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2015年5月1日金曜日

講義録 政治とは価値の権威的配分である

政治とは何か、という問題に対する政治学者の解答は千差万別ですが、最大公約数的に答えるとすれば、政治とは国家を統治する技術であり、政治学はその技術を研究する学問ということになるでしょう。
しかし、この定義は必ずしも学問的に厳密な定義ではないため、政治学者はより厳密に「価値の権威的配分」として政治を定義することがあります。これは最も政治学者によく知られた政治の定義といえます。

今回は、この定義が何を意味しているのかをルイ十四世(Louis XIV)の事例を交えて説明したいと思います。

政治学者による政治の定義
デイヴィッド・イーストン(1917-2014)
米国の政治学者。シカゴ大学の名誉教授。
システム分析を政治学に導入し、政治学の理論的分析を拡張する事に貢献。
米国の政治学者デイヴィッド・イーストン(David Easton)は政治学を「権力の分布と行使によって影響を受けるところの、価値の権威的配分の研究に他ならない」と規定したことがあります。
これは現在でも政治学の基礎として広く紹介されている定義なのですが、特徴的なのは権力の分布だけではなく、それによって影響を受ける「価値の権威的配分」の関係を政治の範囲として考えていることです。この点についてイーストンは1953年の著作で次のように説明しています。
「権力の理論だけでは政治研究の準拠枠としては広すぎるのである。政治研究は、権力関係の政治的側面にのみ関心を持つのであって、権力関係の全てを取り下用とするものではないのである。(中略)「何らかの権威的な配分に由来する価値パターンと権力の分布及び行使との間には緊密な関係がある」我々が言いうるのは、せいぜいのところ、この程度のことに限られる。政治学は、権力の分布と行使によって影響を受けるところの、価値の権威的配分の研究に他ならない」(邦訳、『政治体系』153頁)
権力の問題は確かに政治にとって重要ですが、それだけではなく、権力がどのようにして価値の権威的配分を左右しているのかを見ていることが分かります。
政治が一つの技術であり、それに巧拙があるとすれば、地位や所得などの価値を配分する仕方に表れるといえるでしょう。自らの政権を運営するために、特定の人々に権益を分け与え、または取り上げることが必要となってくるのです。

帯剣貴族との権力闘争におけるルイ十四世の政略
ルイ十四世(1638-1715)
中央政府の権力を大幅に強化して国力の増強に努め、
重商主義に基づく通商と積極的な対外戦争を推進したことで知られる。
政治史の分野でルイ十四世に対する関心は非常に高い理由の一つは、彼が長期に渡って権力を掌握することに成功したことが挙げられます。
1661年に枢機卿マゼランが死去するとルイ十四世は本格的に政権を掌握しますが、当初はその国庫に残高がほとんど残されていませんでした。三十年戦争、フロンドの反乱と相次ぐ軍事作戦の支出によってフランスは財政的危機に陥っていたためです。
権力の座に就いた時、ルイ十四世は味方に分配可能な資金は国庫に残されていなかったため、それだけ政権運営は困難を極めました。

しかも、国家機関の中枢には旧来からの既得権益を主張する帯剣貴族が発言力を持っていました。いくら国王であるからといっても、このような抵抗勢力の影響力を低下させなければ、ルイ十四世としても必要な国家政策を策定することはできません。
特に重要な政敵として、マゼランの大蔵卿であったニコラ・フーケ(Nicolas Fouquet)がおり、彼は職権を利用して莫大な資産を築いていただけでなく、自らの資金で離島に城塞を建設し、資金を配分することで政府内部で自らの党派を形成していました。この政敵を排除するために、ルイ十四世は新たな政略を展開しなければなりませんでした。

まずルイ十四世が行ったのはフーケの検察長官の地位を返還させることでした。これはフーケの身柄を拘束する際に彼が指揮権を発動する事態を防ぐ意味合いがありました。この布石を置いてから、自らが直接指揮する銃士隊を動かし、フーケを逮捕することに成功します。数多くの抗議を受けながらも、ルイ十四世は裁判によってフーケを終身刑としました。
フーケの後任として1664年に任命したのが法服貴族のコルベールであり、財政を彼に一手に引き受けさせることで財政上の権限をフーケ派から奪回します。これによって、「価値の権威的配分」が可能な体制を作り出すことができました。

国家財政をコントロールできるようになったルイ十四世はさらに軍制改革を推進し、1666年に法服貴族だったル・テリエを陸軍大臣に任命して本格的な陸軍再編に着手しました。
ここで特に重要な改革だったのは、名誉職の連隊長を除く士官の任命権を国王の特権とし、また従来まで帯剣貴族が実施していた徴兵業務を国王の管轄に移管させ、国王の権利として独自に軍隊を編成することができるようにしたことでした。
これは旧来の帯剣貴族の影響力を大幅に低下させることになり、その後のルイ十四世の対外戦争において強力なリーダーシップを発揮することを可能にしたのです。

むすびにかえて
政治の巧拙が価値の権威的配分に関する技術であると考えるのであれば、ルイ十四世は王座に就いた時にはほとんど動かすことができる資金がなく、政治的に不安定な状態であったことが分かります。
しかし、彼は政治的に敵対する帯剣貴族の影響力を低下させるために自分に何が必要であるのかをよく心得ていました。
銃士隊を使って政敵フーケから財政権を奪回し、その資金を用いて次に自分の意向の通りに動かすことができる軍備を整備したことは、ルイ十四世の政権基盤を盤石なものにしました。

最後に要点を繰り返すと、政治とは権力を得るために価値を分配する技術であり、政治学はそれを研究する学問と言えます。
それを学ぶことによって、私たちは時代や地域を超えた政治の原理を理解することができるだけでなく、その原理が具体的な状況でどのように適用されているかを分析することができるようになるのです。

KT

参考文献
David Easton. 1953. The Political System: An Inquiry into the State of Political Science, Knopf.(邦訳、『政治体系 政治学の状態への探求』山川雄巳訳、ぺりかん社、1976年)


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