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2015年8月26日水曜日

文献紹介 政治学者のための軍事分析入門


軍事学という学問は軍務の経験がなければ研究できないものではありません。
政治家でなくても政治学を、法律家でなくても法学を、経営者でなくても経営学を研究することができるように、明確に定義された概念とモデル、そして具体的な事例やデータがあれば、誰でも研究することができるものです。

今回は、専門外の人、特に政治学者に向けて軍事分析の基本である「戦争の階層(level of war)」を説明した論文を取り上げ、大戦略(grand strategy)、軍事戦略(military strategy)、作戦術(operational art)、戦術(tactics)を説明した論文の内容を紹介したいと思います。

文献情報
Biddle, S. 2007. "Strategy in War," PS: Political Science and Politics, 40(3): 461-466.

著者がこの論文を書いた動機は、政治学者が国際政治を研究する際に、その軍事的側面を無視することが少なくなく、政治学において軍事分析をより積極的に取り入れる必要があるという問題意識に由来するものでした(Biddle 2007: 461)。
この論文が目指している研究目標は、軍事学の方法論的基礎として重要な「戦争の階層」について説明し、それぞれの階層がどのような視座に基づいているのかを明らかにすることです。

まず著者が最初に取り上げているのは戦争の階層において最も上位に位置する大戦略です。
「大戦略とは、政治学者の大部分にとって最もなじみ深い戦争のレベルである。大戦略は国家の最終的な安全保障上の目標とそれを達成するために使用される手段を規定するものであり、その手段は軍事的措置だけに限定されず、国家政策における経済的、外交的、社会的、政治的措置も含まれる」(Biddle 2007: 461)
大戦略の具体的事例として著者が挙げているのは、冷戦期における米国での戦略論争です。
論争では米国がソ連に対して封じ込め(containment)を選択するべきか、巻き返し(rollback)を選択するべきかで意見が分かれていました。
しかし、次第に議論は米国が世界規模の覇権を追求して積極的な対外進出を強化するべきか、それとも対外的な勢力の拡大を控える選択的関与や孤立主義というそれぞれの選択肢の長短を検討する議論へと発展していきました(ibid.)。

次に取り上げられるのが軍事戦略であり、その定義については次のように述べられています。
「軍事戦略(または戦域戦略)とは、所定の戦域において大戦略により設定された目標を達成するために軍事的手段それ自体をいかに使用するかを定めるものである」(Ibid.: 462)
軍事戦略の議論として代表的なものに、核抑止の議論があります。
核戦力が登場して以降、それをどのように運用するかは国家の安全保障体制と国際政治の動向に重大な影響を及ぼしてきました。

初めて日本に対する核攻撃が行われた際に適用された戦略概念は航空戦略における戦略爆撃(strategic bombing)の概念であり、これは航空勢力をもって敵の戦争能力を構成する人口、産業基盤、政治機構を破壊することにより、大戦略上の目標を達成することができることを前提に置く物でした(Ibid.)。
しかし、米ソ冷戦が本格化すると、ヨーロッパ方面におけるソ連の進攻を防止するために大量報復(massive retaliation)という構想が検討されるようになり、これはソ連の本土を核攻撃する能力を整備することによって、ソ連側に進攻の企図を断念させるというものです(Ibid.)。

このような軍事戦略は冷戦が進展して米ソの間で危機が発生すると、それが核戦争へと拡大、エスカレートする危険が大きいと考えられるようになると、次に柔軟反応(flexible response)という軍事戦略が採用されます。柔軟反応は相手が限定的な進攻を仕掛けてきたならば、直ちに核戦力で報復するのではなく、その水準に対応した手段で反撃に出ることにより、核戦争にまで事態が拡大することを防ぐものでした。

このような核戦略はいずれも軍事戦略という階層で展開されている議論として理解できます。ただし、核戦略の運用だけが軍事戦略の議論であるわけではないことに注意しなければなりません。核戦力の運用は後述する作戦術でも取り扱われる問題でもあります。
この論点に関する補足として、著者は陸軍、海軍、空軍それぞれの軍種ごとによって固有の軍事戦略の議論があることを指摘しています(Ibid.)。

(評者による補足、例えばクラウゼヴィッツが行った攻勢に対する防勢の一般的な優位性の議論、マハンが行った海上交通路と作戦基地の関係の分析、ミッチェルが論じた爆撃機に対する戦闘機の重要性の考察などもこのレベルの議論として位置付けられます)
「作戦術とは、戦域の戦略目標を達成するために一連の陸上戦闘、海上戦闘、航空戦闘(これらは時として『戦役(campaign)』と呼ばれる)を相互に関連させることによって、いかに軍事力を使用するかを定めるものである」(Ibid.)
最近の事例で作戦術をめぐる議論として挙げられるのは、イラクやアフガニスタンの事例で観察される、対反乱作戦や対テロ作戦に関する議論です。
また歴史をさかのぼって考えると、冷戦期に米海軍で開発された「ネットワーク中心の戦い(network centric warfare, NCW)」や、米陸軍で開発された「エアランド・バトル(Air-Land Battle)」といった教義はこの作戦術に属するものと位置付けられます(Ibid.: 462-463)。
いずれも、戦域全体に適用することを想定しておらず、また小規模な部隊の運用を考えるものではないのが特徴です。
「戦術とは、戦域を構成する個別の戦闘をいかに遂行するかを定めるもので、通常は小規模な部隊(例えば小隊、中隊、大隊、艦艇、飛行隊)によって実施されるものとを言う」(Ibid.: 463)
戦術は戦争の階層において最も下位のレベルに属しています。
第一次世界大戦において歩兵と砲兵、そして戦車を有機的に連携させて運用する諸兵科連合という方式で革新が見られましたが、このような変化を分析するために戦術という分析レベルは重要です(Ibid.)。

戦術は技術的変化の影響が直接的に反映されるという特徴もあり、例えば冷戦期における戦術の議論では、いかに核攻撃の被害を最小限度に抑制しながら戦うのかが重大なテーマとなりました。
その対策として地上部隊は展開密度や防御陣地の構成の仕方を再検討しており、また1970年代にミサイルの技術が導入されるようになると、対戦車戦闘や対空戦闘の戦術に大きな変化が生じています(Ibid: 464-465)。

著者は最後に戦争の階層について次のように述べています。
「これらの議論のいずれも重要なものであり、戦争の階層のいずれもまた重要なものである。どの階層も他の階層に勝るということはない。卓越した戦術と作戦術は戦略または大戦略のレベルにおける失敗によって台無しになりうるものであり、例えば第二次世界大戦におけるドイツの事例や、サダム・フセインを打倒する米国の2003年の作戦からもそれは裏付けられる。それとは反対に、戦術と作戦術での未解決問題が戦略、大戦略のレベルにおける成功を不可能にすることもある。例えば、1915年から1917年の西部戦線における塹壕戦での手詰まりや、1991年もしくは2003年の湾岸地域におけるサダム・フセインの作戦指導がその一例である」(Ibid.: 464)
軍事学において戦争の階層は研究対象を明確化し、問題領域を特定化するために重要な方法論的基礎と言えます。
そして、著者が述べているように、この戦争の階層を理解することは、軍事学を研究する人々だけでなく、政治学、国際関係論を研究する人々にとっても有益です。なぜなら、政治学や国際関係論の研究領域には大戦略の分析が含まれており、それは他の戦争の階層から影響を受けるものだからです。

KT

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