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2015年1月30日金曜日

論文紹介 戦争における士気の問題


戦場で部隊が士気(Morale)を維持することの重要性は広く理解されています。
ただし、士気の問題は人によっては各個人の心の持ち方という問題に矮小化されてしまう場合もあります。このような議論はそれほど建設的なものではありません。

士気の問題を、もう少し部隊全体の問題として考察した研究では、より社会的要因に注目したいくつかの説が提唱されています。

今回は、戦場で部隊の士気を維持する要因を説明した諸学説について、歴史的観点から考察を加えた論文を紹介したいと思います。

文献情報
Strachan, Hew. 2006. "Training, Morale and Modern War," Journal of Contemporary History, 4(2): 211-227.

戦場で部隊の士気を維持するためんい、どのような教育訓練が有効であるのか。
これは簡単に答えを出せる問題ではなく、時代や地域によって出されてきた議論もさまざまでしたが、著者はそれらの学説を大まかに三種類に分類した上で概観しています。

第一の説は、小集団の優越に注目した軍事訓練の重要性を主張するものです(211)。
この説によれば、部隊の士気というのは、各人が分隊や小隊のような小規模な集団に対して抱く忠誠心によって決定されるものであり、第二次世界大戦における米軍の調査研究の結果からも裏付けられた理論として考えられていました(212)。

しかし、第二次世界大戦の経験が、この小集団理論と矛盾する部分もありました。
例えば、1944年に米軍が行ったノルマンディーへの着上陸作戦では、7週間で作戦に参加した79%の士官と73%の下士官、兵卒が戦死または負傷しています。
つまり、小隊や中隊の観点から考えるならば、もともと所属していた兵士の大部分を失った部隊も続出したということなのですが、それでも戦闘それ自体を継続することができたという事実があります(212)。

つまり、教育訓練で小集団を団結させることが重要であるとしても、その要因だけが戦場で士気を維持するものであるとは言い切れないということになります。

第二の説は、小集団理論を批判する中で登場した説であり、イデオロギーの重要性に注目するものでした。
この説によれば、部隊の士気を維持するためには、その戦争を戦わなければならない理由を兵士たちがよく自覚することが決定的に重要です。
したがって、この学説の支持者は部隊の士気を高める上で政治教育の重要性が主張することになります(213-214)。

しかし、この理論にも反証となる事例がありました。

1943年、英軍の第14軍の部隊の士気を改善させるために、イデオロギーの重要性を踏まえた精神教育が実施された事例がありますが、士気の回復という成果は得られませんでした。

調査の結果として判明したのは、これから前線に派遣する兵員に対して政治教育が重要であるとしても、すでに戦場を経験した兵士に対して有効であるとは限らないということであり、教育訓練では、そのような話題を出さないほうが望ましいと判断されました(214)。

第三の学説は、動機づけ(Motivation)から士気の状態を説明する理論です。
この学説では、兵士は戦いたいから戦うのではなく、脱走が許されない状況であるから戦うのである、と考えます。

このような理論が考案された背景には、戦場における逃亡兵の問題がありました。
第二次世界大戦の東部戦線では、記録的な数の逃亡兵が発生したことで知られていますが、ドイツ軍は戦争全期間を通じて15,000名であったのに対して、ソ連軍ではスターリングラードの戦闘での脱走兵だけで15,000名を数えました(215)。

このような事象を説明する際に、ドイツ軍では第一次世界大戦の経験を踏まえて、脱走兵に対する刑罰を強化し、脱走者に対して死刑をもって臨んだ結果であると考えられていますが、やはりこの理論にも問題がありました。

この学説の反証となる事例がイタリア軍です。第一次世界大戦でイタリア軍では脱走兵が深刻な問題となっていました。
というのも、当時のヨーロッパ諸国でも脱走兵の問題が深刻だったイタリア軍では、死刑によって脱走を抑止しようと試み、参戦国の中で死刑が執行された判決が最も多く下されたのですが、それでも問題解決からは程遠い状況にあったのです(215)。

