参考として2014年の米国との貿易規模を挙げると、日本の輸出総額は1294億4100万ドル、輸入総額は717億5100万ドルです(同上)。
このことは、オフショア・コントロールが米国の戦略として採用されたならば、日本の対中貿易は経済的リスクを抱えることを示唆しています。

まとめると、日米同盟を強化して中国を封じ込めつつ、日中貿易を拡大することは、オフショア・コントロールという米国の戦略の下で両立しえません。
日中貿易の停止はオフショア・コントロールに欠かすことができない要素であり、もし米中の対決が決定的なものとなれば、日本が中立の立場で中国との貿易を継続すれば、それは米国への敵対行為と見なされるものと考える必要があります。

無論、まだ米国がオフショア・コントロールという戦略を明示的に採用したと決まったわけではありません。しかし、それはありうるシナリオの一つであるということを理解しておくことが日本にとって必要でしょう。

KT

参考文献
日本貿易振興機構『2015年版ジェトロ世界貿易投資報告―グローバル・ビジネス深化に向けた新たな取り組み』日本貿易振興機構、2015年

2015年10月10日土曜日

戦車小隊の隊形とその戦術的な特徴


陸上戦闘だけで考えるのであれば、戦車は最も強力な武器体系に位置付けられます。
戦車は戦闘で必要な火力、機動、防護という機能をバランスよく兼ね備えており、もし戦場でこれを発見したならば最優先で対処すべき脅威として指導されます。
今回は、戦術の観点から戦車小隊の隊形について紹介したいと思います。

まず戦術とは一般に戦闘で任務を遂行するために部隊を運用するための科学または技術のことを意味しており、味方の部隊が敵の部隊に対して有利な態勢を占めるための機動を指示することもこれに含まれます。
次に戦車小隊(tank platoon)について述べると、これは戦車部隊の基本的な単位であり、車両4両によって編成され、各車両に車長、砲手、装填手、操縦手の4名が搭乗するのが一般的な編成です。

戦車小隊の戦術において基本となる隊形にはいくつかの分類がありますが、米軍の教範で紹介されている戦車小隊の隊形には次の種類があります(以下の解説はATP3-20.15: 3-14を参照)。

縦隊(column)は部隊行動の統制が容易であり、側面に対する射撃にも適しているが、正面では十分に火力を発揮することができないので、敵の部隊と接触する恐れが少ない場所で、経路が狭まった狭隘な地形を通過する時に使用すべき隊形です。













千鳥縦隊(staggered column)縦隊の特性を残しつつ、正面と側面に対して火力を発揮することができる隊形であり、特に敵の部隊と接触する恐れがある地域で迅速にその場所を通過する必要がある時に使用します。













突撃隊形(wedge)正面に対して最大限の火力を発揮できると同時に、側面に対しても良好な火力を使用することが可能な隊形であり、若干の起伏がある地形や広漠とした地形で敵の部隊に対する突撃に適しています。













V字隊形(vee)は正面に対する射撃にはあまり適しておらず、部隊の統制と防護を優先した隊形です。狭隘な地形で視界や機動が妨げられている場合、前方を進む車両を後方の車両が視界に入れて警戒しながら前進する際に使用できます。













円形隊形(colt)は戦車小隊が他の小隊から独立して行動する場合、防御体制を準備するために使用され、小隊長が登場する戦車を基準として各車両が異なる方向に対して視界・射界を確保し、車両が別々の方向に対して直ちに発進することができる位置、方向で停止します。












四角隊形(herringbone)は小隊の応急防御に使用されますが、すぐに前進が再開できるように車両の方向は警戒の方向と一致させません。ちなみに戦場機動とは別に行進途上の戦車が休止する場合に取る隊形でもあります。












左斜行隊形(echelon left)正面と一方の側面に対して最大限の火力を発揮することができる隊形ですが、他方の側面に対する小隊の射撃が妨げられるという特性もあります。















