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2015年10月6日火曜日

論文紹介 防衛学とは何か、自衛隊の視座から


軍事学には学問として長い歴史があり、時代や地域によって呼び方も変遷してきました。
19世紀には戦争学(study of war)、軍事科学(military science)などの名称もありましたが、20世紀以降になると防衛学(defense studies)、戦略学(strategic studies)、安全保障学(security studies)などの名称も使われるようになります。

とはいえ、それぞれがまったく別の学問として存在しているというわけではありません。
名称が変更される理由としては、研究上の関心が変化を表現すること、研究予算の獲得のための非研究者への説明、また研究組織の新規の立ち上げに当たって、都合が良い名称が変化する等があります。

日本における軍事学の歴史を見ると、警察予備隊から保安隊を経て自衛隊が発足した時に同様の状況があったことが分かります。
防衛大学校では現在でも「軍事学」は研究から外されており、名称としては「防衛学」が研究されています。今回は防衛学という学問をどのように規定するのか、その取り組みについて知ることができる論文を紹介したいと思います。

論文紹介
服部実「防衛学の概念および分類」『防衛大学校紀要』1975年、31号、109-134頁

著者は1916年生まれの旧陸軍士官(50期)であり、復員局勤務を経て1954年からは陸自に勤務していました。1969年から防衛大学校で防衛学の講師として教鞭をとり、1972年以降は教授に就任しています。
この論文では防衛大学校の独自教科でもある防衛学について概念的な整理が行われており、軍事学との差別化を図っています。

まず著者は防衛学という名称がどのような成り立ちを持つかという論点について諸説を検討しています。
「「防衛学」の概念についての意見の一つは、「防衛学」は軍事学あるいは兵学と同義語であるとするものである。警察予備隊発足当時から、世評を慮り、軍、兵、戦、武といった字を極端に避け、戦車を特車といった時代であったから、軍事学とか、兵学という言葉のかわりに、「防衛学」という用語を使ったのだろうと考えられている」(109頁)
これは当時の自衛隊が置かれていた社会的、政治的状況を重視する説ですが、著者はそれ以外の説にも注目しています。すなわち、防衛学は軍事学の従来の研究領域を含みながらも、より広い研究領域を包括する学問であるという説です。
「また、「防衛学」は兵学に近い政策科学的立場にたっている、とする説もある。ここに述べられた兵学とは、「戦争における軍事力運用に関する直接、間接の技術を探求する学の総称であり、それは軍事にたずさわる幹部級の者が、主たる対象となって用兵および行政ならびに武力防衛に必要な統率および教育に関する広義の技術上の問題を探求しようとするものである」とされている。この兵学概念における「学の総称」の意味内容は、なお詳細述べなければならないが、「学の総称」とする意見は別にもある」(同上)
著者の立場はこの説に近く、防衛学という学問はこれまでの旧日本軍で研究されていた軍事学よりも大きな射程を持ちうる学問だと考えています。
「すなわち、「防衛学とは国の防衛に関する諸学の総称である」とし、広義の防衛学は、外交、国家安全保障、国防の諸政策等に関連を持つ諸学であり、狭義の防衛学は防衛科学、戦略、戦術よりなるものとし、防衛科学は(1)防衛行政(軍政)学、(2)防衛基礎(補助)学、(3)防衛力運用(用兵)学、(4)自衛隊統率(軍事統率)、(5)自衛隊教育(軍隊教育)、(6)軍事史、軍政史、軍制史、技術史、その他、(7)戦史、(8)その他の八項目にわけられている」(同上)
なぜ防衛学は軍事学よりも幅広い研究領域を含むのでしょうか。
その点について著者は現代において「防衛」の主体は必ずしも自衛隊(軍隊)ではなく国家全体でなければならず、したがって非軍事的主体をも含めて考える必要があるためだと説明しています(113頁)
また「防衛」の客体に該当する侵略者についても、国家主体だけではなく非国家主体が国家の内部から攻撃を仕掛けてくるという可能性を考慮する必要もあります(115頁)。

このように、従来の軍事学の研究を防衛学は拡大する側面があるという著者の考え方の背後には戦争の形態の変化に対する次の判断がありました。
「クラウゼヴィッツ以来、戦争は軍事行動として把握されてきた。ルーデンドルフの総力戦以来、軍事力以外の諸力をも含むようになってきた。しかし、ルーデンドルフの場合においては、思想的には軍事行動としての戦争を重視するものであり、この戦争に政治が奉仕すべきものとしたのである。第二次大戦後、ルーデンドルフの総力戦の用語と同じであるが、全体戦争の概念が登場した。全体戦争の概念は核兵器の出現によって、すべて軍事行動としての戦争に奉仕することは無意味となった。それは、相手の核攻撃は味方の軍事行動をもって阻止することができなくなったためである。ここに民防の必要性が叫ばれるに至った」(117-118頁)
戦争において重要な手段が軍事的手段から非軍事的手段へ変化しつつあるのだとすれば、今後は軍事力だけでなく、軍事力を中核としながらもより広義な防衛力こそを研究の課題とすることが適切であり、防衛力を駆使して侵略を抑止することを最重視しなければなりません。

以上が論文で述べられた防衛学の規定について概観したものとなります。

防衛大学校において研究されている防衛学がどのような理論的背景の上に成り立っているのかを知ることができるだけでなく、現代の戦争において非軍事的能力が一般的に重要性を増していることなどは現在でも通用していると思います。
ただし、軍事学と防衛学を明確に区別することが難しいことは著者自身も認めており、私としても著者の構想する「防衛学」には賛成できない部分もあります(例えば軍事学は用兵の研究であるという判断、防衛の前提となる侵略を研究対象から除外すべきという見解、教義の研究を区別すべきという意見等)。

防衛学という学問の位置づけを明確にするという目標が達成されているかどうかは議論が分かれるところでしょう。
とはいえ、自衛隊での学術研究のためには、従来の「軍事学」とは異なる、著者が構想したような「防衛学」が必要であったと言えるでしょう。

KT

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