これら三種類の学説は、いずれも戦場で兵士が命令に従う理由を、異なる側面から説明しています。
この論文ではさらに、戦時中に実施された各国軍隊での教育訓練について歴史的概観を行っており、それぞの事情によって士気という問題の捉え方に相違があったことを説明しています。

学問的観点から士気の問題を理解するためのアプローチが一通りではないことが、この論文から分かるのではないでしょうか。

KT

2015年1月23日金曜日

軍隊と基本教練


基本教練という言葉があります。
これは「気を付け」、「休め」などの指揮官の号令によって、兵士が姿勢を変える仕方を規則的に定義したものを言います。

もちろん、基本教練は見栄えのためだけに行われているのではありません。
その基本的な目的は、個人と部隊を訓練して諸制式に習熟させることがあり、また部隊としての規律、団結を強化して作戦行動の基礎を作ることも目指されています。

古代ローマの著述家ウェゲティウスの著作でもさまざまな基本教練について解説されており、実際の戦闘でも部隊を特定の隊形に展開する際に用いられていました。
現代においても基本教練は新兵訓練の最初に教え込まれる事項であることに変わりはありません。

簡単に基本教練の初歩的な事項について触れておくと、特に徒歩教練(Foot Drill)には各個教練(Individual Training)と部隊教練の二つがあります。

各個教練は今でも体育の授業でも教えられるもので、例えば「気を付け(Attention)」の号令で両かかとをつけてつま先を45度に開き、胸を張って両肩を引き、両手を体の側面に密着させる不動の姿勢は各個教練の基本です。
不動の姿勢。全ての各個教練の基本となる重要な姿勢。
踵をつけて胸を張り、両手を握りこんで体側に密着させる。
(FM3-21.5: 4-2)より引用。
不動の姿勢の他にも休めの姿勢、敬礼、方向転換(右向け、右。回れ右、など)、行進(前へ、進め。分隊、止まれ。など)、銃を持っている時の動作(ひかえ、銃。になえ、銃。など)などがあります。

部隊教練とは、各個教練に基づいて隊員を特定の方向、位置、間隔で集合させ、行動させる教練で、厳密には分隊教練(Squad Drill)、小隊教練(Platoon Drill)、中隊教練(Company Drill)、大隊または旅団教練(Battalion Drill, Brigade Drill)があります。

例えば、分隊員を1列の縦隊に集合させる場合、指揮官は「縦隊、集まれ」と号令をかけます。
分隊員の中でも基準となる者は、その指揮官の前方6歩の場所に移動し、その後ろに1メートル間隔で他の者も整列します。これが部隊教練です。
分隊教練についての解説図。
上が1列横隊、右下が1列縦隊、左下は2列縦隊を示す。
縦隊の場合は先頭が、横隊の場合は最右翼が、そして2列縦隊の場合は先頭の最右翼に位置する分隊員が基準。
(FM3-21.5: 6-2)より引用。
昔の体育の授業で、「前へ、ならえ」、「直れ」という号令をかけますが、これも分隊教練の一種ということになります。

分隊教練をさらに発展させた小隊教練では分隊が基本とされています。
ここでは小銃小隊を前提とした小隊教練について考えてみたいと思います。
小隊教練の解説図。
上の図は4個分隊の場合、下の図は3個分隊の場合を示している。
また右の隊形は縦隊、左の隊形は横隊を示している。
指揮官(十字が附属した黒丸)と小隊の間隔などが定められていることが分かる。
(FM3-21.5: 72)より引用。
小隊教練における号令は分隊教練と共通するものが少なくありませんが、例えば4列縦隊の小隊に対して、「右から2列縦隊作れ、進め」とかける号令のように、小隊教練に特徴的な号令もあります。

