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2015年6月10日水曜日

アウステルリッツ会戦におけるナポレオンの戦争術

アウステルリッツ会戦でのナポレオンを描いたFrançois Gérardの作品。
長い戦争の歴史を見渡しても、ナポレオンほど有名な将軍を見出すことは難しいでしょう。
当初は革命軍の指揮官として登場した彼は、優れた戦略、戦術を駆使して数々の困難な作戦を成功に導き、政略的にもフランスの最高権力者の地位を獲得するに至りました。

ナポレオンの才能は確かに突出していたかもしれませんが、後世の後知恵で見れば、当時のナポレオンの軍事的才能はしばしば過大評価のようにも見て取れます。
恐らく事実ではないでしょうが、英国の将軍ウェリントンは宿敵であるナポレオンについて「戦場に彼が存在すれば、それは40,000名の兵士に匹敵する」と述べたとの逸話があります。
しかし、そのようなことが果たして実際にはあり得るのでしょうか。

今回は、アウステルリッツ会戦の事例を取り上げて、ナポレオンが存在することが果たして40,000名の兵員に匹敵するかどうかを検討した分析を紹介したいと思います。
ここで紹介するモデルは定量判定モデルと呼ばれるもので、双方の部隊の規模だけでなく、武器の威力を定量化し、さらに地形、気象などの作戦に影響を与える要因を定量化することで、戦闘結果との関係を分析するものです。

アウステルリッツ会戦は1805年12月2日にナポレオンが指揮するフランス軍と、ロシア・オーストリア連合軍の戦いであり、フランスの勝利に終わりました。この会戦の基本的なデータは次の通りです。

フランス軍
 歩兵43,000名
 騎兵22,500名
 砲兵9,300名
 大砲225門
 総員75,000名
 損害7,000名
 前進距離7.5キロメートル

連合軍(オーストリア、ロシア)
 歩兵62,500名
 騎兵14,250名
 砲兵12,250名
 大砲225門
 総員89,000名
 損害27,000名

以前に紹介した致死指数の考え方を応用すると、当時の兵士が使用していたマスケットの威力は2.2、騎兵銃は1.5、サーベルは1、砲兵のグリボーバル野砲は47と求めることができます。さらに、戦場の地形は起伏を伴う複合的な地形であり、さらに冬季で気温が低かったことを考慮に入れると次の分析結果が得られます。

フランス軍の勢力140,054=徒歩要員の戦力+大砲の戦力+騎兵の戦力
徒歩要員の戦力=43,200(砲兵含む)×2.2(武器威力)×0.9(地形効果)
大砲の戦力=225×47(武器威力)×0.9(地形効果)
騎兵の戦力=22,500×2.5(サーベルと騎兵銃の威力の合計)×0.8(地形効果)

連合軍の勢力163,460=徒歩要員の戦力+大砲の戦力+騎兵の占領
徒歩要員の戦力=62,500×2.2×0.9
大砲の戦力=265×47×0.9
騎兵の戦力=14,250×2.5×0.8

この数値の比較だけだとフランス軍は火力に劣りますが、さらに彼我の機動力要因を加えて分析するとフランス軍は騎兵が多い関係で1.0997倍の補正が加わるため(計算省略)、フランス軍の実質的な勢力は154,017となります。しかし、これでも連合軍の163,460には及びません。(フランス軍/連合軍の勢力の比率は0.94)

両軍の損害の比率や戦果としてフランス軍が前進した距離、任務の達成度を総合した上でデュピュイはナポレオンの戦果を12.2128、連合軍の戦果を1.2474と評価していますが、一般的傾向としてこれだけ圧勝している場合には双方の勢力の比率は3.69±1だと考えられています。

これはアウステルリッツ会戦に使用された両軍の戦力と、戦闘の結果には一般的規則大きな隔たりがあることを意味しています。両軍の勢力を見るとフランス軍は連合軍に対して実質的には94%の勢力しか持っていません。
しかし、戦闘結果から計算してみるとフランス軍は連合軍に対してより大きな勢力を持っていたはずなのです(3.69-0.94=3.93の相違)。
定量判定モデルは17世紀以降における400件以上の軍事行動の統計的分析に基づいているため、この分析結果を簡単に何かの間違いとして片づけることはできません。

ここでデュピュイはフランス軍の優位を説明するためには、この会戦に参加したフランス軍の部隊の戦闘経験が豊富であること(1.2倍)、会戦の0800時にフランス軍が連合軍の中央を撃破して緊要地形であったプラッツェン高地を奪取したことによる奇襲効果(1.6倍)、そしてナポレオンの的確な戦機の捕捉と指揮官としての能力(1.9倍)を考慮せざるを得ないという判断を下します。

これらの要素を考慮すれば、1.2×1.6×1.9=3.65であるため、フランス軍が連合軍に対してあれだけの戦果を上げることができたことが論理的には説明可能となります。
以上がデュピュイによる分析の概要ということになります。

分析の始めではデュピュイはナポレオンが存在することそれ自体を戦力と見ることはしていませんが、分析の結果として1805年のアウステルリッツ会戦では60,000名の兵士を加算した場合と同じだけの影響があったと見なさざるをえませんでした。それだけアウステルリッツ会戦でのフランス軍の勝利は決定的なものであったことが言えます。

今回の記事では専門的な計算についてはかなり省略したつもりですが、それでも複雑な内容になってしまい申し訳ありません。
今回のポイントは、アウステルリッツ会戦でナポレオンが手にした勝利の大きさは、実際に戦場で使用されたフランス軍の勢力から考えると、ほとんど「異常値」とも呼べるほどの水準だったということです。
計量的な分析にかけると、ナポレオンの戦争術の優秀さは、より一層際立って観察できるのではないでしょうか。

KT

参考文献
Dupuy, Trevor N. 1968. The Battle of Austerlitz, New York: Macmillan.
Dupuy, Trevor N. 1985. Numbers, Predictions and War, Fairfax: HERO Books.

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