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2015年6月28日日曜日

適切な行進こそ戦略の最重要事項


戦略は政治的目的を達成するために軍事的手段を適用する方法を意味します。
戦争で政策上の目標を達成するために軍事力を使用するには、作戦地域の重要な地点に部隊を前進させることが不可欠です。

つまり、私たちは行進が戦略上の手段であることを認識しなければなりません。
ある地点から別の地点へと部隊を移動させる方法がどれほど優れているかによって、戦闘において敵よりも優勢な勢力で交戦することができるかどうかが決まってしまいます。
もし全体として敵国よりも優秀な武器と多数の兵士を保有しているとしても、戦場となる場所に集中させることができなければ意味がありません。

このことはクラウゼヴィッツの議論でも明らかにされていることです。
「行進は、戦略がその有効な原理と見なすところの戦闘を、戦場において適宜に配分するいわば道具である。ところで戦闘は、行進の経過をもって始まるのではなくて、行進の結果をもって始まるのである」(クラウゼヴィッツ、上147頁)
戦略家は部隊を所定の地点まで行進させますが、それは単に目標とする場所への移動ではなく、敵の部隊もまた移動することを考慮しなければなりません。

自国の作戦基地から出発して敵地の首都を目指して前進しなければならない場合、どこで敵の部隊と接触するのか、いつまでに味方の部隊をそこに集結させなければならないのか、そしてどのような経路、どのような編成で行進を実施させるのか決断する必要が出てきます。
これらの決定は作戦の成否にとって重要な意味を持っています。

一例として、クラウゼヴィッツはナポレオンのロシア遠征作戦を挙げて検討を加えています。
1811年6月24日にフランス軍がニエメン川を渡河した際には301,000名の兵士を数えていました。しかし、8月15日にナポレオンはフランス軍の13,500名をスモレンスクへと派遣していますので、モスクワに到達した部隊の規模は287,500名という計算になるはずです。
しかし、実際にモスクワに到着したフランス軍の人員は182,000名に過ぎません。つまり、損害は105,000名と算出されます。
途上での戦闘は二回ありましたが、それらの戦闘の損害の推定値はおよそ10,000名であるため、52日間に70マイル前進するための連続的な行進によって落伍者、疾病者など95,000名の損害が出たと見積ることが可能です(同上、中202-203頁)。

これらの数値と分析が正しければ、ナポレオンが率いるフランス軍は敵国の首都を攻略するまでに行進だけで全軍の兵士の3分の1を失ったということになります。
これは冬将軍と呼ばれる極寒のための損害で片づけることができる問題ではありません。ナポレオンがモスクワに向けて前進している間の季節は夏から秋でした。しかも、行進の途中でナポレオンは二度にわたって行進を中断して宿営を実施し、落伍者を収容する措置を講じてもいます。
それでもなお、これだけの損害が出ていることは、行進の過酷さと難しさを表していると言えるでしょう。

部隊の行進を適切に指導することは重要な問題です。
現在でも大規模な部隊が長距離を移動するためには多くの時間と労力を必要としなければなりません。いつ、どこで、どのように戦うのかを考える上で、クラウゼヴィッツの考察は依然として有用性を失っていません。

KT

参考文献
クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、全3巻、岩波書店、1968年

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