指揮官がこの号令をかけると、小隊の右から2列の分隊は前進しますが、左側の2列の分隊は足踏みのみ行います。そして、右列を進む分隊長の号令に応じて残った2列は先行する2列に続行します。
こうすると、4列縦隊は2列縦隊に隊形を移行しながら前進することが可能となるわけです。

読者の中には、こうした部隊教練など戦場でほとんど意味をなさない、と思われる方もいるかもしれません。

しかし、少なくとも近世までの陸上戦闘では、こうした基本教練に基づいて戦闘が展開されてきたことを考慮しなければなりません。特に白兵戦闘では部隊の隊形を保持しながら、敵の隊形を切り崩すことが極めて重要なことでありました。

また、冒頭でも述べたように、基本教練は兵士各自の規律心と団結心を強化するという心理的効果が大きいことも重要です。
戦場では兵士たちは勝手に部隊を離れて逃走したい、という願望に耐えなければなりません。
基本教練に習熟するということは、各個人の願望を抑制し、指揮官の命令によく反応し、部隊の一員として自覚を持って行動することができることを意味します。

その意味において、基本教練はあらゆる部隊行動を基礎付ける技能であり、軍隊という組織の根底を支える意義があると考えることもできるのではないかと私は考えています。

KT

参考文献
Davis, Richard B. 2013. "Drill and Ceremony," G. Kurt Piehler, ed. Encyclopedia of Military Science, Los Angels: SAGE Reference, Vol. 2, pp. 495-498.
Steuben, F. W. B. von. 1985. Baron von Steuben's Revolutionary War Drill Manual: A Facsimile Reprint o the 1794 Edition, New York: Dover.
Headquarters of the U.S. Department of the Army. 2003. Field Manual 3-21.5: Drill and Ceremonies, Washington, DC: U.S. Department of the Army.

2015年1月17日土曜日

軍事学は何を研究しているのか


どのような分野であれ、長い時間をかけて内容が分化、複雑化してきた学問の全体像を一言でまとめることは簡単なことではありません。

軍事学(Military Studies)もその例外ではなく、研究対象や方法論の多様さによって一概にその内容を特徴づけることはできなくなっています。
ある研究者は次のような説明で軍事学の研究領域を包括しようとしています。
「軍事学とは、戦争の研究や組織化された強制的な武力の理論とその応用とともに、軍事上の意思決定過程などの手続き、部隊や軍隊などの制度、そして戦時または平時における個人や部隊の行動に関する学問である」(Jordan, 2013: 880)
また具体的な研究領域としては、以下のものが挙げられます。

・統率(Military Leadership)
・軍事組織(Military Organization)
・軍事教育・訓練(Military Education and Training)
・軍事史(Military History)
・軍事倫理(Military Ethics)
・軍事教義(Military Doctrine)
・戦術・作戦・戦略(Strategy, Operations, Tactics)
・軍事地理学(Military Geography)
・軍事技術(Military Technology)

こうした領域から軍事学の研究は主に構成されていることが説明されており、この一覧を見ただけでも非常に幅の広い研究が行われていることが分かります(Jordan 2013: 884-885)。

これらの中でも特に戦略や戦術、軍事史は軍事行動に直接的に関係する事柄であることから、軍事学の中心的な分野として位置付けられてきました。日本では軍事学という代わりに、安全保障学または防衛学として研究がなされています。

そもそも、軍事という言葉は軍隊の運用に関する事柄を指すものであり、次のように定義することができます。
「軍事とは民事に対する言葉であって、伝統的に軍人、軍隊、軍事力、戦争、防衛などに関することの総称である。軍事は、外交・経済・運輸・教育などと並ぶ国家行政機能としての要素を持ち、軍隊(軍事力)を維持・管理し、戦争に際しては、政治が命ずる使命に対してその保有する力をどのように行使するかという作戦・用兵機能としての要素を持っている。単純にいえば、軍事学とは、これらの要素(分野・機能)を持つ軍事に関する学問ということになる」(中山 1999: 14)
ここで記述されているのは、いずれも実際に戦争の遂行と関連する問題であり、軍事学の歴史において常に重要な位置を占めてきました。

