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2015年10月16日金曜日

論文紹介 現代日本の国家戦略としてのバックパス


日本の安全保障に関する研究では、平和主義(pacifism)の規範こそが戦略の形成に強い影響を与えているとしばしば説明されます。
国際政治における国内の社会的観念、規範的意識の影響を重視する構成主義(constructivism)の研究では、日本の「特異性」がこの平和主義の必然的な帰結として理解されてきました。
しかし、研究者の中にはこの見方とは全く異なる観点から説明が可能であることを主張する人もいます。

今回は、日本は平和主義という規範によってその安全保障上の決定を下しているのではなく、バックパスという国家戦略を展開しているのだという議論を展開した研究を紹介したいと思います。

文献紹介
Lind, Jennifer M. 2004. "Pacifism or Passing the Buck? Testing Theories of Japanese Security Policy," International Security, 29(1): 92-121.

著者が問題としているのは、これまでの日本の安全保障戦略を研究してきた人々が、日本の軍事力水準を正しく把握してこなかったことです。
日本の軍事的能力の低さを示すために研究者がよく参照するのは、GDPに対する防衛費の比率でした。先進主要国であればGDPに対する防衛支出の比率はおおよそ1.5%から3%の間ですが、日本はおよそ1%しか防衛予算を確保していないのです(Lind 2004: 95)。

しかし著者は、GDPに対する防衛予算の大きさではその国家の軍事的能力を評価するのに不適切であり、さらに予算規模だけでなく戦力規模からも評価を行うことが必要であると指摘しています。

著者の分析によると、日本の安全保障において軍事的能力は従来から必ずしも軽視されておらず、特に海上戦力と航空戦力に関して見れば、無論米国の水準に遠く及ばないものの、中国、フランス、ドイツ、イギリス、ロシア、イタリア等の主要国に対抗可能な水準ではあるとされています(Lind 2004: 97-101)。
このような根拠から、著者は従来の日本の安全保障上の政策や戦略に関する研究において平和主義が過大に評価されていたのではないか、と疑問を提起しています。

その上で著者は、国際政治における日本の国家戦略を最もよく説明することができる概念としてバックパス(buck-passing)があると論じています。
バックパスは脅威に対抗する必要があると認識していながらも、その脅威に対処するために必要な対抗措置を取らず、他国の防衛努力に可能な限り依存する国家戦略です(Ibid.: 103)。

もし日本が従来の説のように国内における平和主義規範の影響を強く受けているのであれば、その軍事的能力の水準は低水準のまま推移するでしょう。
しかし、日本が単にバックパスを実施しているという説明が正しいのであれば、脅威が増大するのに応じて、また同盟国である米国の軍事力が低下すれば、その分だけ軍事力を増強するはずです。
著者は冷戦期における日本の防衛予算、防衛力の推移を検討したところ、冷戦後の事実関係については一部疑問の余地が残るものの、比較的後者の説が前者よりも優れた説明力を示すと述べています(Ibid.: 115-6)。

この研究論文の重要な成果は、現代日本の安全保障戦略が平和主義規範によって形成されてきたと考えるよりも、日本が直面する脅威を米国にバックパスしてきたと考える方が、冷戦期の事実関係をよく説明することができること、これを明らかにしたことだと言えます。

日本の安全保障を平和主義によって特徴付けられてきたという考え方では、日本がこれまで周辺諸国の軍事動向に応じて防衛努力を調整してきた事実を説明することができないのです。

バックパスの利点と欠点それ自体はまた議論する必要でしょうが、いずれにせよ今後の日本の安全保障を考えるために重要なのは、平和主義規範を守ることではなく、安全保障環境に応じて従来の通り適切な防衛力を整える努力を払うことだと考えられるべきではないでしょうか。

KT

2 件のコメント:

  1. "だからといって、著者は全面的に平和主義規範の影響を否定しているわけではありません。
    例えば、日本は潜在的な核兵器の生産能力を持ちながらも、核戦力の運用については厳格に規制しており、核抑止の一切を米国に依存していること、攻勢作戦のために必要とされる大規模な地上部隊、正規空母などを保有していないこと等は日本の特異事象としてあり、これらはバックパスでも理解することができません(詳細はIbid.: 117-20)"

    とありますが、pp.117-120の Counterarguments を見るとむしろ、平和主義規範の影響を否定して、代わりにリアリズムの論理で核や正規空母の不所持を説明しようとしているように見受けられます。

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    1. コメントありがとうございます。改めて論文の方を確認したところ、教えて頂いた通り一貫したコンストラクティヴィズムに基づく説明の論駁であり、リアリズムの論理による説明であると認められました。恐らく私の不注意によって全く別の論文で展開されていた議論と取り違えてしまったため、このような間違いを書いていたのだと思います。ご親切に教えて頂きましたこと、心からお礼を申し上げます。本文の方から問題の部分を削除する処置をとりました。今後の論文紹介ではより気を付けたいと思います。至らぬ点も多々あり申し訳ありませんが、今後も頑張りたいと思いますので、どうかご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

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