右斜行隊形(echelon right)先の左翼斜行隊形の説明を参照。















横隊隊形(line)前方に対して最も小隊の火力を発揮しやすい隊形であり、敵の陣地のような場所を攻撃する際にはこの隊形が使用されますが、隊形を維持して機動することが最も難しいという特性もあります。








これらの隊形の解説からも分かるように、戦車小隊の戦術にとって小隊の火力をどの方向に対して指向するのか、小隊の機動をどの程度まで統制するかが重要なポイントとなります。

隊形における各車両の位置は常に厳密に保持されなければいけないわけではなく、地形や各車両の操縦手の技量によって柔軟に選択されるものです。
ただし、各車両は相対的な位置関係については可能な限り維持しなければならないと考えられています。

米軍の教範を読むと「隊形はあらゆる瞬間において各車両が特定の距離を保つような厳密さを求めるものではない。その隊形においてそれぞれの戦車の配置は地形によって、またはその戦車の操縦手が先行する戦車との関係で機動を保つ技量によって決まる。個々の戦車は常にある隊形において同一の相対的な位置関係を占めるべきである。すべての戦車に搭載された武装の照準は中隊の隊形における小隊の配置に基づいて最大限の警戒が可能となるように修正しなければならない」と定められています(ATP3-20.15: 3-12)。

戦車という車両は普通の車両とは比較にならないほど視界が狭いため、互いの位置を目視で確認することはほとんど不可能です。
つまり、戦車小隊が隊形を維持して正確に機動できるようになるためには、長期にわたる訓練期間を要するということを意味します。

戦車小隊の隊形については別の場所でも説明されていることですが、2012年度の米陸軍の教範を踏まえて書かれた解説が見当たらなかったので紹介してみました。
隊形のことなど些細な事だと思われるかもしれませんが、適切な隊形はあらゆる部隊行動の基本であり、優れた戦術の礎です。
もし戦車小隊の機動演習を見学する機会があれば、小隊長が地形に応じてどのような隊形を選択しているのか、隊形の変更とその保持がどれほど良好なのかに注目すると、一層戦車に対する理解が深まると思います。

参考文献
U.S. Department of the Army. 2012. ATP 3-20.15: Tank Platoon, Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office.

2015年10月8日木曜日

計量で考える平和の条件

最近の日本の議論では日米同盟の運用との関係で、同盟の強化が戦争を招き寄せるものか、戦争を遠ざけるものなのか、意見の相違が見られます。
しかし、このような政策論争では戦争はどのような要因によって引き起こされるのか、平和を実現するための条件とは何か、という問題が解決されないまま疑問として残されます。

そこで今回はRussettとOnealの研究から、平和の条件として政治学でどのような要因が分析されているのかを紹介したいと思います。

RussettとOnealが分析で使用したデータは、Correlate of War Projectという研究プロジェクトのものです。
これは1816年から現代にかけておよそ200年弱の武力紛争、同盟形成に関する体系的なデータを一般に公開しているもので、誰でもアクセスすることができます。(Correlate of War(英語), http://www.correlatesofwar.org/)

このデータを用いることで、国際システムで過去に戦争に国家が参戦した事例と、同盟の締結や軍備の増強などの要因との間にどのような関係があるかを一年ごとに分析することが可能となります。
そこで、RussettとOnealは国家が戦争へ参加する確率と、同盟、軍備、政治体制、貿易、国際組織との関係を分析し、1886年から1992年までの武力紛争における戦争参加の確率がどのように変化するかを考察しています。

条件別に比較した国家が戦争に参加する確率の変化
・同盟への加入 -43%
・勢力比の増大 -42
二国での相対的指標で見た数値
・民主化指数の増大 -26
・二国間貿易の増大 -29
・国際組織への加入 -35
国際システム全体で見た平均の数値
・民主化指数の増大 -24
・二国間貿易の増大 -35
・国際組織への加入 -10
(Russett and Oneal 2001: 183)