例えば、政治的目的を達成する上で軍事的能力をいかに行使するかを研究する戦略学、作戦・戦闘で部隊を展開する方法を考察する戦術学、そして軍事力を管理する上で欠かせない補給や輸送の問題などを分析する兵站学の問題がそこに含まれます。

戦略学の研究だけを取り上げてみても、現在では国際関係論(International Relations)、対外政策分析(Foreign Policy Analysis)の研究領域の成果を参照することは珍しくありません。また、兵站の問題に管理科学(Management Science)のモデルを適用する研究も報告されています。

戦術上の問題を解決する上で、数理的モデルや計量的分析が重要な成果を上げていることも考慮すると、現代では軍事学の研究で用いられるアプローチや問題関心が多様化しているということが言えると思います。

しかし、軍事学は必ずしも軍隊による戦争の遂行という問題だけに議論が限定されるわけではありません。
防衛経済学(Defense Economics)、軍事社会学(Military Sociology)、政軍関係論(Civil-Military Relations)、軍事心理学(Military Psychology)なども、こうした軍事学の多様性を例示する研究として挙げられるでしょう。

さらに、近年の軍事学に見られる目新しいアプローチの一つとして文化研究(Cultural Studies)があり、もともとは人文科学の一部門だったのですが、徐々に軍事学の重要な構成要素になりつつあることが指摘されています(Jordan 2013: 885)。
その地域の宗教や言語といった文化的特性を理解することが、軍事上の目標を達成する上で非常に重要であるという理解が普及していることが、その背景的要因として挙げられています。

まとめると、現代の軍事学で研究されている事柄は、戦争の遂行に直結する戦略や戦術の研究成果だけではなく、隣接する研究領域の成果を取り入れ、また別の学問のアプローチを積極的に導入しながら、多様化しているということが言えます。

日本の安全保障学、防衛学でもこうした新しい軍事学の動向を反映し、研究がますます発展することが期待されるところですが、課題は多く残されています。

私としては、軍事学は非常に現代の政策課題から見ても興味深い領域ですし、学問的に見ても長い歴史と多くの課題を持つ学術研究です。

しかし、日本軍または自衛隊以外で、日本に本格的な軍事学の研究機関が設置された歴史的事例は、1941年に立命館大学に置かれた国防学研究所の他に知られていませんし、この研究所も戦後には解散された経緯があります。

将来、こうした研究ポストが日本各地の大学で立ち上げられ、国民全体が軍事学の文献や議論に、より容易にアクセスすることができるようなれば、それは素晴らしいことだと思うのですが、「軍事学は自衛隊が研究するもの」という、固定観念が変わらない限りは至難なことであると思われます。

追記

軍事学を学びたい方の手がかりとして、この分野で有名なジャーナルをGoogle Scholarの引用度ランキングから以下の通り紹介しておきます。
ただ、私が所属する大学では残念なことに購読契約を結んでいないジャーナルも一部あるため、すべてのジャーナルを参照することができているわけではありません。

軍事学における学術誌のランキング(2015年時点)

1. International Security
著名な国際関係論、戦略研究、地域研究の研究者による論文が多く掲載されるため、軍事学以外の研究者からも参照される機会が比較的多いジャーナルではないかと思います。事例研究のように定性的アプローチに基づいて大戦略や軍事戦略を分析した研究が主体で、実際の政策課題への考慮も多く見られます。個人的にも目を通す機会が一番多いジャーナルの一つでもあります。

2. Security Dialogue
軍縮・軍備管理や紛争分析、テロリズムなどの研究論文が多く、非伝統的な安全保障の問題について調査する場合にはこのジャーナルから研究を探してみても良いと思います。例えば過激派や民間軍事会社の出現という社会的要因に着目して戦争の形態的な変化を定性的に考察した研究を見つけることができます。まだ、恥ずかしながら個人的にまだ読み込めていない論文が多いジャーナルです。

