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2015年1月17日土曜日

軍事学は何を研究しているのか


どのような分野であれ、長い時間をかけて内容が分化、複雑化してきた学問の全体像を一言でまとめることは簡単なことではありません。

軍事学(Military Studies)もその例外ではなく、研究対象や方法論の多様さによって一概にその内容を特徴づけることはできなくなっています。
ある研究者は次のような説明で軍事学の研究領域を包括しようとしています。
「軍事学とは、戦争の研究や組織化された強制的な武力の理論とその応用とともに、軍事上の意思決定過程などの手続き、部隊や軍隊などの制度、そして戦時または平時における個人や部隊の行動に関する学問である」(Jordan, 2013: 880)
また具体的な研究領域としては、以下のものが挙げられます。

・統率(Military Leadership)
・軍事組織(Military Organization)
・軍事教育・訓練(Military Education and Training)
・軍事史(Military History)
・軍事倫理(Military Ethics)
・軍事教義(Military Doctrine)
・戦術・作戦・戦略(Strategy, Operations, Tactics)
・軍事地理学(Military Geography)
・軍事技術(Military Technology)

こうした領域から軍事学の研究は主に構成されていることが説明されており、この一覧を見ただけでも非常に幅の広い研究が行われていることが分かります(Jordan 2013: 884-885)。

これらの中でも特に戦略や戦術、軍事史は軍事行動に直接的に関係する事柄であることから、軍事学の中心的な分野として位置付けられてきました。日本では軍事学という代わりに、安全保障学または防衛学として研究がなされています。

そもそも、軍事という言葉は軍隊の運用に関する事柄を指すものであり、次のように定義することができます。
「軍事とは民事に対する言葉であって、伝統的に軍人、軍隊、軍事力、戦争、防衛などに関することの総称である。軍事は、外交・経済・運輸・教育などと並ぶ国家行政機能としての要素を持ち、軍隊(軍事力)を維持・管理し、戦争に際しては、政治が命ずる使命に対してその保有する力をどのように行使するかという作戦・用兵機能としての要素を持っている。単純にいえば、軍事学とは、これらの要素(分野・機能)を持つ軍事に関する学問ということになる」(中山 1999: 14)
ここで記述されているのは、いずれも実際に戦争の遂行と関連する問題であり、軍事学の歴史において常に重要な位置を占めてきました。

例えば、政治的目的を達成する上で軍事的能力をいかに行使するかを研究する戦略学、作戦・戦闘で部隊を展開する方法を考察する戦術学、そして軍事力を管理する上で欠かせない補給や輸送の問題などを分析する兵站学の問題がそこに含まれます。

戦略学の研究だけを取り上げてみても、現在では国際関係論(International Relations)、対外政策分析(Foreign Policy Analysis)の研究領域の成果を参照することは珍しくありません。また、兵站の問題に管理科学(Management Science)のモデルを適用する研究も報告されています。

戦術上の問題を解決する上で、数理的モデルや計量的分析が重要な成果を上げていることも考慮すると、現代では軍事学の研究で用いられるアプローチや問題関心が多様化しているということが言えると思います。

しかし、軍事学は必ずしも軍隊による戦争の遂行という問題だけに議論が限定されるわけではありません。
防衛経済学(Defense Economics)、軍事社会学(Military Sociology)、政軍関係論(Civil-Military Relations)、軍事心理学(Military Psychology)なども、こうした軍事学の多様性を例示する研究として挙げられるでしょう。

さらに、近年の軍事学に見られる目新しいアプローチの一つとして文化研究(Cultural Studies)があり、もともとは人文科学の一部門だったのですが、徐々に軍事学の重要な構成要素になりつつあることが指摘されています(Jordan 2013: 885)。
その地域の宗教や言語といった文化的特性を理解することが、軍事上の目標を達成する上で非常に重要であるという理解が普及していることが、その背景的要因として挙げられています。

まとめると、現代の軍事学で研究されている事柄は、戦争の遂行に直結する戦略や戦術の研究成果だけではなく、隣接する研究領域の成果を取り入れ、また別の学問のアプローチを積極的に導入しながら、多様化しているということが言えます。