少し細かい話になるのですが、この分析の手続きがどのようなものであるのか概観しておきます。必要なければ読み飛ばして下さい。

この分析で出発点となっているのは1886年から1992年にかけて存在していた国家が戦争に参加しているかどうかをすべて調べ上げたデータです。
戦争に参戦した国家と参戦していない国家の間で、どのような条件の相違があったのかを見るために、RussettとOnealは同盟への加入、勢力比の増大、民主化指数の増大、二国間貿易の増大、国際組織への加入という条件に注目しています。
これらの条件の変化を把握する方法として、標準偏差(統計値がどれだけ散らばっているのかを表す分散の正の平方根の値)が用いられています。
同盟については常に1としているのですが、その他の条件については標準偏差分だけの変化があることが前提とされています。
また政治体制、貿易、国際組織については二国で相対的な指標として見た数値と国際システム全体でとった平均値の両方から確認しています。

以上の分析を踏まえて、RussettとOnealは次のように分析結果を判断しています。
「やはり、現実主義の要因、つまり同盟と相対的勢力が(戦争参加に)与える影響は強い。それぞれの要因は二国間が戦争に参加するようになる確率を、43%から42%ほど低下させている。それに加えて、6つのカント主義の体系的変数(評者注:政治体制、貿易、国際組織に関する要因群のこと)は統計的に有意であったものの、国際組織に加入する国家の毎年の戦争参加の平均値については弱かった」(Ibid.: 182)
したがって、平和を維持するために同盟、軍事力は最も強力な影響を与えていると言えますが、政治体制、貿易、国際組織もそれぞれ副次的な重要性を持って平和を維持することに寄与しうる可能性があると分かります。

驚くべき分析結果とまでは言えないかもしれませんが、軍備と同盟が国家の平和と安全を維持する上で重要な働きを示すことを計量的に確認したという意味で、この分析は非常に重要であり、また政治体制や貿易、国際組織の興味深い影響についても、より詳細なデータを用いて再検証と分析を進める必要が示されています。

国家の行動は個別に見れば、必ずしもすべてを法則的に説明できるものでもありませんが、集合として見れば一定の規則性や原則性が認められますので、今後の政治学ではさらにこうした計量的分析を発展させることが期待されているでしょう。

参考文献
Russett, Bruce and John Oneal. 2001. Triangulating Peace: Democracy, Interdependence, and International Organizations, New York: Norton.

2015年10月6日火曜日

論文紹介 防衛学とは何か、自衛隊の視座から


軍事学には学問として長い歴史があり、時代や地域によって呼び方も変遷してきました。
19世紀には戦争学(study of war)、軍事科学(military science)などの名称もありましたが、20世紀以降になると防衛学(defense studies)、戦略学(strategic studies)、安全保障学(security studies)などの名称も使われるようになります。

とはいえ、それぞれがまったく別の学問として存在しているというわけではありません。
名称が変更される理由としては、研究上の関心が変化を表現すること、研究予算の獲得のための非研究者への説明、また研究組織の新規の立ち上げに当たって、都合が良い名称が変化する等があります。

日本における軍事学の歴史を見ると、警察予備隊から保安隊を経て自衛隊が発足した時に同様の状況があったことが分かります。
防衛大学校では現在でも「軍事学」は研究から外されており、名称としては「防衛学」が研究されています。今回は防衛学という学問をどのように規定するのか、その取り組みについて知ることができる論文を紹介したいと思います。

論文紹介
服部実「防衛学の概念および分類」『防衛大学校紀要』1975年、31号、109-134頁

著者は1916年生まれの旧陸軍士官(50期)であり、復員局勤務を経て1954年からは陸自に勤務していました。1969年から防衛大学校で防衛学の講師として教鞭をとり、1972年以降は教授に就任しています。
この論文では防衛大学校の独自教科でもある防衛学について概念的な整理が行われており、軍事学との差別化を図っています。