3. Survival
世界各国の軍事力に関する資料を整理した「ミリタリー・バランス」を毎年出していることでも有名な国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies)の代表的なジャーナルなのですが、私の所属大学では全ての論文を閲覧できないという事情があります。傾向はInternational Securityと近く、戦略研究や地域研究に関連する研究論文が多く、政策課題への対応を考察した研究も充実しています。

4. Studies in Conflict & Terrorism
国家間の戦争よりも、むしろ武装勢力やテロリストのような非国家主体による軍事的活動を分析した最近の議論をフォローする場合には有用なジャーナルです。革命や反乱、テロリズムのような問題に関する研究論文が豊富で、分野によっては上述したトップ3のジャーナルよりも価値があると思います。

5. Military Psychology
心理学のジャーナルに関するランキングはまた別にあるのですが、Google Scholarの軍事学のランキングの都合でこちらに含めています。軍事学の領域に心理学的アプローチを用いた研究の問題関心は非常に多岐に渡りますが、例えば戦闘ストレス、兵役の適正、集団的行動などについて考察した研究を参照することができます。

6位以下のジャーナルのランキングについて
6. Armed Forces & Society
7. International Peacekeeping
8. Defence and Peace Economics
9. Security Studies
10. Journal of Strategic Studies
11. Small Wars & Insurgencies
12. Parameters-Journal of the United States ArmyWar College
13. European Security
14. Joint Forces Quarterly
15. Contemporary Security Policy
16. Military Review
17. The RUSI Journal
18. Civil Wars
19. Journal of Military Ethics
20. The Nonproliferation Review

全てのジャーナルを紹介しきることはできませんでしたが、興味のある研究論文を探したい場合の何かの手がかりになればと思います。

KT

参考文献
Jordan, Kelly C., 2013. "Military Science," in G. Kurt Piehler, ed. Encyclopedia of Military Science, Los Angels: SAGE Reference, Volume, 2, pp. 880-885.
中山隆志「軍事力の概念」防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』かや書房、1999年、14-29頁

2015年1月12日月曜日

論文紹介 西太平洋地域における地対艦ミサイルの戦略的可能性


戦略的観点から見ると、海上交通路は陸地との関係によって決定されます。

なぜなら、海上交通路というものは物流拠点としての機能を備えた港湾、そして艦隊が拠点を置く基地という陸上の地点を結ぶ連絡線であり、その出発地から到着地までの中間地帯でも狭隘な海峡や運河によって制約されるためです。

重要な海上交通路がいずれも陸地と関連を持って形成されていることは、海上戦力だけでなく陸上戦力でも影響を及ぼしうることを意味しています。

今回は、中国海軍の脅威に対処するために、地対艦ミサイルをどのように展開することが可能かを検討した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Kelly, T. K., Atler, A., Nichols, T., and Thrall, L. 2013. Employment Land-Based Anti-Ship Missiles in the Western Pacific, Technical Report, Santa Monica: RAND.

目次
1.研究方法
2.同盟の諸活動に対する地上配備の対艦ミサイルの貢献
3.統合的アプローチ
4.地上配備の対艦ミサイル封鎖の実現可能性
5.兵站、調達、その他の考慮事項
6.防衛関係
7.エアシー・ランドの構想
8.結論

この論文の最大の特徴は、西太平洋地域で中国海軍による攻勢作戦を拒否するために、地対艦ミサイルを配備すべき地点を戦略の観点から明らかにしていることです。

米国はエアシー・バトルの構想の中で海上戦力と航空戦力を統合運用することを計画しています。

これは中国の弾道ミサイルや潜水艦が西太平洋地域の米国の権益に脅威となることを防止しようとするもので、米軍が特定の領域へ接近することを拒否する能力が実際に行使されれば、それを撃破することも考慮されています。

