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2015年10月17日土曜日

文献紹介 東西冷戦の最前線となったノルウェー

ノルウェー王国が位置するのはスカンディナヴィア半島の西岸であり、南北に長く広がった38万平方キロメートルの国土の大部分には山々が連なっています。
ノルウェーの地理的特徴で興味深いのは北大西洋から流れ込む温かいノルウェー海流であり、この海流のおかげでノルウェーの国土は高緯度に位置するにもかかわらず、不凍港に恵まれています。

今回は、このノルウェーが冷戦期において極めて重大な戦略的価値を持っていたことを知ることができる研究について紹介したいと思います。

文献情報
Lund, John. 1989. Don't Rock the Boat: Reinforcing Norway in Crisis and War, Santa Monica: RAND.

まずノルウェーがどのような戦略的価値を持っているのかを判断するため、著者は冷戦期の米国の戦略という観点から次のようにノルウェーの三つの地理的特徴を考察しています。
・ノルウェーは米国の戦略基地とヨーロッパ中心部におけるソ連の戦略基地との間を直線で結ぶ北極海回廊の下に位置している。
・ノルウェーの境界はコラ半島におけるソ連の重要基地群と隣接しており、そこにはソ連の北海艦隊の三分の二の戦力が配備されていると同時に、弾道ミサイル潜水艦艦隊の三分の二の戦力が配備されている。
・ノルウェーの領土はソ連が大西洋に進出する経路であるノルウェー海を支配する上で重要であり、そこは戦時にソ連が北米とヨーロッパとの間のNATOの海上交通路を阻止できるかどうかを決する決定的な戦場である(Lund: 1989: 3)。

米ソ両国の軍事戦略において次の戦争の主戦場と見定められたノルウェーは国家安全保障のジレンマに悩まされることになりました。

その限られた国力では国土防衛に所要の戦力を整備することは到底不可能であったため、ノルウェーは戦後以来、NATOへの加盟を通じて米国、カナダ、オランダ、イギリスなどとの防衛協力を推進していました。
しかし、同時にノルウェーはソ連との関係が悪化することの危険性を感じていたため、平時に外国軍がノルウェーに駐留することを禁止する政策を採用することで、ソ連に対して積極的に攻撃する意図を持たないことを示していました(Ibid.: 4)。

しかし、ノルウェーのジレンマはソ連がアフガニスタン侵攻によって米国との緊張関係を悪化させ始めた1980年代に極めて深刻な状態に陥ります。
その理由は、この時期にノルウェーは米軍の対ソ戦略を遂行する上での作戦基地としての役割を果たすことが期待されるようになったためでした。
当時の米軍の戦略構想には、米海軍の空母がノルウェーの基地を使用し、そこから北海からノルウェー海に活動圏を広げ、ソ連の北端地域に所在する戦略目標に攻撃を加える態勢を整える計画が含まれていたのです(Ibid.)。

この論文で問題となっているのは、1980年代にノルウェーが抱えていたこのような戦略問題でした。
ノルウェーはNATOの加盟国の一員として危機に際してソ連の進攻を抑止しうる体制を万全に整えておくことが必要であり、かつ戦争が勃発したならば国土が主戦場となって米ソ両陣営の攻撃が集中する事態を可能な限り回避する必要があったのです。

これは完璧に解決することができない問題ですが、著者は歴史的、戦略的、政策的観点から多角的に検討を加えた上で、やはりノルウェーに新たな基地(具体的には中部と南部に一つずつ主要な作戦基地)を建設することが戦略的に必要であるが、ノルウェーによって実行されることは極めて困難であるだろう、という結論に達しています(Ibid.: 127)。

もし米ソ間の緊張状態が戦争に至れば、ソ連は西ヨーロッパ地域を防衛するNATOの地上部隊を速やかにWPの侵攻によって撃滅する必要がありますが、米国はそれを防ぐため本土から増援をヨーロッパへと派遣してきます。
ソ連は米国本土から派遣されてくる増援部隊がヨーロッパに揚陸される前に、これを大西洋上で阻止することが求められます。
そのため、ノルウェー海、北海、北大西洋に通じる海上交通路を確保することはソ連にとって戦争の勝敗を分ける非常に重要な達成目標ということになります。

この海上交通路を確保する第一歩として、ソ連がスカンディナヴィア半島で陸海空軍を使用した大規模な攻勢に出た場合、ノルウェー軍はこれを阻止できるのでしょうか。
著者の分析によれば、ノルウェーにNATO軍の戦力が事前に配備されていないと、ノルウェー軍の戦力だけでソ連軍の攻勢を阻止することは絶望的であり、短期間の内に北ノルウェー地域はソ連に攻略奪取される公算が大きいと見積もられます。

以上の考察から、この研究ではノルウェーの外国軍駐留禁止政策は、米国の西ヨーロッパ防衛のための戦略計画を破綻させる危険があり、是正される必要があるという結論になるのです。
そのため、この研究はノルウェーの安全保障を政治的、外交的、軍事的観点からさまざまに分析しているにもかかわらず、最終的な結論では米国の立場が貫徹され、ノルウェーの基地政策を批判する議論で締めくくられています。

この結論の是非はまた別の議論がありえるでしょうが、興味深いのは敵対する大国の戦略の成否にとって戦略的な重要地域を領有する中小国の戦略が深刻な影響を及ぼしうることを指摘していることでしょう。
すべての国家の安全保障は直接間接に他国の安全保障と関係を持っており、たとえどのような戦略を採用するとしても、それが他国の防衛にどのような影響をもたらすかを考慮に入れておくことを欠かしてはなりません。

KT

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