まず著者は防衛学という名称がどのような成り立ちを持つかという論点について諸説を検討しています。
「「防衛学」の概念についての意見の一つは、「防衛学」は軍事学あるいは兵学と同義語であるとするものである。警察予備隊発足当時から、世評を慮り、軍、兵、戦、武といった字を極端に避け、戦車を特車といった時代であったから、軍事学とか、兵学という言葉のかわりに、「防衛学」という用語を使ったのだろうと考えられている」(109頁)
これは当時の自衛隊が置かれていた社会的、政治的状況を重視する説ですが、著者はそれ以外の説にも注目しています。すなわち、防衛学は軍事学の従来の研究領域を含みながらも、より広い研究領域を包括する学問であるという説です。
「また、「防衛学」は兵学に近い政策科学的立場にたっている、とする説もある。ここに述べられた兵学とは、「戦争における軍事力運用に関する直接、間接の技術を探求する学の総称であり、それは軍事にたずさわる幹部級の者が、主たる対象となって用兵および行政ならびに武力防衛に必要な統率および教育に関する広義の技術上の問題を探求しようとするものである」とされている。この兵学概念における「学の総称」の意味内容は、なお詳細述べなければならないが、「学の総称」とする意見は別にもある」(同上)
著者の立場はこの説に近く、防衛学という学問はこれまでの旧日本軍で研究されていた軍事学よりも大きな射程を持ちうる学問だと考えています。
「すなわち、「防衛学とは国の防衛に関する諸学の総称である」とし、広義の防衛学は、外交、国家安全保障、国防の諸政策等に関連を持つ諸学であり、狭義の防衛学は防衛科学、戦略、戦術よりなるものとし、防衛科学は(1)防衛行政(軍政)学、(2)防衛基礎(補助)学、(3)防衛力運用(用兵)学、(4)自衛隊統率(軍事統率)、(5)自衛隊教育(軍隊教育)、(6)軍事史、軍政史、軍制史、技術史、その他、(7)戦史、(8)その他の八項目にわけられている」(同上)
なぜ防衛学は軍事学よりも幅広い研究領域を含むのでしょうか。
その点について著者は現代において「防衛」の主体は必ずしも自衛隊(軍隊)ではなく国家全体でなければならず、したがって非軍事的主体をも含めて考える必要があるためだと説明しています(113頁)
また「防衛」の客体に該当する侵略者についても、国家主体だけではなく非国家主体が国家の内部から攻撃を仕掛けてくるという可能性を考慮する必要もあります(115頁)。

このように、従来の軍事学の研究を防衛学は拡大する側面があるという著者の考え方の背後には戦争の形態の変化に対する次の判断がありました。
「クラウゼヴィッツ以来、戦争は軍事行動として把握されてきた。ルーデンドルフの総力戦以来、軍事力以外の諸力をも含むようになってきた。しかし、ルーデンドルフの場合においては、思想的には軍事行動としての戦争を重視するものであり、この戦争に政治が奉仕すべきものとしたのである。第二次大戦後、ルーデンドルフの総力戦の用語と同じであるが、全体戦争の概念が登場した。全体戦争の概念は核兵器の出現によって、すべて軍事行動としての戦争に奉仕することは無意味となった。それは、相手の核攻撃は味方の軍事行動をもって阻止することができなくなったためである。ここに民防の必要性が叫ばれるに至った」(117-118頁)
戦争において重要な手段が軍事的手段から非軍事的手段へ変化しつつあるのだとすれば、今後は軍事力だけでなく、軍事力を中核としながらもより広義な防衛力こそを研究の課題とすることが適切であり、防衛力を駆使して侵略を抑止することを最重視しなければなりません。

以上が論文で述べられた防衛学の規定について概観したものとなります。

防衛大学校において研究されている防衛学がどのような理論的背景の上に成り立っているのかを知ることができるだけでなく、現代の戦争において非軍事的能力が一般的に重要性を増していることなどは現在でも通用していると思います。
ただし、軍事学と防衛学を明確に区別することが難しいことは著者自身も認めており、私としても著者の構想する「防衛学」には賛成できない部分もあります(例えば軍事学は用兵の研究であるという判断、防衛の前提となる侵略を研究対象から除外すべきという見解、教義の研究を区別すべきという意見等)。