しかし、著者は西太平洋地域の特性を考慮すれば、そうした軍事戦略に陸上戦力、特に地対艦ミサイルを組み込むことが重要であると主張しています。

中国の海上戦力が西太平洋で行動するためには、いくつかのチョークポイントを通過することが必要となりますが、それらチョークポイントを地上に配備した地対艦ミサイルの射程に置くことができれば、より効果的に封じ込めることが期待されるためです。
地対艦ミサイルの配備によって中国の艦隊の進出を阻止する防衛線の構想の概要。
日本を起点として台湾、フィリピン、インドネシアを経てインドネシアで中国に対する防衛線を構成している。
(Kelly, et al. 2013: 13)より引用。
この地図では、米国が地対艦ミサイルを配備することで潜在的に封鎖することが可能なチョークポイントがどこに位置するかが示されています。

韓国、日本、台湾、フィリピン、インドネシアの領土に沿って一連の防衛線が構想されていることが分かります。

この研究が特に強調しているのは、地対艦ミサイルだけで中国の艦隊が進出可能な海域を黄海、東シナ海、南シナ海に制約することが可能である、ということです(13)。

そのため著者は地対艦ミサイルを米国本土からこうしたチョークポイント付近の同盟国の領土に移転させておく必要があると指摘しています(14)。

ただし、このような長大な防衛線を構成するためには、米国がアジア諸国と防衛協力を緊密することが必要となります。

なぜなら、地対艦ミサイルの効果を高めるためには、各国の陸軍が適切に地対艦ミサイルを運用する戦術的能力を獲得する必要があり、また地対艦ミサイルと併せて利用すべき機雷戦の能力構築も重要となるためです(16-17)。

何より、この防衛線が機能するためには、情報活動でも同盟国と連携する必要があり、中国の動向を継続的に監視するための無人機の運用能力も計画的に整備されなければなりません(17)。

ここで著者が注意を促しているのは、米国とインドネシアとマレーシアとの関係です。
すでに米国は韓国、日本、フィリピン、オーストラリア、タイなどとの安全保障分野における連携の強化が推進されています。
しかし、著者はインドネシア、そしてマレーシアと米国はこれまで安全保障分野で連繋してきた経験がそれほどないということを指摘しています。

興味深いのは、この防衛線を構成する上でインドネシア、マレーシアが極めて重要な役割を果たしうる位置を占めているということです(17)。
特に南シナ海から中国の艦隊がオーストラリア方面、またはインド方面に進出する場合、マレーシアとインドネシアが中国とどのような対外関係を持つかによって情勢が一変します。

「結果として、マレーシアやインドネシアのような国々との連合を形成することを可能にする連携強化は、本分析において概観した戦略を遂行する上で最も重大な問題の一つであるかもしれない」(18)

まとめますと、この研究では地対艦ミサイルを活用した防衛線を構築するための軍事戦略の分析から、エアシー・バトルに陸上作戦の観点を取り入れることの重要性が主張されています。

分析でも示唆されているように中国の立場から考えれば日本の防衛圏を突破して東シナ海からフィリピン海に通じる海上交通路を重視するよりも、より経済的、軍事的に優勢であるマレーシア、インドネシアの方面を重視する軍事戦略のほうが効果的だと思われます。

さらに、南シナ海の海上優勢を掌握すれば、結果的に中東方面から日本に通じる海上交通路に脅威を与えることも不可能ではありません。

KT

2015年1月10日土曜日

戦闘地域と後方地域は何が異なるのか


戦略や戦術で用いる防衛用語は専門用語ですので、直観的な理解と食い違うものもの少なくありません。「後方地域」という用語もその一つと言えます。

一般に後方地域は実際に戦闘が生起する場所から相当程度の距離を置いた地域の意味で用いられます。

例えば、「米軍の作戦を自衛隊が後方から支援する」場合ならば、おおむね自衛隊が戦闘に参加せず米軍が前方で戦っている状況が想起されると思います。
しかし、これは後方地域の理解として不完全な部分が残されています。

