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2015年1月30日金曜日

論文紹介 戦争における士気の問題


戦場で部隊が士気(Morale)を維持することの重要性は広く理解されています。
ただし、士気の問題は人によっては各個人の心の持ち方という問題に矮小化されてしまう場合もあります。このような議論はそれほど建設的なものではありません。

士気の問題を、もう少し部隊全体の問題として考察した研究では、より社会的要因に注目したいくつかの説が提唱されています。

今回は、戦場で部隊の士気を維持する要因を説明した諸学説について、歴史的観点から考察を加えた論文を紹介したいと思います。

文献情報
Strachan, Hew. 2006. "Training, Morale and Modern War," Journal of Contemporary History, 4(2): 211-227.

戦場で部隊の士気を維持するためんい、どのような教育訓練が有効であるのか。
これは簡単に答えを出せる問題ではなく、時代や地域によって出されてきた議論もさまざまでしたが、著者はそれらの学説を大まかに三種類に分類した上で概観しています。

第一の説は、小集団の優越に注目した軍事訓練の重要性を主張するものです(211)。
この説によれば、部隊の士気というのは、各人が分隊や小隊のような小規模な集団に対して抱く忠誠心によって決定されるものであり、第二次世界大戦における米軍の調査研究の結果からも裏付けられた理論として考えられていました(212)。

しかし、第二次世界大戦の経験が、この小集団理論と矛盾する部分もありました。
例えば、1944年に米軍が行ったノルマンディーへの着上陸作戦では、7週間で作戦に参加した79%の士官と73%の下士官、兵卒が戦死または負傷しています。
つまり、小隊や中隊の観点から考えるならば、もともと所属していた兵士の大部分を失った部隊も続出したということなのですが、それでも戦闘それ自体を継続することができたという事実があります(212)。

つまり、教育訓練で小集団を団結させることが重要であるとしても、その要因だけが戦場で士気を維持するものであるとは言い切れないということになります。

第二の説は、小集団理論を批判する中で登場した説であり、イデオロギーの重要性に注目するものでした。
この説によれば、部隊の士気を維持するためには、その戦争を戦わなければならない理由を兵士たちがよく自覚することが決定的に重要です。
したがって、この学説の支持者は部隊の士気を高める上で政治教育の重要性が主張することになります(213-214)。

しかし、この理論にも反証となる事例がありました。

1943年、英軍の第14軍の部隊の士気を改善させるために、イデオロギーの重要性を踏まえた精神教育が実施された事例がありますが、士気の回復という成果は得られませんでした。

調査の結果として判明したのは、これから前線に派遣する兵員に対して政治教育が重要であるとしても、すでに戦場を経験した兵士に対して有効であるとは限らないということであり、教育訓練では、そのような話題を出さないほうが望ましいと判断されました(214)。

第三の学説は、動機づけ(Motivation)から士気の状態を説明する理論です。
この学説では、兵士は戦いたいから戦うのではなく、脱走が許されない状況であるから戦うのである、と考えます。

このような理論が考案された背景には、戦場における逃亡兵の問題がありました。
第二次世界大戦の東部戦線では、記録的な数の逃亡兵が発生したことで知られていますが、ドイツ軍は戦争全期間を通じて15,000名であったのに対して、ソ連軍ではスターリングラードの戦闘での脱走兵だけで15,000名を数えました(215)。

このような事象を説明する際に、ドイツ軍では第一次世界大戦の経験を踏まえて、脱走兵に対する刑罰を強化し、脱走者に対して死刑をもって臨んだ結果であると考えられていますが、やはりこの理論にも問題がありました。

この学説の反証となる事例がイタリア軍です。第一次世界大戦でイタリア軍では脱走兵が深刻な問題となっていました。
というのも、当時のヨーロッパ諸国でも脱走兵の問題が深刻だったイタリア軍では、死刑によって脱走を抑止しようと試み、参戦国の中で死刑が執行された判決が最も多く下されたのですが、それでも問題解決からは程遠い状況にあったのです(215)。

これら三種類の学説は、いずれも戦場で兵士が命令に従う理由を、異なる側面から説明しています。
この論文ではさらに、戦時中に実施された各国軍隊での教育訓練について歴史的概観を行っており、それぞの事情によって士気という問題の捉え方に相違があったことを説明しています。

学問的観点から士気の問題を理解するためのアプローチが一通りではないことが、この論文から分かるのではないでしょうか。

KT

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