日本の安全保障学、防衛学でもこうした新しい軍事学の動向を反映し、研究がますます発展することが期待されるところですが、課題は多く残されています。

私としては、軍事学は非常に現代の政策課題から見ても興味深い領域ですし、学問的に見ても長い歴史と多くの課題を持つ学術研究です。

しかし、日本軍または自衛隊以外で、日本に本格的な軍事学の研究機関が設置された歴史的事例は、1941年に立命館大学に置かれた国防学研究所の他に知られていませんし、この研究所も戦後には解散された経緯があります。

将来、こうした研究ポストが日本各地の大学で立ち上げられ、国民全体が軍事学の文献や議論に、より容易にアクセスすることができるようなれば、それは素晴らしいことだと思うのですが、「軍事学は自衛隊が研究するもの」という、固定観念が変わらない限りは至難なことであると思われます。

追記

軍事学を学びたい方の手がかりとして、この分野で有名なジャーナルをGoogle Scholarの引用度ランキングから以下の通り紹介しておきます。
ただ、私が所属する大学では残念なことに購読契約を結んでいないジャーナルも一部あるため、すべてのジャーナルを参照することができているわけではありません。

軍事学における学術誌のランキング(2015年時点)

1. International Security
著名な国際関係論、戦略研究、地域研究の研究者による論文が多く掲載されるため、軍事学以外の研究者からも参照される機会が比較的多いジャーナルではないかと思います。事例研究のように定性的アプローチに基づいて大戦略や軍事戦略を分析した研究が主体で、実際の政策課題への考慮も多く見られます。個人的にも目を通す機会が一番多いジャーナルの一つでもあります。

2. Security Dialogue
軍縮・軍備管理や紛争分析、テロリズムなどの研究論文が多く、非伝統的な安全保障の問題について調査する場合にはこのジャーナルから研究を探してみても良いと思います。例えば過激派や民間軍事会社の出現という社会的要因に着目して戦争の形態的な変化を定性的に考察した研究を見つけることができます。まだ、恥ずかしながら個人的にまだ読み込めていない論文が多いジャーナルです。

3. Survival
世界各国の軍事力に関する資料を整理した「ミリタリー・バランス」を毎年出していることでも有名な国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies)の代表的なジャーナルなのですが、私の所属大学では全ての論文を閲覧できないという事情があります。傾向はInternational Securityと近く、戦略研究や地域研究に関連する研究論文が多く、政策課題への対応を考察した研究も充実しています。

4. Studies in Conflict & Terrorism
国家間の戦争よりも、むしろ武装勢力やテロリストのような非国家主体による軍事的活動を分析した最近の議論をフォローする場合には有用なジャーナルです。革命や反乱、テロリズムのような問題に関する研究論文が豊富で、分野によっては上述したトップ3のジャーナルよりも価値があると思います。

5. Military Psychology
心理学のジャーナルに関するランキングはまた別にあるのですが、Google Scholarの軍事学のランキングの都合でこちらに含めています。軍事学の領域に心理学的アプローチを用いた研究の問題関心は非常に多岐に渡りますが、例えば戦闘ストレス、兵役の適正、集団的行動などについて考察した研究を参照することができます。

6位以下のジャーナルのランキングについて
6. Armed Forces & Society
7. International Peacekeeping
8. Defence and Peace Economics
9. Security Studies
10. Journal of Strategic Studies
11. Small Wars & Insurgencies
12. Parameters-Journal of the United States ArmyWar College
13. European Security
14. Joint Forces Quarterly
15. Contemporary Security Policy
16. Military Review
17. The RUSI Journal
18. Civil Wars
19. Journal of Military Ethics
20. The Nonproliferation Review

全てのジャーナルを紹介しきることはできませんでしたが、興味のある研究論文を探したい場合の何かの手がかりになればと思います。

KT

参考文献
Jordan, Kelly C., 2013. "Military Science," in G. Kurt Piehler, ed. Encyclopedia of Military Science, Los Angels: SAGE Reference, Volume, 2, pp. 880-885.
中山隆志「軍事力の概念」防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』かや書房、1999年、14-29頁

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