今回の記事では、この問題をより体系的に理解するために、陸上作戦がどのように指導されるかを作戦地区の観点から概観したいと思います。

地理上の戦域と作戦地区の関係について図示した概念図。
戦域(Theater of War)の一部として作戦地域(Theaters of Operations)が含まれる。
なお、作戦地域でも統合作戦の場合はJOA、統合特殊作戦の場合はJSOAと表記する。
(Joint Doctrine Encyclopedia, 1997: 560)より引用。
まず、戦争で交戦国が軍事行動を実施する地域のことを戦域(Theater of war)と呼びます。

戦域は事実上、交戦国が支配する領土のすべてを包括しています。
仮定の話ですが、もし北朝鮮と韓国の間で戦争が勃発すれば、その戦域は朝鮮半島の全体を包括するでしょう。また、米国とロシアの戦争を想定するならば同盟国の領土も戦域として想定する必要が出てきます。

さらに、戦域の中で特定の作戦を実施する地域のことを作戦地域(Theater of Operations)と呼びます。上の図で言うと薄茶色で示された戦域の中の二つの茶色の地域が作戦地域ということになります。

以上のように、戦域や作戦地域が設定されると、さらに作戦地域を細分化してどの部隊をどの地区に配備するかを決定していきます。こうして区分された地域のことを作戦地区(Area of Operations)と呼びます。

軍団の作戦地区の構成を示した図。
軍団の作戦地区(XXXの線で表示)の中に、師団の作戦地区(XXの線で表示)が含まれ、さらにその中に旅団の作戦地区(Xの線で表示)が含まれていることが分かる。
また、この図ではちょうど中心に戦闘地域(FEBA:forward edge of battle area)が位置することが想定されている。
(FM 3-90: 2-18)より引用。
この図は軍団の作戦地区を表したものですが、敵と交戦する前線(FEBA)が中心に記述されているため、上半分は敵の勢力下にある地域、下半分が味方の勢力下にあることが分かります。

軍団の作戦地区では左右に並ぶ師団が2個展開していることが図示されています。―XX―で囲われているのが師団の作戦地区なのですが、この図で見ると右の青色で表示された作戦地区がそれに対応しています。

その師団の隷下にある旅団がさらに展開していることも記されています。旅団の作戦地区は上の図では黄色で表示されるものです。―X―で囲われていることが分かります。

少し複雑に思われるかもしれませんが、このような部隊の配備は陸上作戦で標準的なものであり、その配備が意味することは非常に単純です。
つまり、軍団は作戦を遂行する上で担当する地区を隷下の師団に割り当て、その師団はさらに下の部隊に地区を割り当てているということです。

ここで重要なことは、旅団、師団、軍団によって後方地域の場所が異なってくるということです。
軍団にとっての後方地域は戦闘地域の前線から最も遠く位置していますが、師団の後方地域はより近く、旅団の後方地域からかなり近い位置となることが分かります。

もう一つ重要なことは、戦闘地域と後方地域の区別はすべて作戦地域の内部における区分であって、戦域それ自体は戦闘地域と後方地域に区別することはほとんど意味がありません。

なぜなら、戦域は交戦者が軍事行動を起こすことが可能な地域のすべてを包括するものであって、実際に戦闘が発生しているかどうかとは関係がなく、部隊が展開して戦闘が実施されているとは限らないためです。

まとめると、第一に後方地域は作戦地域の内部に設定されるということ、第二にその作戦地域は戦域の中でもごく一部の地域を指すものです。
今後、後方地域という用語を見聞きする時に、こうした予備的知識を踏まえておくことによって、具体的に理解することができるようになります。

KT

参考文献
Joint Staff. 1997. Joint Doctrine Encyclopedia, Washington, DC: Government Printing Office.
U.S. Department of the Army. 2001. Field Manual 3-90: Tactics, Washington, DC: Government Printing Office.

