最近人気の記事

2015年10月27日火曜日

文献紹介 日本の安全保障とヘッジング

大戦略とは安全保障の目的を達成するために軍事的手段だけでなく、政治的手段、外交的手段、経済的手段、心理的手段等を総合的に運用するための戦略の一領域をいいます。
一般に日本では日本に一貫した大戦略が欠けていると論じる向きが強いのですが、政治学者の誰もがそのような見解を受け入れているわけではありません。

今回は、日本の大戦略を「ヘッジング」という観点から検討した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Samuels, Richard J. 2007. Securing Japan: Tokyo's Grand Strategy and the Future of East Asia, Ithaca: Cornell University Press.(邦訳、リチャード・サミュエルズ『日本防衛の大戦略』白石隆、中西真雄美訳、日本経済新聞出版社、2009年)

著者は日本の大戦略には相当一貫した論理が確認できること、その論理が国内の激しい論争とは裏腹に持続力を持って展開されてきた歴史があることを論じています。
「日本は、国内ではたえまないイデオロギー的議論の泥沼にありながら、国際舞台においては一貫してプラグマティックに行動してきた。国内の議論がどれほど感情的になったときでも、日本がプラグマティズムを忘れて力を軽視したり、戦略的な地政学的変化への適応能力をないがしろにして行動することはなかった。日本の戦略家はたしかに誤りを犯したし、ときには破局的な誤りを犯したこともあった。しかし、彼らは、自立と威信という二つの目的、そこに込められた強さと富を常に見据え、自立と威信、強さと富がいかにして国力を培養するものか、みごとに計算してきた」(サミュエルズ(2009): 17)
著者がこのように日本の大戦略を評価する理由は、そのヘッジングの仕方です。
ヘッジとは国際政治において特定の国家と同盟を結ぶだけでなく、可能な限り多くの国家とも同盟を維持することで、どこかの国家から見捨てられた際に素早く別の国家との関係を強化し、安全保障上の危険を最小限に抑制することです(同上、18-19)。

さらに、著者は「ヘッジは、すべての現実主義者の大戦略の基本原則で、とりわけ中規模国家にそれがあてはまる」とも主張した上で、次のように戦後の日本の取り組みを評価します(同上、278)。
「日本の地政学的位置や日本が後発の国であることを考えると、ヘッジが長年にわたり日本の戦略の一矢であったのは当然だろう。戦前、欧米との協調もしくは他国を排除した自給自足体制のいずれかのみを追求しようとした政策立案者は、皆無に近かった。戦後、日本がまず着手しなければならなかったのは、アメリカとの同盟を強固にすることで、次が日米同盟をできるだけソ連を挑発しないものにすることだった」(同上、279)
この解釈は冷戦期の日本は日米同盟を基本としながらも、米国の世界戦略に完全に組み込まれる事態を避け、日ソ関係が不必要に緊張状態へと至らないように留意してきたということです。
著者は、当時の日本が米国との積極的な防衛協力を避け、集団的自衛権の行使を憲法との関係で禁止していたことは、このような大戦略に依拠した決定であったという見解も示しています(同上)。

しかし、冷戦の終結後に日本は軍事力と経済力の両方を駆使することでヘッジングを試みていることが指摘されています。
これはつまり、日本の防衛力を整備して日米同盟の抑止力を強化しつつ、アジア方面、特に中国との経済貿易交流を強化することで地域的な緊張緩和を推進する戦略です(同上、281-2)。

著者はこの戦略を遂行する上で大きな課題が二つあり、それが集団的自衛権の法解釈上の問題、そして防衛予算をGDP比で1%とする枠組みだと述べています(同上、293)。
(ちなみに、この著作は2007年のものですが、その段階で集団的自衛権は行使できるように憲法の公式解釈を変更することが予測されています)
結論として、著者は日本の安全保障は今後もヘッジングを基本とし、中国とある面では接近しながら、米国との同盟を強化する方針となるであろうという見通しを述べています。

日本の大戦略をヘッジングという観点から分析したことは重要な研究成果と言えます。
しかし、「ヘッジング」という概念の意味の広さと曖昧さにより、日本の大戦略が著者の述べるような整合性、一貫性を持っているのか疑問の余地は残されているでしょう。
政治学、国際関係論の用語で言うと、ヘッジングはバックパッシングそのものか、そのバリエーションの一つだと考えることもできます。(記事「現代日本の国家戦略としてのバックパス」を参照)

いずれにせよ、日本の「ヘッジング」をどのように理解すべきかという論点は、日本の安全保障を考える上で重要な意味を持つことは、さらに検討する必要があるでしょう。

KT

0 件のコメント:

コメントを投稿