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2015年6月27日土曜日

学説紹介 クラウゼヴィッツの勢力均衡論


クラウゼヴィッツの業績は主として戦略の研究に関係するものが主要であるため、国際関係を規律する原理として勢力均衡を考察していたことはそれほど評価されていません。

しかし、クラウゼヴィッツは戦争においては防御者となる国家が相対的に優位に立つことができるという考察を残していました。
その議論との関係で彼が述べていたのは、国際政治において国家は現状を打破するよりも維持することを一般的に好むという勢力均衡の原理です。
「現代のヨーロッパ諸国の現状を察すると、国家および国民に関する大小さまざまの利害関係が極めて多種多様な仕方で交錯し、しかも時々刻々と変化していることを知るのである(諸国家間に、権力や利害関係の秩序整然とした均衡が保たれていると言うのではない。そのような均衡は実在する者でないし、また実際にもこれまでしばしば否定されたのは尤もな次第である)」(中297頁)
ここでクラウゼヴィッツは多種多様な利害が複雑に絡み合っている国際政治の特徴それ自体が、勢力均衡なのだと述べています。
興味深いのは、勢力均衡を軍事力の均衡として考えているわけではない点です。クラウゼヴィッツは国家間の利害の均衡として勢力均衡を把握していました。
「そして利害関係のこのような交差点の一つひとつが全体を牽制する結び目をなしている。一国のとる方向と他国のとる方向とは、この結び目によって均衡を保っているからである。それだからこれら一切の結び目によって、全体が多かれ少なかれ大きな連関を形成していることはあきらかである。この連関は、かかる結び目の一つに変化の生じる毎に、その場で回復されねばならない。そこで諸国家の全体的関係は、子の全体に変化を生ぜしめるよりは、むしろ全体を現状のままで維持しようと努めるのである。換言すれば、一般に現状維持を旨とする傾向が存在すると言うことである」(同上、297-298頁)
ただし、クラウゼヴィッツはどれだけ国家が現状を維持しようとするかという度合には相違があり、時として現状の打破を目論む国家が出現する場合があることを示唆しています。
「第一の場合には、政治的均衡を飽くまで保持しようとする努力がある。そしてこの努力は、相対的利害関係と傾向を同じくするところから、かかる利害関係を有する国家の多数を味方につけることができる」(同上)
「これに反して第二の場合は、現状維持を旨とする傾向と相容れないのである。そこで若干の国家は各自に有力な活動を展開するのであるが、これはまさに疾病と言わざるを得ない。しかし大小の国家が雑然と集合し、そのあいだの結合が極めて薄弱な全体に置いてかかる疾病の現れるのは怪しむに足りない」(同上)
このような勢力均衡に対する反証として、ポーランドの事例を取り上げる議論があります。
18世紀にポーランドはロシア、オーストリア、プロイセンによって分割され、国家として消滅することになりましたが、これを阻止しようとする国家は当時出現していません。

クラウゼヴィッツは「ポーランド民族を蔑視するつもりもなければ、またポーランドの分割を是認するのでもない。ただありのままの事態を考察しているに過ぎないのである」と前置きしながら、次のように述べています(302頁)。
「百年このかたポーランドは、もはや本来の政治的役割を果たさなくなり、徒らに諸他国家間に不和を醸し出す種となるに過ぎなかった。ポーランドがこのような状態にあり、またこのような政治的事情の中に没入しているとすれば、ヨーロッパ諸国家の間に介在して長くその地位を保つことは不可能であった。しかし、またこのタタール的状態において本質的な変革を成就するには、たとえポーランド民族の指導者たちが進んでこの事に当たったとしても、半世紀はおろか優に一世紀を要したであろう」(同上)
「当時オーランドは、政治的には荒涼たる草原さながらであった。国家の間に介在する無防備の草原を、諸国の介入に対して常住に保護することが不可能であるように、このいわゆるポーランド国家なるものの不可侵性を保証することもまた不可能であった」(同上、303頁)
つまり、国際政治の原理として勢力均衡は有効であるものの、それが説明しうる範囲は、自国の防衛を遂行するだけの国力を備えた国家の場合に限られると考えられるのです。
クラウゼヴィッツは国内政治と国際政治に緊密な関係があることを認めていました。ポーランドが国際関係において独立と安全を保つために必要だった改革は失敗に終わったことにより、国際政治におけるポーランドの地位も失墜したと考えられています。

クラウゼヴィッツの勢力均衡論は全体的にそれほど系統的な議論ではないのですが、これは防御者の優位性という戦略上の議論とも関連付けられる議論であり、より詳細に研究される価値があるものだと思われます。

KT

参考文献
クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、全3巻、岩波書店、1968年

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