防衛学という学問の位置づけを明確にするという目標が達成されているかどうかは議論が分かれるところでしょう。
とはいえ、自衛隊での学術研究のためには、従来の「軍事学」とは異なる、著者が構想したような「防衛学」が必要であったと言えるでしょう。

KT

2015年10月3日土曜日

事例研究 イタリア戦争とフランスの限界


同盟は二カ国以上の国家がその軍事的能力を結合させ、侵略においては相手を包囲し、防衛においては相手を抑止することができます。
したがって、対外政策の手段としての同盟と軍備を切り離して考えることはできません。同盟を締結したとしても、結局のところ国際政治において相手に具体的な強制力を発揮するには軍備が必要です。
今回は、16世紀のヨーロッパ情勢におけるフランスの対スペイン政策を取り上げて、同盟と軍備の関係について説明したいと思います。

16世紀のヨーロッパ情勢を見ると、ハプスブルク家が見せた勢力はヨーロッパ全域に及んでいました。
15世紀後半から16世前半にかけてハプスブルク家は西端のジブラルタルから東端のハンガリーに至る広大な領土を政略結婚や領土相続によって獲得していました。

しかし、このようにハプスブルク家がヨーロッパで台頭することにフランスは強い危機感を抱いていました。
当時のフランス王国を統治していたフランソワ一世は、1519年にカール五世が神聖ローマ皇帝に即位してヨーロッパの広大な地域を支配し始めると、フランスはその勢力を抑制するために、さまざまな外交的、軍事的な措置を講じ始めます。

スペインとフランスが最初に衝突したのはちょうどルネサンスが花開いていたイタリアでした。
当時、フランスとスペインは北イタリアの都市ミラノ、ナポリの正統な支配権をめぐって対立していましたが、フランスはスペインに対して勝算があると判断し、軍隊を派遣して占領します。

しかし、スペインは間もなくイタリアの防衛のための軍隊を派遣し、テルシオとして知られる新たな方陣を導入することで戦術的優位を確保し、フランス軍に対して戦略的反攻に転じます。
スペイン軍の攻勢を受けて最終的にフランス軍は1525年のパヴィアの戦いで大敗し、陣頭指揮をしていたフランソワ一世は捕虜として捕らえられます。
その後、フランスは一時は軍隊を引き揚げますが、およそ3年後には再編成した軍勢をイタリアに派遣し続けたため、戦争は長期化していきました。

それでもフランスはスペインと軍事的に対決しても勝ち目がないと当初の判断を改めるようになります。
16世紀のスペインとフランスがどの程度の軍事力を保有していたかを正確に知ることはできませんが、ある研究によれば1470年代におけるスペイン軍の規模が20,000名程度であったにもかかわらず、1550年代には150,000名にまで増員されていたこと、そして1470年代のフランス軍の規模は40,000名であったものの、1550年代には50,000名と増員が相対的に遅れていたのではないかと推定されます(Parker 1979: 96)。

この数字に基づいて相対勢力比に置きなおすと、1470年代には仏:西=2:1とフランスに優勢だった勢力比が1550年には1:3とスペイン優勢に変化していたことになります。
この分析ではフランスとスペインでは軍事力そのものだけでなく、軍隊を拡張する経済力にも大きな格差があったことが示唆されています。

そこでフランスは単独でスペインに対抗するのではなく、より実行可能性の高い戦略を見出しました。それがスペインの封じ込めを目的としたフランス―オスマン同盟です。

当時、オスマン帝国はマムルーク朝を滅ぼしてシリア・エジプトを獲得し、バルカン半島を北進してオーストリア・ハンガリー方面を、東地中海を西進して南イタリア・西地中海方面のスペインの支配領域に多大な脅威を与えており、1526年のモハーチの戦いでハンガリー軍はオスマン軍に敗北し、1529年にオスマン軍の部隊はウィーンを攻囲したため、スペインはオーストリアを失う危険に直面していましたが、ウィーンの防衛にはかろうじて成功しました(第一次ウィーン攻囲)。

