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2015年11月6日金曜日

論文紹介 ヒュームが語る安全保障と国債の関係

歴史を見ると、国家が戦時予算を編成する際に、臨時の課税や借入等に頼ることは近代より前には見られなかったことが分かります。
それまで国家は戦争を遂行するために平時から積み立てた金銀を使用することが普通でした。
しかし、近代以降に戦争の形態が大規模化、長期化してくると、国家が借入を行わずに作戦を遂行することはほとんど不可能となります。

イギリスの哲学者として名高いデイヴィッド・ヒュームは、イギリスが戦争を戦う上で国債に対する依存が強まっていることを認識しており、それがもたらす政治的、経済的な帰結を考察しました。今回は、このヒュームの戦時国債に関する考察を紹介したいと思います。

文献情報
Hume, David. 1742. "Of Public Credit" Essays, Moral, Political, and Literary, (「公信用について」『市民の国について』小松茂夫訳、岩波書店、1982年、(下)133-156頁)

18世紀のイギリスでは国債というものは単なる金融商品であるだけでなく、一種の通貨として幅広く流通していました。国債は手元に置いておくだけで所有者に利子所得をもたらし、非常に安全な投資の対象であると認識されていたためです。
国債が幅広く受け入れられていたことにより、ジェンキンズの耳戦争(1739-48)、そしてオーストリア継承戦争(1740-48)を戦っていたイギリス政府は必要な軍事予算を組むことができていました。

しかし、論文の著者のヒュームは国債については利点と欠点の両方から考察しなければならないと指摘した上で、戦時財政に特有の問題点を示しています。
「国債は一種の紙券です。ですから、国債はその種の貨幣に伴う欠点をすべて持ちます。国債はその国の商品流通におけるもっとも重要な部門から金銀貨を駆逐し、金銀貨の流通範囲を日常の流通に縮小し、その結果、国債が貨幣として使用されぬ場合に比べ、あらゆる食料と労働との価格をより高価にします」(140)
このヒュームの考察は戦時財政が引き起こすインフレーションの問題を指摘しています。
当時、国債が貨幣として用いられていたため、国債の供給量が急激に増加すると、国債一口当たりの価値が相対的に低下し、さまざまな物の価格が上昇が促されます。
ヒュームはこうした経済状況の下で市民が反乱、暴動を引き起こす危険が高まることを懸念していました。

また国債の所有者が過剰に増加して利子収入に頼ることになると、生産活動をかえって阻害する可能性がある点についても指摘しています。
「国債の大半はつねに、利子収入で生活する非生産的な人々の手中にあります。それゆえ、国債は役立たずで日活動的な生活を大いに助長します」(140-1頁)
この論点との関係で、ヒュームは「いかなる国家社会においても、営々として働く社会部分と非生産的社会部分との間に一定の比率が保たれていることが不可欠」と論じています(142)。
なぜなら、「この豊富に蓄積された貨幣はそれに比例した軍事力によって防衛されなければならない」ためです(146)。
つまり、防衛のために必要な軍隊の経費は究極的に利子受領者に対する課税が必要となるのではないかと、ヒュームは論じています。

それは、従来までの国債への信用が失われることを意味します。つまり、新たに発行されても国債に対して応募が十分に得られないという状況、つまり財政破綻に陥るということです。

興味深いのは、ヒュームが最も危険なことだと考えているのは、この財政破綻そのものではないという点です(確かにそれは公信用を崩壊させ国債所有者に甚大な損害をもたらしますが)。
より深刻な問題なのは、そのような事態を議会が可能な限り先延ばししようとするあまり、ヨーロッパの国際情勢が変化した際にイギリスの安全保障のために必要な軍事行動をとることができなくなることです。
「ヨーロッパにおける勢力均衡を、われわれの祖父、そしてわれわれは一致して、われわれの注視と支援とがなければ維持され得ぬきわめて不安定なものと見なしてきました。しかし、われわれの子孫たちが、均衡維持のため不断の努力に倦み、しかも債務で動きがとれなくなり、(勢力均衡に対する)いっさいの関心を放棄して、近隣諸国民が抑圧され征服されるのを座視するようになり、ついには、彼ら自身と国債債務者も、征服者のなすがままとなるかもしれません。もしこのようなことになれば、それはまさに適切にも、公信用の暴力的死とわれわれは呼び得るでしょう」(155-156)
結局のところ、ヒュームが真剣に恐れていたことは、財政的問題ではなく政治的問題でした。
つまり、国家の財政運営における国債の依存が強まることは、長期的に見れば財政の基盤を不安定、不確実なものとなります。
そうなると、国際情勢の急激な変化によって多額の支出が必要となった際に必要な軍事的行動がとれず、イギリスの防衛に支障を来す可能性が出てきます。

18世紀の議論なのでそのまま現代に当てはめることはできませんが、ヒュームの議論は財政の在り方を安全保障という観点から考える上で参考になる点が少なくないと思われます。

KT

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