2015年1月5日月曜日

日本の安全保障におけるエアパワーの重要性


近代以後の戦争に見られる決定的変化の一つはエアパワーが登場したことです。

今回はミッチェルの議論を中心に、エアパワーが戦略に及ぼした影響を概観し、日本の防衛とどのように関連するかを述べたいと思います。

エアパワーとは「空中で何かを実施することができる能力と定義できるかもしれない。エアパワーは航空機によってあらゆる種類のものをある場所から別の場所に輸送することである」と定義されています(Mitchell 1925: 35)。

エアパワーはその高い運動性を発揮することで、前線の部隊、後方の基地、または両者を結ぶ連絡線に打撃を与えることが可能です。
特に敵の中核地域である首都圏に対して戦略爆撃が成功すれば、戦争の継続それ自体を断念させることも可能だという考えもあります。

もちろん、これは敵の航空勢力を撃滅した後にはじめて可能となる戦略ですが、一度でも航空優勢を確保することができれば、「国家に対する空の包囲により、水上、鉄道、道路を利用して出入国するあらゆる連絡は阻止されるだろう。例えば、生存のため外部と連絡に完全に依存する島国では航空封鎖により短期間で飢餓に陥り、降伏するだろう」と期待されています(Mitchell 1925: 5)。

ここで指摘されている通り、エアパワーが安全保障にとって重要な役割を果たすのは大陸の国家ではなく、むしろ島国だと考えられています。
その理由として島嶼国家の防衛と経済はいずれも海上交通路に大きく依存しているのですが、それらは航空戦力に対して極端に脆弱であることが挙げられます。

恐らく、海洋に囲まれた国家は航空戦力の脅威に対して特に脆弱であるという議論はあまり知られていないのではないかと思います。
日本の安全保障についての議論では、日本は海洋国家であるという前提から、海上勢力の重要性が論じられることもあるのですが、ミッチェルの見解はこの点について批判的です。
「将来、海洋で隔てられている二つの国が戦争をする場合、すべての海上交通路には、敵の潜水艦によって機雷が敷設されるであろう」(源田 2006:141)
「今日の水上艦艇は兵員輸送のためだけに使用されるのであり、また航空母艦は敵国の海岸まで航空機を輸送し、発信させるためだけに行動するのである」(Ibid.: 142)
ミッチェルの見解には確かに論駁の余地もあるのですが、太平洋で通商破壊と航空打撃戦が海上戦闘の重要な局面として浮上することがまだ不明だった1925年に発表された事情を考えれば、洞察力に富んだ分析でした。

ミッチェルが強調したことは、海上戦力の形態が航空戦力の出現により変化を余儀なくされたことを無視したまま海軍の戦略を考察してはいけないという点です。
特に島嶼国家の経済システムを支える交通網が航空戦力で容易に破壊されることを考慮すれば、海洋国家であったとしても安全保障政策の重点を海上戦力から航空戦力に切り替えることも必要であるということです。

エアパワーについては統合運用の観点からまだ論じるべき問題はあるのですが、要約すると、エアパワーの重要性は大陸国家よりも島嶼国家の方が大きく、それは単に海上優勢の喪失につながるだけでなく、陸上戦力の移動を大きく妨げることが言えます。

今年1月は三菱重工業が先進技術実証機の初飛行も予定されており、日本の航空産業にとってみても大きな節目となる年でもありますが、これは日本国民としてエアパワーの重要性を議論する良い機会ではないかと思います。

参考文献
Mitchell, W. 1925. Winged Defense: The Development and Possibilities of Modern Air Power-Economic and Military, New York: Penguin's Sons.(「空軍による防衛、近代エア・パワーの可能性と発展 経済と軍事」、源田孝編著『戦略論体系11 ミッチェル』、芙蓉書房出版、2006年、13-232頁)