このような状況から、スペイン軍はフランス軍との戦いのさ中であっても、対オスマンの長大な防衛線を維持するための部隊を分散して東方へ配備する必要が生じていたのです。
この脅威を自国のために利用できると考えたフランスは使節を派遣し、1535年にオスマン帝国と正式に同盟を締結しました。

この事例において最も驚くべき事実は、スペイン軍がその後も戦争においても主導権を完全には失わなかったことです。

オスマン海軍が地中海で攻勢に出た時にもスペイン海軍はプレヴェザの海戦でオスマン海軍に勝利しました。またイタリアをめぐるフランスとの戦争でもスペイン軍の力は健在であり続けました。
イタリア戦争を戦うフランスにとって、オスマンとの同盟の効果は期待外れの結果に終わります。
スペイン軍で導入された戦闘陣「テルシオ」
従来までの騎兵突撃の優位を打破した画期的な歩兵戦術とされる。
テルシオの簡単な解説が以前の本サイトの記事に含まれている
オランダの独立を可能にした軍事革命
確かにオスマン軍はスペイン軍を陸上、海上から圧迫していたのですが、本質的な問題は外交・戦略だけでなく、軍備にもあったことをフランスは見過ごしていました。
コルドバ公ゴンサーロの軍制改革に基づいて厳格な規律の下に訓練を受けたカスティリヤ地方出身の兵士たちはフランス軍が誇る騎兵突撃を受けても陣形を維持する精鋭であり、当時最も精強と信じられていたスイス歩兵部隊であってもその戦闘陣を崩壊させることはできなかったのです。
最終的に1544年、フランスはクレピー講和条約でイタリアがスペインの勢力圏であることを認めざるをえなくなりました。

フランスは決して外交的、戦略的な誤りを犯したわけではありません。
スペインの軍事力に相対的な優位性があると判断したフランスは、フランスだけでスペインと戦うことを回避し、オスマンとの連携を通じてスペインの広大な領土を異なる方向から同時に圧迫すれば、スペイン軍は各個に撃破されると考えたのです。これは政治的、戦略的にはまったく正しい考え方です。

あえてフランスの失敗した理由を挙げるならば、フランスはテルシオというスペイン軍の新たな戦術に対抗できる軍隊を構築することができませんでした。
イタリア戦争を戦うフランスにとって、オスマン帝国との同盟は強力な戦略上の方策ではありましたが、同盟それ自体が国家間の勢力関係を決定するわけではありません。

結局のところ、戦争の最後の段階において敵よりも強力な軍隊を持たなければ、巧みな外交的手腕を発揮できたとしても、その政治的目的を達成することは極めて困難なのです。

KT

参考文献
Oman, Charles. 1937. A History of the Art of  War in the Sixteenth Century, London: Methuen.
Elton, Geoffrey R., ed. 1963. Reformation Europe 1517-1559, London: Harper & Row.
Parker, Geoffrey. 1979. Spain and the Netherlands, 1559-1659: Ten Studies, London: Collins.

2015年10月1日木曜日

リデル・ハートが考える大戦略と日本の安全保障


戦略学では、戦略に複数の分析レベルがあると考えられており、大戦略(grand strategy)と軍事戦略(military strategy)は代表的な戦略の分析レベルの最上位に位置付けられています。

今回は、大戦略とは何か、それが国家の安全保障においてどの程度の重要性を持つのか、具体的にどのような事項が含まれるのか、そして大戦略の観点から見た日本の安全保障の課題は何か、という事項についてリデル・ハートの学説から説明したいと思います。

リデル・ハートは戦略学において最初に大戦略の議論を展開した研究者として知られています。彼は著作『戦略論』において大戦略を次のように定義しました。
「大戦略(高等戦略)の役割は、一国又は一連の国家群のあらゆる資源を「ある戦争のための政治目的」―基本的政策の規定するゴール―の達成に向かって調整し、かつ指向することである」(リデル・ハート、353頁)
大戦略はその国家が採用した政策(policy)を遂行する具体的な手段に対応しています。
政策とはある種の拘束力を伴って公式に決定された国家または国家の連合体の行動方針を言いますが、大戦略はこの政策と不可分の関係にあり、あらゆる戦略上の決定に優越します。
この定義を理解すれば、大戦略が安全保障において最も高い重要性を持つことが分かると思います。

次に大戦略に属する問題について考察したいと思います。
国家が持つ資源全体をどのような部門に配分するのかを決定することは大戦略に属する問題であり、軍事的手段だけでなく、経済的、外交的、心理的手段の運用も考慮されます。
「戦力は、大戦略の諸要具の中の一つにしか過ぎない。大戦略は、経済的圧迫の力や外交的圧迫の力や貿易上の圧迫の力や敵の意思を弱化させるという相当大切な道徳上の力などを考慮に入れ、かつそれらを適用しなければならない」(同上)
大戦略は軍事戦略よりも複雑なものとなりますが、リデル・ハートはこれを「膨張主義国」と「保守主義国」に大別することができると指摘しています。
「国家の基本政策の相違によって採用する戦略の目的は国家によってそれぞれ本質的に相違するものであり、したがって『膨張主義国』と『保守主義国』のそれぞれがとる適切な手段方式は必然的に異なるものでなければならない」(同上、388頁)
ここで興味深いのは、大戦略において膨張主義を採用する国家はその目的を達成するために武力紛争で勝利を得る必要が大きくなりますが、現状維持を求めて膨張主義に対抗する側の国家は必ずしも同程度の危険を冒す必要はなく、相手に軍事行動を起こす企図を放棄させるように誘導するだけよいとリデル・ハートが考察している部分です。

つまり、勢力圏拡大の意図を持たない国家の大戦略で最優先すべきは「現状の状態を将来も確保すべく、国力の保持を最重点」とすることです。
リデル・ハートは歴史を振り返ると『膨張主義国』の路線を推進する国家の政策は、しばしば国力の過度な消耗を引き起こしてきたことを指摘しており、『保守主義国』としては相手が自らの国力を枯渇させ、侵略の意図を放棄させる状況を作り出すことが重要だと考えていました。

もし日本の大戦略の在り方についてリデル・ハートの説を踏まえると、日本の最優先すべき大戦略上の課題は『保守主義国』のそれと一致しており、国力の消耗を抑えて、その相対的な水準が劣らないように維持することが重要だと考えられます。

ただし、リデル・ハートは次のようなことも述べています。
「純然たる防勢をとることが最も経済的な方法であるように見える。しかしこれは静的な防勢を意味するものであり、歴史の教えるところでは純然たる防勢は危険なもろさを持つ方法であり、これに頼ることはできない。鋭い反撃力を備えた高速機動力を基盤とする防勢・攻勢兼用方式こそは兵力の経済的使用と抑制効果とを最もよく結合したものである」(同上、388-389頁)
小さな防衛力で大きな抑止力を得るためには、コンパクトでありながらも攻勢・防勢どちらもバランスよく実施することができるだけの軍隊が必要である、というリデル・ハートの見解は日本において幅広い論争を呼ぶ部分だと思います。
これは現行の日本の防衛戦略を基礎付けている専守防衛という考え方に挑戦するものであると見ることもできるためです。

米軍が攻撃を自衛隊が防御を分担するという役割分担論によって擁護することもできるかもしれませんが、いずれにせよリデル・ハートの大戦略に対する考え方は日本の安全保障にとって重要な論点を提示していると思います。

参考文献
リデル・ハート『戦略論』森沢亀鶴訳、原書房、1986年